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イノチノツカイカタ第2部《少年編》第06話「ジュークボックス」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 さぁて続いての曲は{お使いブギ}です。どうぞ~!

 ガチャ、ジーーーー

♪何はともあれ、お使いついでに駄菓子屋さんへと飛び込んだ~

(よしッ、タイミングバッチリだ!)

「んッ、なにやってんだ?」

「あッ、もう! 父ちゃん、しゃべんないでよ、録音してんだからさぁ…」

「ああ、そうか…悪かった悪かった。すまんすまん」

 っとまぁボクは、テレビのスピーカーにラジカセのスピーカーをくっつけて、歌謡曲を録音していたのだ。

 近所のチー姉ちゃんに使い古したラジカセを貰ったんだけど、ラジオが壊れていたので、貧乏なボクはこのやり方で歌を録音していた。

 物音を立てれば当然その音も録音されてしまうので、細心の注意と我慢が必要なのだ。

(あ~あ… 早く覚えて歌いたかったのに…)

 お使いブギの録音に失敗したボクは、来週の歌謡トップテンまで待たなければならなくなってしまったので、その夜はふて腐れて布団に入った。

※昔のラジカセ録音のやり方は、今の若い人にはわからないだろうと思いますが、知りたければそこらへんにいる年寄りをつかまえて教えてもらってください。

**********

 その翌日。

「なんだか良さそうなデパートね」

「これなんか安いんじゃない?」

「少し遠いけど、行ってみようかしら」

 学校から帰っていると、おばちゃんたちが新聞の折り込みチラシを取り囲むようにして井戸端会議をやっていた。

(おばちゃんってホントにチラシが好きだよな…)

 なんてことない日常の光景だったので、ボクは目が合ったおばちゃんにニコッと挨拶だけをして通り過ぎようとしたら、

「へぇ~、屋上にゲームコーナーがあるんだって」

「あらホント、最新のジュークボックスもあるって書いてあるわ」

 という声が聞こえてきた。

(ジュー…なんとかボクス? なんだそりゃ?)

 気になってクルっと振り向いたボクは、おばちゃんが手にしてるチラシを覗き込んだ。

 そんなボクに気付いたおばちゃんが、{このデパートのチラシのことかい?}という感じで、ボクの目の前でチラシをヒラヒラと小刻みに揺らしたので、

「うん、チョット見せて」

 と、おばちゃんからチラシを受け取った。

 そのチラシをマジマジと見てみると、{ジュークボックス}という文字が見えた。

(なんだろうコレ…)

 すると、おばちゃんが、

「どうしたんだい? 何か欲しい物でもあるのかい?」

 って、聞いてきたので、

「ねぇ、このジュークボックスって何なの? どうやって遊ぶの? ゲーム?」

 と、ボクは即座に聞き返した。

「ジュークボックスはゲームじゃないわよ。ジュークボックス知らないの?」

「うん、教えて、ジュークボックスってなに?」

「え~とだねぇ、ジュークボックスってのは、お金を入れて好きな曲を選んで聴けるっていう機械だよ」

「好きな曲を聴く? それだけなの?」

「そうだよ」

「お金がいるの?」

「そうだよ」

「そんなことして楽しいの?」

「ええ、楽しいわよ。これでもおばちゃん、若いころはゴーゴー踊ってたのよ。ふふッ」

「ふ~ん」

(好きな曲を聴くのにお金がいるのか…。テレビやラジオで録音すればタダで聞けるのに…)

 お金を払って曲を聞くってことの楽しさが、イマイチよくわからないボクはチョット確かめたくなってきた。

**********

 さてと、行くか!

 新しいデパートへは、自転車を全速力で漕いでも小1時間はかかる。

 でも、ジュークボックスとやらを見てみたいボクは、そんなのちっとも気にならない。

 自転車をギュンギュン漕いで行くと、そのデパートが見えてきた。

(デカッ…いち、に、さん、し… はち…8階あるぞ)

 そのデパートの屋上を見ると、なにやら小さな観覧車があるのが見えた。

(あの屋上に、ゲームとジュークボックスがあるのかな?)

 そう思うと、居ても立ってもいられなくなったボクは、更に強くペダルを踏みこんだ。

 キキ――――ッ

 駐輪場に自転車を投げ入れてデパートの中に入り、なかなか降りてこないドン臭いエレベーターに見切りをつけたボクは、スグ横のエスカレーターを駆け上がった。

 ジャンジャカ、ジャン、パキュン、ポワポワポワ

 屋上に着くと、ゲームの音と焼きそばの甘ったるいソースの匂いがボクを迎えてくれた。

 子ども用の小さな観覧車がゆっくりと回っていて、見渡すとゲームがズラリと並んでいるのが見える。

 そこでは中学生や高校生のお兄ちゃんお姉ちゃんが、今流行の{パックガール}っていうゲームの周りに順番待ちをしているのが見えた。

(お~、スゲ~な! テレビで都会っての見たことがあるけど、それと一緒だ)

 ジャンジャカ、ジャン、パキュン、ポワポワポワ

 ゲーム音が、けたたましく鳴っている。

 すごい賑わいだ!

 ゲームの音とソースの匂い、そして人の熱気がボクを更に興奮させていく。

 するとだ。

 奥の方から大音量で歌が聞こえてきた。

(ジュークボックスかな???)

 ボクは、その大音量で聞こえてくる歌の方向に吸い寄せられるように近づいていった。

「うわッ、でけぇ~!」

 初めてジュークボックスを見たボクは、ラジカセの1000倍以上ある大きさに思わず唸ってしまった。

 近づいてよく見ると、数字のボタンと曲名が並んでいる。

(曲名の横に数字が書いてあるから、その数字を打ち込むのかな?)

 そして、{100円で3曲}って書いてあるプレートが見えた。

(高ッ!)

 貧乏なボクには、ちとキツイ金額だ。

 まぁ無理も何も、お金は持ってきてないし、いや、それ以前に持ってもないんだけどネ…

 というわけでボクは、みんなが夢中になっている{パックガール}を見ながら、ジュークボックスから流れてくる曲を聞くことにした。

 暫くすると、

 ズキュン、パキュン、ジャンジャカ、ジャンジャン

 と、ゲーム音だけが屋上に響き渡るようになった。

(んッ? ジュークボックスの曲が終わったのかな?)

 そう思ったときだった。

 ボクの横で、ゲームの順番待ちをしていた高校生くらいのスラっとしたお兄ちゃんが、おもむろにジュークボックスに近づいて行った。

(どんな風に操作するんだろ?)

 そう思ったボクは、興味津々にそのお兄ちゃんの横に立って操作を見てみた。

 チャリン

 お兄ちゃんが100円玉を入れて、数字ボタンをポンポンと押した。

 3曲目は少し間があったので、悩んでから何の曲にするかを決めたみたいだ。

 ♪チャラッチャ~、チャ、チャ~ラッ、チャ、チャチャ~

 そのお兄ちゃんが元居た場所に戻ると曲が流れ始めた。

 ノリのいい曲だ。

 たしか、矢沢秀吉の{止まらないa~ha}だ! カッコイイ。

 周りの人から、「おっ、秀ちゃんの曲だぜ」っていう小さな声が聞こえた。

 その声を聞いたかどうかはわからないけど、その曲を選んだお兄ちゃんが、つま先をトントンさせながら上半身をゆすって、ノリノリでリズムを取り始めた。

{この秀ちゃんの渋い曲、オレが選んだんだぜ!}っていう感じでだ。

 ボクも秀ちゃんのこの曲は好きだったので、

(このお兄ちゃんカッコイイなぁ~)

 って、少し羨ましく思っていた。

 スラっとしたお兄ちゃんが選んだ曲が全部終わった。

 するとだ。

 そのお兄ちゃんの対面にいた、少し不良っぽいお兄ちゃんがジュークボックスへと向かっていく。

 チャリン

 さっきのお兄ちゃんと同じように、1曲目と2曲目を早めに選んだあと、少し考えてから3曲目のボタンを押して自分が居た場所に戻った。

 ♪ズンズンチャ~、チャラッチャラッ、ズンズンチャ~、チャラッチャラッ

 これまたノリのいい曲だ。

 エルビス・プレフォーの{おしゃぶりはやめて}だ。

 テレビのCMで流れていた曲だ。

 ボクが気に入って、チー姉ちゃんに歌手と曲名を教えてもらったヤツだ。

 その不良っぽいお兄ちゃんも、さっきのお兄ちゃんと同じように、全身でリズムを取り始めた。

{さっきのスラッとしたあんちゃんの曲より、オレが選んだ曲の方がカッコイイだろ?}ってな感じだ。

 ボクはどっちの曲も好きだったので、2人ともカッコイイお兄ちゃんに見えた。

 そして不良っぽいお兄ちゃんの曲が終わるとだ。

 今度は、ケバケバのヤンキーお姉ちゃんがジュークボックスで曲を選んだ。

 ♪&%$#+}“#$%&‘)=~|&$!~?<*`”

(うわッ、なんだこの曲は…)

 初めて聞く曲調だった。

 周りのギャラリーから、

「パンクか…」

 という声が聞こえた。

(パンク? なんだろソレ… 帰ったらチー姉ちゃんに聞いて見よう)

 そんなことを思ってケバケバのヤンキーお姉ちゃんを見てみると、リズムなんかは取っていない。

 微動だにせず、腕組みをしてガムをクチャクチャと噛んでいた。

{男がチンタラした曲、聞いてんじゃねぇよ!}っていうケンカ腰みたいな態度だ。

(気合い入ってるねぇ~)

 何だか楽しくなってきた。

(んッ? おばちゃんが言ってた{楽しい}って、こういう事だったのかな?)

 そう思ってよくよく観察してみると、みんなで{いい曲選びバトル}をやっているような感じに見えてきた。

(楽しそ~、ボクもこのバトルに加わりたいなぁ~)

 好奇心の塊のボクは、ウズウズしてたまらなくなってきた。

 しかしだ。如何せんボクにはお金がないので参加したくてもできない。

 何とも煮え切らないというか何というか、ひとりでモヤモヤしていると、ひとつの出来事に目が留まった。

 それは、『みんな3曲目を選ぶのに時間がかかっている』ということだった。

(3曲くらいだったら、そんなに悩まなくてもいいのに、なんでみんな悩むんだろ?)

 そう思ったボクは、ジュークボックスが見える位置に移動し、暫く観察することにした。

**********

 5人ほど観察してみたけど、やっぱりみんな1曲目と2曲目を選ぶのは早いのに、3曲目はどれにしようかと迷っていた。

(なんでだろ?)

 そんなことを考えていると、ジュークボックスから次の曲が流れはじめた。

 ♪チャララァ~ン、チャララン、タカタカ…ショック!

 すると、

「プッ、お前こんな曲選んだのかよ、センスねぇな」

 という失笑が聞こえてきた。

 どうやら友だち同士で来ていて、片方が曲を入れ、もう片方がその曲にケチをつけたようだ。

「うっせぇなぁ、3曲目は選ぶのが面倒だったから適当に入れたんだよ。好きでこの曲を入れたワケじゃねぇよ!」

 そう言ったその声は、相方の友だちに言ってるんだけど、なんだか周りのギャラリーに言い訳しているような感じだった。

(周りのギャラリーから、センスがないヤツって見られたくないんだろうな。アハハ)

 そのときだった。

 ピキューーーーン

 ボクの鼓膜を突き抜けるように電撃が走った。

「{!}(逃げ道…???)」

 その言葉が脳裏に浮かんだ。

(3曲目に何か関係してるのかな?…。3曲目を選ぶのがイヤなら…、そうだ! それなら…)

 ボクはそれを確かめるべく、ジュークボックスの横にへばり付いて次の人がジュークボックスに来るのを待った。

(来た来た…)

 やって来たのは、さっきの友だち同士で来てた失笑した方だ。

 チャリンとお金を入れ、1曲目と2曲目はスムーズに選ぶ。

 しかしだ。やはり3曲目になると、どれにしようかと悩んでいる。

(ここだな!)

 そう感じたボクは、身を乗り出してジュークボックスを覗き込んだ。

 するとそのお兄ちゃんが、

「何か聞きたい曲でもあるのか?」

 ってボクに聞いてきたので、

「うん、ボクこれが聞きたい」

 そう言って、大好きな七神純子の{ライトブルー・レイン}を指さした。

 ボクの指先の曲を確認したお兄ちゃんは、

「そっか、そんなら聞かせてやるよ」

 と、その曲をポンって入れてくれた。

 そしてお兄ちゃんが選んだ2曲が終わって、ボクが選んだ曲が流れはじめた。

 ♪あ~~、ライトブル~レイ~ン~

「お前さぁ、いい曲だけど古い曲を選んだなぁ、どうしたんだよ」

「ああ、この曲か…、この曲はそこにいるボウズが入れてくれっていうから入れたんだよ」

 と、周りにも聞こえるような大きめの声で言いながら、ボクの方にアゴをしゃくった。

「ふ~ん、そっか」

 と、その友だちが言ってその場は丸く収まった。

 そんな中、ボクが選んだ{ライトブルー・レイン}のサビの部分が流れると、

「この曲ってホントに良いよな~」「名曲だよネ~」「いいセンスしてんなボウズ」

 という、ボクへの賛辞がギャラリーから聞こえた。

 その賛辞を聞いて嬉しくなったボクは、さっきのピキューンで脳裏に浮かんだ{逃げ道}のことなんか、どうでもよくなっていた。

(この曲は、このボクが選んだんだぞ! いい曲知ってるだろ、どうだギャラリーども!)

 自分が作ったり歌ったりしている曲でもないのに、得意げになっていった。

 背筋がシャンと伸びて、心なしか身長が伸びたような気もする。

(楽しいじゃ、あ~りませんかぁ~!)

 ご満悦状態のボクは、また3曲目を勝ち取るために、せっせとジュークボックスにコバンザメのようにへばり付いた。

 そうやってボクがジュークボックスにへばり付いていると、ジュークボックスに曲を入れに来る人たちが、当たり前のようにボクに3曲目を選ばせてくれるようになっていった。

 なかには2曲目から選ばせてくれる人も出てきた。

(ラッキー! タダで聞けるし、褒めてもくれる。楽しいったらありゃしない)

 そうこうしていると、ボクのやんちゃ魂がムクッと起き上がってきた。

(笑わせよう)…と。

 ♪チャア~ラッ、チャッチャッチャッチャア~、あの子の頭はアイウエオ~

 ハハハハハ…

 ギャラリーから笑い声があがった。

 さっきの不良っぽいお兄ちゃんが、

「プッ、誰だよこんな曲入れたのは、さてはボウズ、お前だな~?」

 って、ニヤリとしながらボクを見た。

 みんなの視線がボクに集る。

 ボクはニッコリ笑って頷いた。

 この歌は保育園のころにテレビから流れてたヤツで、ボクの世代はこの歌で50音を覚えた。

 かなりトボけた歌だったので、ウケるかな?と思ってリクエストしてみたのだ。

(よっしゃぁ、笑いをとったぞ!)

 ギャラリーを見渡すと、みんなの頬が緩んでいるのが見えた。

(楽しいな、ジュークボックスって)

 この屋上にいる人たちが、このジュークボックスから流れてくる曲でひとつになってるのがわかる。

 みんなが自慢したり笑わせたりしながら楽しいバトルをやってるのだ。

 ボクは、このジュークボックスバトルが大好きになった。

**********

 そうしているとだ。

 ジュークボックスから悲しい曲が流れてきた。

(なんていう歌手が歌ってるんだろう… 曲名ってなんなのかな?)

 そう思って周りを見てみたけど、誰がこの歌を入れたのかわからなかった。

(ノリのいい曲だったら、だいたい誰が入れたかわかるんだけどな…)

 ゲーム音と、その悲しい曲だけが屋上に響き渡る。

 するとだ。

 さっきいたヤンキーのお姉ちゃんが目を赤くしているのに気が付いた。

 今にも涙がこぼれそうになっている。

(この悲しい曲、このお姉ちゃんが入れたのかな?)

 歌詞を辿っていくと、戦争か紛争地みたいなところに行った人の歌だということがわかった。

(このお姉ちゃんのお父さん… いや、おじいさんが戦争にでも行ったのかな?)

 お姉ちゃんが横を向いて涙をぬぐった。

(そこで亡くなったりしたんだろうな… きっと…)

 なんだかチョッピリ、しんみりしてきてしまった。

 みんなも心なしか、しんみりしている感じに見えた。

 でもだ。

(ノリノリになったり、しんみりさせたりって… 音楽ってスゴイな…)

 歌ひとつ曲ひとつで、こんなにも場の空気を変えてしまう音楽というものに、ボクは驚いていた。

(音楽ってスゴイんだよ~って、チー姉ちゃんもよく言ってるよな… ホントにスゴイや)

 悲しい曲が終わったあとは、軽快でノリのいい曲が流れだした。

 少しずつ場の雰囲気が明るくなっていく。

 ヤンキーのお姉ちゃんがいた場所を見たら、お姉ちゃんはもうそこにはいなかった。

(つらくなって帰ったのかな?)

 そんなこと思いながらジュークボックスから流れてくる曲を聴いていると、ひとり、またひとりとその場からいなくなっていく。

 両替機の上にある時計を見ると、いい時間になっていた。

(もう帰んなくちゃ、日が暮れるぞ)

 まだ帰りたくなかったけど、自転車のライトが壊れているので、ボクは泣く泣く帰るしかなかった。

(また近いうちに絶対に来るぞ!)

 そう誓ってデパートをあとにした。

**********

「ふむ、面白いのぉ」

「でしょ、おじいさん」

 ボクは、この前デパートであったことを事細かにおじいさんに話していた。

「で、逃げ道はどうしたのじゃな?」

「逃げ道?… ああ、そのことね」

 これは、デパートの帰りに自転車を漕ぎながら考えて、サッサと結論が出ていた。

「人は、逃げ道があると楽だなって思ったよ」

「楽?」

「うん、そう。ジュークボックスのときは、ボクがみんなの逃げ道になってたよね」

「ほぉ」

「でもさぁ、みんなはボクを利用したと思ってたかも知れないけど、ボクはみんなを利用してタダで曲を聴いてたから、一番得をしたのは実はボクだったんだよね。ヘヘッ」

「ふむ、賢いのぉ」

 おじいさんの相づちが気持ちいい。

 ボクはそれからも得意げに話を進めた。

 そしてヤンキーのお姉ちゃんの話が終わったときだった。

「そのヤンキーのお姉ちゃんとやらは、なぜ泣いておったのかのぉ?」

「だから、お姉ちゃんのおじいさんとか、大切な人が戦争とかに行って亡くなったりしたんじゃないの?」

「ふむ、そうなのかのぉ?」

「だって、曲の歌詞もそんなだったし、そうだと思うよ。絶対に」

「ふむ、そうか…」

 なんだかおじいさんの歯切れが悪い…

「なに? おじいさん… なにか言いたいことでもあるの?」

「ふむ、それではひとつ、話でもしようかのぉ」

「うんいいよ、どんな話?」

 おじいさんのこの態度からすると、何かあるな?と思ったボクは少し身構えた。

**********

「むかしむかしじゃ」

(えッ?… なぁ~んだ、昔話か…)

 そう思うと気が抜けてきた。

「あるところに、合戦で夫を失った母親とその息子が、2人で仲良く暮らしていたそうじゃ」

「うん」

「そんなある日、国を治めている殿様が隣の国を攻めるということで、その息子を合戦に連れ出してしもうたのじゃ」

「うん」

「母親は、たったひとりの息子が合戦に行くということで、たいそう心配したそうじゃ」

「だろうね。お父さんも合戦に行って死んじゃったんだし…」

「ふむ、それで母親思いの息子は、ひとりで家にいる母親に心配かけまいと、頻繁に手紙を書いて安心させようとした」

「うん」

「ところがじゃ、ある日、息子から届いた手紙を読んで、母親がシクシクと泣きだしたそうじゃ」

「どうして?」

「うむ、その手紙には、

『お母さま、おかわりないでしょうか? 私はとても元気です。と言いたいところですが正直に言います。実は先日の合戦で負傷をしてしまいました。負傷といっても1週間もすれば治る軽いケガですので、どうか安心してください。それよりもお母さん、そのことで嬉しいことがありましたので報告いたします。負傷したその日の夜に、なんと殿様自らが直々に私の元へ来てくださり、{この傷薬を塗るがよい。よく効くぞ}と言って、薬壺を一兵卒の私にくださったのです。嬉しい限りです。どうですかお母さん、私はこんなにも情け深く慈悲深い殿様に大切にされているのです。ですから、どうかどうか安心してくださいませ』

と書いてあったそうじゃ。

「そっかぁ、そのお母さんは嬉しくて泣いてたんだ。よほど嬉しかったんだね」

「なにがじゃ?」

「殿様に優しくしてもらって、大切にされているからでしょ?」

「・・・・」

 おじいさんがボクをジロリと覗き込んだ。

(あれッ、違うのかな?… あッそっか!)

「ゴメンゴメン、違う違う。ケガが大したことなくて、ホッとして泣いたんだよね?」

「・・・・」

 おじいさんは、ジロリと睨んだまま微動だにしない…

(ち、違うのか… どうしよう…)

 焦った…、非常に焦った。

(えっと、何か言わなくちゃ、えっと、えっと…)

「チョ、チョット待ってておじいさん、ス、スグに答えるから…」

 そう言いながらおじいさんをチラッと見ても、さっきの状態から全く動いてない。

 おじいさんがボクの逃げ道を塞いできたのだ。

(ボクの頭に浮かんだ逃げ道って… 楽とかそんなんじゃないんだってことを教えるためにおじいさんは今…)

 そう思った途端、ボクはその圧迫から逃れるために、早々と降参して自分から逃げ道を作った。

「おじいさん、ボクわかんないよ。なんで母親は泣いたの?」

 おじいさんはボクから目を逸らし、その昔話の続きを話してくれた。

「ふむ、では続けよう」

「うん、おねがい」

「手紙を握りしめ泣いている母親を見た隣に住む男が、なぜ泣いているのかを尋ねると母親がその手紙を見せてくれた」

「うん」

「手紙を読んだその男も、坊やと同じようなことを思い、その母親に言ったのだが、母親は違うと首を振り、その男にこう言った。

『つまらぬ将軍ならば、合戦の形勢が悪くなれば逃げて帰ってくることもできるでしょう。しかし、このように情け深く慈悲深い将軍ならば、形勢がどんなに悪くなったとしても、息子は逃げることなく殿様のために最後まで戦うでしょう』と…。

 それを聞いた男はすべてを悟った。{この母親は、息子の死が近づいたことを悲しんで泣いていたのだ}…と」

「!」(うッ… ぐッ…)

 何も言えなかった。

 ヤンキーのお姉ちゃんが泣いていた理由も、ボクが勝手に決めつけているだけだったようだ。

 …グウの音も出ない…

 おじいさんは何も言わず、ゆるりと立ち上がり、ボクと目を合わすことなく、挨拶もしないで帰っていった。

 ボクの逃げ道を作るために…

 それからもボクは、ずっとその場に座り込んで考えていた。

(でも、情け深く慈悲深い殿様って…、まさか殿様! 最後まで戦わせるために…、 逃げ道を塞ぐって、こんなやり方もあるんだ…)

 おじいさんは出会ったときからボクの逃げ道を塞ぎ、また、逃げ道を作ってきた。

(逃げ道って使い方ひとつで、人を… いや、自分で自分を…)

 ボクは大きくなって社会に出て、逃げ道にたくさん触れることになる。

 逃げ道を作る人を

 逃げ道を探す人を

 逃げ道を塞ぐ人を

 逃げ道を利用する人を

 逃げ道に縛られている人を

 それが逃げ道だと気づかない人を

 そして…

 それが合理性、そして善や優しさだと信じている人を

**********

【質問】

アナタノ ニゲミチハ ドコニ ツナガッテイルノデスカ?

**********

【少年編《06》ジュークボックス】おしまい。

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