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イノチノツカイカタ第1部《幼年編》第07話「優先順位」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 カキーーーン

「よっしゃあ~、ホームランだぁ!」

 今日はいつもの空き地で、みんなと野球をやっていた。

 道具はバットと柔らかいゴムボールだけの野球だったけど、運動が苦手な子どもや幼い子はハンデを貰えるので、いつも盛り上がっていた。

(ハンデというより、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんが、最後の最後で手を抜いて負けてあげるのがオチなんだけどネ)

 そんなこんなでワイワイガヤガヤと遊んでいると、最近この村に引っ越してきたお母さんがヨチヨチ歩きの幼子の手を引いて、この空き地にやって来た。

「はい、ストーップ。野球終了~ッ」

 最年長のお兄ちゃんの声だ。

 みんな周りをキョロキョロして、そのお母さんと幼子の姿を確認すると、お兄ちゃんの元へと駆け寄った。

 集まったみんなは、

(ボールがあの子に当たると危ないから、もう野球は出来ないな…、お兄ちゃんどうするんだろ?)

 と思っていた。

「よし、それじゃぁ、ココでかくれんぼをするか、メンコをするかの決を採ろう!」

「はぁ~い」

 そんなワケで、お兄ちゃんが決を採った。

 メンコは先日やったので、ほとんどの子がかくれんぼに手を挙げた。

 そして、かんくんぼの鬼を決めようと、

「ジャンケン」

 とお兄ちゃんが言ったときだった。

 最近引っ越してきたそのお母さんが、

「えッ、チョット待って、野球やめちゃうの?」

 と怪訝そうに聞いてきた。

「うん、そうだけど」

 お兄ちゃんがそう言うと、そのお母さんが、

「そんなの申し訳ないわよ。私たちが他に行くから、野球を続けてちょうだい」

 と言ってその場から立ち去ろうとしたので、すかさずお兄ちゃんが、

「この空き地で遊んでってよ。そうしないと僕たちが悪者になるんだからさ」

 と、お母さんを引き留めた。

 首をかしげたお母さんが、

「あなたたちが悪者になる?…それってどういうことなの?」

 不思議そうにお兄ちゃんに尋ねた。

「ん~とだねぇ、公園とか空き地は、より小さな子を優先させるのがココでは当たり前なんだよネ。だからさ」

 このお兄ちゃんは、こういった経験が何度かあったみたいで、何の気なしにポンポンと話しをしていった。

 それでもお母さんは、

「優先といってもねぇ、わざわざ野球をやめさせてまで…、最初に遊んでたのはあなたたちなんだし…」

 と言ってるけど、それをお兄ちゃんがさえぎった。

「最初とか関係ないよ。僕たちもそうやって遊ばせてもらってきたんだよ。なぁみんな!」

 お兄ちゃんがボクたちを見渡しながらそう言うと、

「うん、そうだよ」

「気にすることないよ」

「ここで遊んでよ」

 と、みんなでお母さんに言った。

 それでもまだ納得しそうにないお母さんに、お兄ちゃんが、

「お母さんの子どもも、僕たちが遊んでいるのをそばで見て、少しずつ僕たちの輪の中に入って遊ぶようになるんだからさ。ねッ?」

 そのお兄ちゃんの何の気負いもない言葉に、お母さんもやっと了承したようだ。

「それじゃあ、ココで遊ばせてもらうね。これからヨロシクね」

 すると、お兄ちゃんが横にいる妹に目配せをした。

 コクリと頷いた妹が素早くお母さんの横に駆け寄ってしゃがみ込み、

「名前は何ていうの? いくつ?」

 と、幼子にやさしく話しかけた。

 まだ小さな女の子だったので、代りにお母さんが、

「メグって言います。歳は今月で2歳になりました」

 と、娘の指でVの字を作って答えた。

「そっかぁ、メグちゃんっていうのかぁ、ヨロシクね~」

 お兄ちゃんの妹がそう言うと、今度はお兄ちゃんがボクたちに目配せをしてきた。

{妹がやったことを真似ろ! ほら行けッ!}っていう感じでだ。

 なので全員、メグちゃんを取り囲んで、

「メグちゃんこんにちは」

「メグちゃんヨロシクね」

 などと、ひとりひとりメグちゃんに挨拶をしていった。

 メグちゃんは少しだけ、おっかなビックリしてたけど、お母さんはやさしい笑顔でその光景を見ている。

 ボクは、なんだか良いことをしたみたいで気分が良くなってきた。

「よっしゃぁ、かくれんぼやるぞぉ~」

 頃合いを見計らったお兄ちゃんが号令をかけた。

「はぁ~い」

 みんながお兄ちゃんのところに輪になって集まった。

 メグちゃんがボクたちのことを目で追っているのがわかる。

 そんなメグちゃんのことを横目でチラチラと見ていると、

「ジャンケンポン」

 元気なお兄ちゃんの掛け声でかくれんぼがスタートした。

 メグちゃんはお母さんと遊びながらも、ワイワイキャッキャと遊ぶボクたちを目で追っているようだ。

(気になるんだな、ボクたちのこと)

 これでメグちゃんも、ボクたちの輪の中に入って遊ぶようになるには、そんなに時間はかからないだろう。

 ボクは隠れながら、

(ボクもこんな感じで、みんなの輪の中に入っていったのかな?)

 そんなことを思うと、何がどんな風にスゴイのかは説明できないけど、

(お兄ちゃんやお姉ちゃんって、スゴイな)

 そう思った。

**********

 日曜日のこと。

 少し遠くの空き地で遊んだボクらは、一旦家に帰ってお昼ご飯を食べたあと、お兄ちゃんの家に集合することを決めてその場を解散した。

「ただいま~」

「おかえり」

 捨てるように靴を脱いで家にあがったボクは、昨日の残りご飯にマヨネーズと醤油とかけて口に押し込んだ。

 父ちゃんは素人歌合戦を見ているようだ。

 その父ちゃんの横に、何やら絵が描いてある紙が無造作に置いてあるのがチラッと見えた。

 それは、隣りのおじさんにクレヨンを貰ったボクが、広告チラシの裏に絵を描いているヤツだった。

(何を描いてたんだっけ?)

 口をモグモグさせながら、その広告チラシの絵を拾って見てみた。

(なんだコレ? あっそうか!)

 貰ったクレヨンは赤色やオレンジの色ばかりだったので、しょうがなく夕焼けを描いている途中の絵だった。

 そんなボクと絵を見た父ちゃんが、{ふ~ん}と興味があるかないかのような感じでチラッとコッチを見た。

 キンコンカンコンキンコンカンコン

「合格で~す。夕日の歌、合格で~す。おめでとうございます!」

 テレビから素人歌合戦の合格の鐘と、司会者の声が流れた。

(夕焼け? 夕日?)

 それを聞いて、この絵を描いているときに思った疑問を父ちゃんに聞いてみた。

「ねぇ父ちゃん」

「ん?」

「お日さまって何で赤くなるの? 夕焼けとか朝焼けとかさぁ」

「なんでだろうな?」

「父ちゃん知らないの?」

「不思議だな、なんでだろうな?」

(聞いたボクがバカだった…)

 ボクの父ちゃんは、おじいさんと似たようなところがあって、何か質問してもまともに答えが返ってこない。

(あんまりしゃべんないし、しゃべってもワケわかんないこと言うし…。いつも何を考えてんだろ?)

 この前もそうだった。

 ボクんちに遊びに来てた兄弟と一緒にテレビを見ていると、時代劇だったこともあり、テレビに馬が写る場面があった。

 すると、その馬を指さして、

「大きい犬!」

 と弟がしゃべった。

 その弟はまだ小さくて、やっと言葉をしゃべり始めたくらいの子だったけど、馬をまだ知らなかったらしい。

 アハハハハと笑って、ボクが{それは犬じゃなくて馬だよ}と言おうと思ったら、父ちゃんが割り込んできた。

「大きい犬だな、偉い偉い」

 と言って弟を褒めたのだ。

 そして続けて父ちゃんが、

「大きい犬は何て鳴くのかな?」

 そう質問すると、その弟は大きな声で、

「わん、わん、わんッ」

 と大きな声で吠えた。

 それを見た父ちゃんは、

「そうかそうか、大きい犬は大きな声でわんわんと鳴くのか…、偉い偉い」

 と、その弟の頭をヨシヨシしてあげていた。

(なんだよそれ、馬がワンワン鳴くワケないだろ。ウソを教えたらダメだろ…)

 そうは思いながらも、その場は和やかだったのでボクはそのまま流した。

 いや、何か言うと面倒臭くなると思ったからだ。

 だいたい父ちゃんは、しゃべったとしてもこんな感じだった。

(おっとイケないイケない…夕焼けの話だった)

 ボクは書きかけの夕焼けの絵を見ながら、どうせまともな答えが返ってこないとは思いつつ、最近思った不思議なことを父ちゃんに聞いてみた。

「ねぇ父ちゃん、もうひとつあるんだけど…不思議なこと」

「ふ~ん、何だ?」

「ガラスってさぁ、何で向こうが見えるの?」

「透き通ってるからだろ…」

「いや、だから違うって…、普通、物があると向こう側は見えないでしょ? この広告のチラシを目の前に置いたら向こうは見えないし、ホラッ」

 そう言いながらボクは、描きかけの絵の広告チラシを父ちゃんの目の前に置いた。

 しかし父ちゃんから返ってきた答えは、

「だから、ガラスは透き通ってるからだろ…」

 だった。

(ダメだこりゃ…、話にならん…)

 あきれたボクは、描きかけの絵をタンスの上に置いた。

 ボクが渋い顔をして父ちゃんに目をやると、

{お前の言いたいことは十分にわかってるよ}

 という表情でボクを見ている。

 そして父ちゃんが、

「不思議だなぁ~」

 とつぶやいた。

(この雰囲気だと絶対に答えを知ってるな。教えてくれりゃいいのに…ケチ!)

 ボクの口が少し尖ったけど、何故か程良い心地よさもあったので、

「いってきま~す」

「おお」

と、父ちゃんの声を背中で聞きながら、元気にお兄ちゃんの家へと向かった。

**********

「さてと、とりあえずいつもの空き地に行こうか」

「はぁ~い」

 みんなゾロゾロとお兄ちゃんのあとに続いた。

 コーン

「3番 第2ゲート通過!」

(あれッ、空き地でゲートボールやってるみたいだな。大きな試合は来週の日曜日だったから、今日は遊べると思ってたんだけどな)

 そう思いながら空き地に着いた。

 空き地に着いたボクたちを見て、おばあちゃんが、

「あらあら、遊びに来たのね。それじゃ片付けなくっちゃ」

 と言って道具を片付け始めた。

 まぁこの村では空き地や公園というのは、より小さい子に優先権があるので当たり前といえば当たり前のことなんだけど、お兄ちゃんが

「あッ、いいよいいよ!。そのままゲートボールやってていいよ」

 と言いながらドカンの上に座った。

 ボクたちみんな、お兄ちゃんに注目した。

 しかし、ココの優先ルールをボクらの何十倍もわきまえているお年寄りたちだ。

「でも、あなたたちココに遊びに来たんでしょ? 私たちはただ練習してただけなんだから別にいいわよ」

 そう言って引かない。

 するとお兄ちゃんが、

「別に何も決めずにブラブラ来たんだから気にしなくていいよ。あッそうだ!」

 と、何かひらめいたようだ。

「僕たち、今やってるゲートボールチームのどっちが勝つかを当てっこするゲームやるから大丈夫だよ」

 それを聞いたボクたちは、

(それ、おもしろそう!)

 という感じで目を輝かせ、

「ボク赤チーム、んじゃ私は白チーム」

 そんな感じで当てっこするゲームが始まった。

 それを見ていたおばあちゃんも、

「あらあら楽しそうねぇ。それじゃぁ、続けさせてもらおうかねぇ」

 と言ってゲートボールを再開した。

 怒りんぼのおじいちゃんもいたけど、

「おめぇら、年寄り使って賭け事か?…。そんなら俺がいる白チームに賭けとけよ。儲けさせてやるぜ」

 そう言ってニヤリとした。

 さぁ! 賭け事…、いや、当てっこの始まりだ。

 コーン

「よっしゃ通過した~ッ」

 カーン

「あ~あ~、おばぁちゃん、どこ打ってんの!」

 1打1打に歓声(罵声?)があがった。

 こうしていつもの空き地に、おじいちゃんおばあちゃんのゲートボールを見ながら、ワイワイと湧き上がる子どもたちの声がこだました。

 すると何やら、その歓声を聞きつけた近所の人たちまでもが集まってきた。

 こうなると俄然、当てっこしているボクたちはさらに燃え上がる。

「あちゃぁ~、何でだぁ!」

「そこ違ぁ~~うッ!」

「ボケてんのかぁ~!」

「もうろくしてる場合かぁ!」

 ギャハハハハ!

※ヒドイので、あとは想像にお任せします。

 こうして楽しい楽しい?ボクらの今日が終わっていった。

**********

 次の日。

「ふむ、優先順位か…」

「うん」

 ボクはおじいさんと下の川で会っていた。

「でもさぁ、ボクの父ちゃんってヒドいと思わない?」

「ふむ、どうしたのじゃな?」

 ボクは川に石を投げ込みながら話しを続けた。

「さっきも話したけど、夕日とかガラスのこととか、答えを知ってるクセに教えてくれないんだよね」

「ふむ」

「それに馬を犬だなんて、間違ってることを教えるしさ…」

「フオッ、フオッ、フオッ」

「何がおかしいのおじいさん、ダメでしょボクの父ちゃん」

「フオッ、フオッ、フオッ」

(なんでかなぁ~、父ちゃんといい、このおじいさんといい、いったい何を考えてんだろ…ったく)

 そうやってふて腐れているとおじいさんが、

「坊やのお父さんは、どうやら優先順位のルールとやらで、既に教えているようじゃのぉ」

 とアゴ髭を撫でながらつぶやいた。

「父ちゃんが? ボクに? まさかぁ~」

「フオッ、フオッ、フオッ」

(なに言ってんだおじいさん、父ちゃんはウソを教えたり、ボクの質問には不思議だなぁって答えてるだけなんだぞ…もうッ!)

 ボクは、おじいさんに聞いてもロクな答えが返ってこないことがわかっていたので、もう何も言わないようにした。

 ポチャン、ポチャーン

 そうしてボクがダラダラと川に石を投げていると、

「では坊や、ひとつ聞くが良いかのぉ?」

 おじいさんが聞いてきた。

(また面倒くさいこと言うんだろうな?)

 そうは思ったものの、ヒマだったのでやっぱり付き合うことにした。

「うんいいよ。何? おじいさん」

「もし池にじゃ、いろんな人がたくさん溺れていたとしたのなら、お主は誰を先に助けるのかのぉ?」

「池?…いろんな人って、子どもとか、おじいちゃんとか、おばあちゃんとか、ん~と、ウチの父ちゃんとか、サッちゃんとかも?」

「そうじゃよ、いろんな人じゃ」

「それだったら、サッちゃんとか、小さな子どもとか…女の人を先に助けるかな?」

「ふむ、そうか…」

「ん? それがどうかしたの?…っていうか、ボク間違ってんの?」

「間違っているとか正解とかではなくて、坊やが成長していくために教えておいた方が良いかも知れんと思ってじゃな」

(マズイなこの流れ…。おじいさんが、またワケのわからんことを言ってくるぞ)

 ボクは警戒しながら続く言葉を待った。

 ポチャ・・・

 釣り竿を振って落ちたウキを見つめながら、おじいさんがこう言った。

「そばにいる人から助ける…というのはどうじゃな?」

「えッ、そばにいる人から?」

「そうじゃ」

「・・・・」

 まさかまさかだった。

 おじいさんがこんなこと言うだなんてビックリした。

(どういうことなんだろう。優先順位は小さな子や女の人、弱い人が先なハズなのに…)

 チラッと横目でおじいさんを見てみたけど、静かにウキを見つめている。

 何か質問しても、返事が返ってきそうにない雰囲気だ。

(んでも、{というのはどうじゃな?}って言っただけだから、そばにいる人から助けるのが正解じゃないのかもしれないよな…。いや待てよ、{間違っているとか正解とかではなくて}って言ってたよな…)

 頭がこんがらがってワチャワチャしてきた。

 投げようとしていた石を握りしめ、ジッと川面を見つめながら考えた。

(サッちゃんや友だちなんかじゃなくて、そばにいる人から助けるって…)

 いくら考えても答えが出てこない。

 答えらしきことも思いつかない。

 その場面を想像すれば想像するほど、

(そんなこと出来ない…)

 という堂々巡りをするばかりだった。

 その堂々巡りを100周くらいしたところで、その日は夕焼けとともに終わってしまった。

 何もわからずに…

**********

 雨だ。

 せっかくサッカーをして遊ぶ約束をしていた日曜日なのに雨が降っている。

(あ~もう、サッカー楽しみだったのになぁ…ちくしょう)

 何もやることがないので、テレビのスイッチを入れようとしたときだった。

 朝早くから何やらゴソゴソとしていた父ちゃんが、

「着いてくるか?」

 と、新聞をうしろポケットに突っ込みながら言ってきた。

「どうしたの? どっか行くの?」

「ああ、紹介してもらった整骨院に今から電車でな」

「(電車!)うん、行く行く」

 電車に乗るのが大好きだったボクは、ふたつ返事でOKした。

 嬉しくなったボクは、下駄箱の奥にあるオンボロ傘を2本取り出して、父ちゃんを急かすような感じでパタパタとホコリを払い、玄関にスタンバイした。

「さて行くか」

「うん」

 体が悪い父ちゃんは、休み休みゆっくりにしか歩けない。

 いつもはそんな父ちゃんとお出かけするのは、せっかちなボクは少しイライラするけど、電車に乗れるとなると話は違う。

 待ち遠しくてワクワクする楽しさがボクの気分を良くしていった。

 電車に乗り込んでみると、ほぼ満席状態だった。

 かろうじて空いてる席を見つけたので、父ちゃんをそこに座らせたボクは、父ちゃんの目の前に立って陣取った。

 ♪チンチン

「次は~、白崎~、白崎~」

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン

 電車といっても田舎を走っている電車なので、マイクロバスが2台繋がっているような感じの電車だ。

 出発するときに足踏み鈴がチンチンと2回鳴るので、みんなチンチン電車って呼んでいた。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン

 電車の揺れが心地いい。

 プァーーーーーーーッ

 踏切の手前で鳴らす警笛が、景気よく鳴り響いたときだった。

「あらあら、どこ行くの?」

(んッ? 誰だ?…)

 声がした方を向くと、近所に住んでいるチー姉ちゃんが、ボクの横に立っているのに気づいた。

「あ、チー姉ちゃん」

「フフッ」

 ちょっとビックリしているボクを見て、チー姉ちゃんが微笑んだ。

「あッ、んとね、父ちゃんが病院に行くから一緒にね。チー姉ちゃんは?」

「わたしはコレよ、コレコレ」

 そう言いながらピアノを弾く仕草をしたあと、ボクの父ちゃんに会釈した。

 このチー姉ちゃんって、頭の良い高校に通っててピアノも上手だし、何よりやさしい性格なのでボクは大好きだった。

 好きな歌や気になる曲があると、いくらボクが{おませな子}といっても漢字や英語はわからないので、チー姉ちゃんに教えてもらってた。

(んでも、あんなデタラメなボクのハミングで曲名がわかるよな…。わかるまでずっと付き合ってくれるし…)

 そんな優しいチー姉ちゃんとお話しながら電車に揺られていると、

「ここどうぞ」

 という声が聞こえた。

 ボクとチー姉ちゃんが{ん?}と思って、声がした方を見てみると、

「ここ座っていいよ。どうぞ」

 と、ボクより小さな男の子が、立ちながらチー姉ちゃんに席を譲ろうとしていた。

(おじいちゃんやおばあちゃんに席を譲るんだったらわかるけど、チー姉ちゃんは元気な高校生だぞ。座るワケないだろ、変なヤツだなぁ)

 ボクがそう思っているとだ。

「あらあら、ボクありがとうね」

 そう言ったかと思うと、その男の子が座っていた席にチー姉ちゃんがフワリと座った。

(な、な、な…なんで???)

 チー姉ちゃんはもう一度、

「ボク、ありがとうね」

 と言って、隣に座っていたその男の子の母親に軽く会釈した。

(・・・?)

 ボクは何が起こっているのかわからなかった。

 ワケを聞きたかったけど、今ここでチー姉ちゃんに、{どうして断らずに座ったの?}なんてこと聞ける空気じゃない。

(なんで断らなかったんだろう…)

 チー姉ちゃんの行動がボクには理解できなかった。

 というのも、それはボクが知ってる優先順位とは全く違っていたからだ。

 電車ではお年寄りに席を譲ることくらいは知っている。

 おじいちゃんやおばあちゃんが電車の中で立つのは危ないし、どこか体の具合が悪かったりするからだ。

 空き地や公園で小さな子に譲るのも、ボールが当たって怪我をしたりしないようにするためだし、何より年下の子に譲るのが優先ルールだ。

でもだ。

 チー姉ちゃんは当然その子より年上だけど、おばあちゃんじゃなく高校生で元気も良く、どこも体の悪いところなんかない…

 ルールに全く当てはまらないのだ。

(チー姉ちゃんが小さな子に譲るんだったらわかるけど…、もし今ボクが高校生だったら断ってる…絶対に断ってる)

 そうやって、どうしていいかわからずにいると、

「白崎~、白崎~、お足もとにご注意ください~」

 と鼻にかけた声の車掌さんのアナウンスが流れた。

 するとだ!

 チー姉ちゃんが、

「じゃあボク、ありがとね」

 って男の子に言うと、母親とボクの父ちゃんに挨拶をして、

「バイバイ、またね」

 と、ボクに小さく手を振って電車を降りて行ったのだ。

(はあ~?)

 ますますワケがわからなくなった。

 というのもチー姉ちゃんは、次の駅で降りるのに…、1~2分もしないうちに降りるのに、その小さな男の子から席を譲ってもらっていたのだ。

(な、なんで~???)

 チー姉ちゃんの言動の謎は深まるばかりだった。

**********

 チンチン♪

「次は~大倉~大倉~」

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン

 電車のガラスに着いた雨粒の向こうに、薄いピンク色の傘を手にしたチー姉ちゃんが改札を抜けていくのが見える。

 目を落とすと、先ほどの小さな男の子が元の席に座って、お母さんと楽しそうに話してる。

(なんだったんだ今のは…。チー姉ちゃんだってこの村で育ったんだから、優先順位のルールくらい知ってるハズなのに…)

 ボクは電車に揺られながら、今まで教わった優先順位を思い返していた。

(わからない…どうしてなんだろう)

 そうやって呆然としていると、先日のおじいさんとのことが蘇ってきた。

(誰から助けるっていう問題もそうだったけど、ボクの父ちゃんは、{優先順位のルールとやらで既にボクに教えている}って言ってたよな?)

 それを思い出したボクは、

(優先順位って、いったい何のことなんだろう? どうやって決まったんだろう? 父ちゃんってボクに何を教えているんだろう?)

 そう思いながら、ふと、父ちゃんに目をやった。

 プァーーーーーーーッ

 ガタンゴトン ガタンゴトン

 警笛が鳴り響き、車輪の音が電車内に染み渡った。

 すると、この一連の流れを見ていた父ちゃんが遠くを見るような感じで、いや、何かを見透かしたようにボクにつぶやいた。

「不思議だな~」

 と…。

**********

【質問】

アナタハ ダレカラ タスケマスカ?

アナタハ セキヲユズッテ モラッタラ スワリマスカ?

**********

【幼年編《07》優先順位】おしまい。

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