i02c-header

イノチノツカイカタ第2部《少年編》第03話「なんだそりゃぁ!」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 この春休みが終わったら3年生だ。

 ボクはこの短い春休みを満喫しようと思って、とにかく遊びに遊んだ。

(ヤベェ~、テレビ見すぎた…。遅刻だ)

 空き地に行くと、もうみんなが集まって何やら遊びの相談をしている。

 ボクは{乗り遅れてなるもんか!}ってな感じで、

「オ~ッス、遊ぼ~ッ」

 と、15人くらいいる友だちの集団に飛び込んでいった。

 その集団は、上は小学校の高学年のお兄ちゃんやお姉ちゃん、下は保育園の年少組までと、バラエティー豊かな集りだった。

 ボクたちが遊ぶときは、いつもこんなバラエティー集団が基本なのだった。

「う~ん、今日は何して遊ぼっかな? 小さい子が多いな」

 今、話しているのはボクたちのボスだ。

 ボクたちのルールでは、遊ぶときは最年長者がボスになるが決まりだ。

 そのボスが、まず遊びを決める。

 そしてボス以外は、必ずそれに従わなくちゃいけない。

 ボス以外は、{はい}という返事しか許されず、絶対服従が鉄則。

 とってもキビしいのだ!

「よしッ、今日は鬼ごっこだ。ルールは、え~ッと…、ひとつ、鬼が保育園児の場合は小学生は片足ケンケンで逃げること。ふたつ、自分が鬼になったら保育園児を追っかける場合は、同じように小学生は片足ケンケンでおっかけること。みんなわかったかぁ?」

「はいッ」「はぁ~い」

「それじゃぁ、鬼決めのジャンケンだ。ジャンケン、ポン!」

 今日のボスによる鬼ごっこのルールが決まったので、みんなで一斉に最初の鬼を決めるためのジャンケンが始まった。

 とまぁ、いつもこんな感じでワイワイキャッキャと遊んでいた。

 こうやってボスがいるときは、何も気にせずに元気に遊べた。

 でも、ボスになると大変だった。

 ボクもボスになったことがあるけど、結構煩わしく面倒くさい。

 遊ぶ種類を考えるのは簡単だったけど、ルール作りが大変なのだ。

 みんなが楽しく遊ぶには、{どういうルールにすればいいのか?}を考えるのが大変なのだ。 

 チョットでもルールが変だと、すぐに集団がダレてしまう。

 特に保育園組が真っ先にダレてしまうのだ。

 そのダレた保育園児を遊びに引き戻すのは至難の業だ。

 ヘタにゴマスリでもしようものなら、単にワガママなアンポンタンに変身してしまう。

 なので、ボスの責任は重大なのだ。

 このときもボスは、時折り鋭い眼で{みんな楽しく遊んでいるか?}って観察しながら、チョットでもダレてくると即座にルールを変更した。

 今日のボスは、とっても上手だ。

 ボスがルールを変更するたびに、みんなのテンションがグングン上がっていく。

 さすがは経験豊富なお兄ちゃんだ。

 キーン コーン カーン コーン キーン

 5時だ。

 ボクたちの村では夕方5時になると、どこからともなく鐘の音が村全体に鳴り響く。

「はい、○○ちゃん、○○くん、お家に帰ってぇ」

 ボスが保育園組に指示を出した。

「はぁ~い」「バイバァ~イ」「また明日ねぇ~」

 保育園組が、{まだ遊びたいけどボスが…}という感じで帰っていく。

 実は、これもボスの役目なのだ。

 5時の鐘が鳴ったら保育園組はチャンと家に帰さなければならないという、この村のルールだ。

 ボスもこのルールには絶対服従なのだ。

 でもだからこそ、お父さんやお母さん、近所の人たちも、安心してボクたちの集団に預けていられたんだろうと思う。

**********

 6時近くになってくると、日が傾いてきた。

「よしッ、今日はこれでおしまいッ。みんな帰ろう」

 ボスが、みんなに解散の指示を出してきた。

 日も傾いてきだけじゃなく、なにより6時からは、みんなが楽しみにしてるマンガのテレビがある。

 最年長者のボスだって、見ないワケにはいかないほどの人気マンガだ。

 というワケで、この日は解散。

「じゃぁね~」「おうッまたな」「バイバイ、お兄ちゃんお姉ちゃん」

 いつもは、{まだ遊びたいよ、もう帰んの?}っていう寂しい感じの解散だったけど、今日はマンガのおかげで、みんな元気に意気揚々として帰っていった。

 ボクは、みんなにバイバイしたあとの帰り道に、近所の人たちのところに寄って、今日の食材を集めながら帰った。

 それは月末になると、貧乏なボクの家にある米が切れてしまい、食べものが無くなるからだ。

「おばちゃん、なんかちょうだい」

「はいはい、おにぎりを用意してあるよ。ほら、持っておゆき」

「おいちゃん、なんかある?」

「おうボウズか、チョット待てよ…。ほらッ漬物だ、持っていけ」

「おばちゃん、腹減ったぁ~」

「あらッ、忘れてたわ。ゴメンゴメン、お菓子しかないけどいい?」

 そうやってボクは、近所の人たちに{おすそわけ}をねだりながら帰った。

 そのなかには、留守だからといって、玄関先に置き手紙付きで食べ物を用意してくれているときもあった。

 大きくなって振り返ると、{とんでもない村だよな…僕もだったけど}といつも思う。

 今日は、上々の収穫だった。

 いや、大収穫だった。

 なので貧乏なボクの家は、米が切れて食べものが無くなる月末の方が、食卓が豪華になるという不思議な家となるのだった。

**********

 そんな春休みも終わりに近づいたころ、ボクが遊び疲れて帰る途中、

(そういえば、サっちゃんとしばらく遊んでないな。元気にしてんのかな? チョット寄って帰ろうかな?)

 と、ふと思って立ち止まった。

 右に曲がればサっちゃんの家、左に曲がればボクの家だ。

 サっちゃんとは、たしか今年の正月に年始の挨拶まわりのときに会ったきりだった。

 その前に見たのも、去年の終わりくらいだったはずだ。

 去年の終わりに見たのは、こうだった。

 ボクが自転車でウロチョロしていると、サっちゃんとサっちゃんのお母さんが、下の川にかかるオンボロ橋を渡っているのが、少し遠くに見えた。

 お母さんもサっちゃんも{おめかし}をバッチリしていたから、デパートにでも行ったのかな?って最初は思っていた。

 でも、なんだか少し様子がおかしい…

 お母さんが、サっちゃんを引きずるような感じで、ヒールをカッカッカッといわせながら早歩きしているのだ。

 その目は、ただ前方の一点だけを見つめて歩いていた。

 ボクはそのとき、

(サっちゃん、いたずらか何かやらかして、お母さんに怒られたのかな? しょうがない、慰めてやるかッ)

 っていう感じで、お母さんにズルズルと引きずられているサっちゃんのところへ行って、2人の少し手前で自転車を止めて待った。

(・・・・?)

 ボクは、近づいてくるお母さんの異変に眉を寄せた。

(お母さんの眼が腫れてる。真っ赤だ…、どうしたんだろう?)

 お母さんは、すれ違うときにボクの方をチラッと見たけど、またスグに視線を前に戻し、無視するようにボクの横を通り過ぎていった。

 この日からだった。

 なんだか気まずくなって、サっちゃんの家に行かなくなったのは…

 その気まずさを思い出したボクは、止まっている足を…

 左に向かわせていた。

(また今度サっちゃんのところに行こう…。また今度)と…。

**********

 春休みが終わった。

 今日は3年生の始業式だ。

 今度の先生は、今年この小学校に入ってきた新米の女先生に決まっていた。

 2年に1度のクラス替えも、マユミちゃんがいないのは少し…、いや、メチャクチャ残念だったけど、エミちゃんと一緒になったので、まぁ良しとしよう。

「えっと、はじめまして。これから2年間、みんなと一緒に勉強していく、{西田}といいます。みんなよろしくね」

「はぁ~い」

 黒板に{これでもか!}っていうくらいに自分の名前を大きく書いているのを見ながら、

(西田先生か…、ジョークがわかる先生だったらいいんだけどな…)

 ボクはそう思いながら、ボヤ~ッとしていた。

「みんな仲良くしましょうね」

「はぁ~い」

「友だちをイジメたりしちゃダメですよ」

「はぁ~い」

 とまぁ、こんなありきたりな挨拶で、この日は終わった。

 その帰り道。

 友だちと一緒に帰っていたら、その子の弟が1年生になったと言っている。

 聞けば、あさってがその新1年生の初登校日…と言うじゃないか!

(ということは、サっちゃんも、あさってから登校か…、入学式のとき、ボクは親戚の家に行ってて知らなかったしな…。よしッ)

 そう思ったボクは、その友だちを放ったらかしにして急いで帰った。

(ボクが、サっちゃんを連れてってあげよう。気まずさもコレで終わりだッ)

 と、思いながらだ。

 どうやらボクの○○なお兄ちゃんは、まだ健在だったようだ。

 いや、ただ単に、キッカケが欲しかっただけなのかもしれない…

**********

「サっちゃん、遊ぼ~ッ」

 お母さんが、古い玄関扉を開けて出てきた。

「サっちゃん今日、お熱があるから、お外に出れないのよ。ごめんね」

「あッそうなの…」

 ボクは意気込み過ぎて来てたので、一気に消沈してしまった。

 でも、あさってのことがあったので、またスグに気を取り直した。

「あさってから小学校でしょ? ボクがサっちゃん連れてくね。いいでしょ?」

「えッ、あッ、う、うん…」

 そのお母さんの返事は、なんだか悲しい笑顔で歯切れの悪い言い方だった。

(どうしたんだろ? サっちゃん、そんなに具合が悪いのかな?)

「んじゃぁ、また来るね…。サヨナラ…」

 ボクはなんだかわからないけど、そう言って空き地へと向かった。

(まぁ、なんとかサっちゃんのお母さんと話せたから、よかったかな?)

{これでいつでも遊びに行けるぞ}と思ったボクは、チョット安心した。

 そしてだ。

 その日、空き地でみんなと遊んだあと、家に帰る途中のことだった。

 近所のおばちゃんたちが、井戸端会議しているのが聞こえてきた。

「サっちゃん、やっぱり…、みたいだね」

「そうみたいね…」

「でも、お母さんも大変よねぇ~」

「そうよねぇ、サっちゃん養護学校に行くったってねぇ~」

「かわいそうに…」

(サっちゃん? かわいそう? ヨウゴガッコウ?)

 何だろう?と思って、そのおばちゃんたちに近寄ると、おばちゃんたちはボクに気づくと、ササッと家に中に入っていってしまった。

(???)

 ボクは、なんだかイヤな予感がしたので突っ走って家に戻った。

「ただいま父ちゃん ハァハァハァ」

「どうした? 息せき切って…」

「あのね父ちゃん…、ハァハァ、ヨ、ヨウゴガッコウって、ハァハァ、何?」

「いきなりなんだ? チョット落ち着け」

 ボクは、大きく深呼吸して息を整えた。

「サっちゃんがヨウゴガッコウに行くって、近所のおばちゃんが言ってたんだよ」

「・・・・」

「ねぇ教えて父ちゃん、ヨウゴガッコウって何?」

 父ちゃんは、しばらくボクを見ながら考えると、

「養護学校っていうのはな、お前が行ってる小学校の授業や生活に、ついていくのが難しい子どもたちが通う学校だ」

 と、新聞に眼を落としながら答えた。

(ついていくのが難しい? 何が?)

 ボクはもう、何がなんだかわからなくなってきた。

 とりあえず、今のボクにわかっていることは、

{サっちゃんと、一緒に学校に行けないかもしれない}

 ということ、それだけだった。

 こういった雰囲気のときの父ちゃんは、何を聞いても答えてくれない。

 なのでその夜、少ししかない御飯も喉を通らずにモンモンとしていると、

「別に、養護学校が悪いってことじゃないんだぞ」

 父ちゃんが、テレビを見ながらボソッとつぶやいた。

(・・・・)

 結局、何もわからないまま、その日は冷たい布団を被って寝た。

**********

 あくる日、学校が終わったボクは、家には帰らないで下の川へと直行した。

(いた! おじいさんだ)

「おじいさん」

「おッ、坊やか… んッ、どうしたんじゃな? いつもと様子が違うが…」

 一呼吸置いて聞いた。

「ねぇおじいさん、ヨウゴガッコウって何? なんでそんなのがあるの?」

「ふむ」

 おじいさんが眼を閉じた。

 そしてゆっくりと眼を開けると、静かにボクに話し出した。

「何が引き起こされておるのか? そしてこれから先、何が起こるのか? 逃げずにシッカリと見ておくのじゃぞ! 坊やなら必ずわかる…、よいな?」

 そのおじいさんの眼からは、{耐えるのじゃぞ}というのが伝わってきた。

 でもボクは、何だか悲しくなってきて眼に涙がたまった。

「ねぇ、おじいさん… ボクもうわからなくていいよ。わからなくてもいいからサっちゃんと一緒に学校に行きたいよ…」

 おじいさんは、うつむいて泣くボクの頭を、何度も何度もやさしく撫でてくれた。

「そう案ずるな坊や。坊やがわかったとき、必ずや今とは違う気持ちや考えになっておる。だからそう案ずるな」

 そう言って慰めてくれた。

 でもその慰めは、ボクの悲しみを怒りに変えていってしまった。

「おじいさん、どうしたらいいのッ? ボクどうすればのおじいさんッ!」

「坊や、いずれわかる。そのためにシッカリと見ておくのじゃよ」

 おじいさんの真剣な眼差しが、ボクの中の何かを掴んで、そして癒していった。

**********

 1年生が初登校する日がやってきてしまった。

 新1年生と顔合わせをやるので、今日は運動場での全体朝礼だった。

 黄色い帽子をかぶった1年生が前に並び、声を揃えて挨拶してる。

 ボクは、その黄色い帽子の中にサっちゃんを探した。

 いるはずのないサっちゃんを探した。

 いない…

 サっちゃんがいない…

 ボクは、退場する1年生が見えなくなるまでサっちゃんを探し続けた。

 ボクが受け入れたくないために…

 ボクが安らぎたいために…

 そうして全体朝礼が終わって教室に戻り、授業が始まる前のことだった。

 サっちゃんのことが頭にこびり付いて離れないボクが、教室の窓から見える景色をボ~っと眺めていると、先生が何やら話し出していた。

「みなさん、1年生と仲良くしてくださいね。いいですか?」

「はぁ~い」

 乗り気のしないボクは、みんなに紛れて気のない返事をした。

「それではみなさん、今日から授業が始まりますが、その前に発表したいことがあります」

 教師になって初めて担任になった西田先生は、ヤル気満々で続けた。

「これから2年間、みんな一緒に仲良く頑張っていくために、スローガンを掲げたいと思います。みんなスローガンってわかるかな? わかる人は手を挙げてぇ」

「わかんなぁい」「スローガンって何?」

 教室がザワつきだした。

 みんな知らないようだ。

 おませなボクは知っていたけど、気が乗っていないから無視した。

 でも隣に座っているエミちゃんが、{あんた知ってんでしょ? 答えなさいよッ}みたいな眼でボクを見て、アゴを先生の方にクイッとしゃくってきた。

(相変わらずの{おとこおんな}だなコイツは…。でも今日は答えなんか言わないよ)

 ボクは、そんな感じでエミちゃんに首を横に振った。

 そんなことやってると、先生がスローガンの意味を説明したあとに、

「それでは2学期からのスローガンはみんなが決めるとして、この1学期のスローガンは、先生が考えてきたスローガンでいきます。みんないいですか?」

「はぁ~い」

 そう言うと先生は、大きめのロール状にした紙を取り出して教室の後ろに張りはじめた。

「・・・!」

 その書かれているスローガンとやらを読んで、ボクは一気に不快になった。

「それじゃ1学期のスローガンを読みますね。{みんな同じ、差別しないで平等に。みんな仲良し公平に}これがスローガンです。みんなコレでいいですか?」

「はぁ~い」

「・・・・」

 ボクの眼が、カッと開いた。

(なに言ってんだ、この先生…)

 ボクの不快感が、怒りに変わっていく。

「みんな、友だちをイジメたりしちゃダメですからね。いいですか?」

「はぁ~い」

「みんな、友だちを仲間外れにしちゃダメですからね。いいですか?」

「はぁ~い」

{!}(仲間外れって、サっちゃんは…)

 ボクの中で、何かがブチッと切れる音がした。

 椅子から立ち上がろうとすると、エミちゃんが抑えようとしてボクの手と肩をギュッと掴んだ。

 でもボクは、それを振りほどくように席を立ち上がっていた。

 手を掴んだままのエミちゃんが、ボクを見ながら{ダメダメ}と首を振っている。

 それでもボクは仁王立ちになったまま、先生とスローガンを クワッ と睨んだ。

「どうしたの? このスローガン嫌い? 先生とっても良いスローガンだと思うけど」

(とっても良い?…だって?…)

 そう思った瞬間、我を忘れて叫んでしまった。

「なんだそりゃぁ!」

 …これがボクと西田先生との、最初の会話となってしまった。

**********

 その日の帰りのホームルームが終わった。

 ボクが帰ろうと下駄箱の靴を取っていると、エミちゃんがツカツカやってきて、

「一緒に帰ろう」

 と、眼を合わさずに言ってきた。

 ボクもエミちゃんとは眼を合わさずに、

「うん」

 とだけ答えて一緒に帰った。

 それから、{じゃぁ、またね}という、いつもの別れ間際の挨拶まで、2人とも一言もしゃべらずに眼を合わせることもしないで、ただ一緒に帰った。

 ただ一緒に…

 エミちゃんは、事情を知っていた。

 もちろん、ボクの性格やサっちゃんのことも含め、全部知っていた。

 西田先生とボクとの関係も、翌日にエミちゃんが先生に事情を話してくれたので、ボクも素直に先生に謝ることができたし、何とか無事に修復できたみたいだ。

 アッサリ系で男勝り。

 でも、何も言わなくても感じ取ってくれる、チョットおせっかいな女の子。

 これがボクの幼馴染み、エミちゃんだ。

**********

 【質問】

カナシミハ ナゼ イカリニ ナルノデスカ?

イカリハ ナゼ カナシミニ ナルノデスカ?

ソレナラバ カナシミト イカリハ オナジトコロニ アルノデスカ?

**********

【少年編《03》なんだそりゃぁ!】おしまい。

少年編《04》水族館】へ

ホームへ戻る

© 2024 《無料小説》イノチノツカイカタ