イノチノツカイカタ

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イノチノツカイカタ〈第1巻〉幼年編「第8話/運動会」

 明日は待ちに待った運動会だ。

 運動会シーズン中は、プール熱、麻疹の園内集団感染で2度の延期…

 3度目は大きな災害があったとかで自粛…

 その運動会が、やっとこさっとこ開かれることになったのだ。

 でも、来月の卒園式に向けての最後の行事、そのことが一層ボクたちを……

(予行練習では、手を抜いてるからな…… でも、ぎゃふんと言わせてやるぞ!)

 先月、紅組と白組に分かれるクジ引きがあってから、クラスの中に静かな殺気が漂うようになっていた。

 いつものように遊んでいるけど、どこかよそよそしいのだ。

 紅組になったボクは、予行練習では力を抜いてやっていた。

 いや、紅組全員だ。

 といっても、白組も同じように力を抜いていたので、お互い様だ。

 これは、手の内の温存とか駆け引きとかっていう、チンケなレベルでの話じゃない。

 勝負事に関しては、ボクたちには毅然たる掟があるのだ。

 この掟に逆らったら最後、{姑息で卑怯なヤツ}の烙印を押されてしまう。

 そんな烙印を押されて生きていくには、まだ先の長いボクにとっては死活問題だ。

 その掟とは、ズバリ…

 正々堂々、駆け引きなしの本番真っ向勝負!なのだ。

 やっぱり勝負はコレだッ!

 特にボクは、負けるわけにはいかなかった。

 なぜならボクが入った組は、過去にまだ一度も運動会で勝ったことがないのだ。

 これは、負けず嫌いのボクにとっては烙印に次ぐ大問題だ。

(絶対に負けんぞ… 見てろよ白組ッ!)

 この気迫は、力を抜いた練習のときにも出ていたらしい。

 ニコッと笑って年少組に微笑んだけど、ボクに微笑まれた年少組は、不思議と引きつった涙目の笑顔でボクを見ていた。

 まぁ、あとで先生や友だちの言うところによると、ボクが眼を血走らせた笑顔をしてたので、年少組全員がビビッていたらしいのだ。

 年少組には悪いことをした。

 ポン ポン ポンッ

 さぁ、運動会の始まりだ。

 青空に小さな花火の音が3発ほど響いたあと、その白煙が空に滲むように消えていく。

(よっしゃ、絶対に勝つ、意地でも勝つッ!)

 ボクは消えていく白煙を、白組の敗北に重ね合わせるように空を見つめた。

 運動場に眼を落すと、トラックの周りにはゴザやシートを敷き詰めて、お母さんやおばぁちゃんたちの女性陣だけで、何やらヒソヒソ、キャッキャと井戸端会議を楽しんでいる。

 一方、お父さんやおじぃちゃんたちの男性陣は、運動場の隅っこの方でひとかたまりになって…、もう早速やり始めていた。

 ・・・そう…、酒盛りの宴会をだ。

 この村の大人たちは、こういった行事は{酒が飲める日}くらいにしか思っていない。

 でも、先生もボクたちも見慣れてる光景なので、ほとんど気にならない。

 ある意味、たくましく育った?のかもしれない……

 するとだ。

「エミ~ッ、負けたら許さんぞぉ~」
 と、早くもエミちゃんのお父さんからヤジが入った。

 園長先生が、開会式の挨拶をしている最中でだ。

 でもまぁ、園長先生も心得たもんだ。

「じゃぁ、エミちゃんが勝ったら、お小遣いを倍にしてあげて下さいね」
 と、エミちゃんのお父さんに言ったあと、エミちゃんに軽くウインクをした。

 運動会では負け知らずのエミちゃんが、お父さんを見ながらニヤ~って笑ってる。

 反対にエミちゃんのお父さんは、どうしていいかわからない表情になっていた。

 それは、園長先生{してやったり}の瞬間だった。

 というのもエミちゃんのお父さんの、この表情にはチャンとした理由があるのだ。

 実は、運動会というのは、ボクたちを酒の肴にした酒盛り宴会の場だけじゃない。

 酒の肴どころか、ボクたちを使って賭け事をする場なのだ。

 つまりだ。

 このお父さんの表情から察すると、宴会の場で何を賭けているのかはわからないけど、それ相応のモノをエミちゃんのいる白組に張っていたのは容易にわかる。

 だって、エミちゃんが負ければ宴会の中での賭け事に負け、エミちゃんが勝てば宴会の賭け事には勝つけど、お小遣いを倍もやらなくてはならなくなるんだから……

 まぁ、どっちに転んでも、お父さんの負け試合ということだ。

(純粋に、我が子の応援だけを出来んのかいな???)

 ボクが呆れ返っていると、お母さんに恨めしそうな視線を浴びたお父さんは、ヘナヘナと座り込んでコップに残った酒を一気に煽ると、降参するように大の字に寝そべった。

(エミちゃんが勝ったら、たぶん値上げ分は、お父さんの小遣いが減らされるんだろな… でも、みんなの視線が集まる中、あの場でお小遣いの値上げはイヤだなんて、そんな気前の悪いことは言えないよな。園長先生してやったりだな)

 その園長先生を見ると、開会式を淡々と進めている。

 まぁ、この園長先生、{穏やかな肝っ玉かぁさん}っていう表現がピッタリだった。

 ラジオ体操が終わって、ようやく運動会の本番が始まろうとしていたときだ。

 同じ紅組になったムーちゃんが近づいてきて、
「最後の運動会だから、絶対に勝とうな!」
 って、めずらしく気合が入った言い方で握手をしてきたので、
「おうッ! 白組なんか、蹴散らそうぜッ!」
 ボクは気合い十分のムーちゃんに、後れを取らないように応えた。

 というのも、何の因果かは知らないけど、ボクとムーちゃんは毎年同じ組にいた。

 つまり、2人揃って負け続けていたのだ。

 連戦連勝のエミちゃんとは真逆なのだ。

 おかげで去年負けたときも、ボクとムーちゃんは{疫病神}と散々けなされ、エミちゃんは{福の神}と持てはやされた。

(普段ヘラヘラしてるムーちゃんも、疫病神だけは許せないんだな。いや、ボクもだ!)

 ボクとムーちゃんは、もう一度、固い握手をすると眼で誓い合った。

(これで疫病神とは金輪際おさらばだ)…と。

 いい勝負だ。

 紅組が勝てば、次の勝負はエミちゃんがいる白組が勝つ。

 一進一退、白熱の攻防戦だ。

(負けたらエミちゃんのお小遣いも上がってしまう。なおさら負けれんぞ、こりゃぁ!)

 ギャラリーの応援だかヤジだか何だかわからない声援をよそに、園児一同、かけっこやタイヤ転がしを必死になって頑張った。

 まぁ、年少組は、ボクの様子を探りながら頑張ってたけどね…

 そして2勝2敗で、お昼の休憩に入ることになった。

 ボクが貧乏なのは周知のことなので、転々と{おすそわけ}を貰い歩いたあと、酒盛り宴会中の父ちゃんのところに顔を出してみた。

 普段から寡黙な父ちゃんは、酒が入ると一層しゃべらなくなる。

 でも今日は、みんなで呑んでるから機嫌が良いみたいだ。

 ボクの手にした{おすそわけ}を見ると、穏やかな仕草で小さく頷いてくれた。

 すると、うめくような声がボクの足元から聞こえてきた。

「負えんらよ~… ヒック… 負えらら許さんろぉ~…ヒック」

 エミちゃんのお父さんだ。もう完全に出来上がってる。

(まぁ、呑まなきゃ、やっとられんのだろうな…)

 ボクは真っ赤な顔をした{呑んべえ}の集団をひと通り見渡すと、おすそわけを頬張りながら園長先生がいるテントへと向かった。

 そのテントの中には、取り巻きみたいにユウコ先生とマチコ先生が両脇に構えてる。

「気合入ってるねぇ~ッ」

「うん、絶対に負けらんないからね。最後だから特にねッ!」

 そうやってボクとユウコ先生が会話を始めると、すぐさま園長先生が話に入ってきた。

「どうして、そんなに勝ちたいの?」

「えッ?…」

 ボクは、園長先生に勝ちたい理由を聞かれて少し戸惑ってしまった。

 その戸惑ってるボクを、からかうようにユウコ先生が、右の口端がクッと上がった笑顔で突っ込んできた。

「カッコイイとこ、見せたいんでしょ?」

「ち、違うよ」

「じゃぁ、もう疫病神って言われるのがイヤなんでしょ?」

「そんなんじゃないよ。疫病神は、けなし合いの役に立ってるよ… ホントに…」

「それじゃぁ、福の神で年少組に慕われてるエミちゃんが、羨ましいんでしょ?」

「な、な、何言ってんのユウコ先生、ボクがエミちゃんを羨ましいワケないじゃないッ!」

「じゃぁ、なんなのよ? んッ?」

「・・・・」

 憎ったらしいったら、ありゃしない。

 こういう言い方をさせたら天下一品だ。

 隣で聞いてる園長先生とマチコ先生も、この掛け合いを楽しむかのように微笑んでる。

(くっそ~ッ…、ユウコ先生めッ!)

 でも、園長先生に何か答えなくちゃならないボクは、懸命にその答えを探した。

「!」

(そうだ!…、コレだ!)

 勝ちたい理由を探し当てたボクは、ゆっくりとした口調で、
「あのね、ボクが勝ちたい一番の理由は、まだ一度も勝ったことがないムーちゃんに勝って欲しいからだよ。それが一番の理由だよ」
 と、友だち思いのボクを演じていた。

 でもユウコ先生は、疑いの眼差しのまま、さらに皮肉っぽく突っ込んできた。

「そう言うあなただって、まだ勝ったことないでしょ?」

「いや、そりゃそうだけど…、ボク、かけっことか、タイヤ転がし競争なんかで、いつも1等賞を貰ってるから、組が負けてもそんなに悔しくないんだよ。でもムーちゃんって、今まで何も1等賞を貰ったことがないでしょ…、だからだよ」

「ふ~~~ん… ホントかなぁ~」

「ホ、ホントだよッ! ホントにムーちゃんのために勝ちたいんだよ!」

 どうやらボクは、ヘタな言い訳させたら天下一品なのかも知れない…

 3人の視線に耐えきれなくなったボクは、{友だち思いのボクを疑うのは最低だ}というような態度でその場を立ち去っていった。

 でも、なんか後味が悪い…

 なのでボクは、その後味を消そうとムーちゃんのところに向かった。

 その向かっている途中、白組のエミちゃんとスレ違った。

 そのスレ違いざまに、バチバチバチッ と火花が飛ぶ。

「あんたのいる紅組には、絶対に負けないからね!」

「こっちこそ、お前みたいなジャジャ馬のいる白組なんかにゃ負けねぇよ」

「ふんッ、一度も勝ったことがないクセに…、この疫病神ッ」

「へんッだ! 運動会は最年長組で決まるんだよ。だから今日が正真正銘の本番勝負なんだ。覚悟しとけよ」

「ふんッ!」

「へんッだ!」

 わずか数秒の小競り合いだった。

 でもこれがボクのガッツを蘇えらせてくれた。

 普段はアッサリしているエミちゃんが、ボクに対してだけライバル心をムキ出しにするのには、それなりのワケがある。

 運動会の個人競技はもちろん、普段の運動やスポーツなんかでは、ボクが1等賞で、エミちゃんが2等賞に甘んじていることが多かったからだ。

 ボクだってそうだ。1等賞をいくら並べても、組が負ければ疫病神呼ばわりされる。

 たとえ個人タイトルが何もなくても、自分のいる組が勝てば、次の運動会までは勝ち組としてふんぞり返ることができるのが、ここの園児たちのルールなのだ。

 なので、こと運動会に関しては、あらかじめ1等賞がわかりきっている個人タイトルには大した価値はない。

 自分のいる組が勝つ方に、絶大な価値を置いているのだ。

 オリンピックの借りは、オリンピックでしか返すことができないのと同じように、保育園での運動会の借りも、保育園での運動会でしか返せない。

 そしてこれが最後の運動会だ。

 負けたら最後、もう借りを返す場所はない…

(今日負けたら、一生けなされるぞ… 負けれん! キッチリ決着をつけてやる!)

 運動会で自分の組が負けるとは、そういうことなのだ。

「よぉ、ムーちゃん」

「ゴッ、ゴゴ、フゴッフゴッ(←訳:あッ、ここ座んなよ)」

 お母さんの手作り弁当を口いっぱいに詰め込んでいるので、言葉になってない。

 でも、ハイハイしてる頃からの付き合いなので、何を言ってるのかくらい平気でわかる。

 ムーちゃんの横に座ったボクは、これまた当たり前のようにムーちゃんのお母さんからおすそわけを貰っていると、口いっぱいのご飯をお茶で無理やり流し込んだムーちゃんが、ボクに話しかけてきた。

「ングッ… 今のところ2勝2敗だけど、勝てるよね。絶対!」

「うん、勝てるし絶対に勝つよ。ムーちゃんのためにも絶対勝ってやるからな。任せとけ」

「・・・・ボクのため?」

「そうだよ。ムーちゃんのために、絶対に勝つんだ!」

「・・・・」

 バカにつける薬はないとは、このことだろう…

 ピロリロリーッ ガガッ

「はぁ~い、みんな始めますよぉ~ッ、集まって下さぁ~い」

 マチコ先生の拡声器の声が響き渡り、お昼の休憩が終了した。

 午後一番のプログラムは、全員でのダンスだ。

 これは紅組や白組なんか関係なく、園児全員で踊るので、勝ち負けには何の影響もない。

 なので楽しくダンスができる…

 んなこたぁない!

 楽しくダンスできるのは年長組以外だ。

 ボクたちの保育園は、5~6歳の年長組と3~4歳の年少組、そして2歳以下の幼年組がある。

 その年長組と年少組は、学年で言えば2学年ずつになっている。

 つまり、年長組の中には、ボクたち最年長組が存在するのだ。

 運動会の勝敗は、この最年長組にかかっている、といっていい。

 特に午後からのプログラムは、年長組と年少組がペアになって行う競技が目白押しなので、年長組が…、いや、最年長組が上手にリードしてあげないと勝てないのだ。

(リードして昼からの競技をやりたかったんだけどな、しょうがねぇや…)

 そうこう思いながら衣装を着替え、ダンスのスタンバイをしていると、園長先生が作ったこの保育園オリジナルの{アニマルダンス}の音楽が流れだした。

 ♪ パオーン キキッ ブヒブヒブー ♪ ガオガオ ワワワン リンリリリン ♪ 

 ちなみにだけど、このときのボクの衣装は、リンリリリンの鈴虫だった。

 まぁ、この鈴虫の衣装が、どっからどう見てもゴキブリにしか見えなかったので、本番でゴキブリみたいにカサカサ動けば、ギャラリーが湧くだろうと思って選んだのだ。

 でもだ…

 ボクは後半戦のことが気になって、それどころではなくなっていた。

 ほかの最年長組も、そんな感じでダンスをしてるようだ。

 そして、眼つきの悪いゴキブリ?の奇妙なダンスを踊り終えた。

 さぁ! 後半戦に突入だッ!

 ・・・あッ、それと、あとで知ったことなんだけど、鈴虫は、アニマルじゃないっていうことなんだよね。

(さぁてと、借り物競争か…、ここからが勝負だよな。去年、ボクの組の最年長組のほとんどが、クジ運が悪くて負けたもんな…)

 去年の借り物競争は最悪だった。

 いや、最低だった。

 クジ運というより、そのクジの内容がだ。

 あれはいけない、あれだけはいけない。

 そもそも、マチコ先生に作らせたのが間違いの始まりだった。

 あろうことかマチコ先生は、クジに{おとこのひと}って、3枚も書いていたのだ。

 {おとこのひと}っていったら…

 …出来上がった呑んべえしかいないじゃないか!

 ありえん……

 おそらく真面目なマチコ先生のことだから、{家族や近所の人達も分け隔てなく、全員参加してもらいましょう}ってな感じで書いたと思うけど、でも、それは禁じ手だ!

 それでなんと、ボクの組の最年長組が、その3枚をことごとく引き当ててしまったのだ。

 引き当てただけならまだしも、全員ゴールする前にゲロを吐いて…

 ホントにありえん……

 ボクが不安になりながら、借り物競争の最終走者のところで座っていると、やっぱり記憶が定かな年長組も不安みたいだ。

 集中が切れた顔つきになってる。

 ピロリロリーッ ガガッ

「今回のクジは、ユウコ先生が作りましたからね」

 突然、園長先生が拡声器を使って話してきた。

 テントの方に眼をやると、拡声器を持った園長先生の横には、申し訳なさそうにうしろ頭を掻きながら顔を赤らめているマチコ先生が見えた。

(ホッ、マチコ先生は作ってないのか……)

 年長組に安堵が広がった。

 と、そのときだった。

「あッ!…、思い出したッ!」

 ボクは世にも恐ろしいことを思い出してしまったので、思わず声をあげてしまった。

 ボクが恐る恐る年長組を見渡すと、ムーちゃん以外、みんな思い出したようだ。

 このときばかりは、敵味方関係なく、みんなと視線で言葉を交わした。

 ボクもエミちゃんと眼が合った。

(ヤバイ… ユウコ先生の方が絶対にヤバイよね…)

 と・・・

 2年前にユウコ先生が作ったクジの内容は、借り物なんかじゃなくて、変な言葉を大声で叫びながら走らなくちゃならない内容だったのだ。

 しかも、小さな声だったら、その組全員が即座に失格になるので逆らえない…

 去年はそれがイヤで、みんなでお願いしてマチコ先生に作ってもらったのだ。

 完全に思い出した…

(まさか… 今回も…)

「位置についてぇ~ よ~い」

 ピーッ

 スタートの笛が無情にも鳴ってしまった。

「火事だぁ~」

「逃げるな待てぇ~」

「万引きなんか、やってないよぉ~」

 やっぱりだった。

 ギャラリーが、涙をチョチョ切らせながら腹を抱えて悶絶してる。

「金返せぇ~」

「待ってぇ~、捨てないでぇ~」

 耳を塞ぎたくなるのでこの辺で…

 そうして、おぞましい借り物競争が終わった。

 みんな、1年分の疲れが一気に襲ってきたように、うな垂れながら引き揚げていた。

 というのも、これはボクたちの中では笑いのうちには入らない。

 笑わせる→〇、笑われる→×。

 コレがボクたちの笑いの原則なのだから。

 あッ、そうそう。

 ちなみにボクのクジは{おしっこ漏れちゃうよぉ~}だった。

 話は飛んで、最終プログラムの玉入れ競争。

 ポヨ~ン ポヨ~ン ポヨ~ン

 ボクたち紅組の年長組は、赤い球を適当に放り投げていた。

 入れる気なんてサラサラない。

 一所懸命に投げているのは、年少組とムーちゃんだけだ。

 一方、白組はというと、

 ポン ポポ ポ~ン

 と、打ち上げ花火のように、めでたく軽快に投げている。

 そう・・・

 玉入れで勝っても、紅組の負けが決まっていたのだ。

(なんで、こうなるかなぁ~… 昼の競技から1勝も出来ないなんて…)

 ボクはもう、抜け殻状態になっていた。

 当然その玉入れ競争も、圧倒的な差で白組の勝ちだった。

 ということで、これにて全プログラム終了…。

 白組のバンザイ三唱のあと、園長先生の閉会式の挨拶が始まった。

 エミちゃんが、抜け殻状態のボクを見て、ニヤッと笑いながら親指で鼻を弾いた。

 ブルース・リーを真似した、エミちゃんの勝利宣言だ。

(ちっくしょう…、これでまたエミちゃんが年少組に慕われるじゃないか……)

 そうして閉会式が終わると、みんな三々五々に片付けだした。

 まぁ、呑んべえたちは{これからだ}っていう盛り上がり方を見せている。

 その片づけを手伝っていると、少し遠くにいるムーちゃんと眼が合った。

 ボクとムーちゃんは、それからジッと動かないで見つめ合った。

 何を思っているのかくらいわかる。

 ボクと同じ思いだ。

 これは絶対に間違いない。

 ムーちゃんも、ボクと同じ思いなのはわかっている。これも絶対と言っていい。

 その共通する思いは、ただひとつ…

 それは・・・

 『お前が、疫病神なんだよッ!』

 ・・・これだった。

「フォッ、ホッ、ホッ、楽しい運動会じゃのぉ。フォッ、ホッ、ホッ」

「何言ってんのおじいさん、負けたら楽しくなんかないよ…悔しいばっかりだよ」

 運動会の翌日は振替で休みなので、ボクは下の川でおじいさんと話していた。

「では坊や、もし坊やが勝っておったのなら、うれしかったのかのぉ?」

「そりゃぁ、メチャクチャうれしいに決まってるよ」

「ふむ、では友だちと、かけっこ勝負で勝ったときはどうじゃな?」

「うれしいけど、元々かけっこはボクが一番早いから、少しうれしいくらいかな」

「ふむ、ではどうしてそんなに、うれしいに差があるのじゃな?」

「かけっこはいつも勝ってるけど、運動会はまだ勝ったことがないからじゃないの?」

「ふむ、では坊が、運動会で勝ち続けていたとして、また今回も同じように勝ったとしたら、坊やのメチャクチャうれしいは、少しうれしいに変わっていたのかのぉ?」

「うん。でも、かけっこよりは、うれしいと思うんだけど……」

 おじいさんが何を言いたいのかは、おぼろげだけどわかった。

 でも、ボクは続ける言葉が見当たらなかったので、そのまま黙っていると、おじいさんが話を続けてきた。

「では、もうひとつじゃ、もし坊やが、かけっこで負けたとしたら、どうなるのじゃな?」

「ボクが、かけっこで?」

「ふむ、そうじゃ」

(もし、かけっこで負けたら……)

 ボクは、かけっこで負けたときのことを想像したら、悔しい感情が沸き起こってきた。

 そして、その感情がボクの脳ミソを揺さぶったそのときだった。

 ピキューーーーン

「あッ、おじいさん、わかったよ」

「ふむ、何がわかったのじゃな?」

「あのね、どれだけ悔しいかで、うれしいに差が出るんじゃないの?」

「ふむ、どうしてじゃな?」

「だって、かけっこで負けたらメチャクチャ悔しいから、ボクだったら絶対にリベンジするよ。そして勝ったらメチャクチャうれしいもん。そうでしょ? そうなんでしょ?」

「ふむ、まぁよかろう」

 ボクは、おじいさんの{まぁ}っていう部分に少し引っ掛かったけど、何かがわかったような気がしたので、運動会の悔しさが薄れていった。

 するとおじいさんが、他愛のない会話をするような感じでボクに聞いてきた。

「坊やが、運動会で勝ちたい理由とは、なんなのじゃな?」

(うッ・・・)

 今回の運動会で、ボクが一番、触れて欲しくないところを突いてきた。

 これは、運動会が終わったその夜に、ボクが猛烈に落ち込んだことだった。

 なので、薄れた悔しさの代わりに、きのうの情けなさが蘇えってきてしまった。

 でもボクは、覚悟を決めておじいさんに話した。

「先生に、ムーちゃんのために勝つって言ったんだよ…、ムーちゃんにも……」

「ふむ、ムーちゃんのために、か…」

「うん…、またボク、Bさんをやっちゃったんだよね……」

「フォッ、ホッ、ホッ、AさんBさんとは少し違うのじゃが、まぁ良いじゃろ」

「えッ、違うの?」

「坊やがやったことは、世間で言う、大義名分のことじゃよ」

「タイギメイブン??? それってなに? なんなのそれ?」

「フォッ、ホッ、ホッ、そう慌てるな、いずれわかる。フォッ、ホッ、ホッ」

(・・・まただ…)

「まぁ坊や、そんな表情をするでない」

「ん???」

 ボクは面倒くさそうに返事をした。

 それを見たおじいさんが、

「やっとかのぉ?… 坊や」

 と、問いかけてきた。

 ボクは黙って続きを待った。

「これでやっと、入り口に立つことが出来るじゃろうて」

「入り口?」

「そうじゃよ、入り口じゃ」

「・・・・」

「思考という門の…、入り口じゃ」

「・・・・」

 そう言ったおじいさんは、ボクを残して帰ってしまった。

(思考の門??? その入り口???)

 少し疑問に思ったけど、今さっきのボクの感情が、それをかき消していった。

 運動会での出来事が…

 ボクは夕暮れの中で、思い出したくないけど最後の運動会を思い返していた。

 どうして、あんなことを言ったんだろう…

 どうして、あんな事をしたんだろう…

 どうして、こうなってしまったんだろう…

 いや、なぜ…

 こうして、しまうんだろう…

 ボクは、そのときの感情を味わいながら、川面をずっと見つめていた。


 **********

【質問】

 アナタノ タイギメイブンノ ハタハ マッスグニ タッテイマスカ?

 **********


 イノチノツカイカタ〈第1巻〉幼年編

 born to be…

 第8話「運動会」

 おしまい。


第9話「大丈夫」

イノチノツカイカタの目次一覧

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