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イノチノツカイカタ第1部《幼年編》第08話「名コンビ」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 だいぶ寒くなってきた。

 ボクの家はボロボロで隙間だらけなので、外の気温と家の中の温度がほとんど変わらない。

 なので冬の朝は、いつも寒さで目が覚めた。

 ボクは保育園に行く前、毎朝必ず見ていたテレビ番組を見るために、布団を体に巻きつけて蓑虫みたいになりながら立ち上がって、テレビのスイッチをパチっと入れた。

 ビ、ビッ・・・ビ・ビビッ

 映りの悪いテレビだ。

 ボクは手慣れたように、斜め45度の角度からトントンと叩いてテレビに{早く起きろよ}と催促した。

 でも今日のテレビは少し機嫌が悪いらしい。

 イラッとしたボクは、力を込めてバンバンと叩いた。

 ビビッ・・ビビビーーーっと返事をして、やっとこさテレビが起きた。

 その不機嫌なテレビから、陽気な音楽が流れてくる。

 朝の子どものテレビ番組だから当たり前なんだけど、その陽気な音楽のおかげで少しずつ{今日も遊ぶぞッ}と、ボクは寒さに負けない元気な子どもを取り戻していくのだ。

 ボクは蓑虫状態でテレビを見ながら、きのうの残り御飯をほおばった。

 といっても、僅かな白飯に塩か醤油をかけて食べるだけなのだけどネ。

「いってきま~す」

 ボクは元気だ。

 冬の間の通園は特に元気だ。

 理由は簡単、この寒さのおかげで近所の人たちは数人しか表に出てこない。

 つまり、朝の挨拶がメチャクチャ少ないのだ。

 ボクは冷たい風に負けないように、突っ走って保育園へと向かった。

 保育園に近づくと{おはよ~ッ、オ~ッス}の声が聞こえてくる。

 その声を聞くと、ボクの元気は増々元気になっていく。

 ボクはロケットブースターのスイッチをオンにして、輝く新世界にでも行くかのように、

「おっはよ~ッ」

 と言いながら保育園に駆け込むと、みんなの

「オ~ッス、おっはよ~ッ」

 の元気な声が、アチコチ色んなところからボクに返ってきた。

「ムーちゃん、おっはよ~ッ、どうしたムーちゃん、元気がねぇな!」

 そう言ってバシッと背中を叩いて、ボクは駆け抜けていった。

 現金なモンである。

(やっぱりみんなも、冬の朝は挨拶がないから元気だよな)

 そう思うとボクは、既に遊んでいる友だちが羨ましくなって、急いで荷物を教室の後ろの棚にしまい込むと、イヤッホ~って感じで運動場に飛び出ていってみんなと遊んでいた。

 冬の朝は、だいたいこんな感じだった。

**********

 そんな冬でも、少しポカポカした陽気の朝のことだ。

「はぁ~い、みんな~ッ、始めますよ~ッ」

 朝の運動場に、ユウコ先生の元気な声が飛んできた。

 これでひとまず、ボクたち園児同士の朝の挨拶は終わりだ。

 ボクたちは{は~い}という返事とともに、自分たちの教室に駆け込んで席に着いた。

 教室で待ってたユウコ先生は、みんなの顔を見渡すと恒例の挨拶を始めた。

「はいッ、それではみなさん、いいですか~?」

「はぁ~いッ」

「では、きり~つ…、さん、はいッ」

「せんせい、おはようございます。みなさん、おはようございます」

「はいッ、良くできました。ちゃくせき~ッ」

 これで家を出てからの、朝の挨拶はすべて終了だ。

 でもユウコ先生を見ると、何だか様子がおかしい。

 空中を見ながらニヤニヤしている。

(どうしたんだろ? 良いことでもあったのかな?…でもなんか変だぞ)

 ボクは、なんだかイヤな予感がしたけど、早く遊びたかったので、

「ユウコ先生、今日は何して遊ぶの?」

 と、みんなの代わりに聞いてみた。

 するとユウコ先生は、机の中からゴソゴソと大きな画用紙の束を取り出してきた。

「今日は、お絵かきをしましょう。さぁみんな、この画用紙を取りに来て!」

「{!}・・・・」

 ボクたちは、目が点になった。

 いつもお絵かきといえば、広告チラシの裏紙だ。

 画用紙にお絵かきができるのは、父の日か母の日くらいだ。

 でも今日の画用紙は、たまにしかお絵かきできない画用紙の4倍くらい大きい。

 しかも真っ白だ!

「ほらッ、なにボ~ッとしてんのみんな、早く取りに来なさい!」

 ユウコ先生のその声で、パッと眼が覚めたボクたちは{わ~ッ}っと一斉にユウコ先生、いや、画用紙に群がった。

 ユウコ先生は、

「ほらほら、破けるでしょ、まったくもう! 順番、順番ッ!」

 そう言って、画用紙をボクたちの手に届かないように自分の頭の上に乗せた。

{画用紙を持っているのは、この私なのよ!}と、女王様のような態度でだ。

 おあずけをくらったボクたちは、しょうがないので甘える子犬のようにクンクンとユウコ先生に媚びなければならなかった。

 そんなボクたちの態度に満足した先生は、少し高飛車な感じで真っ白な画用紙を一枚一枚{ほら、お取りなさい}という感じで手渡していく。

(あのニヤニヤ顔はコレがやりたかったんだな? ちくしょう)

 ボクは苦虫を噛んでいる気分になった。

 やっとボクにも真っ白な画用紙を手にする順番が回ってきた。

 ボクがその画用紙を手にして席に戻ろうとしたけど、なぜかユウコ先生はその画用紙から手を放さない。

 ボクが破けないように軽く引くと、ユウコ先生が手放さないように握り返してくる。

 そんな無言の押し問答が数回続いた。

(なんでボクに画用紙をくれようとしないんだユウコ先生は?)

 するとユウコ先生は、眼をクッと見開いてボクの顔を覗き込むと、

「ほらッ、どうしたの? ありがとうは? んッ? あ・り・が・と・う、ゲコッ」

 憎ったらしい言い方だ。

「!」(ゲコッ?って、アノことを根に持ってんだな。あんな小っちゃいことを…)

 そうは思ったけどボクは画用紙が欲しかったので、根負けして{ありがとう}と悔しさ交じりの小声で言ってみた。

 でもやはりだ。

 これじゃぁ、済ましてくれなかった。

 ユウコ先生はトボケた顔をして、

「はぁ~ッ? 小さくて聞こえないなぁ~。先生、年取ったのかなぁ~、ゲコゲコッ」

 と、こうきた。

 完全にトサカにきたボクは、ありったけの大きい声で、

「あ・り・が・と・う・ユ・ウ・コ・せ・ん・せ・いッ」

 と、吐き出すように言ってやった。

 ユウコ先生は、それで満足したかわからないけど、やっとこさ手を放してくれた。

 ボクは、手にした画用紙を持って渋々ながら席に着こうとしたら、ユウコ先生が、

「これで、おあいこネッ」

 と、ボクにウインクをしながらニコッと笑ってきた。

 ボクたちは、いつもコレにやられていた。

 ユウコ先生は、最後のこの{ニコッ}だけで、スンナリなのか無理やりなのかはわからないけど、ほとんどのことを解決する方向?に持っていって終わらせてしまう。

 ホントに不思議な能力を持った先生だった。

 でもだ! でも、しかしだッ!

 ボクは、頭をブルブル振って思いなおした。

(ユウコ先生、根に持ちすぎなんだよなぁ。あんな小っちゃいこと根に持つだなんて信じらんないよホントに…。ボクはただ、ユウコ先生のパンツの中にチョットだけ大きめのカエルを入れただけだっていうのに、騒ぎすぎなんだよ。カエルもいい迷惑だよ、ったく)

 まぁボクが、冬眠中のカエルを捕まえたからパンツの中に入れたんだけど、ユウコ先生がギャーギャーワーワと騒ぎすぎて、カエルもビックリして起きてしまったのだ。

 っと、こんなアホは置いといて、お絵かきだ、お絵かき。

**********

「ユウコ先生、何を描いたらいいの? テーマは? この前は、お花だったけど」

 エミちゃんだ。

 サッパリというかアッサリというか、サバサバした女の子だ。

 多少男勝りなところもあるけど、冗談によく付き合ってくれるしサバサバしてるので、みんなに人気がある。

 特に年少組からは、絶大な人気を誇っていた。

 ボクは、それがチョット悔しかった。

 いや、かなり…

 このときもエミちゃんは、ため息をつきながら退屈そうに、

「ねぇ、せんせ~ってばぁ、何描くのぉ~」

 って、クレヨンを指でクルクル回しながらユウコ先生に催促してた。

 ユウコ先生は、そんなエミちゃんをチラッと見てみんなを見渡すと、驚くべき発言をした。

「今日のお絵かきは、なんでも好きなように描いてください。いいですか?」

「!?」

 ボクたちの眼の瞳孔が、パカッと開いた。

「えっ! なんでも好きなように描いていいの? ホントに?」

 このエミちゃんの言葉につられてボクたちも、ホントに好きなようにお絵かきをしてもいいのかを疑いだして、みんなザワつき始めた。

「はい、なんでもいいですよ。画用紙いっぱいに好きな絵を描いてくださいネ」

 ユウコ先生は{ほら、あなたたちは、もう自由なんですよ}って、刑務所から釈放するみたいに言ったけど、最初のニヤニヤ顔が引っ掛かっているボクたちは、まだ少し疑った。

 ボクたちの疑いに満ちた表情を感じ取ったユウコ先生は、少し強めに言い切った。

「本当です。先生たち全員、みんなが何をどんなふうに描いても、絶対に怒ったりなんかしません。約束します。だから、みんなが好きなように絵を描いてくださいッ」

「・・・・」

 そのユウコ先生の言葉や眼から伝わってくる雰囲気に、どうやらウソはなさそうだ。

 ボクたちは、みんなで眼を合わせて確認し合った。

 そして、みんなの視線の合意が取れたと思った瞬間に、

「やったぁ~」「わ~い」「イヤッホォ~」

 などの歓喜の雄叫びがあがった。

 そうとなれば、こっちのもんだ。

 みんな一斉にクレヨンでガリガリと描き始める。

 こんな大きな真っ白な画用紙に描けるなんて最高なことだ。

 ボクらはもう夢中だ。

「それじゃぁみんな、先生はお昼まではチョットいないけど、チャンとお絵かきしててネ。マチコ先生がすぐに来るから良い子にしてんのよ? わかった?」

「はぁ~い」

 みんな画用紙にクギ付けなので、ユウコ先生の顔を見ないで返事をしていた。

 そんな中ボクは、夢中になってヒーローVS悪者怪獣の絵を描き始めた。

 しばらくして、となりの席のエミちゃんの絵をヒョイって見てみると、相変わらずワケのわからない絵を描いている。

 でも、すこぶる上手だ。

 それは、お花畑に戦車が通っている絵だった。

 でも、エミちゃんの変な絵を見慣れているボクは、いたって普通に尋ねた。

「ねぇエミちゃん、その戦車の横には何を描くの?」

「ん~とねぇ、ん~と…、あッ、そうだ! お母さんを描こう。お風呂から上がったら、いつもパンツ一丁でウロウロしているお母さんを描こう」

「・・・・{!}」

 そのエミちゃんの一言が、年長組の眠れる{やんちゃ魂}を起こしてしまった。

 一瞬、みんな絵を描く手を止めて、

{そうだ、何をやってんだボクたちは…。こんなんじゃない、こんなもんじゃないんだボクたちは…、ボクたちは、こうなんだぁ~ッ!}

 ってな感じで、みんなワケのわからない絵を描き始めてしまった。

 当然そのあとは、お絵かきの時間ではなくて、いたずら書きの時間となってしまった。

{まぁ自由にやらせると、こんな感じになるので、いつもテーマを決められてたワケなんだよね}

 そんなことをボクらが楽しく?やってると、マチコ先生がやってきた。

「まぁ、みなさん上手ですねぇ」

 ボクたちの、こんないたずら書きでもマチコ先生は誉めてくれる。

 冗談や駆け引き一切なしで誉めてくれる。

{たまに悪い気もするけど…}

 でも、ホントにマジメでやさしい先生だ。

 少しマジメすぎて融通が利かないところもあるけど、それは一所懸命という証拠でもある。

 特に子どもたちには、ホントに一所懸命な先生だ。

 ボクらはみんな、そんなマチコ先生のことが大好きだった。

**********

 そしてお昼が近づいたころ、ユウコ先生が帰ってきた。

「はぁ~い、みんなぁ~ッ、お絵かきできたかなぁ? できた人から先生のところに持ってきてくださぁ~い」

「はぁ~い」

 みんなが絵をユウコ先生のところに持っていくと、それを見たユウコ先生が笑い出した。

「なにこれ? やだぁ~ アハハハハハ、おもしろい、アハハハハ」

 そりゃそうだろう。

 ボクたち年長組は、{笑い}が命だ。

 これだけは絶対に譲れない。

 なのでボクたちは、笑っているユウコ先生を見て、{してやったり}の顔つきになっていた。

「アハハハ、なにこの鼻水たれて酔っぱらってるおっさんは? アハハハ、おっぱい丸出しのおばさんが戦車と戦ってるよコレ、アハハハ、みんな何を描いてんの? アハハハハ」

 ボクたち園児の半分以上は、エミちゃんの変なお母さんの絵のせいで、自分の家族の最もだらしない部分の絵を描いていたのだ。

 ユウコ先生の笑いは、まだ続いた。

「なにこの対決、ツギハギだらけでビンボーそうなロボットが、宝石ジャラジャラの金持ち怪獣と戦ってるよ。でも、なんでこのロボット泣きながら戦ってんの? アハハハ、しかも周りに蝶々が飛んでる。アハハハハハハ」

(よっしゃぁ! 笑ったぁ!)

 ボクの絵が笑われた。大満足だ。

 笑われたみんなも満足そうだ。

 でもだ…

「アハハハハ、アハハハハハ、アハハハハハ」

「???」

 ユウコ先生の笑いが止まらない。

 あまりにも止まらない。

 これくらいのモノなら、もう笑い終えてもいいころなのに…

 ボクたちの間に、なんだか居心地の悪い不安がよぎった。

(なんだかイヤな予感がする。絶対に何かあるぞコレは…)

 エミちゃんが、その悪い予感が一体なんなのかを確かめるように、

「先生、いつまで笑ってんの?…っていうかさぁ、その絵どうすんの?」

 って聞いてくれた。

「アハハハハ、ごめんごめん、えぇ~っと、この絵はねぇ」

 ユウコ先生はそう言ったまま、またニヤニヤした顔になった。

(おかしい、絶対におかしい。なんかあるぞ絶対…)

 みんな、そう思ったに違いない。

 さらにエミちゃんが、{取り上げられたオモチャを返して}と言うように、

「先生、早く教えてってば、早くぅ!」

 と、ユウコ先生に詰め寄ったので、どうやら言う気になったようだ。

「アハハ、それじゃぁ発表します。実は~、この絵は~」

 先生は少しもったい付けたあと、ハッキリと言い放った。

「もうじきキミたちは、この保育園を卒園するのは知ってると思うけど、その卒園式のときに…」

(ま、まさか…)

「この絵を卒園式の会場のうしろに張り出しまぁ~すッ!」

「・・・・・・」

 ズッコケた。

 ほとんど全員、同時にズッコケた。

(やられた! 朝のニヤニヤ顔はコレだったのか…。完全にしてやられた!)

 ユウコ先生を見ると、卒園式でその絵を見た父兄の反応を想像しているのだろう、また空中を見ながらニヤニヤし始めた。

 すると、

「チョ、チョ、チョット待ってよ先生、やめて先生、返して、もう一回描かせて」

 などと、卒園する年長組が騒ぎ出した。

 もちろん騒いでいるのは、家族の{体たらく}を暴露した園児だけだ。

 ボクは、ビンボーロボットと金持ち怪獣を描いただけだったので、大したことはなかったけど、でも暴露組は大変な焦りようで先生を追い掛け回し始めた。

 描きあがった画用紙を頭の上に乗せ、キャッキャと逃げ回るユウコ先生。

 それを取り戻そうと追い掛け回す、錯乱状態の暴露組の園児たち。

 ボクは関係ないので、この光景を楽しく見させてもらっていた。

 そうするとユウコ先生がソソクサと教室から出て行こうとしたので、それに感づいた暴露組はユウコ先生を外に出すまいと素早く出口に陣取って、{とおせんぼ}をした。

 暴露組は真剣な顔つきだ。

 緊張感が走る…

 でもユウコ先生はそんなことは意に介せず、暴露組が陣取る出口にツカツカと近寄り、

「はい、マチコ先生よろしく」

 と、暴露組の頭の上を園児の手の届かない高さで、出口の外で待機していたマチコ先生にあっけなく ポンッ と手渡した。

「あッ!」

(ゲッ・・・)

 暴露組が、受け取ったマチコ先生に気がついて、{マズイ}という表情になった。

 絵を受け取ったマチコ先生は、涼しい笑みで折り目正しく、

「はい、みなさん、上手に描けましたネ。先生とってもうれしいです。みなさんが頑張って一所懸命に描いたこの絵は、先生がチャンと卒園式までしまっておきますネ」

 そう言うとマチコ先生は、メガネをキラッと光らせてクルッと背を向けると、事務員室にスタスタと帰って行ってしまった。

 マチコ先生にコレをやられたら、もう暴露組になす術などない。

 いや、このモードに突入したマチコ先生に対抗できる者は、全世界中の園児を探しても、まずはいないだろう。

 ムーちゃんでさえ無理だった。

 そう…、もはや暴露組は、悲しい顔でマチコ先生の背中を見送るしかなかったのだ。

 ボクも眼をつぶり、首を横に振って{かわいそうに}と思うだけだった。

 マチコ先生を見送った暴露組は、ユウコ先生を{卑怯な手を使いやがってコノヤロ~}という眼でジト~ッと睨んだ。

 でもユウコ先生は、そんな暴露組なんか相手にせず、ホコリを払うように手をパンパンと鳴らしたあと両手を腰にやり、

「さぁみんな、お昼よ」

 と言ってニコッと笑うと、給食室へと出て行った。

(言ってくれりゃ、もう少しマシな絵を描いたんだけどな…、最後の絵だぞ!…ったく)

 ひと泡吹かされて怒りのハケ口を失ったボクたちは、不満タラタラで列をなしてゾロゾロと給食室へと向かった。

 まぁ、暴露組の列だけは、ゾンビの行列みたいだったけどネ。

 結局のところボクたち年長組は、

 明るいけど大ざっぱな担任のユウコ先生、

 やさしいけどマジメすぎる副担任のマチコ先生、

 この両コンビの手のひらの上で、クルクルと踊らされていたのかもしれない。

 いや、自在に操られていたのかもしれない。

**********

 お昼を食べ終わったあとの保育園は、暴露組がションボリしていたので、今ひとつ盛り上がりに欠けていた。

 そんな中、運動場でチンタラチンタラ遊んでいると、いつもサバサバしているエミちゃんが、うなだれるように立っていたので、気になったボクは声をかけてみた。

「エミちゃん、どうしたの? さっきの絵のこと?」

 ボクに声をかけられたエミちゃんは泣きそうになったのだろう、両手のこぶしをクッと握ったまま、クルッとボクに背を向けた。

(こんなエミちゃん初めてだな、どうしたんだろう? けなす雰囲気じゃないな)

「エミちゃん、なにかあったの?」

「・・・・」

 何も答えないエミちゃんを見て、ボクはホントに心配になってきた。

「エミちゃん、どうしたの?」

 すると、うらめしそうに振り返ったエミちゃんが、やっと口を開いてくれた。

「あの絵を見たら、絶対にプレゼント買ってもらえない…」

(プレゼントって、あっそうか! 卒園式とエミちゃんの誕生日は一緒だったよな)

「あのね、去年は買ってもらえなかったの。でもね、グシュ、お母さんが来年の誕生日と卒園式のお祝いで、2つとも買ってあげるって言ってくれてたの…グシュ」

 普段、男の子と取っ組み合いのケンカをしてるエミちゃんが、まさかプレゼントごときでメソメソするとは思ってもみなかった。

 やっぱりエミちゃんも女の子だ。

 なかなかいじらしい。

(でも、エミちゃんが泣くほど欲しがってるモノってなんだろう?)

 チョット興味が湧いてきたボクは、やさしく尋ねてみた。

「そんなに欲しいプレゼントってなんなの?」

 エミちゃんが、うつむいてモジモジしながら、つぶやくようにボクに言った。

「バービーのお人形と…、グシュ、戦車…」

「・・・・」

(あ~アホくさッ、心配したボクがアホだった。なんだよ、そのプレゼント…)

 頭がグルグル回ってきた。

 すると、うつむいたままのエミちゃんが、上目使いでボクを見つめてきた。

 なんかヤバそうな感じがする。

「お母さん、買ってくれるかなぁ? ねぇ? グシュ」

「・・・・」

 困った…

 どうやらボクは、{やっかいごと}に巻き込まれたらしい。

(ここは、なんとかして切り抜けないと…。チョット笑わせてみようかな?)

 ボクは、気の抜けた棒ゼリフのように、

「かっ・て・く・れ・る・と・お・も・う・よ」

 って、無表情で言ってみた。

 でも、顔をあげたエミちゃんは、ボクの言ったことを真に受けたようだ。

「ホントに?」

 って、すがるように乙女チックな表情で聞いてきた。

(あ~ッもう、面倒くさッ、もう知らんッ)

「トイレ行ってくる」

 そう言ってボクは、エミちゃんを残してトイレに逃げ込んだあと、エミちゃんを放ったらかしてみんなと遊んだ。

 いじらしいのか、面倒くさいのか、ワケがわからない一件だった。

「はぁ~い、みんなぁ~、終わりますよ~ッ」

 元気なユウコ先生の声が運動場に響く。

 ボクたちは教室に戻って帰りの用意をして、ユウコ先生の帰りの挨拶を待った。

「今日も元気に遊びましたネ。帰りの挨拶をしましょう」

「はいッ、それではみなさん、いいですか~?」

「・・・はぁ~い・・・」

「では、さん、はいッ」

「せんせ~、さよ~なら…、みなさん、さよ~なら」

 そう挨拶をして帰ろうとすると、

「チョット待ったぁ~ッ、声が小さい! もう一回やりなお~~しッ」

 威勢のいい声でユウコ先生の{待った}がかかった。

 元気のない暴露組のせいだ。

 ユウコ先生は、ヤレヤレという感じで仕切り直した。

「はいッ、それではみなさん、いいですか~?」

「はぁ~い」

(チャンとしないと面倒くさいことになる。暴露組、チャンとやれよ)

 当然、暴露組にプレッシャーというオーラが集まる。

「では気を取り直してぇ~ッ、さん、はいッ」

「せんッせい、さようならッ みなさんッ さようならッ」

 かばうように暴露組以外の園児が声を張り上げた。

 その直後、みんなユウコ先生の様子を探るように見てみると、一呼吸おいて、

「ふん…、はい、さようならと」

 ユウコ先生は、{今日のところは許してやるか}っていう感じで終わってくれた。

(はぁ~、なんて疲れる日だ)

 ため息をついたボクは暴露組のことなんかは相手にしないで、みんなに{じゃぁまたね}って言うと、おじいさんと遊ぶ約束をしていたので急いで帰った。

**********

 下の川に行くと、おじいさんは毎度のごとく釣りをしていた。

 最近ボクとおじいさんは、この下の川でチョクチョク遊ぶようになっていた。

 遊ぶといっても、ボクが保育園での出来事や友達のことを一方的にしゃべって、おじいさんが釣りをしながら{ふむふむ}と聞いてるか聞いてないかわからない返事をするだけなんだけどネ。

 でもたまに、おじいさんが変な質問してくるので困ることも多かった。

 困る原因はただひとつ、答えを教えてくれない事だ。

 いや、答えようのない質問が、しょっちゅう飛んでくる事だった。

 今日もボクは、保育園であった出来事をおじいさんに事細かに話しをすると、しばらくの間{ふむふむ}と聞いていたおじいさんが質問をしてきた。

「坊やは、挨拶が嫌いなのかのぉ?」

「別に嫌いじゃないよ。ただ冬以外の挨拶は面倒くさいな」

「ふむ、しかし面倒くさいっていうのは、好きじゃないっていうことじゃから、好きの反対の嫌いということではないのかのぉ?」

(・・・・)

「あ~もうッ、おじいさんってば、頭がこんがらがってくる言い方しないでよぉ、もうッ、はいそうですよッ。ボクは朝の挨拶だけは、キ・ラ・イ・で・すッ」

「フォッ ホッ ホッ、素直に白状しおったか、フォッ ホッ ホッ」

 どうもこのおじいさんといい、ボクの周りの大人たちは、子どもたちをからかって遊ぶのが大好きみたいだ。

 泣こうが怒ろうがお構いなしだ。

 まぁ、笑いのためなら家族でさえも売り飛ばすボクたちも、なんなのだけどネ。

 夕焼けの中、山鳥が巣に帰っていくのを見ていたら、頭の中がボ~ッとしてきた。

「朝の挨拶、無くなったらいいのになぁ~」

 ふとボクは、まったく釣れないおじいさんの横でつぶやいていた。

 するとおじいさんも、ふと気がついたように、

「ところで坊やは、挨拶はできるのかのぉ?」

 やっとしゃべり始めた小さな子どもに聞くような質問をしてきた。

(挨拶ができるのか??? なんだその質問)

「できるに決まってるでしょ挨拶くらい。なに言ってんのおじいさん、ボクのさっきの話を聞いてなかったの? 挨拶をたくさんしたっていう話だったでしょ」

「ほぉ、坊やは挨拶ができるのか。ふむふむ」

(やっぱり、からかってんのかな? 面倒くさいから、答えるだけ答えとくか…)

「挨拶くらいチャンとできるよ」

「ほぉ、挨拶がチャンとできるのか。そりゃぁすごいのぉ」

「・・・・」

(ぜったいにからかってる…。無視してやろうかな?)

 そう思ったとき、おじいさんが帰り支度を始めた。

「さてと、帰るとするかのぉ、坊や」

 そう言ったおじいさんは、いつものやさしいおじいさんだ。

「あッ、おじいさん、今度はいつ遊べるの?」

「今度か…、ワシはいつでも遊べるぞ。それじゃぁのぉ」

 おじいさんがニコッと笑った。

 でもボクは、{挨拶がチャンとできる}とおじいさんに言ってしまった手前、お別れの挨拶をするのがテレ臭くなってしまった。

 なので、そのテレを隠すようにトボケた感じを装って、

「さッ・よッ・おッ・なッ・らッ」

 と言って別れた。

 でも、このおじいさんの{挨拶はできるのかのぉ}の質問の真意は、ボクが大人になるまでは全くわからなかった。

 そして、おじいさんの質問が、ボクの細胞ひとつひとつに対し、いずれ芽吹くであろう種まきだったということも…

**********

 【質問】

 アナタハ ダレカニ コントロールサレテ イマセンカ?

**********

【幼年編《08》名コンビ】おしまい。

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