第2部「少年編」のスタートです。
第1部「幼年編」を読んでない方はホームからどうぞ。
入学式から1ヶ月。
学校というところはカリキュラム通りに進むので、ボクはなんだか少し窮屈に感じていた。
ボクが通っている小学校は田舎の割には大きめの学校だったので、全校生徒は1000人以上いて、1年生だけでも160人以上で4クラスまである。
ボクたち保育園の卒園者15名は、その4クラスにまんべんなく振り分けられていたので、結構{おとなしめ}に過ごしていた。
その振り分け理由というのは小学校を卒業してから聞いたのだけど、ボクたちの保育園の卒園者は{要注意児童}ということで、学校側が上手に?振り分けてたみたいだ。
なので、ムーちゃんもエミちゃんも、ボクとは違うクラスになっていた。
そして小学校も給食が始まって、クラスの子の名前も少しずつ覚えてきたころのことだ。
ボクたち保育園組は、ワザワザ待ち合わせて一緒に帰ることなんかなかったけど、いつも知らず知らずのうちに4、5人くらいが固まって、仲良く一緒に帰っていた。
今日は、ムーちゃんを入れての4人組だ。
小学校の窮屈さから解放されたボクたちは、ワイワイガヤガヤしながら帰っていた。
**********
その帰り道、ボクのクラスのマモルくんとユキエちゃんが、ボクたちのすぐ前を歩いていたので呼び止めた。
「マモルくん、ユキエちゃん、一緒に帰ろうッ」
「うん、いいよ。一緒に帰ろうッ」
クルッと振り向いた2人は、少しテレた笑顔で答えたあと合流してきた。
ほかの子と一緒に帰るのは、これが初めてだ。
ボクたち、そしてマモルくんとユキエちゃんも、少しテンションが上がっていた。
それからしばらくボクたちは、{おうちはどこ? 保育園はどこだったの?}みたいな、ありきたりなおしゃべりをしながら帰り道を歩いた。
でも、話のネタが尽きてきたボクは、となりにいたムーちゃんを、
「コイツ、すっげぇ音痴なんだよ」
って、その新しい友だちに紹介した。
するとムーちゃんも間髪入れずに、
「コイツのウンコ、臭いんだぞぉ~」
ってやり返してきた。
カ~ン
さぁ、始まりだ!
ボクたち恒例の{けなし合い}のゴングが、ボクとムーちゃんによって打ち鳴らされたのだ。
それからは、ボクたち要注意児童のドンチャン騒ぎの{けなし合い}が、通学路に鳴り響いた。
マモルくんとユキエちゃんが、学校の中とは全然違うボクを見て、半笑い状態で呆気にとられている。
(よし、チョットだけマモルくんをけなしてみようかな?)
ってなことで、ボクは背が低いマモルくんに突っ込んでみた。
「マモルくんって、チビだよね~」
って言ったら、ムーちゃんが乗っかってきた。
すぐ目の前にマモルくんがいるのに、ムーちゃんは、
「あれ~ッ、マモルくん、どこいったぁ~、マモルくぅ~んッ」
と首を振ってキョロキョロし出したので、それを見たボクらは、ギャハハハハハハって、腹を抱えて大笑いしてしまった。
(ムーちゃんおもしれぇ~、負けらんねぇぞ)
そう思ったボクは、標的を前歯が1本抜けてるユキエちゃんに切り替えた。
「前歯が1本無いユキエちゃんにボクが{あだ名}をつけてあげよう。ユキエちゃんの新しい名前は…ドゥルルルルルルル」
ボクは、少しもったい付けるように舌でドラムロールをやってから発表した。
「ジャジャァ~ン、では発表します。ユキエちゃんの新しい名前は、歯が1本ないので、{ひふへほ}に決定いたしましたぁ~ッ」
ドッカ~ン
ギャハハハハハハ
クソガキである。
ボクたち要注意児童は、それからもマモルくんとユキエちゃんをけなしにけなしまくった。
この新しい友だちがどんなけなしを返してくれるのか?…それを楽しみにしながらけなしまくった。
でも2人とも背中を向けているし、一向にけなしてくる気配がない。
なのでボクたちは、
(この2人、ボクたちの知らない、新たなけなしの使い手か?)
なんてこと思いながら、今か今かとワクワクしながら返しを待った。
ところがだ。
待てど暮らせど何も言ってこない。
それどころか、さっき一緒に帰ろうって言ったときのウキウキテンションが、まったく伝わってこない。
(どうしたんだろ?)
そう思ったそのときだった。
突然2人は、ピューッという感じで走って行ってしまった。
呆気にとられたボクたちは、
(んッ? どうした? これが新しい笑いか?)
っていう表情で顔を見合わせた。
(戻ってきて何かやるのかな? それとも向こうの角に隠れてて、驚かしてくるのかな?)
でも雰囲気からしても違うらしい…
(う~ん…まいったな…)
どうやらホントに帰ったみたいだ。
「これ笑える?」
「うんにゃ、笑えん」
「…だよな」
「じゃぁ、明日学校に行ったら、何かやり返してくるんじゃない?」
「あッそうか!。明日かぁ~、でも明日だったら面白さが半減するよね」
「うん、するする」
ボクたちは、こうなってしまった以上、明日まで待つしかなかった。
**********
翌朝。
学校の校門まで来ると、ボクの担任の女先生が腕組みをして待ち構えていた。
「ほらッ、そこのキミたち3人、チョット職員室までいらっしゃい」
なんだろう?と思いながらボクたちは、先生のあとについて職員室に入って行った。
その職員室にはムーちゃんが先にいたので、これで昨日の4人組勢ぞろいだ。
ほかの先生たちが、ボクたちを横目で見ている。
なんだかイヤな感じだ…
先生は自分のデスクの椅子に座り、ボクたちをその横に立たせると、フ~っとため息をひとつした。
そして、指でデスクをトントンしながらこう言った。
「なんできのう、あんなことしたの?」
「・・・?」
(なんかしたっけ? きのう?)
ボクたち4人はキョトンとした顔で、{お前なんかやらかした?}みたいな感じでお互いの顔を見合わせた。
すると先生が、
バンッ!
と、デスクを叩いたので、ボクたち全員ビクッとして肩をすくめた。
「なにトボケてんですかッ!」
先生が怒った。
ボクたちを下から上へ、舐めるように見てる。
でも身に覚えがない事だから、言い返そうかと思ったけど言葉が出ない。
いや、その女先生があまりにも怖く感じたので、ボクたちはビビッていたのだ。
「なんで、マモルくんとユキエちゃんをイジメたんですか?って聞いてるんです先生はッ!、チャンと答えなさいッ!」
予想外の展開だった。
ボクたち4人は伝わってくる感じで、みんな同じ気持ちでいるのは瞬時にわかった。
(イジメ? ボクたちが? なんで?)と…
先生はそのボクたちを見て、少し呆れたように話しはじめた。
「普通、あんなヒドイこと言わないでしょ。マモルくんもユキエちゃんもかわいそうに…。あなたたちは普通にみんなと仲良くできないの?」
「・・・?」
(普通?…)
ボクたち全員、この普通という言葉に引っ掛かっていた。
そのあとも先生は、ボクたちに説教を続けていたようだったけど、{普通}という言葉に引っ掛かっているボクたちは、その説教をうわの空で聞いていた。
キーン コーン カーン コーン
始業の鐘が鳴った。
先生は、まだ説教を続けたかったみたいだけど、あきらめるように、
「もういいから、教室に戻んなさい。ホームルームが始まりますよ」
最後の鐘の余韻の中、そう言って教室に返してくれた。
(?・・・)
ボクたち4人は、{けなし合いがイジメ? 普通?}って思いながら、それぞれの教室に戻っていった。
結局その日は{普通}という言葉のせいで、うわの空で過ごすことになってしまった。
**********
その日の帰り道。
ムーちゃん以外の2人がボクと合流した。
話さなくても雰囲気でわかる。
この2人も、今日はボクと一緒のような感じで過ごしたということが…
そうやってボクたち3人が無言で帰っていると、背後からランドセルをカタカタと鳴らしながら、
「お~いッ、待ってぇ~ッ」
と、ムーちゃんがボクたちに駆け寄ってくるのが聞こえた。
ボクたちは、{ヤバイ}という感じに包まれたので、暗黙の了解で早歩きになった。
ムーちゃんはボクたちに追いつくと、
「一緒に帰ろうよぉ」
って言ってきたけど、
(ヤバイ、こういうときのムーちゃんはヤバイんだ)
そう感じてたので、3人とも早歩きのスピードが更にアップした。
でもムーちゃんも、ボクたちに合わせて速度をアップしたので引き離せない。
「ハァハァ、ねぇ、そんなに早歩きしないでゆっくり帰ろうよぉ ハァハァ」
ムーちゃんが息を切らせながらボクたちを呼び止めようとしたので、ボクは、
「うるさいなぁ、今日は無言で早歩きしながら帰る日なんだよッ」
そんなワケのわからないセリフを言って、ムーちゃんをしゃべらせないようにした。
それからボクたち4人は、無言のまま早歩きで歩き続けた。
ムーちゃんをしゃべらせないようにしたいボクたち3人は、前方の一点だけを見つめながらの、逃げるような早歩きだ。
{ヤバイ}と感じながら…
しかしだ。
ついにボクたちは、村に1個しかない信号で捕まってしまった
まだ赤になったばかりの信号で捕まってしまったので危機的状況だ。
(ヤバイぞ…。しゃべんなよ、ムーちゃん…)
でもやっぱり無理だった。
「ねぇ、みんな…」
背中越しに話しかけてきたムーちゃんに、ボクたち3人はピクッと反応した。
「ボクたちさぁ…」
(言うな! それ以上言うなッ!)
「ボクたち、普通じゃないのかなぁ?…間違ってるのかなぁ?」
「・・・・」
(コイツ言いやがった…。言っちゃならんこと言いやがったコイツ!)
ボクたち3人が、最も恐れていたことが起きてしまった。
なのでボクたちは、
「なに言ってんのムーちゃん、あのくらいでイジメだなんて、そんなこと言う方がおかしいよ」
「そうだよムーちゃん、あんな楽しい遊びなのにさぁ」
「そうそう、大げさなんだよあの2人、けなし合いが楽しいことを知らないんだよ」
慌てて覆い隠すように、自分たちを必死にかばった。
それでもやめないムーちゃんが、少し不安げに、
「でも先生が、ボクたちのことを…」
って言いかけたムーちゃんを、ボクが慌ててさえぎった。
「大丈夫だよ心配しなくても。イジメる気持ちなんてコレっぽっちもなかったんだし、別にボクたち間違ってなんかないよ」
「う、うん、そうだよムーちゃん、気にしすぎだよ」
ボクの言葉を後押しする2人も、三流役者のような言い回しだった。
でも、なんだかシックリとこない…
イヤな部分に蓋をしてるような感じがする…
ボクたちは信号が青に変わると、また早歩きをして帰っていった。
無言のままで…
そんなこんなでボクたちは、この日から当分の間、けなし合いは要注意児童だけでやるようになっていった。
**********
翌週。
久しぶりにおじいさんに会った。
下の川で釣りをしてるのが見えたので、ボクは急いで河原の土手を駆け降りた。
「おじいさぁ~ん」
「おう坊やか、久しぶりじゃのぉ」
「うん、久しぶりだね」
「小学校はどうじゃな? 楽しいかの?」
「うん、まぁね…」
なんとか笑顔を取り繕ったけど、ボクは学校の時間割りとやらに馴染めなかったことと、この前の{普通}がずっと引っ掛かっていたので、やっぱりおじいさんにはボクが元気に見えなかったようだ。
「どうしたのじゃな? 浮かない顔をして」
そのおじいさんの優しい顔を見たら、なんだか色々と愚痴りたくなってきた。
ボクは、Bさんになるのを覚悟でおじいさんに話した。
「ねぇおじいさん、なんで小学校には時間割りってのがあるの?」
「ふむ」
「保育園のときは結構自由だったから、何だか窮屈だよ。みんなで同じことばっかりしなくちゃなんないし…」
「ほぉ、窮屈ときたか…。ふむ、それは管理教育というヤツじゃのぉ」
「カンリキョウイク? なにそれ? それって良いことなの? 窮屈なのに」
「フォッ ホッ ホッ、面白いのぉ坊や、相変わらずで安心したぞ」
「おじいさんも相変わらずボクをからかうけどね。へへッ」
「フォッ ホッ ホッ」
「へへへ~ッ」
(やっぱりおじいさんはいいな。なんだかホッする)
そう笑い合ったあとに、おじいさんが続けた。
「管理教育にも、良い面も悪い面もある。じゃがそもそも良い悪いなんぞは…」
そう言いかけて、おじいさんが髭を摩りながら少し黙ったあとに続けた。
「まぁこれから先は、言わんでもいずれわかるじゃろ」
(出たッ! おじいさんのいずれわかるだ)
この言葉が出たらおじいさんは、この先どんなに質問しても{ふむふむ}と頷くだけなので、ボクはサッサとあきらめて次の質問をすることにした。
でも今度の質問は、チョットだけ小細工してみた。
「おじいさん、普通ってなんなの? いずれわかるって言うのは無しだよ」
「こりゃまた、今度は普通ときたか…、しかも条件付きか…う~ん」
(へへッ、おじいさんが困ってるぞ。さぁなんて答えんのかな?)
「そのうちわかるじゃろ。…これでどうじゃな?」
頬杖をついていたボクの右ひじが、ズルッとすべった。
「チョット待ってよおじいさん、そのうちも、いずれも、意味が一緒じゃない。もうッ!」
「フォッ ホッ ホッ」
「おじいさんって、ホントにいつもズルいんだよね」
もうボクは、このくらいのことなでカチンとくることはなかった。
おじいさんに毎度のようにコレでやられていたので、慣れっこになっているのかもしれない。
いや、おじいさんの{からかい}が、ボクにとっては既に心地よいものになってしまっていたらしい。
でも、このからかいは、この先どんどんエスカレートしていくんだけどね…
**********
「おじいさんにはかなわないよ」
「いやいや、坊やも、なかなかのもんじゃぞ」
「フォッ ホッ ホッ」「アハハハハ」
そうしていると、日が傾いてきた。
なので{好きなテレビ番組が始まるから、そろそろ家に帰ろうかな?}って思っていたら、おじいさんが立ち上がった。
「帰るの? おじいさん」
「いや、坊やが小学生になったお祝いを、まだあげておらんかったと思うてのぉ」
「えッ、おじいさんが、お祝いに何かくれるの?」
「これから言う言葉がそのお祝いじゃ。今の坊やには、わからぬかも知れぬがのぉ」
「言葉?」
少しガッカリしたけど、そのおじいさんの雰囲気を見ると、無性に聞きたくなってきた。
「うん、なに? その言葉って」
「ふむ、では坊や、シッカリと受け取るんじゃぞ」
(受け取る? 何を? 言葉を?…)
おじいさんは、不思議そうに見つめているボクに軽く微笑むと、夕日に視線を移しながら、ゆっくりと話しを始めた。
「普通を分けたとすれば3つに分かれる。ひとつは世間や集団、もうひとつは個人、そして最後のひとつは…」
おじいさんが髭を撫でて、ひとつ呼吸を置いた。
「まぁ坊やなら、いずれわかるじゃろうから坊や自身で考えるといい」
「あ、うん…」
こんなに真剣なおじいさんを初めて見たボクは、そのオーラに緊張して気後れしたので、{うん}としか返事が出来なかった。
ボクの返事を確認したおじいさんは話を続けた。
「しかしじゃ、世間や集団、個人の普通は流れて移ろいやすい。ワシと坊やとの会話が今までそうであったことを証明してきたように」
「・・・・」
「また坊やは、これからそう遠くない日に、その2つの普通が生み出すモノを目の当たりにするじゃろぉ。3つ目の普通を交えてな…」
「・・・・」
「そのときには、けっして眼を逸らしてはならぬぞ…、坊や…よいな?」
「・・・・」
まったくもって理解できなかった。
でも何か大切なモノだということだけはわかる。
(なぜ、ボクにこんなお祝いをくれるんだろう?)
そう思ってると、ボクの心を見通したみたいに、おじいさんが見つめてきた。
「坊やが、坊やであるために…、ただそれだけじゃよ」
そう言うとおじいさんは、夕日に溶けるように帰っていった。
**********
【質問】
アナタノ フツウハ ドコカラ ヤッテキタノデスカ?
**********
【少年編《01》要注意児童】おしまい。