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イノチノツカイカタ第2部《少年編》第08話「3つの常」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 やっぱり中学校も同じだった。

 いつもカリキュラム通りに事が進んでいく。

 違うことといえば、制服を着ることや科目のたびに先生が変わること、あとは保健体育の授業が、男女別々になったことくらいだ。

 そんな、なんてことない毎日がダラダラと続くので、僕は少し飽き飽きしていた。

(中学校に入学して3ヶ月経つけど、おじいさん元気にしてんのかな?)

 卒業、入学と、ここ最近ドタバタしてた僕は、しばらくおじいさんに会っていなかったので、久しぶりに下の川へ行ってみた。

(やっぱりいる… おじいさん、こうしていつも僕のこと待ってんのかな?)

 釣りをしているおじいさんの背中を見ると、なんだか申し訳ないような気がしてきた。

「おじいさん、久しぶり」

「おぉ、少年か。制服を着ておると、見違えるようじゃのぉ」

「相変わらず、くすぐるのが上手いね」

「フォッ ホッ ホッ」

「アハハハハ」

「中学校はどうじゃな?」

「こんなもんかな? って感じだよ」

「ふむ、そうか… 少年には少し退屈な場所のようじゃな」

「う~ん、退屈っていうか、なんていうか… スカッとしないんだよね」

「スカッとか… どんなふうにじゃな?」

「なんて言っていいかわかんないけど、モヤモヤするんだよ…」

「ほぉ、モヤモヤか… ふむ」

 おじいさんが、何かを確認したかのように頷いた。

 僕は、そのモヤモヤの正体がわからないまま、その頷きに解決の糸口を求めた。

「ねぇおじいさん、このモヤモヤを解消する方法ってないの?」

「解消というわけではないかもしれんが、ひとつ聞いてもよいかのぉ?」

「うんいいよ。なに?」

「これまでお主は、動機と表現が一致しないことがあることは学んだのじゃな?」

「うん、なんで一致しないのかは、自分がカッコよく見られたいとか、良い人に思われたいとか以外、まだよくわかんないけどね」

「ふむ、では、動機と表現が一致していないときは、どんな感じじゃな?」

「なんていうか、自分の中に、自分が知らないもうひとりの違う自分がいて… ん~と、実は、そいつが僕を操縦してた… みたいな感じかな?」

「ほぉ、おもしろい表現じゃのぉ。そうか、違う自分が操縦か…」

「うん、よくわかんないけどね」

 僕はそう言いながら、足元にあった小石を向こう岸に生えてる大きな木にめがけて、思いっきり投げた。

 コーーーン

 小石が木に当たって、生乾きの音が跳ね返ってくる。

 おじいさんは、その音が合図だったかのように僕をジッと見つめてきた。

「なに? おじいさん」

「ふむ、では中学校のお祝いでもするかのぉ」

「お祝い? また言葉のお祝い?」

「そうじゃよ。6年前のお祝いは覚えておるかの?」

「よく覚えてるよ。まだよくわかってないんだけど、もしかしてその答え?」

「答えではないが、関係は多いにあるぞ。これから先もな」

(・・・・)

 僕は、今のモヤモヤが解消されるかもしれないという事より、なんだか知らないけど、おじいさんの{これから先}という言葉が気になった。

「うん、おじいさん教えて。シッカリ聞くから」

「うむ」

 僕が身を乗り出して詰め寄ると、おじいさんが儀式を始める前の準備をするかのように、釣竿を丁寧に片付けだした。

 その横顔からは、{遊びはここまでじゃ}という感じがヒシヒシと伝わってくる。

(タダごとじゃないぞ… これは…)

 僕の興味が不安に変わっていった。

 ひと整理がつき、竿袋のシワを清めるように伸ばすと、スッ…と振り返ったおじいさんから、{用意はいいか?}という眼光が放たれた。

 僕はドキッとしながらも、{お願いします}と言うように背筋を伸ばし、身を正した。

「では、モヤモヤがどうなるかはわからんが、シッカリと受け取るんじゃぞ。よいな」

「うん、わかった」

 おじいさんが念を押してきた。

 緊張と不安が交錯する。

(でも、モヤモヤがどうなるかはわからないって、なんでそんなことを…)

 そんなピリピリとした中、おじいさんのお祝いが始まった。

 とてつもなく重大なお祝いが…

**********

「人はじゃ、

① 自分は、良い人間じゃと思うておる。
② 自分は、正しいと思うておる。
③ 自分は、ソレより、そして平均より上じゃと思うておる。

 このことを、よく覚えておくのじゃぞ。少年」

 そう言うと、おじいさんは静かに僕の反応を待った。

(んッ? コレって… もしかして…)

 僕の思考回路が慌ただしく動き出し、僕自身の中にある深い闇に強制ダイブさせた。

 今までずっと蓋をしてきた闇に、僕はドップリと潜った。

 どんよりと流れるような闇の奥底にたどり着くと、薄気味悪い光がぼんやりと見えた。

「!」(コレって、まさか!)

 ハッと気づいた僕は、おじいさんに確認するように尋ねた。

「おじいさん、コレって動機の… なんていうか、前提だよね? 動機の一部分、いや、動機の大半を占めるかもしれない、根底みたいなモノだよね?」

「ふむ、前提、根底か… そうと言えば、そうじゃのぉ」

 僕が、奥底の光に逆らうように戻ろうとすると、おじいさんは{まだまだこれからじゃ}という眼で重々しく続けてきた。

「ほかには、何があるのかのぉ? 少年よ」

 おじいさんの問いかけは、戻ろうとする僕をさらに深く潜り込ませた。

 その闇の奥底で溺れるようにもがいていると、何か得体の知れない黒い物体に ガツンッ とぶつかった。

(な、なんだ? コ、コレは…)

 あまりにも大きすぎて視界には入りきれないその黒い物体は、僕の眼の前でドクドクと脈を打ちながら、呼吸するように薄気味悪い光を放っていた。

(コレって…)

「どうしたのじゃな? 言ってごらん」

 おじいさんの声が、怯えた胎児のようになっている僕に、こだましながら届く。

 僕は感じたままを、ほだされるように口を開いて答えた。

「よくわからないけど… 生み出すモノの…原因のひとつ…だ…よ」

「ほぉ、少年よ、そこまで潜っておったか… うむ」

 おじいさんは頷くと、少し間をおいて手を差し伸べるように質問をしてきた。

「では少年、その生み出すモノとやらに、どんな感覚を持っておるのじゃな?」

「イヤなもの… 汚いモノ… そんな嫌悪感みたいな感情だよ」

「ふむ、そうか… ほかには?」

「今のこの僕の嫌悪感みたいな感情って、実は違うってこともわかってるんだよ。でも、それがなぜ違うのかが説明できないんだ。でも今の僕は、そう感じてしまうんだよ…」

 おじいさんが会話をしながら、僕を闇の底からゆっくりと浮上させていく。

「おじいさん、僕どうしたらいい?」

「どうするもこうするもない。今はそれでいい… 今はそれで良いのじゃよ」

 おじいさんの言わんとすることが、なんとなくわかった。

 今の僕に必要なことは、たっぷりとした考える時間…

 ただ、それだけだった。

(でもなぜだ? なぜ違うんだ。 アレはいったい…)

 おじいさんが、また闇に潜りそうになっている僕を引き戻すように話してきた。

「人は、自分は良い人間じゃと思うておる。人は、自分は正しいと思うておる。人は、自分はソレより、そして平均より上じゃと思うておる。この3つで、人を観察してみればよいいや、なによりコレで自分自身を探ってみればよい。そしてコレを… うむ、そうじゃな…{3つの常}とでも名付けておくとするかのぉ」

「3つのツネ?」

「そうじゃ、3つの常じゃ。どうじゃな少年?」

 おじいさんの顔は、いたずらっぽい笑顔になっていた。

 そのおじいさんの表情につられてホッとするように笑うと、さっきまであったモヤモヤがスーッと晴れていくのを感じた。

 でもそのかわり、イヤな感情が僕の中に入ってきた。

 あの嫌悪感だ。

 しかしその嫌悪感は、モヤモヤよりはマシなのは不思議だった。

(なんでだろう? モヤモヤはないけどイヤな感情はある。でもスッキリしてる…う~ん)

 考えていると、おじいさんが驚かすような大きな声でこう言った。

「見えたからじゃよ」

 ビクッとした。

(んッ? 何が?… 見えた? 僕が?)

「僕、何が見えたの?」

「向かっていく方向を… 見失わない大切なモノをじゃよ… じゃぁな、少年」

(???)

 僕の眼を見たおじいさんは、僕が完全に戻ってきたのを確認すると帰っていった。

**********

(おじいさんって、霊能力者か何かなのかな? なんだか僕をホントに見透かしている気がする。でも前にシッカリ見て、眼を逸らすなって言ってたよな?)

 闇から戻ってきた僕は、さっきのことを思い出すと怖くなってきた。

 でも、おじいさんの言った{これから先}という興味は、怖いもの見たさという興味を織り混ぜながら、僕を闇の奥底へと駆り立てていく。

 しかし、あの黒い物体の内部までは見る勇気がない僕は、まずは表面からやってみようと、遠目から3つの常を使って総ざらいしてみることにした。

 イライラする、落ち込む、腹が立つ、気が滅入る、恐怖する、言い訳する、そしてまたイライラする...

 考えれば考えるほど、これを延々と繰り返すハメになってしまった。

(抜け出れん… まだ表面だけなのに…。こりゃぁ、一筋縄じゃいかんぞ…)

 どうやら僕は、とんでもないシロモノを受け取ったようだ。

 それからの中学校での生活は、苛立っては落ち込む、落ち込んでは苛立つ、という出口のない葛藤の日々となってしまった。

 そうすると僕は、とにかく学校での友達との会話や、先生との会話でさえ、イヤになってきてしまった。

 横で友だち同士が話しているのを聞いても腹が立ってくる。

 でも耳を塞ぐことができなかった。

 いや、しなかったと言った方がいいだろう。

 好きとか嫌いとかの理由じゃない。

 ただそんなの関係なしに、僕が学ばなければならないモノがそこにあるからだった。

 僕の中に潜む、もう一人の僕はいったい何なのか? 

 それによって生み出されるモノが何なのか?

 このことを見極める必要があった。

 こうして僕は、みんなとは少し違う反抗期を迎えてしまった。

 らしい・・・

**********

 それから3ヶ月ほどしてからのことだ。

「ねぇおじいさん」

「なんじゃな?」

「3つの常で人を見ると、腹が立ってきてしょうがないんだけど…」

「フォッ、ホッ、ホッ、腹が立つか、ふむふむ」

 そう言うとおじいさんが、興味深げに僕の顔を覗き込んできた。

「ふむ、何に腹が立つのかのぉ?」

「んと、なんていうか…、みんなが言いワケする偽善者に見えてくるんだよ」

「ほぉ、言いワケする偽善者か… たとえば、どんなことじゃな?」

「不良がガリ勉をバカにして、ガリ勉が不良をバカにしてんの。その会話ときたら、3つの常のオンパレードだったね。アハハハ」

「ふむ、ほかには?」

「え~ッと、女の子同士の会話でのことなんだけど、1人の女の子が、自分のホッペにある大きなホクロがイヤなんだって言うと、もう一方の女の子が、{そんなの全然気にしなくていいよ。○○ちゃんってメチャクチャ可愛いんだからさぁ}って言うんだよ」

「ふむ」

「でもそう言った女の子がさぁ、自分の歯並びが悪いのが気になってるみたいで、手で自分の口を隠しながら言ってやがんの。みんなその子の歯並びなんか全然気にしてないのに… アハハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ、ふむ、興味深い話じゃのぉ」

「おいおい、なんだよそのアドバイスの仕方は!って感じだったよ。アハハハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ、楽しいのぉ。ふむふむ、そうかそうか」

 少しの間、こんな話が続いて穏やかな?…時間が流れていった。

 これから、悍ましいまでの恐怖に直面するとも知らずに…

「ところで、少年は腹が立っておるんじゃなかったのかのぉ?」

(そうだそうだ。こんな話がしたかったんじゃなかった)

「あのねおじいさん、最初は今話してたこと全部にイラッとしてたんだよ」

「ふむ」

「でも最近は慣れてきたっていうか、{可愛いな}みたいな感じで見てる、もうひとりの僕がいるんだよね」

「ふむ」

「でも、何度経験しても、許せないって思うことがあるんだよね…」

「ほぉ、なんじゃなそれは?」

「被害者や弱者を装うヤツ、そして被害者や弱者を利用するヤツがいるってことにだよ」

「ふむ… 話してごらん」

「どうやらみんな、人のことを{かわいそう}って言う人を、良い人や善人って思っている節があるよね。んで、そこにつけ込んでやってるヤツが大勢いるんだよ」

「ふむ、よいぞ少年。続けて話すがいい」

 おじいさんが、僕を調子づかせようとしたときだった。

 ピキューーーン

 頭の中を稲妻が貫通した。

 それと同時に、細胞ひとつひとつに戦慄が走った。

 僕はそのときに、見てはならないモノ、触れてはならないモノ、知ってはならないモノを直接この手でつかんだ気がして、スーッと血の気が引いた。

**********

 僕は恐る恐る確かめるように口を開いた。

「ねぇ、おじいさん…?」

「ふむ、なんじゃな少年。臆せずともよい、話してごらん」

 こめかみに冷や汗がツーッと流れる。

 僕は、生ツバをゴクリと飲み込んで言葉を続けた。

「人は、自分が善人であるために… いや、自分の3つの常を証明したり、満たすために… 悪人、被害者、弱者を生み出したりするってことだよね?」

「ふむ」

 おじいさんの眼が、{続きを話してみよ}と僕を凝視してきた。

 その眼に吸い込まれた僕は、半ば無意識に続けてしまっていた。

「善人と悪人は… 善人が先で、悪人、被害者、弱者が後… つまり、生まれる必要のなかった悪人、被害者、弱者が… 善人によって、生み出されてしまう」

「ふむ」

「善人によって生み出されてしまった悪人、被害者、弱者たちは… 自分たちの中にある3つの常が働いたその結果、善人を装い、正義を掲げるようになる。そして、また同じように悪人、被害者、弱者を作り仕立てあげ、生み出していく。それらを応援する者たちもまた…」

「ふむ」

 僕は自分で言って、自分のその言葉に驚愕した。

(なに勝手にしゃべってんだ… 今、僕をしゃべらせたのは誰なんだ?)

 これまでの僕の落ち込みは、人を偽善者呼ばわりすることにより、自分の3つの常を証明するという、3つの常のスパイラルというか、パラドックス的な落ち込みの仕方だった。

 でも今は違う…

 自分が半無意識状でに吐いた言葉に、僕はどうしていいかわからなくなっていた。

 体がガタガタ震えだした…

 体温が下がっていくのがわかる。

(なんてこった… 抜け出るとか、そんな生易しいレベルの問題じゃないぞコレは)

 僕は、この恐怖から逃れたくて、いや、僕の恐怖心と、自分自身に対する猜疑心が、おじいさんに対して口を開かせた。

「そうだよね? おじいさん…」

「その世界では、そうじゃろうな…」

「その世界?… その?」

「それに少年、この経験というモノは、お主が通る道なのじゃよ」

「僕が通る道?」

「そうじゃ、通る道じゃよ」

「その道って、みんなが通る道なの?」

「いや、限られた者だけじゃよ」

「じゃぁ、その世界って何? どんな世界なの?」

「いずれわかる… でも少年、やっと{そこ}に入ったようじゃのぉ」

 おじいさんはそう言うと、ゆっくりと眼を閉じて黙ってしまった。

**********

 おじいさんの眼が閉じていくのに合わせ、僕の目の前に混沌とした世界が広がっていく。

 僕はその世界を見て、おじいさんの言った{そこ}という言葉を理解した。

 そう…、{そこ}とは…

 怖くて足を踏み入れることが出来なかった、あの黒い物体の内部だった…

 見渡すと{そこ}は、音も、光も、風も、匂いも、上も、下も、何もない空間世界…

 感情でさえ見当たらなかった。

 そんな空間世界は延々と、僕を取り囲むように広がっていた。

 今、僕の眼は開いているのか、閉じているのかもわからない…

 でもただ、脳裏に{絶望}という2文字だけが浮かんで見えた…

{そこ}にいること、それ自体が怖くなった僕は、自分の思考回路を、いや、すべてを止めようとした。

(今ならまだ…間に合うかもしれない… このことは、なかったことに…)

 僕は3つの常… いや、すべてから逃げ出そうと思った。

 それは、僕が扉を開けて{そこ}に入った途端、自分が積み上げてきた積木が、ガラガラと音を立て、一気に崩れ落ちたことを受け止めきれなかったからだ。

 言い換えるとそれは、僕自身の存在自体が全面否定されたということにほかならない…

 それを受け入れるだけのモノが、今の僕にはまだ無かったのだ。

 しかも僕は{そこ}から、逃げることも、言い訳することも許されない状況に追い込まれようとしている。

(どうしよう… 無理だ、引き返そう… 出口?、出口はどこだ)

 混沌とした中で、自分で開けた扉を探そうと手探りで彷徨っている僕は、出口の見つからない恐怖に全機能を停止させる寸前になっていた。

 そして、あまりの恐怖に自分の体が歪んで見えたときだった。

「少年よ、過去を学べ。少年の過去を… そして脈々と連なるすべての過去を…」

 おじいさんは僕を引き戻すように、そう言い残して帰っていった。

(…過去? …逆? …常? …過去 )

「!」

 おじいさんのその言葉のおかげで、なんとか自分を持ち直し、僕は{そこ}から出てくることができた。

**********

【質問】

アナタハ 3ツノツネヲ ツカッテイマスカ?

ソレイゼンニ ツカッテイルコトヲ シッテイマスカ?

イヤ スデニ… 3ツノツネニ シハイサレテイルコトヲ…

**********

【少年編《08》3つの常】おしまい。

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