今日の保育園は、なんだか落ち着かない。
別に悪い事じゃないけど、みんな少しだけ異様なテンションになっている。
普段は笑わないことでもゲラゲラ笑い、なんの意味もないチョッカイを出している……
明日は卒園式・・・
そのことが、ボクたちをそうさせているようだった。
今日は、その準備のため、卒園する15名の園児だけしか来ていなかった。
いつもの4分の1くらいしかいない。
みんなが異様なテンションでワイワイガヤガヤと騒いでいるのは、少しでも黙ってしまうとシーンとした空気が流れてしまい、寂しくなるからだろう。
ボクもそんな雰囲気の中、地に足がついていないようなフワフワとした感覚で友だちとじゃれ合っていた。
その寂しさが襲ってこないように……
「みんなゴメンねぇ~ ほったらかしにして、ゴメンゴメン」
ユウコ先生が慌てて教室に入ってきた。
先生たちは明日の卒園式の準備がまだあるので、朝の挨拶が終わってからも、あちこち駆けずり回っていたのだ。
ユウコ先生は、首にかけたピンクのタオルで汗を拭きながら、
「もう用事が終わったから大丈夫よ。さぁみんな、何して遊ぼっか?」
と、待ちくたびれているボクたちに微笑んできた。
そのニコッとしたユウコ先生の顔を見たボクたちは、
「鬼ごっこ」「かくれんぼ」「缶けり」「ダルマさんがころんだ」
などなど、みんな手を挙げ声を上げ、思い思いに注文した。
そうやって、ず~っと遊びを言い続けているボクたちを見て、パンパンッと手を打ったユウコ先生は、みんなを注目させると{静まれッ}のポーズをしたあとにボクたちに号令をかけた。
「よぉ~しッ、今日は全部やろう! 今、言った遊び、全部やろうッ! とことんやろう。さぁみんなッ! 運動場に集合~ッ!」
「わ~ッ! やったぁ~ッ!」
ボクたちは、クモの子を散らすように運動場に飛び出した。
ユウコ先生も日焼け防止だか何だか知らないけど、チューリップハットをかぶりながら出てきた。
そのあとの運動場は、ヤンヤ、ヤンヤの大騒ぎとなった。
ユウコ先生も常日頃、言うことを聞かないボクたちに、今までのうっぷんを晴らすかのように、手加減容赦一切なしで遊びを挑んできた。
「ウォリャァァァァァッ、お前だけは許さんぞぉ~」
初めて見るユウコ先生のその姿に引っ張られたボクたちも、
「なにを~ッ、んなことは机の上を片付けてから言え~ッ、このガサツ女ぁ~ッ」
そんなことを口走りながら、みんなで一緒に遊びに遊んだ。
そうやってずっと遊んでいると、
「みんなぁ~、お昼ですよぉ~ッ! こっちに来て下さぁ~いッ!」
マチコ先生の声だ。
やさしくて、ホントによく通るキレイな声だ。
そのマチコ先生の方を見ると、何やらクルクルと巻いた青いビニールシートや、四角い荷物が足元にいっぱい置いてある。
(んッ? まさか?)
みんなでマチコ先生の元へ{わぁ~ッ}って駆け寄ると、ユウコ先生が、
「給食のおばちゃんたちはお休みだけど、きのう、明日のお昼ご飯は用意しなくていいよって言ったでしょ。だから~」
と、いつものように少しもったい付けてから発表した。
「今日は特別に、みんなのためにマチコ先生がお昼ごはんを作ってきてくれましたぁ~ッ! みんな拍手ぅ~ッ!」
「うわ~ッ」「やったぁ~ッ」
「イヤッホ~ッ」パチパチパチパチ
マチコ先生は、拍手喝采で喜んでいるボクたちの姿を見ながら、
「さぁみなさん、園内ピクニックをしましょう。どこで食べましょうか?」
と言ってきたので、ボクたちはさらにヒートアップした。
「うおぉ~ッ」「やったぁ~ッ」「園内ピクニックだぁ~」
ボクたちと先生は、運動場のど真ん中に陣取って園内ピクニックを開始した。
「それではみなさん、めしあがれッ、いっただっきまぁ~すッ」
マチコ先生が作った、段々に重ねたお弁当箱をボクたちが開けると、次々に、
「すげッ」「おいしそぉ~」「豪華ぁ~」
などの賛辞が飛び交った。
ホントに豪華だ。
お正月のデパートでも売ってないほどの豪華さだ。
みんながそうやってマチコ先生のお弁当に驚いていると、突然ユウコ先生が、
「うわッ、性格ッ…」
と、小声で驚いていたので、そのお弁当箱をのぞいて見た。
初めて見た。
その箱には、定規をあてて切り揃えたかのような…、そして鍛え抜かれた軍隊かのような黄金に輝く卵焼きが、ピシッと整列していたのだ。
そして食べてみて、またビックリ!
ほとんど味がしない・・・
超がつく薄味・・・
カラフルな見た目とは大違いだった。
しかしだ!
その超薄味に驚いているボクたちを、マチコ先生はメガネをキラッとさせて、{さぁ、たんとお食べなさい}という感じでニコニコしながら見ている。
(マズイ… あのモードだ)
そのマチコ先生と眼が合ったユウコ先生は、慌てて笑顔を作ったあと、即座にお弁当に視線を落とし、{コイツは困ったぞ}みたいな顔をしている。
するとだ。
困っているユウコ先生が、ゴクンとツバを飲み込むと、
「マチコ先生の料理って、お、お上品な味付けねぇ~」
って、やってのけた。
それを聞いたボクたち全員は、ユウコ先生をジト~ッと睨んだけど、ボクたちと眼が合った瞬間に{ヤバッ}という感じで視線を外し、それ以降は眼を合わせてはこなかった。
ユウコ先生は、まんまと逃げた。
さぁ、困ったのは残されたボクたちだ。
ボクたちの祈りはただひとつ、
(…頼むッ!… ムーちゃん… しゃべるなッ!)
この一点だった。
でも、そんな心配は無用だったようだ。
なんと、ムーちゃんがガツガツ食べ出したのだ。
しかも{うまい、うまい}と言いながら食べている。
ボクたちは一気に肩の力が抜けた。
以前から{そうじゃないかな?}って思っていたけど、やっぱりそうだ。
ムーちゃんは、味覚もオンチで間違いない……
でもボクたちは今回、この味覚オンチに…、いや、ムーちゃんに助けられた。
そうしてボクたちがホッと胸を撫で下ろしていると、
「ほら、ほかのみなさんはどうしたの? たくさん食べて下さいね」
と、場の空気が読めないマチコ先生が、涼しい笑みで催促してきた。
でも、気が楽になったボクたちは、
「おいしい」「うまい」「コレいいねぇ~」
などの言葉をなんとか使いながら食べることができた。
ムーちゃんサマサマだ。
(やっぱりとんでもないヤツだなムーちゃんは… マチコ先生もだけど……)
ボクは、なんだかワケのわからない理由で自分自身を納得させていた。
そんな感じのお昼のあとは、マチコ先生も交じって一緒に遊んだ。
しかし相変わらずマチコ先生は運動オンチだ。
縄跳び、フラフープ、竹馬ができないのはもちろんのこと、ブランコに乗って酔ってしまう先生なんてそういやしない。
でも、そんなマチコ先生も、いつも以上にニコニコとしていた。
ボクたち、ユウコ先生、そしてマチコ先生も、一緒になって一所懸命に遊んだ。
ホントに、今日という日を一所懸命になって遊んだ。
今日という日が、終わらなければいいのに……
その思いを隠しながら…
そうして卒園式の前の日という…、終わってほしくない今日という日が、
「さぁ… みんな…」
少し寂しげなユウコ先生の声で、その終わりを告げた。
― 卒園式当日 ―
「じゃ、先に出かけるぞ」
卒園式は10時からなのだけど、今はまだ9時少し前だ。
大人がどんなにゆっくり歩いても15分とかからない道のりだけど、体の悪い父ちゃんは、休み休み休憩を取りながら行くので1時間くらいかかる。そのための早出だった。
「いってらっしゃい。あとでね」
きのう貰ったマチコ先生のお弁当の残りを食べながら、父ちゃんを見送った。
ボクは、去年卒園した近所のお兄ちゃんの{御下がり}を着て、毎朝見ていた子ども番組のテレビをつけたけど、なんだかソワソワして落ち着かない。
ユウコ先生が{明日は9時30分に来てください}と言ってたので、最後のいい付けくらい守ろうと、9時30分少し前に終わるテレビをつけたまま、映像や音をうわの空で眺めていた。
なんにも頭に入らない状態だった。
テレビが終わった。
ボクはテレビを消して弾丸のように家を飛び出した。
「おはよう」
「はい、おはよう」
近所の人たちだ。
みんなしてゾロゾロ保育園に向かっている。
それは、この村では昔からのしきたり?で、卒園式や入園式なんかは、村全体の行事と思っているので、みんな当たり前のように参加するのだ。
そんな中、父ちゃんがいた。
座って休憩を取りながら新聞を読んでいる。
「先に行っとくね」
「ああ」
(父ちゃん、このペースだったら卒園式には間に合うな)
そう思ったボクは父ちゃんを追い抜くと、ギアをトップに入れて駆け抜けていった。
保育園が見えた。
もう続々と集まってきている。
門のところで、藤色の洋服を着たユウコ先生と、桜色の洋服を着たマチコ先生がお出迎えをしているのが見えたボクは、興奮状態でその中に飛び込んでいった。
「おはよう! ユウコ先生ッ」
「おッ! 来たな悪がきボウズ。おはよう」
「おはよう! マチコ先生ッ」
「はい、おはよう」
ユウコ先生もマチコ先生も、キレイな洋服を着てる。
それに普段はスッピンなのに、お化粧をしているせいで、ボクは少し照れてしまった。
その照れたボクの姿を見て、マチコ先生は{どうしたの?}という表情をしてる。
でも普段、ガサツなユウコ先生は違った。
ボクが照れながらユウコ先生を見ると、なんとユウコ先生の方も照れだしたのだ。
そんなユウコ先生を見ていたら、なんだかボクはもっと恥ずかしくなってきたので、
「ユウコ先生、やるぅ~ッ」
と言って、照れ隠しをした。
するとどうだ。
ユウコ先生の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「うるさいわねぇもうッ、早く行きなさいよッ」
ユウコ先生は真っ赤な顔で言いながら、ボクの背中を{早くあっち行けッ}って感じで、パシッて叩いてきた。
その叩かれた拍子にパッと運動場を見てみると、もうすでに輪になって遊んでいる友だちを見つけた。
ボクはユウコ先生とマチコ先生に、{じゃまたあとでね}って感じで目を合わせると、その輪をめがけて一目散に駆け寄った。
「お~いッ」
「オ~ッス!」
「おうッ」
友だちの元気な声がボクを迎えてくれる。
でも、今日は卒園式ということ、そしていつもの水色の園内服じゃなくて、みんな揃って{おめかし}をしていたせいで、照れが入ったチョッピリ違う元気さだ。
ボクたちは、当然のように{おめかし}を題材にして、けなし合いを始めた。
すると、これまた当然のように、あとから来た友だちが、ひとり加わり、ふたり加わりと増えて、けなし合いが盛り上がっていった。
いつものように・・・
そうやってボクたちが輪になってけなし合いをやっていると、一人の女の子が輪の外で、なにやらモジモジしているのが見えた。
誰だろう?と思って近づいたけど、顔を伏せたままなので前髪で顔が見えない。
真っ白でフリフリのミニスカートの洋服に、頭にはでっかいリボンがついている。
(近所に、こんな子いたっけ? 誰かの親戚の子かな? 村全体の行事だから、誰が来てもおかしくないけど… 誰だろ? いったい…)
不思議に思ったボクは、思いっきり真下から、その女の子の顔を覗き込んでみた。
その女の子は顔を伏せたまま、チラッとだけどボクの眼を見た。
・・・そのチラッとだけで十分だった。
「え~~~ッ! エミちゃん???」
ボクのその大きな声で、けなし合いがストップした。
みんなは、その真っ白でフリフリのミニスカートの洋服を着ているエミちゃんの周りに、まるでお化け屋敷にでも入るかのように恐る恐る集まった。
そうしてみんな、思いっきり真下からエミちゃんの顔を覗き込んだ。
「あ~ッ、ホントにエミちゃんだ」
誰かがそう言うと少し間をおいて、ドッカァ~ンとした笑い声と同時に…やっぱりだ。
みんながエミちゃんを一斉にけなし始めた。
そりゃそうだ。
普段のエミちゃんは、髪の毛はボッサボサで、ジーンズに無地のTシャツが定番。
活発でアッサリした性格が、ボクらの共通イメージだったからだ。
{まぁ、たまに面倒くさいときがあるけどね…}
それがフリフリのミニスカート…
けなされないはずがない。
「うるさいッ! ほっといてよ もうッ!」
エミちゃんは顔を真っ赤にしながらそう言うと、クルッと背を向けてしまった。
その態度を見たボクたちは、お互いにニヤッと笑い合い、ここぞとばかりにエミちゃんに集中砲火を浴びせかけて、けなしにけなした。
「馬子にも衣装ってこのことか。エミちゃんに小判」
などなど・・・
そういう一方的なけなしをずっと続けていると、
「や~い、エミちゃんの、おとこおんなッ」
と、そのけなしに、エミちゃんが背中越しにピクッと反応した。
クルッとこっちに振り向いたかと思うと、エミちゃんが眼にうっすらと涙をためたまま、鬼の形相で言い返してきた。
「誰がおとこおんなよ? はぁ? あんただって売れない漫才師みたいなカッコじゃないッ! それにあんただってなによ! 古びた温泉のマジックショーのアシスタントみたいな&#%*‘$%…」
みんな少し呆気にとられた。
でも、これでこそエミちゃんだ。
キレイな洋服を着てるけど、そこにいるのはやっぱり紛れもないエミちゃんだった。
とまぁエミちゃんも、こうしていつものけなし合いに、なんとか合流できたみたいだ。
ボクたちが、そんな感じでワイワイガヤガヤやってると、マチコ先生が早歩きでこっちに向かってきた。
少し眼が怒ってる。
(もうすぐ卒園式が始まるのに、遊んでるから怒られんのかな?)
すると近くにきたマチコ先生が、
「あなたたち、エミちゃんをイジメてはダメですよッ! おやめなさいッ」
と言ってきた。
(んッ? イジメ? エミちゃん? なんのことだ?… マチコ先生も知ってるように、ボクたちは、ただ普通にけなし合ってるだけなのに…)
ポカンとしたボクたちに、マチコ先生は続けた。
「先生は、最初からチャンと見てたんですからねッ! みんながエミちゃんのスカートの中を覗き込んでイジメてたのを。みんなエミちゃんに謝ってくださいッ」
(・・・・スカートの中?… 顔を覗き込んだだけなのに…)
みんな、あんぐりした…
エミちゃんも、あんぐりしてる。
そんな空気の中、メガネをキラつかせたマチコ先生は両手を腰にやって、口を真一文字にキュッと結び、
{早く謝んなさいッ!}
というオーラ全開でボクらを睨んでいる。
(もうダメだ… ホントのことを言っても通用しない。言いなりになるしかない……)
ボクたちに残された道は、ひとつしかない。
なのでボクたちは、
「エミちゃん、スカートの中を覗いて、ゴメンなさい…」
と、エミちゃんに仕方なく言うと、
「あッ… う、うん… 許して、あげる」
エミちゃんも、なぜか申し訳なさそうにボクたちを許して? くれた。
それを見たマチコ先生は満足したように大きく頷くと、スタスタと会場に戻って行った。
毎度のことながらだけどボクたちは、
(どうにかならんかな、この先生は…)
と、ため息をつきながらマチコ先生のうしろ姿を見送った。
でもだ。
マチコ先生のうしろ姿を見送っていて、ボクたちはハッと気がついた。
「スッゲェ~ッ!」
卒園式の会場が、飾り付けで凄いことになっていた。
会場の内も外も、花や蝶や動物たちで埋め尽くされている。
すごく華やかだ。
運動場に集まってる近所の人たちも、
「こりゃぁすごいな。こんなにいっぱい飾り付けした卒園式は初めてだ」
そんなことを口々に言っている。
ボクたちは、その飾り付けの近くにいって、ひとつひとつを見て回った。
ホントに丁寧につくってる。
しかも立体的にだ。
みんな感動して見入っている。
でも、{ユウコ先生はやってないな}ってのは、みんなが共通に思ってたのは、ほぼ間違いないけどね…
先に会場に入って卒園式が始まるのを待ってるお母さんたちが、会場のうしろに張り出してあるボクたちのお絵かき?を見ながら笑ってるのが見えた。
別に怒ってる様子は感じられないので、暴露組はホッと胸を撫で下ろしている。
するとユウコ先生が、
「ほらッ、式が始まるから会場に入ってみんな」
そう言いながら不意を衝くように、
「そら、つかまえたッ」
って抱きつくように、ホッとしている最中のエミちゃんをつかまえた。
それを見たボクたちは、ワ~ッと叫びながらユウコ先生から逃げだした。
ユウコ先生が「コラ待てぇ~」と追っかけてきては、次々に「ほら、つかまえた」と、ボクたちにタッチしていく。
ワーワー、キャッキャの声が園内に響いた。
これは{タッチされたらおとなしく言うことを聞く}という、ボクたちとユウコ先生がいつもやっているタッチゲームなのだ。
近所の人たちも笑ってる。
この最後のタッチゲームを見て…
タッチされた友だちが、チェッと言いながらも、寂しそうに卒園式の会場に入っていく。
最後に残ったのは、ボクとムーちゃんだけになってしまった。
ボクとムーちゃんは、下駄箱の横に隠れて、そっと息をひそめていた。
でも突然、ガバッと後ろから首根っこをつかまれた。
「つ~かま~えた~ッ」
首根っこをつかまれたまま、ボクとムーちゃんがうしろを振り返ると、そこにはやっぱりニタ~ッと笑っているユウコ先生がいた。
「あぁ~あッ、めっかっちゃった… ちくしょう! 終わり終わりッ」
「しょうがないわねぇ、まったく… あなたたちにはホントに手を焼かされたわ……」
「・・・・」
「よりによって、こんな最後の日まで…」
ユウコ先生の表情が変わった。
ボクとムーちゃんをジッと見てるその眼に、涙がだんだん溜まっていくのがわかった。
ユウコ先生は、首根っこをつかんだ手を放すとボクたちに背を向けた。
うつむいたまま少し肩を上げ、両手のこぶしをギュッと強く握ったユウコ先生。
そのユウコ先生のうしろ姿に…
ボクたちは言葉を失った…
ユウコ先生が、泣いているのだ。
ボクは、どうしていいかわからなくなった。
そして、ユウコ先生の鼻をすする音が聞こえたときだった。
ムーちゃんが、
「ユウコ先生、大丈夫だよ。ボクたち卒園しても遊びに来るよ。それに小学校行くときも、みんな保育園の前を必ず通るんだしさ… ねッ?」
と言って、ユウコ先生を慰めた。
「そうだよユウコ先生、大丈夫だよ」
ボクもムーちゃんに続けて慰めた。
それを聞いたユウコ先生は、
「そうだよね… そうだよね… 大丈夫だよね…」
と言って空を見上げた。
それから鼻をひとつすすると、振り絞るような元気さで、
「うん、大丈夫! どこに行っても、何をしてても… きっと大丈夫ッ!」
ユウコ先生は、自分自身に言い聞かせるように言っていた。
ボクとムーちゃんは
ユウコ先生が見上げるこの空を
寂しさに押し潰されないように この空を
その言葉とともに 静かに見つめた
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【質問】
アナタハ サビシサヲ ナニニ ヘンカン シテイマスカ?
イヤ ソレヨリモ
アナタノ サビシサッテ ドコカラヤッテ クルノデスカ?
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イノチノツカイカタ〈第1巻〉幼年編
born to be…
第9話「大丈夫」
おしまい。