第1話から読んでない方はホームからどうぞ。
さぁてと、この高校ともあと2ヶ月半で、おさらばだ。
単位も無事にクリアーしていた僕は、卒業式までの残り少ない日々を学校の友だちと、じっくり味わって過ごそうと思っていた。
僕の高校は、あんまり頭の良い学校ではない事と、地域性というか風土かなんかは知らないけど、大学に進学する者はほとんどいなかった。
当然、僕もその就職組だ。
貧乏だからとか風土とかじゃなくて、ただ単に、大学にまったく興味が持てなかったのと、おじいさんから言われた、{まぁ第2段階は、社会に出てから学ぶことじゃな}という言葉が、僕を社会へと駆り立てていたのだ。
(いよいよ第2段階かぁ。つまり実践ってことだな)
卒業の寂しさと、社会に飛び出していく高揚感は、僕を浮き足立させた。
まぁそんな感じでワイワイやっていると、仲のいい友だちが、
「お前、まだ就職決まってねぇのか? 大丈夫か?」
って、心配してるのか話のネタが尽きてきたのかわからないけど、ぶっきらぼうに聞いてきた。
(またかよ… 面倒くせぇな…)
「ボチボチな…」
そう適当に答えてやり過ごした。
僕が就職活動しないのは、それなりのワケがあった。
まぁ簡単に言うと、貧乏なので面接に着ていくスーツがなかったのだ。
だから僕は、卒業式の2ヶ月前くらいからは学校には行かなくてもOKってことを利用して、1週間ほど隣町の住み込み作業員で働いたお金でスーツを買って、面接に行こうと決めていたのだ。
{ホントは学校に行かないとダメなのと、面接は学生服でOKなのは、あとで知った}
あと、友だちに{ボチボチ}と答えるのは、決して貧乏が恥ずかしいからじゃなくて、そんなことを言うと友達が申し訳なさそうに沈黙する、あの時間がイヤだったのだ。
こっちの気が滅入る…
そうこうしていると、やっぱりだ。
ガラガラっと教室の扉が開くと、
「チョット来いッ!」
と、担任の先生から呼び出しがかかった。
(あ~ぁ、面倒くさッ…)
せっかく友だちと残り少ない時間を楽しんでいるのにこの呼び出し…
しかも職員室に着くと、進路指導の先生までもが待ち構えていた。
**********
まぁ進路指導の先生といっても、まだ大学卒業したての新米の女先生だ。
2人揃って、キッ という眼で僕を睨んでる。
(この新米の女先生、たぶんウチの担任から{ナメられるといけませんから、先生はキリッとしててください}なんてこと言われたんだろうな…)
実はこの女先生、面接官の役でロールプレイングをやってくれたけど、まぁ愉快な先生だった。
舌っ足らずに加えて、慌てまくって言葉がシドロモドロ…
(大丈夫かよこの先生… これじゃ面接の練習にならんだろ)
呆れた僕は、退屈さもあったので自分の面接練習のときに、
「すみません。御社の将来のビジョンにおける計画を教えてください」
って言ってみたところ、
「えッ、ビジョン? え~と…その、ビ、ビジョン?」
(眼が泳いでる… ダメだなこりゃ…)
「アハハハ。もういいよ先生、やめよう、終わり終わりッ」
これだけじゃない。
面接練習の最終日、すべての練習が終わって肩の荷が下りたのか、この女先生が最後の挨拶でハッチャケだしたのだ。
「え~みなさん。これで面接の練習は終わりますが、学んだことを発揮できれば面接は上手くいくと思います。あとは体調を万全にするだけです。体調を万全にするには、前の日は消化の良いものを食べることと、十分な睡眠が重要になります。お肉を食べるならパイナップルなんかを一緒に食べると消化を助けてくれますね」
そんなことを言ったと思ったら、ワケのわからないことをやりだした。
「え~ッとですねぇ、パイナップルは切るのが難しくてですね。切り方のコツとしては…」
そう言って黒板にパイナップルの絵を描いて、事細かに切り方を説明し出したのだ。
(チョット待て… パイナップルの切り方? はぁ?)
生徒たちの呆れた視線が注がれる中、そんなのお構いなしに包丁の絵まで描きだした。
(おいおい… この高校に家庭科なんかねぇよ。ここは商業高校だぞ…)
しかし女先生は意気揚々、舌っ足らずのハイテンション。
僕たちはもう、好き勝手にやらせるしかなかった…
チョット話がそれたけど、今、僕の目の前でその女先生がキッと睨んでるのだ。
だから可笑しくないワケがない。
(普段、そんな怖い表情をしたことないだろ? 似合ってないんだよな。ハハハ)
逆に僕は、{かわいいよなぁ、この先生}と思いながらニヤついていた。
「何をニヤついてんだお前、わかってるだろ。就職はどうすんだ。就職は?」
担任の先生が息巻いてきた。
「ボチボチね。なんとかなるさ」
「お前なぁ、なんとかなるさってのは、人を慰める時に使うんだ。てめぇの言いワケに使うなってんだッ! このバカタレがッ」
さすが僕が一目置く教師生活30年、人生でも大ベテランの先生だ。
そしたら僕は、父ちゃんを思い出してしまった。
それは、小学校2年のときに絵画で賞を取って、{ボク、頑張ったよ}って言ったとき、
「頑張るっていう言葉はな、人を褒めたり励ましたりするときに使う言葉なんだよ。自分をアピールするために使うな。わかったな?」
と、説教されたことがある。
それを思い出した。
(そうか、なんか他の先生と違うと思ってたら、父ちゃんと似てたんだな…)
そう思うと、なんだかホッコリしてきた。
そのあとも少し説教を受けたけど、僕の{絶対に卒業式までには決める}という言葉でなんとか納得してもらった。
まぁ新米の女先生は、僕が説教を受けている間、キッと睨んだまま口を真一文字に結び、小刻みに{うんうん}って首を振ってるだけだったけどネ。
(だよな、舌っ足らずで怒っても、迫力ないもんな…)
そう思うと、なおさら笑えてきた。
でも、この笑いが僕にとっては良かったらしい。
(よしッ、住み込みアルバイト後の、面接のアポだけでも取っておこう)
そう思うようになっていた。
さっそく僕は就職情報誌を買って帰り、パラパラとめくって適当に10社ほど電話をかけると、運よく住み込みバイト後の面接を2社ほど取り付けることができた。
善は急げだ。
{気が乗れば即行動、でも面倒臭いことは気長にみせるという、卑怯な部分がどうやら僕にはあるようだ}
そうして翌々週、勇んで住み込みアルバイトの地へと出発していった。
**********
「新参者だな… 兄ちゃん、何をやらかしたんだい?」
着いたその日の夕方、食堂でおじさんが話しかけてきた。
「えッ、別に…」
「そうか、言いたくねぇのか… まぁいいや。オレは前の職場で金を拝借してるとこを見つかっちまって警備員を病院送りにな… それでココにいるってワケよ」
そう言ってニカッって笑っているけど、歯がボロボロでほとんどなかった。
住み込みの寮に着いた直後から、{ココは?}という感じがあった。
でも間違いない。
どうやら僕は、とんでもないところに来てしまったようだ。
ってなワケで、翌日からの現場作業は大変だった。
新参者で、一番年下…
荒くれ者の怒号が飛びかう中、とにかくコキ使われたのだ。
だから初日はヘロヘロクタクタどころの騒ぎじゃなかった。
僕は、風呂どころか飯も食えずにバタンキューと床に入り、気絶するように眠りに落ちた。
**********
でも、1週間もすると体も慣れ、僕は可愛がられるようになっていた。
まぁ、ひと癖あるおっちゃん達だったけど、僕の村のおっちゃんたちもこんな感じだったので、免疫というかなんというか、僕に恐怖心がまったく無かったからなのかもしれない。
物怖じせずに何でも気軽に話しかけていたら、可愛い後輩みたいな感じになっていた。
僕の人生、これから先もこの性格というか、人懐っこさは続いた。
特に、口が悪くて気性の荒い目上の人を見ると、顔を綻ばせて僕の方から近寄っていった。
でも、ありがたいこの性格?に感謝するのは、ず~っと先のことだったけどネ。
そんなバイトの最終日、夜は僕のために宴会を開いてくれた。
仲良しになった情の厚いおっちゃんが、2、3人泣いているのが見える。
「グスッ、ボウズ… もう2度とこんなところに戻って来るんじゃねぇぞ」
(なに言ってんのもう… ここ刑務所じゃないっつうの…)
こうして僕は、背中を押されているのか、うしろ髪を引かれているのかわからない心境で、残り少ない高校生活へと戻っていった。
**********
さぁ今日は面接だ!
午前に1社目、午後に2社目だ。
気力十分、気合満タンで電車に乗り込んだ。
安物だけど、初めて着るスーツに背筋が伸びる。
歩き方までいつもと違う。
実にスマートで軽快だ。
僕は、周りのみんなが僕だけに注目しているような気分になった。
(これがユニフォーム効果ってやつか? 気分がいいぞ!)
7つ先の駅を降りると、目の前には{ようこそ欲望の世界へ}という感じで、大きなビルが建ち並んでいた。
圧倒されそうだ。
そのビルの窓ガラスに、太陽の光が乱反射してるのを見ながら、
(電車で1時間と少ししか離れていないのに、僕の村とは比べ物にならないな… これが都会っていうヤツか…)
あまりの凄さにキョロキョロしていると、ハッと気がついた。
(ダメだダメだ。キョロキョロしてちゃ、田舎者だと思われるぞ!)…と。
とりあえず、駅のロータリーで面接場所を確認した。
プァーッ、ププッ、プァーーーーーーッ
ジャマだッ、どけッ! っと言わんばかりに、バスやタクシーのクラクションがあちこちで鳴り響く。
(うるさいなぁ、やっぱり都会ってとこは、ギスギスしてるよな)
僕は、乱反射する光と耳障りなクラクションに眼を細め、安物の腕時計をひと睨みすると、いかにも都会人って感じで格好よく足を踏み出した。
スクランブル交差点を律儀に直角に曲がり、かっこいい高層ビルを見上げようと数歩下がっては背後の人の足を踏み、ロビーに着いたら受付のお姉さんの笑顔にドキッとした。
…立派な田舎者である。
とまぁ何はともあれ、1社目の面接場所に無事たどり着き、マニュアル通りに面接の挨拶を済ませると、いきなり面接官が、
「で、いつから出社できますか?」
と、こうきた。ビックリした僕が、
「えッ、卒業式が終わればいつでも大丈夫ですけど…」
不思議そうに、いや、怪訝そうに返事をすると面接官が察してか、
「先週の役員会で、半年以内に3つほど支店を出すことが急遽決まったのでね。では卒業式から1週間後に入社ということでどうですか?」
と唐突に聞いてきたので、
「あッ、はい。よろしくお願いします…」
と、僕は勢いで返事をしてしまっていた。
あっけない…。
実にあっけない幕切れだった。
入社したあとに聞かされたのだけど、僕の入社は、問い合わせの電話でほぼ決まっていたというのだ。あとはノックして入ってきたときの印象が悪くなければ、履歴書の内容なんか一切関係なく採用決定だったらしい。
僕は、なんだか狐につままれたような感じで、そのビルをあとにした。
(人生ってこんなに簡単でいいのかな? まぁいっか。死にゃぁせんだろ)
なんだか納得いかないけど、就職が決まったので少しはホッとしながら、
(次の面接までは、まだ時間がありすぎるな。昼飯にもまだ早いし…)
そう思った僕は、次の面接場所の近くにある公園でヒマを潰すことにした。
(え~っと、次の会社は、広告やデザインをやってる会社だったよな。でも聞いたことない会社だし、仕事も町の看板屋さん程度みたいだから大丈夫だろ)
就職先をひとつ押さえた僕は、余裕綽々でのん気に構えていた。
コンビニで買った弁当を公園のベンチで食べていると、エサが欲しいのかワサワサとハトが群がってきた。
そのなかに一羽だけ真っ白なハトがいて、キレイな朱色の眼で身じろぎせずに僕を見ていた。
(おッ、お前、幸運のハトか? 僕の前途は明るいってか!)
とまぁ、調子付いてる人間ってのは、得てしてこんなもんだろう。
コンビニ弁当を食べ終わり、ペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
さぁ、2社目の面接の始まりだ。
**********
2社目の会社のビルに入ると、トイレに入って身なりを整えてから面接会場へと向かった。
(んッ?…)
面接会場に着いたけど、チョット様子がおかしい。
受付で番号札を受け取って会場に入ると、面接を受けにきた30人ほどが、すでに長テーブルに規則正しく座っているのだ。
座る場所も指定されていて番号が振ってある。
僕は8番だ。
(ひとりひとり呼び出されて、別室で面接するのかな?)
ガチャッ
眼鏡をかけた細身の男性が、入ってくるなり教壇みたいなところで、
「私、この会社の者ですが、今回の面接を担当する小林といいますのでよろしく。皆さんの履歴書は拝見させていただきました。早速ですが皆さん、私の横のテーブルの上に置いてある画用紙を、ひとり1枚と色鉛筆を1セット取ってもらったあと、好きな絵を描いてください。時間は今から1時間です。ではスタート」
と言って、この会場の隅っこにある椅子に座り、眼をつぶってしまった。
(な、なにが始まったんだ?…)
静まり返った会場の雰囲気は、席を立って画用紙を取りに行くことを躊躇させた。
全員、その緊張感の中で身動きせずにジッとして、臆病者のように眼だけを動かして様子を探っていた。
するとだ。
ひとりの女性が席を立って、画用紙を取りに歩みだした。
ほかの人たちも、そして僕も、それに続いて慌てるように画用紙を取りに行った。
まるで、{ジッとしてたのは、臆病者だからじゃないんだよ}というように…
画用紙と色鉛筆を手に取り、全員が席に着いた。
でも誰も描き始めない。
ただ食い入るように真っ白な画用紙を見つめたあと、
(面接に好きな絵って… いったい何を描けばいいんだ…)
と、誰かが何かを描き始めてくれるのを期待するように、また周りの様子を探っていた。
最初に席を立った、あの女性でさえも…だった。
それからは静かな会場に、空調の音だけが時間とともに流れていった。
すると、
シュッ、シュッ、カリカリ
と、最前列の男性が、おもむろに色鉛筆を走らせだした。
みんなの視線が、その男性の画用紙に集中する。
もちろん僕もだ。
(いったい、どんな絵を描いているんだろう)
僕は焦りの中、みんながどんな絵を描くのか?… それだけが気になって気になって、どうしようもない状態になっていた。
**********
ジーッ、ジーッ・・カタカタ・・・ジーッ
カ・・タッ・・・・タ・・・
僕の脳内コンピューターの、ぎこちない音が聞こえた。
(どうした? バグったか? それとも…)
と、そのときだった。
ピキューーーーーン
({!}…な、なんて …ことだ)
僕はそのとき、小さなころを思い出していた。
お絵かきの時間は、クレヨンを握ったかと思うと、真っ先に好きな絵を描いていた。
お遊戯会の出し物でも、アレがしたい、コレがしたいと、手を挙げ続けていた。
でも今はどうだ。
何にも描けない…
画用紙を取りに行くことでさえも…
(いったい、いつから?…)
これは、僕が望んでこうなったのか?
それとも刷り込み?
ウィルスにでも感染してしまったのか?
僕を引きずり込んだモノがあるなら、それはなんだ?
(…誰だ、僕を操っているのは… 誰が僕に何を植え付けたんだ…)
そう思うと、だんだんと悲しくなってきた。
(おじいさんとの日々、アレはいったいなんだったんだろう。あんなに勉強して、あんなにたくさん考えてきたのに… いったい…)
僕はもう、面接の課題… それどころの精神状態ではなくなっていた。
ただ、目の前に置かれてある真っ白な画用紙を、歯がゆくて、悔しくて…
悲しい眼をして見つめているだけになっていた。
(何も成長していない… いや、成長どころか、いつのまにか僕は…)
無難なモノに… なっていた。
そのあとのことは、断片的にしか、いや、ほとんど覚えていない。
どんな絵を描いたのかさえも…
気がつくと、その会社をあとにして駅へと向かっていた。
すると、2時間前にヒマをつぶした公園が眼に入ってきた。
その公園のベンチには、ついさっきまでの僕が座っているのが陽炎のように見えた。
(気楽なもんだな、お前…。あと1時間後には…)
そう思いながら2時間前の僕を見ていると、あの白いハトとまた眼が合った。
2時間前のハトなのか、今現時点でのハトなのかはわからない…
だけど、
(なに朱い眼をしてこっちを見てんだよ… お前のどこが幸運なんだよ!)
と、やり場のない感情をその白いハトに叩きつけて睨んだ。
その白いハトは、身じろぎせずに朱色の眼で僕を見据えている。
僕は、その白いハトの朱い視線にだんだん耐えきれなくなって…
逃げるようにその場をあとにした。
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【質問】
アナタハ マッシロナガヨウシ ・・・ カケマスカ?
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【少年編《13》真っ白な画用紙】おしまい。
【少年編《14》キリギリス】へ