それからしばらくたった日曜日のことだった。
ボクはその朝、玄関先にある大きな石に座って今日の遊びのスケジュールを立てていた。
すると、ばぁばぁが近所のスーパーに行ったんだろう、両手にいっぱいの買い物袋を下げて帰ってくるのが見えた。
ボクとばぁばぁの家の前の道は、大股で3歩ほどの幅しかない。
そんな細い道を、両手に下げた買い物袋のせいで、ヒョッコラ、ヒョッコラって左右に大きく揺れながら道幅いっぱいに歩いてる。
(こりゃ、やじろべえみたいだな。アハハ)
普段、チョット怖いばぁばぁは一人暮らしだ。
それなのに両手いっぱいの買い物。
しかもその買い物袋は白くて薄っぺらいスーパーの袋なので、中のお菓子がたくさん透けて見えてる。
ボクはピーンときた。
(孫のマーくんが来るんだな。ということは、ばぁばぁの上の娘のミーねぇちゃんも一緒に帰って来るってことだ。やったぁ!)
ボクは座っていた大きな石を飛び降りて、ばぁばぁのところに駆け寄ると、
「ばぁばぁ、重たいでしょ。貸して! 荷物持ってあげる」
あと30歩ほどで帰り着くのに、ばぁばぁにゴマすりを開始した。
もちろん、おこぼれを頂戴するためだ。
それにミーねぇちゃんも、帰ってくるときは必ずボクにお土産を持ってきてくれる。
なのでボクは、それまで{良い子}でいなければならないのだ。
「そんなに買い物してどうしたの? 何かあったの?」
「マーくんが遊びに来るんだよ」
「え~ッ、マーくん来るの? マーくん何歳になったの?」
「先月、2歳になったばかりだよ」
「大きくなったかなぁ。かわいいだろうねぇ。来たらボクにも抱っこさせてね」
・・・しらじらしい。
いつもなら、そんな見え透いたおべんちゃらなんか簡単に見抜かれるのに、孫が来るうれしさで興奮しているばぁばぁには見抜けないらしい。
初孫だから、なおさらだ。
ボクは、買い物袋をひったくるように取り上げると、ばぁばぁより先に家にあがって台所のテーブルの上に置いた。
だいたいこの村の人は、出かけて留守にするときも鍵をかけず、玄関も窓も開きっぱなしなので容易に家に入ることができた。
ご近所の眼が防犯ってヤツだ。
「さぁてと、お昼前にはマーくんたちが来るから、お昼の用意をしようかねぇ」
お祭りの炊き出しみたいな感じでばぁばぁが料理を始めたので、なんだかボクもウキウキして楽しくなってきた。
ボクもばぁばぁの横で、お皿の準備や雑用やらを手伝った。
だいぶ料理が出来上がってきた。煮物がグツグツいってる。いい香りだ。
「あとはネギを入れたらおしまいね。横の畑からネギを2本取ってきておくれ」
「うん、わかった。大きいヤツ取ってくるね」
ボクは急いでばぁばぁの家の横にある小さな畑にネギを取りに外へ出ると、
「あッ!」
ミーねぇちゃんが小さなマーくんの手を引いて、こっちに来るのが見えた。
(マーくん、歩けるようになってる……)
ボクがマーくんを見たのは、ミーねぇちゃんがマーくんを産んで里帰りしてたとき以来だった。
2歳にもなれば歩くのは当たり前のことだったけど、ビックリした。
「ばぁばぁ! マーくん来たよ~ッ!」
大きな声で叫んだ。
すると、ばぁばぁは窓から顔を出して、
「あらぁ~マーくん、来たのぉ~」
そう言ったかと思うと、玄関先まで慌てて出てきた。
ミーねぇちゃんがマーくんと一緒に、ゆっくりゆっくりこっちに歩いてきてる。
(こんなかわいいヨチヨチ歩きを見せられたら、たまらんなこりゃ)
そう思いながら顔をほころばせていると、やっぱりだ。
「あんよが上手、あんよが上手、あんよが上手」
ゆっくり歩いて近づいてくるマーくんの歩調に合わせ、手を叩いてリズムを取りながら、ばぁばぁが2人に近寄って行った。
だいたいこの村の人たちは、これをやるのだ。{ボクもだけど…}
「はいゴール~! よく来まちたねぇ~マーくん。おばぁちゃんでちゅよ~。おばぁちゃんのこと覚えてまちゅかぁ~?」
笑った。
ただでさえシワばっかりの顔なのに、これじゃぁ、どこに眼があるのかわからないほどのシワクチャ顔。
それに加えて、カン高い声での赤ちゃん言葉。
とにかく笑った。
笑ってるボクを、ミーねぇちゃんがチラッと見て、
「いい子にしてたかなぁ?」
疑うような、でもいたずらっ子のような笑顔で挨拶してきた。
「うん、なんとかね。でもマーくん大きくなったねぇ」
「もう2歳になったからねぇ」
ミーねぇちゃんはボクにニコッと笑うと、ばぁばぁと一緒に家に入っていく。
ボクも大きめのネギを引き抜いて、急いでばぁばぁの家に戻った。
そのあとは楽しく色んな話をしながら、ボクも一緒にお昼ご飯を食べさせてもらった。
食べ終わって、隣の部屋の絨毯に正座したミーねぇちゃんは、膝の上にマーくんを乗せてあやしている。
おなかいっぱいになったボクもその横に座って、ミーねぇちゃんと話しをしながらマーくんと遊んだ。
ボーーーン ボーーーン ボーーーン
3時だ。
ばぁばぁが、さっき買ってきたスーパーの袋の中から、色んな種類のアメ玉が入った大きな袋を取り出してマーくんの前に座った。
「ほらマーくん、アメ玉あげまちゅねぇ~」
ばぁばぁは、大きな袋のまんまマーくんに渡していたけど、結構大き目の袋だったので、マーくんはそれを抱きかかえるように受け取っていた。
これはこれでかわいい。
「ほらマーくん、おばぁちゃんに{ありがと}言おうか?」
ミーねぇちゃんは、マーくんの後ろ頭に手を当てて、
「おばぁちゃん、ありがとう」
って言いながら、親が幼な子によくやる強制お辞儀をマーくんにさせた。
ばぁばぁは、それを見てニコニコ微笑みながら、
「いえいえ、どういたしまして」
と、マーくんに深々と頭を下げてお礼を言ったあと、続けて、
「ねぇマーくん、アメ玉ひとつちょうだい」
そう言いながら両手を重ね、マーくんに{ちょうだい}のポーズをした。
マーくんがアメ玉の入った袋を開けるのは、まだチョット無理らしい。
なので、ミーねぇちゃんがマーくんの代わりに袋を開けてあげて、アメ玉をひとつ取り出すと、マーくんの小さな手に持たせた。
マーくんは、そのアメ玉をばぁばぁの{ちょうだい}のポーズの手の上に、ぎこちなくだけど乗せてあげた。
そのぎこちなさも、また何ともいえず、かわいい。
「マーくん、ありがとう」
受け取ったばぁばぁは、ゆっくり、丁寧に、お礼を言いながら深々とお辞儀をした。
ミーねーちゃんは、
「どういたしまして」
と、またさっきと同じようにマーくんにお辞儀をさせ、マーくんにも食べれる大きさのアメを選んで口に入れてあげた。
ばぁばぁも、マーくんに貰ったアメ玉を自分の口にポイッと入れると、
「マーくん、おいちぃねぇ。ん~おいちぃ! マーくんは良い子だねぇ」
と言いながら、マーくんの頭をヨシヨシと撫でてあげてる。
(甘いものが大嫌いなばぁばぁがねぇ…、よくやるねぇ……)
そう思った瞬間だった。
ピキューーーン
ボクの頭の中を、稲妻が真横から駆け抜けるように打ち抜いていった。
その稲妻が通ったあと、ボクの脳裏にある文字が浮かんだ。
(チョコレート…?)
「!」
「あッ! そうだッ!」
突然ボクが大きな声を出したので、ミーねぇちゃんとマーくんがビクッとした。
「どうしたのよ急に大きな声出して…… マーくんがビックリするでしょ!」
「あッゴメン…… い、いやなんでもないよ。今日、昼から友達と遊ぶ約束してたこと思い出したんだよ…… えっと、ミーねぇちゃん、いつ帰るの?」
ボクはおじいさんに会いたくなったので、とっさにウソをついた。
ボクはウソをついたことと、おじいさんに会いたくなった感情が合わさって、なんだか気が落ち着かなくなってきた。
「なにやってんのもう… 友達と約束してるんならなんでもないことないでしょ! 早く行きなさい。おねぇちゃんたちは明後日の昼まではここにいるから、ほらッ」
ミーねぇちゃんに急かされてばぁばぁの家を出るには出たけど、おじいさんの家も居場所も知らないことに今さらながら気がついた。
(どうしよう…… おじいさんって、どこにいるんだろう……)
ボクは、とりあえずサっちゃんの顔が浮かんだので、仕方なくだけどサっちゃんの家に行ってみた。
「あれッ? さっきまでいたのにねぇ…… 裏のおばぁちゃんのとこにでも行ったのかしら?」
布団をパンパン叩く手をとめずに、サっちゃんのお母さんが答えた。
この村の人は、いつもこんな感じだ。
自分の子どもがいなくなっても、まったく気にしない。
村人全員が親であり兄弟姉妹のような感じだったので{どうせまた、どこかの家にでもあがり込んで遊んでるんだろう}くらいにしか思っていない。
実際ボクも、頻繫によその家にあがり込んでは遊んでいた。
(裏のおばぁちゃんは、うるさいから行く気がしないなぁ…、しょうがないや、おじいさんがいるかどうかわかんないけど、空き地に行ってみようかな? いるといいんだけど……)
ボクは、いるかいないかまったくわからないまま空き地へと歩み出した。
空き地に着いたけど、また誰もいない。
帰ろうか?とも思ったけど、ミーねぇちゃんにああ言った手前、帰ることもできない。
しょうがないからボクはドカンの中に座り込み、さっき思いついたことを考えていた。
すると、ピキュ ピキュ ピキュ ピキュ
遠くからサンダルの音が聞こえた。
しかもその音がだんだんこっちに近づいてくる。
(サっちゃんだ。もしかして裏のおばぁちゃんと一緒なのかな? まぁいいや、近くまできたら、ワッて驚かしてやろう)
ボクはドカンの中で、息を殺してサっちゃんたちが来るのを待った。
そしてジックリ引きつけて、その音がすぐそばまで来たとき、
(今だッ!)
「ワッ!」
と、言いながら勢いよく飛び出した。
でもその光景を見た瞬間、遊園地のお化け屋敷で驚かされたように、ボクの方が、
「ぅワッ!」
っと驚いてしまった。
なんとそこには……
サっちゃんとおじいさんが、手をつないで立っていたのだ。
「な、なんでサっちゃんとおじいさんが一緒にここにいるの???」
ボクは眼を見開いた。
驚いた顔が元に戻らない。
「ワシが散歩しとったら、このお嬢ちゃんが公民館の前に置いてあるベンチに座っておったもんじゃでな、クローバーでも一緒に探そうと思ってここにきたんじゃよ。それはそうと、そういう坊やは、ここで何をしておるのじゃな?」
そのおじいさんの言葉は、もうボクの耳には届かなくなっていた。
(サっちゃんがボク以外の人に懐いてる…… サっちゃんがボク以外の……)
ボクの中に、ある感情がフツフツと沸き起こった。
それは今まで味わったことのない、怒りなのか悔しさなのかわからない、何ともいえない不快感だった。
その不快感に襲われたボクは、何を血迷ったか、
「サっちゃんダメじゃないか! こんな知らない人に、いや、まだ1回しか会ったことのない人に付いていったりしちゃぁ! 誘拐されたりしたらどうするの! ダメじゃないか! おじいさんもだよッ!」
っとまぁ、ワケのわからない言葉を羅列していた。
サっちゃんが、ボクの意味不明な言葉にポカ~ンとしいるおじいさんの手をパッと振りほどくと、ボクのところにトコトコやって来た。
ボクは、迷子になって寂しがってた小羊を迎えるように手を差し伸べた。
のだけど……
ボカッ!
「痛ッ」
サっちゃんがボクの向う脛を蹴り上げて、キッと睨んできた。
「なにすんのサっちゃん、痛いじゃないか。せっかく心配してんのに!」
サっちゃんは、ツンと口を尖らせたボクの顔を見ると、腕組みをしてホッペを膨らまし、プイッとソッポを向いてしまった。
ボクは、何がなんだかわからなくなってイライラしてきた。
まぁボクがこのときの苛立ちを、ヤキモチ・嫉妬という言葉に変換できるようになるには、あと1、2年ほど必要だったけどね……
「フォッ ホッ ホッ、まぁまぁお二人さん、仲直りじゃ、仲直り。ケンカしておっても楽しくないじゃろ。フォッ ホッ ホッ。 おっと、そうじゃそうじゃ、坊やこそドカンの中で何をしておったのじゃな? 誰か待っておったのかのぉ?」
(あッそうだ。ボク、おじいさんに会いたくて探してたんだ)
それを思い出したら、早くおじいさんに答えがわかったことを言いたくてウズウズしてきた。
もうボクは、今となってはドカンに入ったのはなぜか?の質問なんかどうでもいい。
「ドカンもヤカンも、そんなのどうでもいいから聞いておじいさん。ボクわかったんだよ。チョコレートの分け方が!」
「ほぉ~ッ、そうかの。それじゃぁどれどれ、ひとつ坊やに教えてもらうとでもするかのぉ。どっこらせッ」
クローバーの絨毯に腰を下ろしたおじいさんは、今日、ボクとサっちゃんと会うのがわかっていたかのように、ポケットから板チョコを取り出して、
「ほれッ またチョコレートをあげよう」
おじいさんは、あのときと同じようにボクに手渡した。
チョコレートを見たサっちゃんは、膨らませていたホッペをしぼませ、眼をパチクリさせながら{またチョコが貰えるんだ}という笑顔なった。
(さぁてと、ボクは板チョコを手にしたぞ。ここからスタートだ)
ボクは大きく深呼吸し、気持ちを落ち着けてから開始した。
「おじいさん、ありがとう。ほらサっちゃん、チョコレートもらったよ。お食べ」
ボクは全部サっちゃんにあげた。
チョコを受け取ったサっちゃんが、何も言わずに板チョコの包み紙を破こうとしたので、
「あれッ? サっちゃん、貰ったら何て言うのかな?」
と、やさしくサっちゃんに聞いた。
するとサっちゃんは、ボクを見つめて、
「兄たん、あいがと」
かわいらしく頭をチョコンと下げて、まだよく回らない舌で、たどたどしくだったけど、サっちゃんらしいチャンとした返事をしてくれた。
「どういたしまして。サっちゃんは{ありがとう}が言えるんだ。エライねぇ」
そう言いながらサっちゃんを誉めたボクは、
(さぁここからが大一番だ。ボクがチョコを食べたかろうが食べたくなかろうが関係ない。たとえボクが、どんなに食べたくなくても必ずやらなければならない事だ)
と、気合を入れ直した。
「サっちゃん? そのチョコレート、少しボクにちょうだい」
ボクはそのとき、ばぁばぁと同じように{ちょうだい}のポーズをした。
それを見たサっちゃんは、チョコレートの端をパキッと割って、ボクの{ちょうだい}の手の上に、チョコンと置いてくれた。
「ありがとう、サっちゃん」
そう言って、ボクはそのチョコをパクッと口に入れてから言葉を続けた。
「サっちゃんおいしいねぇ! ありがとうねサっちゃん。良い子だねぇ」
ボクは、サっちゃんの頭をヨシヨシと撫でながら褒めてあげた。
(よしッ、うまくいったぞ)
思惑通りにいったボクは、ホッとするように深呼吸をひとつすると、クローバーの絨毯に座ってるおじいさんに聞いた。
「どう? おじいさん」
パチパチパチパチ
おじいさんは{うん、うん}と、ゆったりと大きく頷きながら、サっちゃんがチョコレートを食べてるのを邪魔しないような感じで、小さくだけど温かい拍手を送ってくれた。
ボクは、チョコレートを食べてるサっちゃんを見ながら、おじいさんに尋ねた。
「ボク、忘れてたよ。ボクも小さかった頃に、こうやってお菓子を貰ってたんだってこと。おじいさんが言ってた{知らないけど知っている}ってこのことでしょ? つまりボクは、{忘れてた}ってことなんでしょ?」
「ふむ、正解は正解じゃな」
「えッ? 違うの? っていうか、まだほかに正解があるの?」
「ふ~む……、まぁ坊やなら、いずれわかるじゃろ」
おじいさんの、そのやわらかい表情での声を聞いたボクは、もうほかの正解を聞こうとは思わなかった。
何故だかはわからないけど、おじいさんの{いずれわかる}を、ボクが素直に信じることができたからだろう。
すると、ボクの気持ちは穏やかになっていった。
振り返ると、ボクの村ではこうやって{ありがとう}と{分け与えること}を教えていた。
でもこのとき、ボクが{知らないけど知っている}ってことを本当に理解するまでには、あと20年近くの歳月が必要だった。
またこの経験が{公平・公正・平等・差別・区別の判断基準の重要なひとつ}になっていくことも、知る由はなかった……
おじいさんが立ち上がって、パンパンとお尻をはたいた。
「さてと、ボチボチ帰るとするかのぉ」
(あッ、もう空がこんなに茜色だ)
「そうだね」
おじいさんがボクを見て、穏やかに微笑んでる。
ボクもおじいさんにニコッとして、サっちゃんを見た。
でもだ。
ボクもおじいさんも、サっちゃんを見て吹き出してしまった。
まるでチョコレート星からきた宇宙人に、チョコレートビームで撃たれたあとみたいに、口の周りと両手が、チョコレートでネチョネチョになってる。
「フォッ ホッ ホッ」
「アハハハハ」
「もうしょうがないなぁ、ほら、サっちゃん帰るよ。キレイキレイして」
そのボクの声に毎度のごとくサっちゃんは、空き地の脇の雑草でゴシゴシやり始めた。
「!」
小さくしゃがんでゴシゴシやってる愛らしいサっちゃんを見ていたら、ボクはチョットしたことを思い出した。
「あッ、そうだおじいさん。この前は忘れてたけど、おじいさんに{サっちゃんお辞儀}を見せてあげるね」
「サっちゃんお辞儀?」
「うん、サっちゃんお辞儀。かわいいよ」
「ほぉ、それは見てみたいのぉ」
「ほらサっちゃん、こっちにおいで。おじいさんにサヨナラしよう」
ピキュピキュトコトコと歩み寄ってきたサっちゃんは{サっちゃんお辞儀}のスタンバイのポーズを、おじいさんの正面でとった。
サっちゃんは、まだ小さくて体のバランスが悪いので、立つときはいつも両足を肩幅より少し広げて立つ。
そして両手の手のひらを胸に重ねて置く。
これで{サっちゃんお辞儀}のスタンバイ完了だ。
ボクはそれを確認すると、先生が園児の集団に向かって挨拶で言うように、ハッキリと、ゆっくりとした大きな声で、サっちゃんを見ながらサっちゃんお辞儀をスタートした。
「お・じ・い・さ・ん・さ・よ・う・な・らッ」
サっちゃんはスタンバイのポーズから、ボクの{さ・よ・う・な・ら}の部分の声に合わせ、沈み込むように膝と腰を曲げながら、リズムよく頭をチョコンと下げた。
何度見てもかわいい。
「フォッ ホッ ホッ、これはこれは、かわいらしいお辞儀じゃのぉ」
微笑みながらポンポンとサっちゃんの頭を撫でたおじいさんも{サっちゃんお辞儀}のマネをしながら{さ・よ・う・な・ら}をしてくれた。
そのおじいさんの顔は、ばぁばぁが孫のマーくんを見てるときのように、何ともいえない表情になっていた。
「ねぇおじいさん、またここに遊びに来るの?」
「ああ、また来るよ」
「いつ来るの?」
「気が向いたらのぉ……でも必ず来るぞ」
「また遊んでくれる?」
「ああ、もちろんじゃとも。じゃぁの、坊やたち」
「うん、じゃぁ、またね」
おじいさんが、前と同じように西の方へと帰って行く。
ボクとサっちゃんは、おじいさんが見えなくなるまで見送った。
「サっちゃん、帰ろッ」
ボクが左手を差し出すと、サっちゃんが右手でシッカリと握ってくれた。
ピキュ ピキュ ピキュ ピキュ
この日、久しぶりにサっちゃんと手をつないで帰った。
拭き残しのチョコレートで、少しヌルヌルしてたけど……
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【質問】
アナタナラ コノチョコレートヲ ドウヤッテ ワケマスカ?
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イノチノツカイカタ〈第1巻〉幼年編
born to be…
第3話「ピキューーーン」
おしまい。