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イノチノツカイカタ第1部《幼年編》第05話「おっちゃん」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 チン ト テ カン ・・・ 

 チン ト テ カン ・・・

 雨だ。

 保育園から帰ってくると、すぐにシトシト降りだした。

 家の窓から空を見ると、向こうから更に黒い雲がやってきてるのが見えた。

(せっかく遊ぶ約束してたのに、これじゃ遊べないな。まぁいっか)

 遊べないのは残念だけど、雨は嫌いじゃない。

 いや、嫌いじゃないというよりボクは雨が好きだ。

 シーンとした雰囲気の中でシトシトと雨音が響くのを聞きながら、濡れた草木や葉っぱの光沢を見ていると、ピーンと張りつめたようなキレイな空気を感じる。

 なのでボクは雨が降ると、ぼんやりしながら小さな庭を眺めていることがよくあった。

 何時間でもボ~ッとしていられる。

 特に何かを考えることもなく、ただボ~ッとだ。

 ゴロゴロゴロゴロ・・・

 カミナリが遠くで鳴った。

 そのカミナリの方角からは、生ぬるい風も吹いてきた。

(こりゃぁ、もうじき本降りになるなぁ。でもカミナリ雨みたいだから、カミナリが通り過ぎればスグに晴れるな。きっと)

 そう思って30分もしないうちに、世界が黒い雲に覆われて家の中が暗くなった。

 ホントなら、まだお日さまが出ている時間帯なのに、ボクはその黒い雲のせいで家の電気をつけなければならなくなってしまった。 

 テレビを見ている父ちゃんは、体が悪くてトイレに行くのがやっとの状態なのでボクが電気をつけた。

 ピカッ ゴロゴロゴロ ドッカ~ン 

 ザアアアアアア・・・

 やっぱり本降りになった。

(あ~あ、せっかく大好きなシトシト雨だったのに…)

 こうなると、何もすることがない。

 父ちゃんもあまり話さない方だし、ウチは貧乏なので家には遊び道具なんかない。

 それらしい物さえもない。

(たいくつだぁ~)

 ザアアアア ピカッ バリバリッ ドッカァァァ~ン

(今のは大きいな。どっかに落ちたかな?)

 父ちゃんを見てみると、父ちゃんはカミナリと雨の音で、テレビの音が聞き取りづらいみたいだ。

 渋そうな顔をしてテレビとにらめっこしてる。

 ボクはしかたなく、無言でテレビのボリュームを上げると、その場にペタンと座り込んで父ちゃんと一緒にテレビを見た。

 でも何を言っているのか、さっぱりわからない。

 そりゃそうだ。

 いくら{おませな子}といっても政治や経済の番組なんだから…

(こんなの見て、何が楽しいんだろう。大人って何やってんだろ?)

 それでもボクは何にもすることがないので、我慢してジッとテレビを睨みつけていた。

**********

 チン ト テ カン ポタッ  チン ト テ カン ポタッ

(んッ? ポタッ?…、また増えたか…んでもヒマだったから、ちょうどいいや!)

 ボクは気を取り直して、この前拾ってきたプラスチックのバケツを、

「ん~ッ、貧乏だねぇ~」

 と、{いよッ、オツだねぇ}みたいな感じで言いながら、雨漏りしてる所に置いてみた。

 チン ト テ カン ポン

 チン ト テ カン ポン

 この家の雨漏りの雫が、茶碗、空き缶、バケツなどの即席打楽器をリズムよく打ってきた。

(こりゃ面白い)

 そう思ったボクは、いろいろ並び替えて面白い音色を作って遊んだ。

 ボクが夢中になって遊んでいると、父ちゃんが、

「オーケストラの指揮者みたいだな。アッハッハッ 痛たた」

 痛い腰をさすりながら、顔を歪めて苦笑してる。

 ウチで飼ってるネコも敏感に反応し、その音の鳴る方にその都度ヒョイヒョイと首を振っていた。

 とまぁ、そんな具合にボクのウチは貧乏だ。

 超が付く貧乏だ。

 着るものといえば、保育園で着ている水色の園内服2枚と、白い半そでのTシャツが3枚、あとは下着のパンツが数枚あるだけで、私服なんかは持ってない。

 靴下さえもだ。

 食べるものも、米以外はほとんどない。

 その米も十分じゃないので、月末になると近所からの{おすそわけ}で何とか凌いでいた。

 米炊きも、体の悪い父ちゃんはほとんど炊事ができないので、家に唯一ある薄っぺらいアルマイト性の片手鍋と、スス汚れたガスコンロを使ってボクがやっていた。

 おそらくガスコンロを自在に操って、目分量で米を炊ける保育園児は全国でボクぐらいだったろう。

 しかもこれを、ボクは5歳の誕生日を迎える前からやっていたのだ。

 とまぁこんなふうに、あまりにも家に食べものがなかったので、ネコにエサをやったこともほとんどない。

 たぶん、どこかの家にあがり込んで食べてきているのだろう。

 この家には寝るために来てるようなネコだ。

 なので、飼ってるといえば飼ってるし、飼ってないといえば飼ってない。

 そんな状態のネコだった。

 でもだ。そんな貧乏でも結構楽しかった。

 貧乏だとは思っていたけど、不思議と不幸だとは感じたことがなかった。

 不思議と…

 チン ト テ カン ポン  チン ト テ カン ポン

 結局なんだかんだとやってみて、最初に作った曲が一番良かったみたいだ。

 ボクは、面白い遊びのキッカケをくれたカミナリ雨に感謝した。

 ネコも少し落ち着いたみたいで、ボクの膝の中で喉を鳴らし始めた。

**********

 ピカッ ゴロゴロゴロ ドッカ~ン

 そのときだった。

 玄関のドアが、ガチャっと開く音がした。

「うわぁ~たまらん、ビショビショだ。お~いッ、カンちゃんおるかぁ?」

(あッ! おっちゃんだ!)

「やられたやられた、ひっでぇ雨だ」

 おっちゃんは、そう言いながら無遠慮にドカドカと家にあがってくるなり、テーブルに置いてあったボロぞうきんを勝手に掴むと頭をゴシゴシやり始めた。

「おうッボウズ、元気にやってたか?」

「うんッ!」

 フルカワのおっちゃんだ。

 ボクの父ちゃんの幼なじみだ。

 今は少し離れた駅の外で行商人をやっているけど、昔はボクの父ちゃんと一緒で大工をやってたらしい。

 ボクは、この明るくて気っ風のいいフルカワのおっちゃんが大好きだった。

「おっちゃん、今日はどうしたの?」

「おうッ、雨で仕事になんねぇから、久しぶりにボウズの顔を見に来たんだよ。んッ??? 雨漏りがまた増えたか? 相変わらず貧乏してやがんなぁボウズ。ガハハッ」

 これだ。

 こういうフルカワのおっちゃんの、あけっぴろげに笑い飛ばす言い回しがボクは大好きだった。

 くすぐられるのだ。

「おい、フルちゃん、早く座れ」

 父ちゃんとフルカワのおっちゃんは、フルちゃんカンちゃんと呼び合っている。

 大の大人が、ちゃん付けで呼び合うのもなんかおかしい。

「うまくいかねぇなぁ…、カンちゃん」

「仕事か?」

「あぁ、オチャラの面倒まではチトな…。でもよぉ、カンちゃん…」

 仕事の話と、事故で後遺症が残ったオチャラのおっちゃんのことだ。

 フルカワのおっちゃんは、そのオチャラのおっちゃんと一緒に住んで面倒をみている。

 こういった雰囲気の場合、ボクは話に入ってはならない。

 そう感じたボクは、2人の会話が聞こえないように、少し距離をおいてテレビを見ることにした。

**********

 しばらくたって話が終わったようだ。

「おうボウズ、腹へったな、なんか食うか? 店に行って何か買ってこい」

 フルカワのおっちゃんが財布を取り出そうとした。

「おっちゃん、もう8時だよ。お店ならとっくに閉まってるよ」

「え~ッ、なんだもう8時か。ちっきしょうめ」

 この村はだいたい6時ごろに店を閉める。

 少し離れたところにある、一番遅くまで開いてる店でも、7時には店じまいする。

 チョット残念だった。

 でも話が終わったし、フルカワのおっちゃんも少し元気になったみたいだ。

 この感じからすると、話の輪に入れるようになったボクはうれしくなった。

 でもフルカワのおっちゃんは、おなかが空いてるみたいだ。

(う~ん、今から米を炊いても時間がかかるしなぁ…、そうだそうだ!、月末お米がなくなったとき用にとっておいた、裏のおじさんから貰ったサンマの缶詰があったんだ)

 ボクは棚の上の隅っこに置いてあった、最後の一個のサンマの缶詰を掴むと、

「あったあったぁ~! 缶詰あったぁ~」

 って喜びながらサンマの缶詰を握りしめ、大好きなおっちゃんの前に座った。

「おっちゃん、おなか空いてるんでしょ? コレ食べて」

 ボクはそう言いながら、サンマの缶詰と、洗った割り箸を手渡した。

 もちろん缶切りも付けてだ。

 するとだ。

 おっちゃんの明るい表情が変わった。

 真剣というかなんというか、ボクが初めて見る、人の表情だ。

(どうしたんだろう?…。おっちゃんサンマが嫌いなのかな?)

 不思議に思っていたら、おっちゃんの眼にジワッと涙が浮かんでいるのが見えた。

 その涙がこぼれそうになると、おっちゃんは下を向き、うッ、うッ、と泣き始めた。

(あららッ、おっちゃん泣いてしもた…、なんで?)

 これまた不思議に思ったボクは、

「なんでおっちゃん泣いてんの? どうしたの? サンマ嫌いなの?」

 って聞いてみた。

 だけどおっちゃんは下を向いたまま押し殺すように うッ、うッ、うッ、と、泣きながら首を横に振っている。

(???)

 どうやら違うらしい。

(ということは…、あッそうか! たぶんそうだろう)

 ボクは、{大の大人がしょうがないなぁ}という感じで、

「あのねぇ、おっちゃん。おなかが泣くほど空いてるならさぁ、早いとこ言ってくれたらスグに御飯を炊いてたのに…もうッ」

 と、ため息をつくように口を尖らせた。

 それを聞いたおっちゃんは、

「アハハ、そうだな。そうだよな、ボウズ」

 そう言いながら顔を上げて涙を拭いながら、なんとか笑顔を作って答えてくれたので、

「ほら、おっちゃん。早く食べて。ほらッ」

 と、ボクもニコッと笑いながら、おっちゃんを急かした。

 そしたらどうしたことか! 

 フルカワのおっちゃんは、ボクの父ちゃんの手をガバッと両手で掴むと、関を切ったかのように、{うおぉぉぉぉぉ}っと泣きだしてしまった。

 しかも、

「カ、カンちゃん…、カンちゃん、オレッ、オレッ…、ありがとう!」

 って言いながら、号泣しているのだ。

 こうなると、もうボクには何がなんだかわからない。

 おなかが空いてるおっちゃんに、裏のおじさんから貰ったサンマの缶詰をあげたのに、ボクじゃなくて父ちゃんが感謝されてる。 

(なんだこりゃ…、ワケわからん)

 ボクが不思議な顔をして、何が起こっているのかを確認するように父ちゃんの方を見ると、その父ちゃんも、うっすらと涙を浮かべてフルカワのおっちゃんを見つめている。

(ますます、わからん… ええクソッ)

「なんでもいいけどさぁ、おなかが空いてるなら早く食べてよねッ…」

 もうボクは、ふて腐れておっちゃんに言っていた。

 すると父ちゃんが涙声で、

「ほらッ、フルちゃん食えッ。ウチのことは気にするな。このサンマの缶詰だけは遠慮せんでチャンと食え。シッカリ味わって食えッ!」

 と、たまに見せる真剣な口調で、涙をいっぱい溜めながら言っていた。

(なに言ってんだ父ちゃん、サンマの缶詰くらい気合入れなくても食べれるだろうに…)

 そんなことを思っていると、おっちゃんは缶切りをつかんで缶詰を開けると、涙と鼻水でグシュグシュになりながらだけど、やっとサンマの缶詰を食べ始めてくれた。

「フルちゃん、美味いか?」

「う、 グシュ ま、 グシュ い、 グシュ」

「そうか、美味いかフルちゃん…。それでいい、それで…」

(???)

 何がそれでいいのかは、ボクにはまったくわからなかった。

 だけど、食べ出したからまぁいいやって思いながら、グズグズと泣いてサンマの缶詰を食べてるおっちゃんの姿を見てたら、なんだかボクもおなかが空いてきた。

 なので炊事場にいって米を研ぐと、慎重に水の分量を決めた。

 そしてガスコンロをカチッとひねったところで、おっちゃんが帰ろうとして立ち上がった。

「カンちゃん、オレ…、もう少し頑張ってやってみるよ」

 父ちゃんは、そのおっちゃんの背中に向かって、

「そうか、うん、わかった…」

 とだけ、ポツリとつぶやいた。

 おっちゃんは、まだ濡れて履きにくい靴に無理やり足をねじ込むと、

「ボウズ、ありがとうな、美味かったぞ。 一生忘れんッ! じゃぁな」

 そう言って、水溜りをバシャバシャ掻き分けながら帰っていった。

 ボクはそのおっちゃんを見送って空を見上げた。

 すっかり雨はあがっている。

 その雨上がりの澄んだ夜空には、お月さまがキレイに出ていた。

 やんわりと…。

**********

 それからしばらくたったある日のこと。

 保育園が終わったボクは、自転車でフルカワのおっちゃんの家へと向かった。

 隣村の山の中腹にポツンとある、小さな一軒家だ。

 別にたいした用事なんかない。

 保育園で笛を吹いて遊んでいたら、久しぶりにオチャラのおっちゃんの草笛が聞きたくなったのだ。

 この前のこともチョット気になるし…

 ガラガラッ

「おっちゃん、こんにちは~ッ」

 玄関を開けると、フルカワのおっちゃんが炊事場で行商用の薬草をザクザクと刻んでいた。

「おぅッ、来たかボウズ。どうした今日は?」

(いつものおっちゃんだ。よかった)

「うんッ、今日はオチャラのおっちゃんに、草笛を習いに来たんだよ」

「おうそうか。オチャラなら裏庭におるぞ。行ってみろ」

 ボクは靴を手に持って、おっちゃんの家の中を通って裏庭に行った。

 ボクとフルカワのおっちゃんとの会話が聞こえてたみたいだ。

 オチャラのおっちゃんは草笛用の葉っぱを手に持って、ニコニコしながらボクを迎えてくれた。

「おっちゃん聴かせて」

 オチャラのおっちゃんは、手元に何枚かある葉っぱの中から1枚を選び出して、おもむろに吹き始めた。

(やっぱりすごく上手だなぁ)

 この草笛はすごかった。

 近所の人でも吹ける人は多かったけど、オチャラのおっちゃんとは比べものにならない。

 テレビでも草笛の名人っていう人の草笛を聴いたことがあるけど、おっちゃんの草笛とは雲泥の差だった。

 それくらいスゴイ草笛だった。

 教えてほしいけど、オチャラのおっちゃんは、しゃべれない。

 何を聞いても、何を見せても、ただニコニコしているだけだ…

 というのも、オチャラのおっちゃんは脳に重い障碍があるのだ。

 それは、まだフルカワのおっちゃんが現役で大工をやっていたとき、一緒に働いてたオチャラのおっちゃんが屋根から落ちて…

 打ち所が悪かったらしい。

 その事故からフルカワのおっちゃんは、身寄りのないオチャラのおっちゃんを引き取って、結婚もせずにずっと面倒を見てる。

 もう10年以上もだ。

 実は、そのフルカワのおっちゃんも身寄りがない。

 大工一本で身を立てたけど、5年ほど前に体を壊し、今は行商人として山で採れる薬草や野菜を売って生計を立てている。

 ボクはそんなことを思いながら、このキレイで美しい草笛の音色を聴いてたら、悲しいのか、それとも切ないのか…、そんな複雑でわからない感情になったあと、なんだか温かい気持ちになっていった。

 パチパチパチパチ

 一曲終わった。

 オチャラのおっちゃんが、{ほらッ、吹いてごらん}と語りかけてくるように、ボクに葉っぱを手渡してニコリとした。

 ボクは葉っぱを受け取って吹いてみたけど、プーどころか、ブーとも鳴らない。

 何度やってもシューシュースースーと、息が漏れる音だけだ。

「難しいよ…。やっぱり、おっちゃん吹いてよ。もう少し聴かせて」

 オチャラのおっちゃんは、やさしくボクに微笑むと、新しい葉っぱをもう1枚選んでから、空が茜色に染まるまで美しい草笛を奏でてくれた。

 その帰り道。

 下の川のオンボロ橋を渡っていると、橋の真ん中ら辺りにおじいさんが立っていた。

「あッ、おじいさん。何してんの?」

「おぉ、坊やか。なになに、川面に映る夕日を見ていたのじゃが、ほれッ」

「うわッ キレ~ッ。川が鏡みたいになってて、夕日がキレイに映ってる」

「うむ、キレイじゃのぉ。ところで坊や、この前は無事に帰れたかの?」

「あ、うん…、なんとかね」

 ボクはこの前のことがあったので、なんだか気恥ずかしかった。

「ねぇ、おじいさん、明日はヒマなの?」

「ワシはいつでもヒマじゃよ」

「じゃぁ明日、ボクの保育園が終わったら遊んでくれる? ここでだけど」

「あぁ、いいとも。明日はここで坊やと遊ぶことにするかのぉ。ほれ、日が暮れてしまうぞ。早くおウチにお帰り」

「うん明日ね。じゃぁね、おじいさん」

 ボクは自転車のペダルをおもいっきり踏み込んで帰っていった。

 オチャラのおっちゃんが奏でる草笛を真似するように、口笛を吹きながら…

**********

 あくる日、保育園が終わって急いで下の川に行ったら、おじいさんはもう来ていた。

 釣りをしているようだ。

「おじいさん、待った?」

「来たか坊や。待つもなにも、ワシは朝からこうして釣りをしておるんじゃよ」

「えッ朝からいるの? なんか釣れた?」

「いんや、まだ一匹も釣れんのじゃ。困ったもんじゃのぉ。フォッ、ホッ、ホッ」

「へぇ~、おじいさん釣りが好きなんだ。太公望だね」

 ボクは、太公望の本来の意味は知らなかったけど、近所のおじちゃんたちが、釣り好きの人によく言ってたので使ってみた。

「ほぅ、ワシが太公望じゃとな。これはこれは、坊やのご期待に添えればコレ幸いじゃのぉ。フォッ、ホッ、ホッ」

 このときボクは、太公望っていうのは釣りが好きな人で、釣った魚を人にあげる面倒見のいい人なのかな?くらいに思っていた。

(でも面倒見のいい人っていったら、フルカワのおっちゃんだよな)

 そう思ったボクは、2人のおっちゃんのこと、そして、この前フルカワのおっちゃんがボクの家にきてから起こった出来事を話した。

「ねぇ、おじいさん、ボクわかんないんだよね…」

「ふむ、どうしたのじゃな? 思いつくままに言ってごらん」

 ボクは、おじいさんの穏やかな声の誘いに身を任せるように話を続けた。

「うん、なんていうか…、フルカワのおっちゃんとオチャラのおっちゃんのことは、好きなんだよ…。うん、大好きだ。でも、たまに悲しくなるんだよネ…。んで、そうかと思ったら草笛を聴いて温かい気持ちになったりもするし…。なんでだろう?」

「ふむ、どうしてじゃろうのぉ」

「う~ん…」

(おなかが空いてたワケじゃなさそうだし…、でも父ちゃんも泣いてたし…)

 頭がゴチャゴチャしてきたボクは、ひとつひとつ聞くことにした。

「フルカワのおっちゃんは、なんで泣いたの?」

「ふむ」

 おじいさんは釣り針の餌を付けかえて、川面にポチャっと糸を垂らした。

 そのまましばらくウキを見つめながら白髭を撫でていたけど、

「ふむ、まぁよいか。今回は特別サービスじゃぞ」

 と、ボクの眼をチラッと見てから静かに続けた。

「それはのぉ、坊やが、分け与えたからなんじゃよ」

「ボクが? なにを? サンマの缶詰のこと?」

(大人って、サンマの缶詰をもらうと泣くのか???…んなことないよな)

「フォッ ホッ ホッ、まぁよい、まぁよい」

(またおじいさんが、謎かけみたいなこと言ってる…。でもこの前のチョコレートみたいなこともあるしなぁ。まぁいいや、質問質問っと)

「じゃぁ、なんで悲しくなったの?」

「坊やが、受け取ったからじゃよ」

「・・・・」

「じゃぁ、なんで温かくなったの?」

「坊やが、手放したからじゃよ」

「・・・・」

(なんだこりゃ、まったく意味がわからん。こんなのサービスじゃないよ)

 ボクの思考回路は完全にショートして、ブスブスと煙を上げだした。

 今すぐ脳ミソを取り出して、川に投げ込みたい感じだ。

「フォッ ホッ ホッ、まぁよい。 おっとっと、ありゃ、しもた! 逃げられたか」

 魚に逃げられたおじいさんが、さっさと竿をたたみ始めた。

「えっ、おじいさん帰るの?」

「ふむ、そうじゃが」

「もっと聞きたいことがあるんだけど」

「ふむ、なんじゃな? 聞きたいこととは」

「・・・・」

 聞けなかった。

 何かを聞こうにも、何を聞きたいのかがわからない。

 ボクはおじいさんを見ながら黙ってしまった。

「・・・・」

「ほれッ、そういうことじゃよ」

「でも、ボク・・・」

 それでも、なんとかしてわかりたいと思って、うつむき加減にモジモジしていると、

「フォッ ホッ ホッ、そう慌てるでない」

 そう言ったおじいさんは、やさしい声と慰めるような眼でボクを見つめてる。

(おじいさん、慌てるなって言うけど…)

 何故かはわからないけどボクは、このことは知っておかなければならないような気がした。

 そして、

「でも、おじいさん、」

 と、言いかけたときだった。

 おじいさんが背中越しに、首だけクルッとボクに顔を向けると、

「坊やのなかに、既に答えはあるのじゃよ。いずれわかるよ。じゃぁの」

 そう言い残して、竿を担いで帰っていってしまった。

 この日が、ボクとおじいさんとの…

 本格的な対話の始まりだった。

**********

【質問】

 アナタハ ソレニ フレタトキ チャント ナイテ イマスカ?

**********

【幼年編《05》おっちゃん】おしまい。

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