第1話から読んでない方はホームからどうぞ。
さぁてと、今日は調理実習がある日だ。
2年生になったボクはウキウキしていた。
この調理実習は、体育、図画工作につづいて3番目に好きな授業だ。
自分たちで作って食べれるから…、ということじゃないッ!
それは、ボクたちの学校は2年ごとにしかクラス替えがないんだけど、調理実習だけは隣のクラスと合同でやることになっている。
実はその隣のクラスに、ボクの好きな女の子がいる…
んなワケで、今日のボクはルンルンなのだ!
ということで調理実習。
みんな今日の調理実習の献立が気になって、ソワソワしながら先生の発表を待った。
「えぇ~と、みなさん、今日はアップルパイを作りたいと思いますので、みんなで給食室に食材を取りに行ってください」
「はぁ~いッ」
(ア、アップルパイ…)
みんなは元気に食材を取りに行ったけど、ボクは一気にテンションが下がってしまった。
それは、ボクがアップルパイを大の苦手としているからだった。
あのなんともいえない、ニュル、ジャリっとした食感と、妙に甘ったるいあの感じが、どうしても好きになれなかったのだ。
**********
んで、まったくもって楽しくない調理実習が始まってしまった。
ボクの大好きな隣のクラスのマユミちゃんは、ボクから遠く離れたところで友だちの女の子と楽しくやってるみたいだ。
(せめてマユミちゃんが、そばにいたら楽しかったのに…)
なのでボクはもう、その調理実習にはまったく興味を失ってしまった。
(大嫌いなアップルパイなんか作りたくないよ~)
調理といっても、出来上がってる生地に、切ったリンゴを並べてオーブンで焼くだけだ。
毎回そんな感じの単純調理だったけど、いつもは、なんやかんやと楽しめた。
しかし、アップルパイなら話は違う。
マユミちゃんも遠いし…
(ちっくしょう~)
ボクは、なんだか腹が立ってきた。
(なんだこの単純作業は、こんなの調理じゃねぇよ。米を炊けよ、米を!)
八つ当たりをするように、リンゴをザクザク切って生地にのせ、何かよくわからない液体をペタペタ塗りたくると、荒っぽくオーブンにブチ込んで睨んでやった。
(ドライフルーツにしてやろうか! んッ?)ってな感じで。
チーン
アップルパイの出来上がりだ。
そこいらかしこからオーブンの出来上がりの合図の音が聞こえてくる。
チーンと鳴るたびに、その班の子たちがワッとオーブンに群がった。
「うわ~ッ、いい匂い。おいしそ~」
あちこちから、アップルパイを誉めたたえる声がボクの耳についた。
(どこがだよ。リンゴはジュースか丸かじりだろ。許せたとしても、野菜サラダに申しワケなさそうに入れるくらいだぞ!)
ボクはもう完全にダラけていた。イヤでイヤでたまらないのだ。
だって、今から大嫌いなアップルパイを食べなくてはならないんだから…
**********
「それじゃみなさん、今からアップルパイを食べるので、エプロンを脱いで手を洗ってください」
「はぁ~い」
ただでさえ大っ嫌いなアップルパイが、あの甘ったるい湯気をモウモウと漂わせながら、この調理実習室に充満している。
ボクは、その匂いだけで拷問のように感じていた。
食べる準備が整った子から席に着く。
(んッ?)
でもだ。チョット様子がおかしい…
ひとつの班は5~6人だったけど、その班の目の前には大きめのアップルパイが4枚ずつ並べられているのだ。
(チョット待て、多すぎるぞコレ…。作りすぎだろ絶対…)
そこには、どうみても食べきれないアップルパイが並んであるのだ。
(…どうすんだコレ?)
先生も気づいたようだ。
手に持ったレシピを見ながら先生同士が眉間にシワを寄せ、何やら小声でヒソヒソと話している。
どうやら先生たちが、やらかしたようだ。
最初に2クラス分を計算してたのに、この先生たち何を勘違いしてか、さらに{×2}をしてしまっていたのだ。
でも先生たちは、{これが正解です}と言わんばかりに、
「さぁ、とても美味しそうなアップルパイが出来上がりましたね。みんなで食べましよう。いただきます」
と、いけしゃあしゃあと、みんなに向かって言ってきた。
「い、いたぁだきます…」
やっぱり心なしか、みんなも元気のない{いただきます}だ。
そりゃそうだろう。
みんな給食を食べてから、まだ3時間くらいしか経っていないのに、この量のアップルパイ…
それに調理実習は、残さずに完食するのが習わしだ。
みんな、重たい空気の中でアップルパイを黙々と食べ始めた。
普段はワイワイとおしゃべりしながら食べるのに…
楽しくないったらありゃしない。
するとホレみたことか、案の定だ。
ほとんどの班がやっぱり残してる。
ボクの班もキレイにひとつ残っていた。
もうみんな、おなかがパンパンの状態で{どうするんだよコレ…}っていう眼つきでアップルパイを凝視している。
(もう入らん…。みんなも、もう入らんだろううな…)
アップルパイが嫌いなボクも、習わし通りに我慢して食べたけど、先生がせっついてきた。
「はい、みんなキレイに食べてくださいね」
「・・・・」
「あと少しだから、チャンと食べてください。ほらッ」
「・・・・」
「ほら食べなさいッ、みんなッ」
「・・・・」
先生の声が、お叱り説教モードに変わっても、みんな微動だにしない。
ただみんな、先生とだけは眼を合わさないようにしてアップルパイだけを見つめている。
{誰か食べろ、誰か食べろ}というオーラを発しながら…
ボクは、だんだんイライラしてきた。
大嫌いなアップルパイをたらふく食べたのに、先生は{まだ食え}と、せっついてくる。
(先生が分量を間違えたんだから、先生が食べればいいのにさ)
そう思ってみんなを見渡すと、遠くに座っているボクの大好きなマユミちゃんが、下を向いて少し涙を浮かべているのが見えた。
(マユミちゃん…)
そのうつむいた表情を見て、ボクのハートに火がついた。
(マユミちゃんのためにも、この暗い感じの雰囲気をなんとかしないと!)
そう思っていると、また先生がせっついてきた。
「ほらッ、みんな食べなさいッ」
「・・・・」
黙っているボクたちに、とうとう先生は半ギレ状態になって、
「ほら黙ってないで食べなさいッ。貧しいところの子どもたちは、食べたくても食べれないんですよッ、早く食べなさいッ!」
と、かなり強い口調で、みんなに説教をしてきた。
ボクは、かなりイラッとしたけど、この空気を変える使命感に燃えていたので、
「貧しいところの子どもたちだって、おなかがいっぱいになったら、もういらんッ!って言うわいッ!」
と、保育園で培ったジョーク?を{どうよッ}ってトボけた感じで飛ばしてみた。
シーーーーン
(あれッ? なに?このムード… ドッカ~ンは?)
要注意児童の3人だけが、先生に気づかれないように肩の下で笑っている。
ほかのみんなは、{お前、まだ先生の性格がわかってないのか?}という感じでボクを見てる。
マユミちゃんもだ。
すると先生が、怒りでプルプル震えてるのが見えた。
(・・・・)
どうやらボクは、その場の空気が読めず、やらかしてしまったようだ…
そのあとは、もう散々だった。
大嫌いなアップルパイを追加で食べさせられ、みんなが遊んでいる小休憩の時間に1人でトイレ掃除までさせられてしまった。
おまけに、マユミちゃんにも白い眼で見られるこの始末…
このボクに3つも不幸が襲ってきたのだから、散々としか言いようがない。
結局のところ、得をしたというか何というか、免れたのはボクをこっぴどく怒ることで、自分の失敗をごまかした先生だった。
その日から1週間、ボクのアダ名はトリプルパンチの{トリプル}になってしまったので、とにかくけなされまくった1週間になってしまった。
(ちくしょう、マユミちゃんを助けるつもりだけだったのに…)
なのでボクは決めた。
もうこんなことはコリゴリだ。
絶対に決めた!
もう二度とアップルパイなんか食べてやるもんか…と。
**********
「フォッ ホッ ホッ、そりゃぁ災難じゃったのぉ、フォッ ホッ ホッ」
おじいさんが、いつものように笑っている。
いや、けなし笑いだ。
でも、ボクには言い返す元気が出てこなかった。
アップルパイやトイレ掃除は笑いに変えれるけど、あのマユミちゃんの白い眼だけは少し、いや、かなりショックだったからだ。
(なんでこうなっちゃったんだろう?)
そう考えた途端に、ボクの中に怒りの炎がメラメラと燃え出した。
「でもおじいさん、先生たちってヒドいと思わない? 多めに作りすぎて間違ったんなら、素直に{先生が間違えました}って言えばいいのにさ」
そう言ってみたけど、おじいさんは微笑みながら無言でボクを見ている。
「おじいさん何で黙ってんの? まさか先生の肩持つの?」
「いやいや、そうではない。すまんすまん」
ボクに謝ったおじいさんが、何かを確認するように質問してきた。
「では坊や、そのとき先生たちは、どう思っておったのかのぉ?」
「そりゃぁ{なんとかごまかさないと}って思ってたんだよ…きっと」
「ふむ、ではどうして、ごまかさないといかんのじゃ?」
「バカにされるのが嫌だったからでしょ」
「バカにされることは、いけないことなのかのぉ?」
「そりゃそうだよ、だって先生は何でも出来なくちゃならないんだからさぁ」
「先生ってのは、何でも出来なくちゃならんのかのぉ?」
「何でも出来るから先生なんじゃないの? なに言ってんのおじいさん」
「ほぉ、先生は何でも出来るんじゃな?」
「うん、出来るし、出来なくちゃいけないよ。みんな普通にそう思ってるよ」
「ふむ、そうか」
納得いかないようなおじいさんの顔が見えたときだった。
じんわりとボクの中に、違和感が漂ってきた。
(ボク今、普通って使ったよな?…。普通が生み出すモノ?)
なんだか、わかりそうでわからない変な感覚になった。
ボクは、その{わかりそうだけどわからない}ということに、恐怖みたいなモノを感じて頭の中がモンモンとなっていった。
脳ミソがパンクしそうなボクを見たおじいさんが、
「もうよい、もうよい。今はそのくらいにしておくのじゃ」
そう言ってボクの頭をポンポンと叩いてくれた。
すると、{パシャパシャ、パシャッ}
「おっとっとっ、釣れた釣れた。久しぶりじゃわい」
と言って竿を立て、右手で魚を掴むとボクに見せてくれた。
「あッ、大きい!…っていうか、おじいさんが魚を釣り上げるのを初めて見たよ。今まで気にしてなかったけど、おじいさんってもしかして、釣り下手?」
「バッカもぉん! ワシが下手なワケがないじゃろぉ。坊やが見ておらんときには、いつもたぁくさん釣り上げとるんじゃぞ」
「ホントかなぁ?…」
「フォッ ホッ ホッ」
「アハハハハハ」
この笑いのおかげで、何だか解放された気分になった。
とりあえず、脳ミソがパンクするのを救ってくれたこの魚に感謝だ。
おじいさんは救世主であるこの魚の針を外すと、川にポイッと投げ入れて逃がした。
ボクは、川底にスーッと消えていく魚に心の中で、{バイバイ}とサヨナラをして空を見上げた。
おじいさんもボクと一緒に空を見上げてる。
「キレイな青空だね。おじいさん」
「ふむ、そうじゃのぉ」
しばらく2人で、この抜けるような空の青さを眺めた。
そして真っ白な雲が、はぐれるようにちぎれて流されていった。
**********
ボクは何の気なしに口を開いた。
「ボクね、青が好きなんだ」
「ほぉ、坊やは青が好きか。ふむ」
「うん、大好きだよ」
「坊やは、なぜ青が好きなのじゃな?」
(また始まったかな? まぁいいや)
「青がキレイだからだよ」
「ふむ、青はキレイなのかのぉ?」
「うん、キレイだよ」
「なぜ、青はキレイなのじゃな?」
「そんなの決まってるよ。みんなも言ってるし」
「ふむ、みんなか…」
「では坊やは、キレイなモノが好きなのじゃな?」
「うん、好きだよ。汚いモノが好きな人って、普通いないでしょ?」
「ふむ、そうじゃな」
(あッ、ボクまた普通って使った…。う~ん…)
そうやって、また考え込みそうになったボクを、おじいさんがさえぎってくれた。
「ではキレイなモノを、なぜ好きと思うのじゃな?」
「・・・・」
頭がこんがらがってきた。
「キレイなものは好き。好きなものはキレイ。でいいんじゃないの?」
「ふむ…」
ボクは、おじいさんが何を言いたいのかが全然わからなかった。
「では坊や、坊やはキレイだから青が好きと言ったのかのぉ? それとも青が好きだからキレイと言ったのかのぉ?」
「えッ、あ、うん…」
ボクは、だんだん自信がなくなってきた。
「少し考えてみるがよい」
そう言ったおじいさんは、川面に浮かぶ釣りのウキをジッと見つめだした。
そうしながら、ボクに考える時間を与えてくれたようだ。
(そういやボク、なんで青が好きなんだろう? キレイなものが好きっていうんなら、緑色も黄色も赤色もキレイだ…、でもボクは青を選んだんだよな)
ボクは、脳ミソが熱くならないように注意しながら考えた。
(でも待てよ? ボクがキレイなモノをキレイって思うのは、なんでなんだろう? ボクの{好き}ってなんなのかな? う~ん…)
「考え込んでおるようじゃな。少しヒントを与えるとでもするかのぉ」
おじいさんが、釣り針のエサを変えながらボクに微笑んだ。
ボクは、出口のない迷路に迷い込んでいるように、
「うん、おねがい。おじいさん」
と、助けを求めると、おじいさんはゆっくりと助け船を出してくれた。
「知らないけど知っておる。答えはチャンと坊やの中にある。ということじゃよ」
(んッ?・・・・{!}…チョコレートのことだ! ということはボクが経験してきたことの中に、その答えがあるってことだ。知っているけど忘れてる…、よしッ!)
ボクは記憶がある限り、小さなころからの思い出を探ってみた。
友だち、ユウコ先生、マチコ先生、園長先生、小学校の先生、父ちゃん、近所の人たち、etc.
ボクはあらゆる人と、起こった出来事をリロードして探索した。
(う~ん、あれも違う、これも違う。あッこれは! いや、やっぱり違う)
ボクは、もつれあった糸を丹念にほどいていった。
どのくらい時間が過ぎたのかわからない。
時間が流れてる感覚もなくなってきた。
ただボクは、向こうの川岸にある大きな木を見つめながら、一心に考えていた。
**********
と、そのときだった。
ピキューーーン
前に何度か経験したあの稲妻の感覚が、ボクの心臓をかすめるように駆け抜けた。
(あッ、わかった…。ボクが青を好きなワケが…でも)
そのボクの微妙な変化を感じ取ったおじいさんが口を開いた。
「坊や、どうしたのじゃな?」
「・・・・」
そのおじいさんの問いかけに、なんだか恐怖と恥ずかしさが合体したような感覚になったボクは、最初そのワケを話したくなかった。
でも自分の気持ちを更に探っていくと、
(でも…話した方が…)
と、何のためかはわからないけど、なんだか話さなくちゃならないような気がしてきた。
そしてボクの話したくないというブレーキが、フッ と外れた。
「ボク、わかったよ。青が好きなワケが…」
「ふむ、話してごらん」
「ボクの好きな女の子が、青が好き… だったからだよ…」
ボクの横でおじいさんが眼をつぶって、{うん、うん}と頷くのを感じた。
そのあとしばらくの間、ボクとおじいさんとの間に静かで穏やかな沈黙が続いた。
おじいさんは再確認しているボクの邪魔をしないように、そしてボクを守るように黙ったまま、そっと竿をたたみ始めた。
そのおじいさんに気づいてたけど、ボクは何も言わなかった。
いや、言えなかった。
ただ向こう岸にある、大きな木を見つめたまま動かずに考えていた。
(ボクの好き… ボクの嫌い… ボクの感情って)
そうしていると、おじいさんが別れ間際、ボクにこう教えてくれた。
「それが世間では、動機と呼ばれているものじゃよ」…と。
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【質問】
アナタハ ナゼ ソレガ スキ ナノデスカ?
アナタハ ナゼ ソレガ キライ ナノデスカ?
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【少年編《02》ボクは青が好き】おしまい。