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イノチノツカイカタ第1部《幼年編》第09話「金メダル」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


「奥さま、コレなんかいかがでしょうか?」

「あらステキねぇ、このネックレス」

「そうでございましょう、奥さまのためだけに仕入れておきました」

「でも、お高いんでしょう?」

「いえいえ、日頃から奥さまには大変お世話になっておりますので、特別価格でご奉仕させて頂きます。もちろんプレゼントもご用意しておりますですハイ…」

「あらそうなの? でもウチの主人に聞いて見ないとねぇ」

「もちろんですとも」

「ヘイ、ジョン! どこにいるのジョン? チョットこっちに来て!」

 そう言いながらエミちゃんがボクの方を見た。

(なんだよエミちゃん、ボクにジョン役をやれっていうのかよ…)

 ムーちゃんとエミちゃんが、TVショッピングごっこをやりだしたので、そばにいたボクは巻き込まれてしまったようだ。

 いや、その誘いを待っていたんだけどネ。

(しょうがねぇなぁ~、いっちょやってやるか!)

「なんだいジョディ?」

「ほら見てジョン、ステキなネックレス。似合うかしら?」

 エミちゃんが、首にかけているような仕草をした。

「君なら何でも似合うさジョディ。ところでなんだい? そのネックレスに付いている小さな石みたいなモノは…」

「これでございますかご主人さま、これはダイヤモンドでございますですぅ~」

「ダイヤ? こんなスズメのオシッコみたいなヤツがか?」

「はい、でもですよご主人さま、このダイヤモンドはレッドダイヤといって貴重なシロモノで、大変価値あるモノなんですよ」

「ふ~ん、そうなのか…、で、値段はいくらするんだ?」

「それなのよジョン、特別価格でプレゼントもあるみたいなのよ」

「プレゼント?」

 ジョン、いや、ボクがそう言うとムーちゃんが何やらポケットから取り出す仕草をした。

「プレゼントというのは、この金銀パールでございます」

 プッ、ププッ…

(ダメだ…、こりゃたまらん)

 ギャハハハハ

 アハハハハハ

 ボクとエミちゃん、そしてそれを聞いていたユウコ先生が大声で笑いだした。

 この笑いというのは、レッドダイヤという洗剤を買うと金銀パールが当たるっていうCMをムーちゃんがネタとして入れ込んできたからだった。

「買う買う、ちょうだいそのネックレス、アハハハハ」

 ユウコ先生が笑いながら教室から出てきた。

 そして手をパンパンと2つ叩いて、

「はい、みんな~、運動場に集まってくださぁ~い。かけっこやりますよぉ~」

 と号令をかけた。

「はぁ~い」

 ムーちゃんがニンマリとした顔でボクを見てる。

{今の面白かったでしょ?}って感じでだ。

 笑いを持っていかれたのはチョット悔しかったけど、今回の笑いはかなり面白かったので、ボクはムーちゃんにサムアップをしてニコって笑うと、みんなが待ってる運動場へと向かった。

(さぁてと、かけっこか…)

 年長組は、なぜ今かけっこをやるのかくらいは当然わかっている。

 というのもこのかけっこは、運動会の紅組と白組にわけるためのテストなのだ。

(うっしゃぁ~、絶対1番になるぞ)

 ボクは気合も気力も満タンで整列した。

「今度こそ、あんたには絶対に負けないからね!」

 エミちゃんがキッと睨んできた。

 ついさっきまでギャハハと遊んでいたエミちゃんのこの変わりよう…

(戦闘モード突入だなエミちゃん…。でも、何度やってもボクには勝てないよ)

 この保育園で1番かけっこが速いのがボクで、エミちゃんはいつも2番だった。

 でも、なぜだかわからないけど、エミちゃんはかけっこになると、いつもボクに対してだけ戦闘モードになる。

 よほど悔しいみたいだ。

 ということで突然だけど、かけっこ終了。

 先生が集計をやっている間、みんなでワイワイガヤガヤやっていると、エミちゃんがボクに近寄ってきて、

「私の負けだけど、今度は絶対に勝つから…」

 下を向いたままそう言うと、その場を離れていった。

 エミちゃんは負けると毎回必ずそう言ってくるんだけど、ボクは{うん}とだけ返答するだけで、不思議とけなす気にはなれなかった。

 けなす気になれないのは、なんだかボクが悪いような気がしてたからだ。

 悪い気がする理由は、今はわからなかったけど…

**********

 パラ  パラパラ パラ

 雨だ。

 空は明るいし小雨程度なんだけど、マチコ先生が、

「あら大変、みなさん教室に入ってください。風邪を引いてしまいますよ。ほら早く!」

 と急かしてきた。

 逆らったり意見すると面倒くさいのはみんな知っているので、

「はぁ~い」

 と言って、みんなおとなしく教室に入っていった。

 するとユウコ先生が、

「そういえば、そろそろ開会式の時間じゃなかったっけ?」

 そう言いながらテレビのスイッチをパチっと入れた。

 パパパラァ~パパパラァ~パッパラァ~

 テレビからラッパの音が流れてきた。

「ちょうど良かった。みんなで一緒に見よう」

 ユウコ先生とマチコ先生が、ボクたちの中に膝を抱えて座った。

 テレビの画面を見てスグにわかった。

「あッ、オリンピックだ!」

 前回のオリンピックは、ボクは2歳くらいだったので記憶なんてさらさら無い。

 だけどここ最近、連日連夜ニュースやスポーツ番組で放送してたので、オリンピックが何なのかくらいはみんな知っていた。

「へぇ~、これが聖火かぁ~、結構大きいけど重たくないのかな? ねぇ?」

 エミちゃんがボクに聞いてきた。

(切り替わるの早いよなぁ~)

 さっきまで涙目で悔しがっていたエミちゃんのこの変わりよう…

 でもだ。

 これでいつもの保育園に戻ったっていうワケなので、ひとまず良しとしよう。

「剛くん、今度こそは金メダル取って欲しいわよね、マチコ先生」

「そうよねユウコ先生。剛くんって無敵なのに、オリンピックの決勝で2回もねぇ」

 そんな会話が聞こえた。

 剛くんならボクも知っている。

 めっちゃ強い柔道の選手だ。

 でも何やら、出る大会出る大会で優勝ばかりしているのに、前回と前々回のオリンピックの決勝戦では負けていたらしいのだ。

「負けたのがオリンピックの決勝だけってさぁ、この前アナウンサーが言ってたけど、オリンピックには魔物ってヤツが棲んでんのかな?」

 エミちゃんがそう言うと、

「まさかぁ~」

「いや、いるんじゃないの?」

「魔物ってムーちゃんなんじゃないの?」

「音痴魔物?」

「そうそう、笑って力が抜けて負けるってヤツ」

 ギャハハハハハ

 そんな声が飛び交った。

 そのあとは、ユウコ先生とマチコ先生が剛くんについて話してくれた。

 どれほど強いのかということだけでなく、

 負けたときに散々叩かれたこと…

 シルバーコレクターと揶揄されたこと…

 八百長だとウワサされたこと…

 家族や親族にまで誹謗中傷を…

 そんなことを。

(悔しかっただろうなぁ、情けなかっただろうなぁ)

 そう思うと、なんだかボクの方が悔しくなってきた。

 (剛くんには金メダル取って欲しいな。絶対に)

 そんなことを思って今日の保育園が終わっていった。

**********

「ただいま~」

「おお」

 家に帰ると、父ちゃんもオリンピックを見ていた。

 どうやら開会式が終わったばかりのようだ。

 新聞のテレビ欄を見ると、オリンピックの特集番組が今から1時間後に始まるってことがわかった。

「飯食って風呂に入ってこい」

「うん」

(明日からオリンピックの話ばかりになるだろうから、チャンと見ておかないとな)

 ボクは特集番組に間に合うようにバタバタと用意して、サッサと飯と風呂を済ませた。

 タオルで頭をゴシゴシやりながらテレビの前に座ると、

「それではここで、剛くんの過去のオリンピックを振り返ってみましょう」

 と、司会者がVTRスタートっていうポーズをした。

(おッ、気になってた剛くんだ)

 前々回のオリンピックで、剛くんが出発する前のインタビューが流れた。

{全力で頑張ってきます}みたいなことを言っていた。

 そして決勝戦で負ける映像が流れた。

「いやぁ、惜しかったですよねぇ~、このときはあと一歩でした。それでは前回の剛くんを見てみましょう」

 司会者がそう言うと画面が切り替わった。

 前回のオリンピックに行く前のインタビューだ。

 剛くんは、{自分らしい試合が出来るように頑張ってきます}みたいなことを言っていた。

 そしてまた決勝戦で負ける映像が流れた。

「このように剛くんは前々回、前回のオリンピックは銀メダルでした。今回のオリンピックでは是非とも金メダルを取って欲しいですね!」

 司会者のその声に、コメンテーターたちが大きく頷いている映像が映った。

「ねぇ父ちゃん、オリンピックには魔物ってヤツが棲んでるの?」

「ああ、おるぞぉ~、でっかい魔物がおるぞぉ~」

 父ちゃんが棒読みで答えた。

 忘れてた…

 聞いたボクがバカだった。

 どうでもいい内容のとき、父ちゃんって適当に答えるのだ。

(ええクソッ)と思ってテレビを見ていると、今回出場する選手のインタビュー録画が次々に流れ始めた。

「頑張ってきます」

「自己ベストが出せるようにやってきます」

「自分ができることをやってきます」

「全て出し切ってきます」

 みたいなコメントがズラリと並んだ。

(・・・・?)

 ボクはそんなコメントを聞いても、なんだかピンとこなかった。

 そんな中、

「楽しんでやってきます」

「オリンピックを楽しもうと思います」

 というコメントがテレビのスピーカーから聞こえてきた。

(んッ? 何だって? 今なんて言った? 楽しむ?)

 サッパリわからなかった。

(楽しむ? オリンピックを? なんで?)

 父ちゃんに聞いて見ようかと思ったけど、さっきの件があったので聞く気分じゃない。

(なんであんなこと言うんだろ?…)

 考えても考えてもわからなかった。

 インタビューのVTRが終わったあと、司会者は淡々とこれからの日程や見どころを紹介していった。

(退屈だなぁ、何か試合でも始まんないかな…)

 そう思ったときだった。

「えっと、剛くんがいる会場と中継が繋がったようです。現場の逸政さん、聞こえますかぁ~」

「はぁ~い、聞こえますよ~、こちら現場の逸政です。今こちらに剛くんが来てくれてま~す」

 そして画面に剛くんが映し出され、

「こんにちは~、剛です~」

 と、少し照れくさそうに剛くんが挨拶をした。

 パチパチパチパチ…

 司会者とコメンテーターが、{待ってました!}というように拍手する。

 すかさず現場の逸政さんが、

「率直に、今の調子はどうでしょうか?」

 と、挨拶もそこそこに剛くんに質問をした。

「すごく良いですよ」

「それは良かった。以前から痛めていた左膝の状態はどうですか?」

「痛みもないですし、全く問題ないです」

 剛くんはそう言ってニコッと笑った。

 それからも質問攻めが続いたけど、剛くんは穏やかに返答していた。

(これが王者の貫禄なのかな? でもオリンピックの決勝は…)

 ボクはさっき見た映像を思い出していた。

 剛くんが負けた映像を…

 ボクは剛くんが、バカにされ、罵られている場面を想像して悔しくなっていた。

 そして司会者が、

「剛くんには、今回のオリンピックは是非とも頑張って欲しいです。頑張ってくださいね!」

 と言ったとき、剛くんの表情が変わった。

 真剣な表情になった剛くんが、マイクに向かってこう言った。

「金を取ってきます。必ず金メダル取ります!」…と。

「!」

(おおおおおおおおお!!!)

 今まで味わったことがない感情がボクの中に渦巻いてきた。

 ボクの血が逆流していくのがわかる。

 なぜか涙も出てきて、カラダがブルブルと震え出した。

(な、何なんだコレは…)

 座ったまま、ボクは震える手と足をずっと見つめていた。

 このときのボクは、この高ぶった感情を口で説明することも、理解することもできなかった。

 ただ覚えているのは、血が逆流する体感と武者震い…

 そして、流した涙が熱かったという感覚だけだった。

**********

 その翌日。

 ボクは保育園に着くと、

「ねぇねぇ、昨日の剛くんが出てたテレビ見た? 金メダル取るって言ったヤツ」

 と、興奮気味にみんなに聞いた。

 でも返ってくる返事は、

「うん、見たよ」

 とは言うものの、そんなに興奮する様子でもない。

(あれッ、どうしたんだろ? みんな静かだな。ボク、メチャクチャ興奮したのに…)

 拍子抜けしたボクは、ユウコ先生とマチコ先生が目の前を通っても、そのことは聞かずにやり過ごした。

(ボク、何かおかしいのかな?)

 そう思ったからだった。

(ま、いっか…、今日、保育園が終わったらおじいさんに聞いてみよう)

 ボクは気持ちを切り替えて、みんなと遊ぶことにした。

「ただいま~」

「おお」

「遊びに行ってくるね~」

「おお」

 小雨が降っていたけど、そんなに気にするような雨じゃなかったので、傘も持たずにいつもの下の川へと向かった。

(あッ、いた、おじいさんだ)

 橋の下でおじいさんは釣りをしていたので、横に行って座った。

 それからボクは、保育園での出来事をおじいさんに事細かに話した。

「おじいさん、どう思う?」

「ふむ、エミちゃんのことか…」

「いや違うよおじいさん、そのことじゃないよ。ったくもうッ!」

「フオッ フオッ フオッ」

 そのおじいさんの笑い方に、{今日は気負わずにやるぞ…よいな?}という合図を感じたボクは、体育座りから胡坐に切り替えた。

「ではじゃ」

「うん? なに?」

 おじいさんが問題を出すような感じで話してきた。

 ボクと目を合わせたおじいさんは、ゆっくりと川面に視線を移した。

「仮にじゃ、坊やがオリンピックの水泳の決勝で泳いで、金メダルを取ったとしよう」

「ボクがオリンピックで金メダル? 水泳の?」

「そうじゃ」

「うん、わかった」

「試合後、坊や以外の決勝を戦った7人全員にインタビューをした」

「ボク以外にインタビューを?」

「そうじゃ、そしてそのインタビューで返ってきたのは、

・全力で泳ぎました。

・自分の泳ぎが出来たと思います。

・楽しいオリンピックでした。

というのがほとんどじゃった」

(ボクがさっき言ったピンとこないヤツだ)

「うん、それがどうしたの?」

「慌てるでない…、では次じゃ」

「うん」

「先ほどと同じように、坊やが金メダルを取って他の選手にインタビューをした」

「オリンピックの決勝でってこと?」

「そうじゃ、さっきと同じじゃ」

「うん・・・」

「そのインタビューで返ってきたのは、

・金メダルを目指して泳ぎました。

・金メダルを取るためにイチかバチかの大勝負を仕掛けましたがダメでした。

・金メダルが取れなくて悔しいです。

という答えばかりじゃった」

「うん」

「では質問じゃ、坊やはどっち話も金メダルを取ったのじゃが…」

 そう言いながら、ゆっくりとボクに振り向いた。

「・・・・」

「どっちの金メダルが、うれしいのかのぉ?」

「あッ…!」

 考えるまでもなかった。

「あとだよ、おじいさん」

 そう答えた。

「ふむ、どうしてじゃな? 最初の金メダルをA、あとの金メダルをBとしよう」

(AさんBさんみたいだな…)

「ん~と、ん~と…、なんて言っていいかわからないけど、Aの金メダルは{みんな何をしに来たんだろ?}って思うよ」

「ふむ、ではBの金メダルはどうじゃな?」

「Bの金メダルは、{みんなが欲しがってた金メダルをボクが取ったぞ}って感じ」

「ふむ、ということは、Aの金メダルよりもBの金メダルの方がうれしい…、つまりそれは、坊やにとってはBの金メダルの方が、価値があるということなのじゃな?」

(価値?・・・値打ちとかそんなんだよな?)

「うん!」

「手に持てば、AもBも同じ金メダルなのに不思議じゃのぉ」

「うん…」

「では、Aの金メダルはうれしくないのかのぉ?」

「いや、うれしいと思うよ。でも…」

「でも?」

「Bの金メダルの比べたらさぁ…」

 そのボクの言葉に、おじいさんが大きく2度頷いた。

「ふむふむ、よろしいよろしい」

「{!}(あッそうか!)」

 キュイーーーン

 ボクの脳ミソが回転し出した。

「ねぇおじいさん?」

「なんじゃな?」

「価値の、その付け方でしょ?」

「ふむ、何じゃな? 言ってごらん」

 おじいさんがニコリとした。

 その表情を確認したボクは、得意になって話しを続けた。

「価値は周りの人たちが付けるってことなんじゃないの?」

「ほぉ、どんなときに価値が付くのじゃな?」

「みんなが、金メダルが欲しいって思ったりしたときに価値が付くんだよ。だから欲しくなるし、取ったらうれしいんだよ」

「ふむ、よろしい」

「へへッ」

「では少し話が戻るが、坊やは先ほど{みんな何をしに来たんだろ?}と言うたが、どういうことじゃ?」

「あ~、あのこと?…。全力で泳いだり、楽しんで泳ぐなら、オリンピックじゃなくてもできるでしょ?」

「ふむ」

「そんな理由だったら、自分んちの近所のプールで泳いだらいいだろってことだよ」

「ふむ、厳しいのぉ。それで?」

「オリンピックに出て金メダルを取りたい人がいるだろうから、その人に変わってあげて欲しいって思うよ」

「ほぉ、面白いのぉ。じゃが、金メダルを取るためには、全力を出したりせねばならんじゃろ? 楽しんだ方がリラックスできるから本来の力が出しやすい… そういうこともあるじゃろうし…」

「でもさぁ、金メダルを取るためにって言葉がないとダメでしょ」

「どうしてじゃ?」

「その言葉が無いとさぁ、なんて言ったらいいかわかんないけど、負けてもさぁ…」

 このときのボクは、まだ言葉で整理することができなかった。

 おじいさんは、そんなボクをただ黙って見守るように話に付き合ってくれた。

「まぁよいじゃろ」

「う~ん…」

 なんとなく…いや、かなりのところまでわかっているのに、それを言葉にすることができないもどかしさはあったけど、最初のおじいさんの笑い方があったおかげで、ボクの気はかなり楽だった。

「よいよい、今はおウチに帰ってオリンピックでも見るがよい」

(そうだよな…。オリンピック見てたら何かわかるかも知れないしな)

「よっこらしょっと」

 ボクは立ち上がり、おじいさんと別れて家に帰った。

**********

「ただいま~」

「おお」

「オリンピックは?」

「おお、やってるぞ~」

 ボクはバタバタと靴を脱ぎ、テレビの前に座った。

 どうやら日本のサッカー代表が負けたらしく、1回戦で敗退みたいなことを司会者が言っている。

(あ~あ…、負けたのか)

 保育園でサッカーブームが起こり始めていたのでチョット残念だった。

 すると画面が現地に切り替わって、各選手へのインタビューが始まった。

「う~ん、勝てる試合を落としました」

「チームの良いところが出ませんでした」

「課題が見つかりました」

「自分たちのサッカーが出来ませんでした」

 そんな言葉が並んだ。

(ん? 何を言ってんだコイツらは…)

 前はこんな感じのことを聞いてもピンとこない程度だったけど、なぜか今は、なんだかわからないけど腹が立つ。

 少しイライラしていると、父ちゃんがチャンネルを変えた。

 何かの試合が終わった直後のようだ。

 テレビから司会者の声が聞こえてくる。

「いやぁ~スゴイですね~、オリンピック3連覇ですよ」

 画面を見ると、アル選手が映っていた。

 メチャクチャ強い女子レスリングの選手だ。

 どうやら金メダルを3大会連続で取ったらしい。

「なんとか勝ててホッとしています」

 いい笑顔でインタビューに答えていた。

 続けて、アル選手に負けて銀メダルになってしまったソック選手が横にいたので、インタビュアーはそのままソック選手にマイクを向けた。

 どうやらそのインタビュアーの話によると、ソック選手は前大会もアル選手に負けて銀メダルだったそうだ。

 そのソック選手が涙を流しながら、

「悔しい…。調子も良かったし今度こそ勝ちたかった…、アル選手に勝って金メダルを取りたかった」

 そう答えていた。

(ホントに悔しそうだな…。いっぱい練習したんだろうな…きっと)

 インタビューが終わると、ソック選手は勝者のアル選手に握手を求め、2人でガッチリと握手を交わした。

 そしてソック選手が涙を拭いながら、

「私の負けよ。あなたは強いわ」

 と、清々しい笑顔でルチル選手を褒め称えた。

 そのときだった。

 ピキューーーーーーン

「{!}(エ、エミ…ちゃん…?)」

「あッ!」

 思わず大きい声を出してしまった。

 父ちゃんがチラッとボクを見て、またテレビに視線を戻した。

(お、思い出した…、か、かけっこのこと思い出した!)

 かけっこで、エミちゃんがボクに対してだけ戦闘モードになる理由…

 負けたあとのエミちゃんのあの態度…

 ボクが価値を上げたことや下げたこと…

 そして、ボクが悪いことをしているような違和感…

 今、その謎が解けた。

(明日、チャンとしないと…)

 そのあとは、ボーッとしたままオリンピックを見て、布団に潜り込んだ。

**********

 翌日。

 みんな昨日のオリンピックの話でワイワイと盛り上がっている。

(どうしよう…、エミちゃんに何て言おう)

 何か言おうにも昨日に引き続いて、またもや言葉で表現できないでいた。

(ダメだ…言葉にできない。どうしよう)

 そうしてモンモンとしていると、

 ピキューン

 と、小さい稲妻が走った。

 そして脳裏に、{かけっこ}という文字がぼんやりと浮かんだ。

(あッそうか、そうすればいいんだ)

「エミちゃん」

「んッ? なぁに?」

「かけっこやろう、かけっこ」

「かけっこ? 今?」

「そ、今」

「なんで?」

「いいからやろッ!」

 そう言ってボクはエミちゃんを運動場へと連れ出した。

「ちょ、ちょっと何よ、どうしたのよ急に」

「いいからいいから、えっとムーちゃん!」

「なに?」

「今からエミちゃんとかけっこするから、ヨ~イドンをやって!」

「ヨ~イドン?」

「そッ」

「うん、わかった」

 そしてボクは、エミちゃんをスタートラインに並ばせた。

「ホントにやるの? かけっこ…」

「・・・・」

 エミちゃんの問いかけに、ボクは何も答えずに気合を入れていた。

 ボクの雰囲気を察して何かを感じ取ったエミちゃんが、

「うん、わかった。あんたには負けないからね!」

 と、戦闘モードに突入していった。

「んじゃ、いくよ。ヨ~イ…」

 園のみんなも、ボクとエミちゃんのかけっこに注目しているようだ。

 久々の緊張感のなか、

「ドンッ!」

 と、ムーちゃんの合図が運動場に響いた。

 ボクはスタートをバッチリ決めて走った。

 そして走りながら思い出していた。

 最初はボクよりもエミちゃんの方が足が速かったこと…

 ボクは、負けると泣いて悔しがっていたこと…

 次は絶対に勝つって言いながらボクは泣いていたこと…

 でも、いつの日からか、エミちゃんよりボクの方が速くなっていた。

 日が経つにつれ、ボクの足は増々速くなっていく。

 手を抜いても勝てるくらいに…

 それからのボクは、かけっこでスタートを切ったあとに、少し差をつけたことを確認するとゴールまで力を抜いて走るようになっていた。

 それだった…

 エミちゃんの態度も…

 ボクが悪い気がしたのも…

 全部、それが原因だった。

 ボクは、敗者をバカにしていたのだ。

 そしてそれは、敗者に勝者を称えることをさせなかったということでもある…

 だから…、だから!

 だから今回のかけっこは、振り向かずに全力で走った。

 ただ全力で突っ走って駆け抜けた。

「ゴール~!」

 ボクがゴールしたあとに、遅れてエミちゃんがゴールした。

 ゆっくり振り返ると、エミちゃんが近づいてきた。

 いつもは下を向いてくるけど今回は違った。

 ボクを見ながら真っすぐに近づいてくる。

 そしてボクとエミちゃんは、同じような笑みを浮かべながら、

「速いねぇ~、あんたには勝てないよ」

「うん」

 という言葉を交わした。

**********

【質問】

アナタハ カチヲ アゲテ イマスカ?

**********

【幼年編《09》金メダル】おしまい。

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