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イノチノツカイカタ第1部《幼年編》第01話「サっちゃん」

【人類は月にまで行けるのに】

 寿命が長くなる一方、人の気性は短くなり、

 身体は大きく成長しても、器量は小さくなっている。

 充実した家が多く建つ一方、家族のカタチは少なく希薄になり、

 コミュニケーション術は知っていても、隣の家のことは何も知らない。

 知識の門は広がる一方、知恵の門が無いため視野が狭くなり、

 便利になっているハズなのに、時間とゆとりは無くなっている。

 餓死する子どもを見て涙する一方、翌日には週末のディナーを気にし、

 世界平和を願うのに、内輪もめや隣人とのトラブルが絶えることがない。

 人類は月にまで行けるのに

 人類は月にまで行けるのに…


 ピキュ ピキュ ピキュ ピキュ ピキュ~~~~ッ

 ボクの家の玄関先で、その音は止まった。

(サっちゃんが来たな……)

 もうじき4歳になる、滅多にしゃべらない女の子、近所のサっちゃんだ。

 今日は日曜日なので、ボクは家でゴロゴロしていた。

 ゴロゴロしているのにも飽きてきたので、自転車でどこか遊びに行こうかな?っと思っていた矢先のことだった。

(サっちゃんが来たみたいだから、自転車は中止だな)

 そう思いながら玄関まで出て行って、外を見てみた。

 そこにはやはり、いつもの歩くたびに音が出る真っ赤なサンダルに、いつものお姉ちゃんのお下がりのダボダボのTシャツ。

 そのTシャツの襟首は、ノビノビでダランダランなので肩が出ている。

 でもなぜか、いつも左の肩が出ている……

 そんないつものサっちゃんが、ボクの家の玄関先で直立不動でボクを睨んでいた。

{遊んでくれなきゃ、泣いちゃうからネッ!}っていう感じの上目使いで……

 チョット待て、泣かれたら困る。

 サっちゃんは、滅多にしゃべらないけど泣いたら最後、お母さんに送り届けるまでグショグショになりながら、大きな声で泣き続ける。

 お母さんに送り届ける途中も泣き続けるので、それを見た近所の人たちは、{ボクがサっちゃんをイジメた}と思っていたに違いない。

 送り届けたあとも、お母さんに飛び込むように抱きついて、まるでボクがイジメたかのように、キッと睨み返してくる。

 こうなったらたまらない、たまったもんじゃない…

 なのでボクは、様子を探るように軽くニコッと笑い、

「空き地に行って、遊ぼっか?」

 と言うと、サっちゃんはボクを睨んだまま目線を外さずに、コクリとだけ頷いた。

(どうやら大丈夫みたいだ。でも油断はできないぞ)

 ひとまず、ホッとした。

 サっちゃんは、遊べないとなると泣きじゃくる。

 でもいったん遊んでしまえば、そのあとは少々のことがあっても、家に帰るまでは泣かない女の子に変身する。

 なので、上目使いをやめたサっちゃんの表情を確認したボクは、

(これでなんとかなるだろう……)

 と、ひと山越えたような気分になって、玄関の外へ出た。

**********

「さぁ行こう、サっちゃん」

 ピキュ ピキュ ピキュ ピキュッっというサンダルの音をうしろに聞きながら、ボクはサっちゃんを連れて、ボクが来年の春に卒園する、保育園横の空き地へと向かった。

 歩きながらサっちゃんを連れて歩くボクは、なんとなく誇らしかった。

 というのも近所には、いろんな年代の子どもやお兄ちゃんお姉ちゃんがたくさんいるのに、なぜかサっちゃんはボクにしか懐いていない。

 ボクはそれが軽く自慢だった。

 つまりだ。

 一人っ子のボクは、{慕われるお兄ちゃん}の気分を満喫していたのだった。

 ピキュ ピキュ ピキュ の音が心地いい。

 でもそんな気分も束の間だった。

 着いたはいいけど、空き地に人っ子ひとりいないのだ。

 いつもなら5人以上は遊んでいるはずなのに…

「あれぇ~ッ、誰もいないねぇ~サっちゃん…、どうしよっかぁ???」

自慢できないショックを隠すように、普段のボクを装った。

 いや、今にも泣きだすんじゃないか?…

 その不安の方が強かったのかもしれない。

 空き地にボクの声が響いたあとの静けさに、何ともいえない気分になってきた。

 なのでボクは、腫れ物に触るような感じで、サっちゃんの様子を横目で探ってみた。

 サっちゃんは、そんなボクを見透かすかのように、ジトッとした眼でボクを見つめている。

 ボクが慌てて眼を逸らしても、斜め下からの視線をヒシヒシと感じる…

(マズイ、どうしよう……ほかの公園に行こうにも、その公園は遠いから歩いていくにはサっちゃんには無理だし、ここの空き地にはサっちゃんが立ったまま通り抜けられるくらいの大きなドカンが2つと、壊れて滑れない滑り台しかない……日曜日だから、近所のじぃちゃんやばぁちゃん達もゲートボールの練習には来ない。どうしよう……遊べないなんて絶対に言えない。ホントにどうしよう……)

 とまぁ情けないことに、ボクは慕われるお兄ちゃんどころか、3歳の小さな女の子を目の前にして狼狽する{頼りないお兄ちゃん}に成り下がっていた。

(マズイなぁ~、でも、何かしないと…)

 ボクは勤めて平静を装ったけど、内面はアタフタしていた。

 実際は20秒ほどだったはずなのに、その時間は、とてつもなく長く感じた。

**********

 するとだ。

 サっちゃんは、そんなボクをよそに音の出る真っ赤なサンダルを脱ぐと、壊れた滑り台の方へ少し急ぎ足でトコトコと歩いて行った。

(脱出成功か?…いやいや、何もしていないのに成功もヘッタクレもないな…)

 そう思うとボクは、様子を確認するようにサっちゃんを眼で追った。

 とってもかわいい。

 サっちゃんが裸足で歩くときは、トコトコという感じがピッタリの歩き方をするのだ。

 それに顎を引いて両ひじを伸ばしたまま、手を棒のように振って歩いていくコミカルさもたまらない。

 そう思った瞬間、ボクの頬の筋肉が緩み、同時に肩の力が抜けていくのを感じた。

 滑り台の下から頂上を見上げたサっちゃんが、滑り台の階段を登りはじめた。

 ボクならトントントンって感じで軽く登れるけど、そこはやっぱり3歳の小さな女の子。

 とても愛らしく、{うんしょ、うんしょ}っていう感じで一段一段登っていく。

 そんなサっちゃんを見てたら、ボクは思い出した。

(そうだそうだ。サっちゃんは高いところが好きだったんだよな)

 ボクは、サっちゃんが脱ぎ捨てた真っ赤なサンダルを拾い上げ、滑り台の下まで駆け寄ると、滑り台の上に立つサっちゃんを見上げた。

 そこには、風に髪をとかれながら気持ち良さそうに眼を細め、穏やかに遠くを見ている、いつもとは違うサっちゃんがいた。

「サっちゃん気持ちいい?」

 サっちゃんが遠くを見つめながら、コクリと頷いてくれた。

「何が見えるの?」

 って聞いたら、サっちゃんが指をさした。

 その小さな指の先をたどると、コバルトの青空に、薄くて質の良い高級レースで仕立てたかのような白銀のお月さまが、ふんわりと浮かんでいるのが見えた。

「うわぁ~ッ、きれいなお月さん」

 そうボクが驚いたようにつぶやくと、滅多にしゃべらないサっちゃんが小さな声だけど、まるでプロポーズに返事をするかのように、静かに、でもシッカリと、

「うん」

 と言ってくれた。

(サっちゃんは、この青空に浮かぶお月さまを見て、何を想っているんだろうな?)

 そう思ったら、サっちゃんが何を考えているのか知りたくなってきた。

 でもサっちゃんのその姿や、雰囲気を見ると、何だか神々しく感じられて聞けなかった。

 いや、聞く気にはなれなかった。

 ボクが、ゆっくりとサっちゃんから白銀のお月さまに向き直ると、そのふんわりと浮かんだお月さまから、芳しい香りを乗せた風がやさしく吹いてきた。

 ボクはこの場の雰囲気を壊さないように、ゆっくりと静かに滑り台の下のパイプに座り、見上げた白銀のお月さまにボク自身の想いを馳せた。

こうしてサっちゃんとボクは、誰もいない空き地の壊れた滑り台の上と下とで、しばらくの間、それぞれの想いの中でひとつの時間を過ごした。

 

**********

 お月さまを見はじめてから、どのくらい時間が過ぎたのかはわからないけど、澄み渡っていた青空にニョキニョキと雲がやってきて、お月さまを隠してしまった。

 するとサっちゃんは、うんしょ、うんしょ、って、さっき登った階段を降りると、トコトコとボクのところへやって来た。

 そしてボクのズボンの裾を掴み、大きなドカンの方へと引っ張っていく。

 引っ張られて大きなドカンのすぐ脇に着くと、サっちゃんがボクの正面に立って、両手をボクに向かって突き上げてきた。

{ドカンの上に乗りたいの。わたしを抱っこしてドカンに乗せて!}のことだ。

 その表情は、ジト~ッとした眼つきでも、さっきの穏やかな顔つきでもなかった。

 女の子がよくやる、意図的にチョット悲しげに甘えてみせる{おねだり}の表情だ。

 この表情を見せられたらたまらない。

 俄然、ボクの慕われるお兄ちゃん根性に火が付いた。

 ボクは、サっちゃんの両脇をヒョイと持ち上げ、ドカンの上にチョコンと置いた。

 サっちゃんは{ありがとう}って言うような、少しテレた笑顔をボクにしてくれたので、今日のボクの{慕われるお兄ちゃん}のノルマは、最低限クリアーしたみたいだ。

 ボクは気分が良くなったので、サっちゃんにニコッと笑顔を返した。

 ドカンの上でクルリとボクに背を向けたサっちゃんは、お月さまが出ていないのを確認すると、視線を遠い東の山に移した。

 高台にある、この空き地から見える風景は、特別なんてことはない山や集落が見えるだけの、どこにでもある田舎の風景だったけど、ボクやサっちゃんを含めた近所の子どもたちは、この東の風景を眺めながら、のんびり話しをしたり、ぼんやりとして過ごすことがよくあった。

(ホントに気持ちよさそうだな、サっちゃん)

 今のサっちゃんも、遠い眼をしてぼんやりとしていた。

 ボクは、サっちゃんが座っている大きなドカンの周りに、ビッシリと敷き詰めてあるクローバーの絨毯の上に腰を下ろした。

 少しヒンヤリして気持ちがいい。

 そして、ボクが何気なく4つ葉のクローバーを探していると、サっちゃんがドカンの上で腹這いになったと思ったら、ズルズルとおなかを見せながらドカンから降りてきた。

 めくり上がっておなかの見えたダボダボのTシャツをおろし、両手の埃と、おなかの汚れをパンパンと払って、サっちゃんは身なりを整える。

 まぁそれでもやっぱり、左肩は出ていたけど…

 サっちゃんもクローバーの絨毯の上に小さくしゃがみ込んで、ボクと同じように4つ葉のクローバーを探し始めた。

**********

 暫くするとサっちゃんが、絨毯をかき分けながらボクに顔を向けて、ニコッと笑ってきた。

({!}…これはサっちゃんからの挑戦状だ!)

 どっちが先に4つ葉のクローバーを見つけられるかの競争が、サっちゃんの笑顔のサインでスタートした。

(ここは、お兄ちゃんとして負けられないぞ)

 ボクは、クローバーの絨毯に眼を凝らした。

 サっちゃんも両手をついて、真剣に絨毯を覗き込んでいる。

 お互いに負けられない。

 でもしかし…

 プチッ という音がサっちゃんの手元から聞こえた。

 まだ3分も経っていない。

(負けたか?)と思ってサっちゃんを見ると、右手に持ったクローバーをジロジロと見ている。

(やっぱり負けたか…ちくしょう…)

 でもボクは、{心が広いお兄ちゃん}なのだから、負けた悔しさを悟られてはならない。

 なので気持ちを落ち着けてから、{知的な人}が冷静に対処するように、

「もう見つけたの??? 早かったねぇ」

 そう言いながらサっちゃんに近づいて、サっちゃんの左手にあるクローバーを見た。

{!}驚いた。

「んッ、な、なんだこれ!」

 ボクは、大きな声を出して眼を見開いた。

 なんとそのクローバーには、葉っぱが異様なまでに、たくさんついているのだ。

 それを見たら、ボクの{知的なお兄ちゃん}なんか、どこかへ吹っ飛んでいってしまった。

(いや待てよ…。ボクを騙そうとして、2本のクローバーを重ねているのかもしれない)

 そう思ってよく見たけど、サっちゃんがつまんでいる茎は1本しかない。

 ボクは小さく丸くなって、異様なクローバーをジ~ッと見つめているサっちゃんの正面に座った。

 サっちゃんはボクに眼を移すと{お兄ちゃん、数えて}というように、異様なクローバーをボクの前に差し出してきた。

 ボクはサっちゃんからそのクローバーを受け取ると、クローバーの葉っぱが、ちぎれてしまわないよう慎重に数えた。

「1・2・3・4・・・えッ!…も、もう一回、1・2・3・4・5・6・7、な、7枚!…葉っぱが7枚ある・・・7つ葉のクローバー???」

 ボクは眉間にシワを寄せて、何か得体の知れないモノを見たときのような表情で言いながら、サっちゃんに眼をやった。

 ボクが驚いているのを感じ取ったサっちゃんは、真剣だけど少し不安が混じった眼をしていた。

**********

 はじめて見た。

 4つ葉のクローバーなら何度も見たことがある。

 友だち4人で20本以上取ったこともある。

 4つ葉なら別にたいして珍しくもない。

 5つ葉も、小さすぎて5枚目と呼ぶには、少々キツイのなら見たことがある。

 でも今回のクローバーは7つ葉…

 しかも葉っぱの大きさも揃っているし、なにより大きかった。

 ボクがジ~ッと沈黙して、不思議そうにクローバーを見つめながら考え込んでいたので、サっちゃんはシビレを切らしたみたいだ。

{わたしが採ったクローバーは、いったいなんなの? 早く教えて!}という表情で、ボクの顔を覗き込んできた。

「サっちゃん、このクローバーはすごいかもしれないよ。4つ葉のクローバーは幸せを運んできてくれるっていうけど、それよりも葉っぱが3枚も多い。確か7という数字はラッキーセブンとかなんとかいって、すっごく良いことみたいだから、4つ葉のクローバーよりも、もっともっとラッキーで幸せなことが起こるかもしれないよ。いやきっと起こるよ。きっとネ。すごいよサっちゃん!」

 ボクは自分で言いながら、自分自身を興奮させていた。

 サっちゃんは、ボクの言ってることがわかったみたいだ。

 頬に赤みが差したと思ったら、長年探していた宝物が見つかったかのように、パァ~ッと笑顔になった。

 サっちゃんは嬉しそうに、絨毯の上をピョンピョン跳ねながら喜びはじめた。

 しかしだ。

 それを見た瞬間、ボクにある感情が湧きあがった。

(このクローバーが欲しい。みんなに見せて自慢したい)と…

 ボクは、満面の笑みで喜んでいるサっちゃんに向かって、ほとんど無意識に、

「サっちゃん、そのクローバー、ボクにちょうだい」

 ・・・と言ってしまっていた。

 その瞬間、サっちゃんから明るい表情が消えた…

{変なことしたら、ただじゃおかないからネ!}

 そんな眼でボクを睨んでいる。

 でもボクは、さらに、

「サっちゃんが欲しがっていた緑色のガラス玉をあげるから、ちょうだい」

 と、またもや言ってしまっていた。

 ボクの引きつった薄気味悪い作り笑顔に、ガラス玉の撒きエサを付けて…

 それを聞いたサっちゃんは、{緑色のガラス玉をあげる}の部分にピクッと反応したけど、7つ葉のクローバーに眼をやると思い直したみたいだ。

 両手で大事そうにクローバーを胸にしまい込み、ズルズルと後ずさりした。

 それから先は、ボクがちょうだいと言いながらにじり寄ると、サっちゃんはイヤイヤと首を振りながら後ずさりする。

 こうしてボクとサっちゃんは、にじり寄りと後ずさりを何度か繰り返した。

 はたから見ればオオカミと赤ずきんちゃん。いや、オオカミならまだしも、ゾンビのように手を垂らしたボクの格好ったらありゃしない。

 まるで、よだれが溢れて止まらない恐竜のティラノサウルスの姿にそっくりだ。

 ティラノサウルスに怯え、後ずさりする赤ずきんちゃん…

 そんなワケのわからない異空間に、妙な緊張感が漂った。

 滑稽である。

 ボクの{慕われるお兄ちゃん}の姿なんかどこ吹く風で、成り下がるどころではなかった。

 だって今度は、ボクが{おねだり}をしていたのだから…

 しかも3歳の小さな女の子に…

 すべてが台無しとはこのことだった。

(あぁヤダヤダ、なにやってんだろ…)

 そう感じたボクは、なんだか自分がイヤなって、やめようとしたときだった。

「なにをしておるのじゃな?」

 ビクッ!

 突然しゃがれた声を聞いたボクは、とっさに首をすくめた。

(マズイ! イジメてると思っているに違いない。怒られる!)

 ボクは、ティラノサウルスのポーズのまま固まった。

 そして首だけを、そのしゃがれた声のした西の方向に、バツが悪そうに向けてみた。

(・・・ん?)

 そこには、知らないおじいさんが立っているのが見えた。

(誰だろう…?)

 それから20数年後、このおじいさんと対峙しなければならなくなるとは、ボクは全くもって気付かなかった。

**********

【質問】

 アナタハ ナニヲ エンジテ イマスカ?

**********

【幼年編《01》サっちゃん】おしまい。

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