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イノチノツカイカタ第2部《少年編》第04話「水族館」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


「むかしむかしあるところに、四六時中おなかを空かせているヘンゼルとグレーテルという兄妹がおりました。兄妹は食べ物を探しに森の中を歩いていると、お菓子の家を発見しました。その家の中を覗いてみると、その家の中には3匹の子ブタがおりました」

「おいちゃん、うるさい」

「すると北風さんが、3匹の子ブタが住んでいるお菓子の家を吹き飛ばしてしましました。つづきましては太陽さんが、3匹の子ブタをジリジリと照りつけ、3匹の子ブタの丸焼きをこしらえました。おなかが空いているヘンゼルとグレーテルは、その子ブタの丸焼きを食べて腹ごしらえをすると、また森の中を歩いていきました」

「おいちゃん、うるさいッ」

「森の中を歩いていると、ヘンゼルとグレーテルは小さな青い鳥を発見しました。兄妹は茂みに潜り込んで逃げようとするその青い鳥をなんとか捕まえました。するとどうでしょう、その青い鳥は、お祭りで売られているカラーヒヨコだったのです」

「おいちゃん、うるさいってばッ!」

「おなかが空いた兄妹は、そのカラーヒヨコを食べようと、そばにある池でゴシゴシ洗うと、あらビックリ! 青い色が落ちたそのヒヨコは、みにくいアヒルの子ではありませんか」

「おいちゃん、うるさいってばッ! 黙っててよ!」

「日が暮れて雪が降ってきました。寒いから温まろうにも火がありません。おなかが空いているのでアヒルの子を食べてしまいたいけど太陽さんはもういません。ヘンゼルとグレーテルは、寒いやら腹が減ったやらで困っていると、ちょうどいいことに、向こうにマッチ売りの少女が突っ立っているではありませんか。地獄に仏とはこのことです」

「うるさぁぁぁぁぁ~いッ! 本を読んでるんだから静かにしててよ…もうッ! …っていうか、いつまで続くのッ! そのゴチャ混ぜ童話ッ!」

「え~となぁ、歩き疲れて靴が破れてガラスの靴を拾って、木こりが作ったピノキオが出てくるけど、なんせ木こりが作ったピノキオだからデカ過ぎてガリバーになってだな…」

「もういい…、もういいッ!」

「いや、でも最後は若草物語で締めくくるんだぞ」

「・・・・知らんッ!」

 ボクの家の前の坂を下ったところに住んでいる{おいちゃん}だ。

 そのおいちゃんの家で本を読んでたらこのザマだ。

 だいたいこのおいちゃん、性格は明るくて頭が良いけど、物事を斜めに見るタチなので少々困るときがある。

 今のゴチャ混ぜ童話なんか、軽いジャブ程度だ。

 良く言えば、ひょうきんで気さく。

 悪く言えば、ひねくれ者って感じのこのおいちゃん。

 だけど、ボクが何かわからないことを聞いても、おじいさんや父ちゃんみたいな感じじゃなくて、キチンと答えてくれる。

 でもだ。

 さっきも言った通り、斜めの解答なので少々困るのだ。

**********

「ねぇ、おいちゃん、サラリーマンってなに?」

「税金を払って国を儲けさせ、車を買って車屋さんを儲けさせ、家を買って建築屋さんと不動産屋さんを儲けさせ、etc. つまりなんだその、周りを儲けさせる人のことだな」

「ねぇ、おいちゃん、紳士ってなに?」

「女の人の誕生日はシッカリ覚えているけど、年齢のことは忘れてあげれる人のことだな」

 挙げたらキリがないのでこの辺で…

 でも、おいちゃんの言ってることは、言い得て妙なところもあるので結構楽しめることもあった。

 ボクは、このおいちゃんから、ユーモア、ウイット、ブラックみたいなジョークの基礎を学んだのかもしれない。

{断っておくけど、今までスベったのも計算のうちなんだからね}

 それとこのおいちゃん、酔っぱらったときは必ず、{ジョークは叡智だ}っていうセリフを上機嫌で言っていた。

 そんなチョット風変わりなおいちゃんだった。

 それからボクは、あと少しで読み終わる{走れメロス}を、ふくれっ面しながら読んでいると、わからないことが出てきたので聞いてみた。

「ねぇおいちゃん、{無謀と挑戦}の違いってなに?」 

「となりのばあさんの…、そして来年就職するその孫娘…、そのお化粧の違いだよ」

「・・・・」

(どっちに当てハメて考えても失礼だろ…。ダメだなこりゃ)

 そう思ったボクは、サッサと本を読み終えて本棚に返すと、その本棚に{おさかな図鑑}と書いてある背表紙の文字が見えた。

 このおいちゃんの子どもが見てたヤツだ。

 結構古くて年季が入った本だ。

 その古いおさかな図鑑を手に取ってパラパラめくると、

(そういや最近、水族館に行ってないな? よしッ)

 そう思うと、もう居ても立ってもいられない。

 ボクは{また来るね}って靴を履きながらおいちゃんにサヨナラを言うと、おいちゃんも、{じゃぁ3日後の日没にな}って軽口を叩いて見送ってくれた。

**********

 家に帰って財布を取ったボクは、 さっそくバス停へと向かった。

(往復のバス賃と入場料くらいだったら、まだ大丈夫だよな)

 知っての通りボクの家は貧乏なので、お小遣いなんて貰ったことはなかったけど、お年玉や近所の人たちのお手伝いのお駄賃で、なんとか小銭くらいは持っていた。

 バスに揺られること30分。ようやく到着。

 バス停の目の前が水族館だ。

 ボクは財布に残った小銭を数えながら、バスを降りて水族館の入り口に立った。

(んッ? なんか少ないような…)

 ジャラジャラ

(げッ! 200円しかない。入場料は400円だぞ…)

 またやってしまった。

 先月、貯金が千円を超えたので、その千円は使ってしまわないようにと、金銭管理のできないボクが、別の引出しにわざわざ入れておいたのだ。

 だいたいボクは、いつもこんな感じだ。

 忘れ物が多くてイタズラ好き。

 財布の中にいくら入っているのかも感知しない…

 これは、ず~っと続いた。

 ボクが大人になってからもずっとだ。

 話を戻すッ。

(足りないけど、まぁいっか。なんとかなるだろ)

 ボクは200円を握りしめて、入場受付にいるおばちゃんのところに駆け寄った。

 そして、その握りしめた手を受付の窓口のおばちゃんに突き出した。

「お姉さん、これで入れてくれる?」

 そのおばちゃんは50歳半ばくらいだったけど、おばちゃんなんてボクは言わない。

 そんなこと言ったら門前払いだ。

 でも、敵もさることながらだ。

「足りないから、入れないねぇ~」

「でも、おさかなが見たいんだよ。だからこれで入れてちょうだい。お姉さん」

「アッ、ハハハッ、坊や、ここは飲み屋じゃないんだよ。アッ、ハハハ」

「そんなこと言わないでさぁ~、入れてよ~、お願いッ!」

「アッ、ハハハッ」

 強敵だ。笑って煙に巻くっていう最強手段の持主だ!

 ボクとお姉さん、いや、おばちゃんは、それからしばらく押し問答を繰り広げていたけど、思いもよらぬところに突破口があった。

「坊や、もういいから早くお父さんかお母さんを連れておいで、どこにいるの? 一緒に来たんでしょ?」

「お父さんかお母さん?…。ボク、お母さん知らないよ。顔も見たことないよ。んでウチの父ちゃんは体が悪いから家で寝てるよ。だから今日、ボクひとりで来たんだよ」

「・・・・」

 軽い笑顔で日常会話みたいに話したけど、そのおばちゃんが固まってしまった。

 すると、どうしたことだろう…

 おばちゃんの眼がウルウルとしてきた。

「坊や、苦労してんだねぇ…」

(苦労?… 結構楽しくやってんだけどな… まぁいいや、放っておこう)

 おばちゃんはハンカチで目頭を抑えながら、グスッと鼻をすすると涙声でこう続けた。

「いいよ。お入り坊や。いっぱい見ておいで グスッ お金はいいから…」

「???・・・{!}」

(なにッ、お入り? なんでまた急に? …しかもタダ?)

 晴天の霹靂とはこのことだ。

 状況がよくわかっていないボクは、グズグズ泣いているおばちゃんに背中を押され、小首を傾げながら水族館に入っていくことになった。

(わかんないけど、入れたからまぁいいかな?)

 というワケで、無事に入れたボクは、いろんなおさかなを散々見て回った。

 時間なんかまったく気にせずに、館内を何周したかもわからないくらいグルグル見てると、

「本日の御来館、誠にありがとうございます。当館は6時にて閉館いたしますので#&’$(&%」

 のアナウンスが流れた。

 慌てて水族館の外を見てみると、既に夕日が地平線にくっ付きそうになっていた。

**********

(あちゃぁ~、バス賃が足りないのに…、まぁいっか)

 そう考えていると、

「いっぱい見れた?」

 と、あのおばちゃんがボクに声をかけてきた。

 最初とは、打って変わったやさしい笑顔だ。

「う、うん、いっぱい見れたよ」

「そう、よかったわねぇ、坊や」

「うん、アリガトね」

「いえいえ、どういたしまして。またおいでね」

「うん」

「おウチはどこなの?」

「ここからバスで30分くらいのところだよ。バス賃が足りないから走って帰るよ」

 するとまただ。

 おばちゃんの眼がウルウルしてきてる。

 なにやらバッグからゴソゴソと財布を取り出そうとまでしてきた。

(また、ワケのわからんことになったら面倒くさいな。サッサと帰ろうッ)

「じゃぁね。また来るねッ」

「あッ、坊やチョットお待ち」

 ボクは、そんなおばちゃんを振り切るように、元気いっぱい家路に向かって駆け出した。

 {!}ゾクッ…

 100メートルくらい走ったところで寒気がしたので振り返ると、そこには、クネッとした内股立ちでハンカチを握りしめ、ボクを見送っているおばちゃんの姿が見えた。

「・・・・」

(大人って、ワケわからん…)

**********

「フォッ、ホッ、ホッ、愉快じゃのぉ」

「だよね。大人ってホントにワケわかんないよ。アハハハ」

「いやいや、愉快なのは、お主の方じゃよ。フォッ、ホッ、ホッ」

「え~ッ、ボクなのぉ? 違うでしょ、大人の方だよ」

 翌週、ボクは下の川で、ひょうきんなおいちゃんと、水族館のおばちゃんの話をいつものようにおじいさんに話していた。

「ところで坊や、そのおいちゃんとやらに話した{無謀と挑戦}の違いについてじゃが」

「あッ、そうだそうだ。それそれ!」

「その話でもするかのぉ」

「うんッ!」

(待ってました。そうこなくっちゃ!)

「では坊や、50メートルは何秒で走れるのかのぉ?」

「かけっこ? ん~ッと確か、8秒チョットくらいだったかな?」

「ふむ、ではその記録を0.1秒縮めるために練習するのは、無謀、挑戦どっちかのぉ?」

「それだったら、挑戦だよね。0.1秒だったら出来るよ」

「ふむ、では50メートルを1秒で走る練習はどうじゃな? 全人類を含めて」

「全人類を含めて? 無謀だよね。できっこないよ」

「では坊や、人類は50メートルの最速タイムを何秒まで縮められるのじゃな?」

「ん~ッ、たとえ0.1秒ずつタイムを縮めていったとしても、50メートルを1秒で走ることは出来ないもんなぁ…。どのくらいなんだろ? わかんないよ」

「ふむ、では人類は、8秒では走れるけど、1秒では無理ということになるのじゃな?」

「うん…っていうか、まさか1秒で走れるようになるの?」

「いや、無理じゃろ… フォッ、ホッ、ホッ」

「アハハハ、なぁんだ、真面目な顔して聞いてくるから走れるのかと思ったよ。アハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

 のどかだ。

 学校で少し気まずいことがあったことも忘れて、気が晴れてきた。

「坊や」

「なに? おじいさん」

「つまり人間は、出来ることと、出来ないことは、明確に存在するということじゃな?」

「うん、ただ、その中間っていうか、境目がわからないだけだよね」

「ふむ、では挑戦とは、その境目を出来る方向へとやっていくことなのじゃな?」

「うん、そうなるね。 んッ? でもチョット待っておじいさん、その境目っていうのはどこにあるの? 今、人類が6秒で走れるとして、人類の限界ってどこにあるの?」

「ふむ、限界という境目か…。まぁ今は、その疑問さえ持っておれば良いじゃろ」

「・・・・」

(やけに今日は軽いなぁ、いつもなら、もうチョット突っ込んでくるのに…)

 ボクは、何かすごいことがわかるかも知れないと期待した分、チョット不満だ。

(このまま帰るってのも、なんだか味気なくてイヤだな。なんかないかな?)

 そうして考えをめぐらせていたら、ピーンとひらめいた。

「{!}あッ、おじいさん、もしかしたら{もうダメだと思ったら、そこが限界だ。そこから先が根性だ。成功者は努力してる}とかいう教えなの? 本で読んだことあるよ」

「…そうではない。というより坊や、それは言葉遊びというものじゃよ」

「言葉遊び?」

「そう、言葉遊びじゃよ」

「・・・・」

「人は諦めた途端に成功したり、途中で投げ出した事が知らない間に芽吹いたり、たまたま貰った宝くじが当たって金持ちになったりする。成功と努力の関係は、そんなところにはないのじゃよ。じゃから今、坊やが言った抽象的な精神論を言葉遊びというのじゃよ」

(抽象的な精神論? どういった意味なんだろ? なんとなくならわかるけど…)

「じゃぁ、おいちゃんの冗談みたいなジョークは?」

「ジョークと精神論は、まったく別モノじゃよ」

「別モノ?」

「そうじゃよ。そのおいちゃんが言った{ジョークは叡智}とは、まさしくじゃよ」

「まさしく?」

「精神論はひとつの幻想じゃ。ジョークは現実を見据えた、力の源泉のひとつじゃよ」

「???…」

(えらく今日は、答えをポンポン言うなって思ってたら、やっぱりこれだ…、何を言ってるのかサッパリわからん)

 でも最近のボクは、こうなると俄然、元気が出てくる。

「じゃぁ、よく理想と現実っていうけど、今言った幻想って理想のこと?」

「いや、少々違う」

「じゃぁ、なんなの?」

「理想から現実を引いたモノ、それが幻想じゃよ。そして坊や、そこら辺りが境目じゃよ。…まぁこれも抽象的じゃがのぉ。フォッ、ホッ、ホッ」

「・・・・」

(やっぱりわからん。こういったときのおじいさんの言うことは、いつもわからん)

「さっきもワシが言うた通り、今は疑問を持つだけで良い。じゃぁな、坊や」

 おじいさんはそう言うと、ボクの頭を ポンッ とひとつ叩いて帰っていった。

 このことを理解するのには、まだかなりの時間が必要だった。

 でもこの先、ジョークから学び、そして理解することが多かったのにはビックリする。

 {そこら辺りが境目}ってのも、ジョークなしにはわからなかったのかも知れない…

 ボクは、夕日が沈んだのを確認すると家へと帰った。

**********

 さぁ、飯炊きだ。

 ボクは手早く米を研いでガスコンロに火をつけた。

 そして先週水族館から帰ったときから、そのままテーブルの上に放ったらかしてあった財布を手にすると、父ちゃんがその財布を見ながらボクに話しかけてきた。

「そういやお前、水族館に行ったとき夜の9時くらいに帰ってきたな? 水族館で何やってたんだ? 帰りに友だちの家に寄り道でもしてきたのか?」

「あぁ、あのとき? あのときは、バス賃が足りなくて走って帰ってきたんだよ」

「…やっぱりか」

「んッ? やっぱりってなに? どうしたのそんな顔して? ボクの顔になんかついてる?」

「お前、その財布の横についてる、カードを入れるような薄いポケットを見てみろ」

「んッ? 横?」

「!」おおッ、なんということだ。

 その薄いポケットの中から、キレイに4つに折ってある千円札が出てきたではないか。

「…何で? 父ちゃんが入れてくれたの?」

 ボクが不思議そうに父ちゃんを見ると、父ちゃんが呆れた顔で教えてくれた。

「その千円…、去年お前が自分で、{失くさないように}って言いながら入れたヤツだぞ。何やってんだお前…」

「・・・・」

 …だいたいボクは、いつもこんな感じだ。

**********

 【質問】

 アナタハ ドウヤッテ センビキヲ シテイマスカ?

 マサカ コトバアソビデ センヲビキヲ シテイマセンカ?

*********

【少年編《04》水族館】おしまい。

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