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イノチノツカイカタ第1部《幼年編》第04話「AさんとBさん」

 第1話から読んでいない方はホームからどうぞ。


「いってきまぁ~す」

 保育園に行く朝は、だいたい憂鬱だ。

 といっても保育園に着くまでだ。

 保育園は5分くらいで着くけど、それまでに{おはよう}を何回も言わなければならない。

 おまけに、ニコッとした笑顔まで付けて言わなければならない。

 とにかく近所の人たちときたら、朝の挨拶だけには、とっても厳しいのだ。

 しかし、近所の人たちは普段はホントによく遊んでくれた。

 面白いお話もいっぱいしてくれるし、楽しい遊びもたくさん教えてくれる。

 特にボクはしょっちゅう、よその家にあがり込んではジュースとお菓子を出してもらって、何時間も大人たちと一緒におしゃべりしてた。

 そのおかげで少し…、いや、かなり{おませな子}になってしまった。

 ボクはまだ保育園児なのに、小学校高学年のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちと、ほとんど互角に話すことができるような園児なのだ。

 でも近所の人たちが、いつもかわいがってくれたのは、ボクが体の悪いお父さんとの2人暮らしで貧乏だったからだろう。

 ホントにかわいがってくれた。

 でもしかしだ。

 朝だけは違う。

 挨拶をチャンとしなければ、普段はやさしい近所の人たちが豹変する。

 おばちゃんなら{こっちにおいで! おはようは? 笑顔は? んッ?}と言ってクドクドと説教される。

 おじちゃんなら{コラッ! こっち来いッ!}と、言うが早いかゲンコツが飛んでくる。

 これを避けることは不可能だ。

 だってボクの村は、田舎だけど住宅の密集地。

 道幅は広いところでも、大股で6~7歩くらいしかないところだからだ。

 朝、近所の人たちは説教するためだけにワザと表に出てるんじゃないのか?って思うくらい、その狭い道にたくさん並んでいた。

 おかげで保育園に着いたら、もうボクの笑顔と気力は枯れてしまっている……

 ボク以外もそうだ。

 保育園の門をくぐったら、みんな疲れて無表情になっていた。

 なので友だち同士の挨拶なんか、誰もしやしない。

 ただ残っているのは{さぁ、あとは先生に挨拶したら終わりだ。やっと朝が終わる}くらいの考えだけだ。

 ある1人を除いては…

**********

「おッはよ~ッ」

 この声は、ムーちゃんだ。

 ボクが門をくぐったときに、うしろからやってきた。

(なんでコイツは、いつもこう元気なんだよ。ちくしょう)

「おッはよ~ッてば、おッはッよッ!」

 そう言いながら、ボクの背中をポンッと叩いてきやがった。

 そのムーちゃんの顔を見たら、いつものようにヘラヘラしながらボクを見てる。

(ええクソッ、腹立つなぁ~)

「ムーちゃん、うるさいよ、もうッ!」

 ムーちゃんは、そんなことを言われてもまったく気にしない園児だ。

 いつもヘラヘラしながら、無気力の友だちに{おッはよ~ッ}を連発していく。

 朝はいつもコレだ。

 そして園児一同、先生に最後の挨拶を済ませ、{今日は何するんだろ?}と先生の発表を待った。

 というのも、この保育園にカリキュラムなんかはない。

 先生が外の天気やその場の雰囲気で、何をするのかを勝手に決める。

 のんきでお気楽な保育園なのだ。

 ボクたちは、先生の発表にドキドキしながら耳を澄ました。

(今日は、そろそろアレをやってもいいころだ)

 そう思っていると、やっぱりだ。

「そうねぇ? 今日はみんなで…、お歌を歌いましょうか?」

(そらきたッ!)

「やったぁ~ッ」

 みんな一斉に叫んだ瞬間、ムーちゃん以外のクラス全員でジャンケン大会が始まった。

 ジャンケンに勝った子から順に、ムーちゃんの近くに立って歌えるのだ。

「勝ったぁ」

「あ~負けた~」

 そんな歓喜と落胆の声が狭い教室に響き渡る。

 先生もヤレヤレという感じで、ジャンケン大会が終わるのを待っていた。

 ボクはジャンケン大会の1回戦で負けたので、ムーちゃんから離れたところに立たなければならなかった。

 代わってくれる友だちもいない。

 いるはずもない…

(あ~あ、つまんないな~、楽しみにしてたのに…)

 歌うために雛段にみんなで並ぶと、ボクはさらにテンションが下がった。

(遠すぎる…、こんなに遠くじゃ、チャンと歌っても意味ないよ)

 ボクたちがムーちゃんの横に立ちたがるのには、ワケがあった。

 ムーちゃんは極端に音痴なのだ。

 それは異常と言っていい。

 音程がとれないだけじゃなく、どっから声を出してるんだ?と、不思議になるくらい異様な声を出して歌うのだ。

 なので、ボクたちにとってお歌の時間とは…

 それは…

 ムーちゃんの近くで、つられないでチャンと歌えるか?のゲームなのだ。

 まだムーちゃんに、つられないでチャンと歌えた園児はいない。

 歌が上手なユウコ先生も、ムーちゃんの近くで歌っているときは、つられないように眼をつぶって歌っている。

 その歌の上手なユウコ先生でさえ、まだチャンと歌えていないのだ。

 なので、つられないで歌えればヒーロー間違いなしだ。

 つまり今日のボクは…

 そのヒーローになれるチャンスを失っていたのだった。

**********

 ムーちゃんの近くを勝ち取った4人の園児たちが、ムーちゃんに近寄って、

「勝負だ。ムーちゃん!」

「今日こそは負けないからね」

 など、目をギラつかせて挑戦状を叩きつけている。

 ムーちゃんも、

「よっしゃ! かかって来い。みんなまとめて返り討ちだ! ユウコ先生もネ!」

 と言って、みんなを、それからユウコ先生に眼をやってニヤッとした。

 ユウコ先生もムーちゃんの挑戦状に、

「今日という今日は、絶対に負けないからね。ムーちゃん見てらっしゃい!」

 って、受けて立った。

(あ~ッ、もうッ! 楽しそうだなぁ。いいなぁ~、ちくしょう~ッ)

 端っこにいるボクは、あのゲームの中に入れない悔しさでいっぱいだった。

 もう全然楽しくないから、早く終わらせたくなってきたボクは、

「で、ユウコ先生、何歌うの?」

 と、半分ふて腐れて催促した。

「ん~と、そうねぇ、この前負けた曲、グリーングリーンでリベンジねッ」

 ユウコ先生は気合たっぷりでオルガンの椅子に座ったと思ったら、早速弾きはじめた。

「さぁいきますよ~ッ さん、はいッ!」

 …あっけない幕切れだった。

 ユウコ先生がオルガンに突っ伏して、肩をヒクヒクさせながら笑っている。

 ムーちゃんに挑戦状を叩きつけた近くの4人が、おなかを抱えて笑っている。

 ほかの子たちも、ノックダウンして床に寝そべったり、転げまわって笑っている。

「へへ~んだ。お前たちの負けぇ~、ボクの勝ちィ~」

 ムーちゃんが勝ち誇った顔で、みんなを見ながら勝利宣言をした。

 それを聞いたユウコ先生が、笑い涙を拭きながら、

「また負けちゃったぁ~。悔しいわねぇ~、もうッ!。ムーちゃんに負けたから、お歌はもうおしまいッ。みんなお外で遊ぼう、お外に行こうみんなッ!」

「わぁ~ッ」

 その号令で、ポップコーンが弾けるようにみんなで一斉に外に出た。

 ボクもつまらない歌の時間が終わったことと、朝の挨拶のウップンもあったので、はち切れんばかりにみんなとワイワイ遊んだ。

 結果、みんなが歌えたのは、{あるひ~パパと~ふたりで~}…までだった。

 それほどまでに強烈な音程と、異様な声の持ち主のムーちゃん。

 みんな、そんなムーちゃんに勝ってヒーローになりたかったけど、結局、誰もヒーローになることはできなかった。

 そりゃそうだ。

 だってお歌の時間は、ムーちゃんだけが既にみんなのヒーローになってたんだから…

**********

 でもだ。ムーちゃんも最初からヒーローだったワケじゃなかった。

 どっちかというと嫌われていた。

 いつもヘラヘラしているけど、思ったことをズケズケと言う性格なので、しょっちゅう女の子を泣かせては先生を困らせていた。

 それに音符がひっくり返ったようなこの音痴…

 なのでみんな、前はこんな感じじゃなかった。

 それは先生も同じだった。

 お歌の時間のときは、つられるのが恥ずかしかったから、みんなムーちゃんの近くで歌うのをイヤがった。

 女の子なんかは、つられると泣いてしまう子もいた。

 でもある日、ボクに物心がついて少し経ったころだったと思う。

 保育園の砂場でムーちゃんと遊んでいて、ボクが何の気なしに、

「ムーちゃんって、歌ヘッタクソだよな」

 って、砂に穴を掘りながら言うと、ムーちゃんが、

「クッサイ屁をこく、お前よりマシだよ~だ」

 って、言い返してきた。

(なに言ってんだコイツ…、またケンカ売ってんのか?)

 でもその顔を見たら、いつものようにヘラヘラしてたので、

「音痴よりマシだよ~だ」

 と、ボクもそのイタズラっぽい笑顔につられて、ヘラヘラ顔で言い返した。

 それからボクとムーちゃんは、先生の{お昼よ~みんな手を洗って教室に入んなさぁ~い}の声を聞くまで、{バカ・アホ・マヌケ・スケベ}などと、{けなし合い}を続けた。

 でも不思議とケンカにはならず、けなされた方はゲラゲラと笑っていた。

 お昼を食べたあとも、そのけなし合いを続けていたら、周りの友だちが、ひとり加わり、またひとり加わりと段々増えていった。

 そんな感じで2、3日もしたら、保育園の園児全員がゲラゲラ、ケタケタと笑い合いながら、けなし合いの大合唱をするようになっていた。

 おとなしい女の子も、けなし合いの輪のスグ横で、ジッとしながらけなされるのを待っていた。

 なので思いっきりけなしてやると、ニコ~ッって笑ってた。

 先生たちも、園児たちが暴力振るってるわけでもなく、仲間外れをしている様子でもなかったので、苦笑しながら見守ってくれていた。

 たぶん、この保育園の光景は、どこから見ても天真爛漫で、明るく素直な子どもたちに見えただろう。

 音声さえ消せば…の話だけどネ。

 そんなこんなで、けなし合いがスタートして、しばらくたったときのことだった。

 ボクがムーちゃんや友だちと、いつものようにけなし合って遊んでいたら、突然、笑い声が聞こえてきた。

「ア~ハッハッ、あなたたち面白いわねぇ~、よくそんな面白い言葉を思いつくわねぇ~、ア~ハッハッハッ、お、おなか痛い ア~ハッハッハッ」

 背中を丸めておなかを抱え、笑い涙を拭きながらユウコ先生がケラケラと笑っているのが見えた。

 ボクとムーちゃんは、そんなユウコ先生を見ると嬉しくなって顔を見合わせた。

 このときからだった。

 ボクたちに暗黙のルールができたのは…

{けなすときは、それを聞いてる周りも笑わせなければならない}…と。

 このルールも園児の間で、すぐに浸透した。

 でもこれは少々キツイ、笑いのハードルが一気に上がってしまったからだ。

 そんな中、ボクたち園児が苦労しているとムーちゃんが、

「オレ今日の朝さぁ、寝小便してお母さんにメチャクチャ怒られたんだよね」

 と、ヘラッとした顔でみんなの前でしゃべったのだ。

 そのとき、一瞬の沈黙が流れた。

 でも次の瞬間、その沈黙を突き破るかのように、ドッカ~ンと笑いの渦が起こった。

「ギャハハハ、バッカじゃないの」

「まだ寝小便しやてんの! バッカ~ッ」

 いろんな罵声が、笑い声と一緒に飛び交った。

 みんな転げまわって笑ってる。

 ムーちゃん自身も笑ってる。

 それは、新しい笑いの誕生だった。

 このときムーちゃんは、自分の失敗を笑いに変えるということをやってのけたのだ。

 ボクはその笑いの発見に、強烈なショックを受けた。

 つまりそれは、ボクたちのルールに新技が加わる、ということでもあった。

{自分の失敗や欠点は、笑いになる}…と。

 それからのボクたちは、自分の失敗や欠点を探しては、笑いに変えるようになっていった。

 それだけならよかったけど、人生経験5、6年しかないボクたちは、当然のように笑いのネタが尽きてくる。

 なので、わざわざ失敗を作り出すことをやり始めてしまったのだ。

 こうなると子どもは手が付けられない。

 絶対に失敗するとわかっていても、それが危険だろうがなんだろうが、思いつきというか手当たり次第というか、一見何でもないようなことでも、ネタのためなら切り傷擦り傷なんのその。

 ひたすら笑いを求めて行動に移し出したのだ。

 それは、いわゆる{やんちゃ}という、ガキんちょの誕生のことだった。

 おかげでボクは小学校を卒業するまでに、7か所、計28針っていう、縫い傷のレコードホルダーになってしまった。

 でも、ありがたい?ことに、この保育園で一緒に育った幼馴染みだけは、転び方が上手だったので骨折者だけは一人も出なかった。

 そしてそんな、やんちゃな毎日のある日、お歌の時間が始まったときのことだった。

 ムーちゃんの横に立って歌ってたボクは、しかめっ面をしてムーちゃんに、

「ムーちゃんってさぁ、すっごい音痴だから、つられて歌いにくいよ」

 そう言うと、ムーちゃんがアッカンベーをしながら、

「つられるお前が、バーカなんだよ~だ」

 って、これまたヘラヘラ顔で言い返してきた。

 チョット、いや、かなりムカついたボクは、

「よ~ッしゃ、んなら、つられないで歌ってやろうじゃないか。見てろよムーちゃん!」

 っとまぁ、いろいろ話がそれたけど、これがお歌の時間のゲームの始まりだったワケだ。

 いや、ヒーロー誕生のときだったのだろう。

 でもボクは、大きくなるまでわからなかった。

 このことがボクに与えた影響…

 それは渦のような張力だということに。

**********

「せんせい、さようなら、みなさん、さようなら」

 今日の楽しい保育園が終わった。

 お歌の時間はつまらなかったけど、そのあとはいつものようにたくさん遊べた。

 門を出ると、みんなの「じゃぁ、まったねぇ~」の声がこだましてる。

 朝の挨拶は大変だけど、帰りは違う。

 近所の人と会っても、眼が合ったときにだけニコッとすればいい。

 なので帰りは非常に楽だ。

 ボクは途中まで帰り道が一緒の友だちに、{じゃぁ、またね}とバイバイをして別れた。

(帰ったら何して遊ぼっかなぁ?。テレビのマンガが始まるまでは、まだタップリ時間があるしなぁ…、あれッ?、おじいさん?)

 チラッと見えた。

 少し先の角を曲がって行ったおじいさんが一瞬見えた。

 ボクは走って行って角を曲がると、うしろに手を組んでボチボチ歩いているおじいさんの姿がそこにあったので、元気に呼びかけた。

「おじいさんッ!」

 ボクの声におじいさんは立ち止まり、ゆっくり振り向いた。

「おぉ、坊やか。相変わらず元気そうじゃのぉ、保育園の帰りかの?」

「うん、そうだけど、おじいさんこそ何してんの?」

「散歩じゃよ」

(ラッキー! よし、今日はおじいさんと遊ぼう)

「だったらおじいさん、ボクと遊ぼうよ」

「ふむ、何して遊ぶのかいの?」

「ん~とねぇ、ん~と…、とりあえず下の川に行こうよ」

「下の川か…、ふむ、それじゃ下の川へでも行くとするかのぉ」

 ボクは家には帰らないで、そのままおじいさんと下の川へと向かった。

 10分とかからない下の川へ着くと、おじいさんは大きな岩に腰かけて、ひと息つくように、

「フゥ~ッ、気持ちがいいのぉ」

 って言いながら白髭を撫でた。

 それを見てボクは、川面に向かって小石を投げて、水切り遊びをやり始めた。

 この水切り遊びは、近所ではボクが一番上手だったので、

「どぉ? すごいでしょ?」

 と、おじいさんに自慢して見せると、おじいさんが、

「ふむ、上手じゃのぉ」

 って誉めてくれた。

 それに気をよくしたボクは、水切り遊びをしながら、

「おじいさんって何歳なの?」

「おじいさんの家はどこ?」

「名前はなんていうの?」

 って、矢継ぎ早に質問を連発した。

 おじいさんは、ボクの質問にうっすらと笑みを浮かべながら黙っていたので、

「おじいさん、どうしたの?」

 と、ボクは水切り遊びの手を止めて聞いてみた。

「そんなに一度にたくさん質問されたから、どれを答えていいかサッパリわからんようになってしもうたんじゃよ。フォッ、ホッ ホッ」

「あ、ゴメンゴメンおじいさん。ん~と、それじゃぁ、おじいさんは何歳なの?」

「忘れてしもうた…、フォッ、ホッ ホッ」

「んじゃ、家はどこなの?」

「あっちじゃ」

(この前と同じ西の方向…。方向じゃなくて、村の名前を聞いたつもりなのにな)

「んじゃ、名前はなんていうの?」

「名無しのおじいさん…とでもしておこうかのぉ。フォッ、ホッ ホッ」

「・・・・」

(このおじいさん、からかってんのかな?)

 少しムッとしたボクは知らん顔をして、また水切り遊びを再開した。

「坊やは質問が好きじゃのぉ。ふむふむ、良いことじゃ、良いことじゃ」

 おじいさんは、自分で自分を納得させるように言ってたので、またムッときた。

「良いこと良いことってさぁ、そんなのどうでもいいから、質問にはチャンと答えてよ。この前のクイズじゃないんだからさぁ」

 ボクの口が、少しだけ尖がった。

 ふて腐れて口を尖らせた顔のボクに、おじいさんが口を開いた。

「ほぉ? それでは坊やは、チャンと答えられるのかのぉ?」

「そりゃぁ知ってることなら、思い出せればチャンと答えられるよ。この前おじいさんが教えてくれたでしょ? 忘れたの?」

「そうかそうか、そうじゃったのぉ。すまんすまん」

(ボケてんのかな?…。まぁいいや)

「んじゃ、おじいさん。ボクに何か質問を出してみてくれる? チャンと答えるからさ!」

「ふむそうか、それでは質問してみることにするかのぉ」

「うん」

(さぁ、かかってこい。チャンと答えてビックリさせてやる!)

 ボクは水切り遊びの手を止めておじいさんのそばに駆け寄ると、{いつでもいいよ}って感じの顔で、おじいさんに向かってニコッと微笑んだ。

**********

 おじいさんは座っている向きをボクのほうに変え、穏やかだけど少し真剣な表情でボクを見つめながら質問を始めた。

「それでは、質問じゃ」

「うん、いいよ」

 おじいさんは軽く息を吸い込むと、ボクに微笑みながら続けた。

「Aさんは、いつも笑顔じゃ。Bさんは、いつも、しかめっ面じゃ。さて坊やは、どっちと遊びたいかのぉ?」

「なにその質問…、そんなのAさんと遊びたいに決まってるよ。簡単だよそんなの」

 チョット拍子抜けしたボクは、呆れた態度で答えていた。

「では続けるぞ坊や。Aさんは、いつも優しい。Bさんは、しょっちゅう意地ワルをする。さて、どっちと一緒にいたいかのぉ?」

「もちろんAさんだよ」

(なんだこの質問…、当たり前のことじゃないか、メチャクチャ簡単だ)

「Aさんは、いつも誉める。Bさんは、いつも悪口を言う。さて、どっちとお話がしたいかのぉ?」

「Aさん!」

「Aさんは、いつも正直じゃ。Bさんは、しょっちゅうウソをつく。さて、どっちと約束したいかのぉ?」

「Aさん!」

(楽勝、楽勝ッ!)

 ボクは、ご機嫌になってきた。

 すごく簡単だったし、なんだかおじいさんをやっつけてるような感じがしてきたのだ。

「Aさんといると、楽しい。Bさんといると、つまらない。さて、どっちと一緒にゲームをしたいかのぉ?」

「それもやっぱり、Aさん」

「ふ~む、坊やは手強いのぉ」

 おじいさんは白髭を撫で、小さく頷いてから質問を続けた。

「Aさんは、いつも明るい話しをする。Bさんは、よく愚痴を」

「Aさんッ!」

 おじいさんの質問を途中でさえぎって、大きな声で勝ち誇るように答えた。

 そしてボクは、{どうよ!}って感じの勝利者スマイルでおじいさんを見た。

「ふむ、まったくもって坊やはすごいのぉ。本当に坊やはすごい」

「ヘヘヘ~ッ」

(やったぁ、ボクの勝利だ! ボクの勝ちだ! ヒャッホ~ッ)

 もうボクは有頂天だ。

 その場で、ヘタクソなバレリーナのようにクルクルと回った。

「おじいさん、もっと難しい質問はないの? 簡単すぎて面白くないよ!」

 ボクはルンルン気分でクルクル回りながら、おじいさんに催促した。

「ふむ、それでは最後の質問でもするとしようかのぉ」

(最後か…、よぉしッ、バッチリ決めてやるぞ)

「何でもいいから、早く質問して! 早くッ!」

「それでは最後の質問じゃ」

 そういうと、おじいさんはひと呼吸おいて最後の質問をした。

「普段の坊やは…、Aさんをやっておるのかのぉ? それとも、Bさんをやっておるのかのぉ?」

「・・・・」

 固まった…

 笑顔のまま固まった…

 口が半開きで眼の焦点が合ってないという、実に奇妙な笑顔のまま固まった。

(…ボク…、Bさんやってる…、しょっちゅう…)

 この日、ボクは夕暮れの中で、放心状態というものを初めて体験した。

**********

【質問】

 アナタハ Aサンヲ ヤッテイマスカ?

 ソレトモ Bサンヲ ヤッテイマスカ?

**********

【幼年編《04》AさんとBさん】おしまい。

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