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イノチノツカイカタ第2部《少年編》第14話「キリギリス」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


「ふむ。そうか… 無難なモノになっておったか。フォッ、ホッ、ホッ」

「笑い事じゃないよ、おじいさん、もうッ」

 話を聞いてる最中は、眼をつぶって穏やかな表情で{ふむふむ}って頷いてたのに、ひと通り話すと、からかうようにおじいさんが笑ってきた。

(ん?… そういえば…)

 僕は、その一連のおじいさんの態度を思い返すとピンときた。

「おじいさん、これもまた僕が通る道ってことだよね? これって第2段階なの?」

「いや、第2段階に入るための準備じゃよ」

(準備? 準備ってなんだろう? でも…)

 疑問に思った僕は率直に聞いてみた。

「おじいさん、準備って何のこと? 第1段階が終わってるんだから、今は第2段階に入ってるんでしょ?」

「なんじゃ少年、覚えておらんのか? 第2段階は社会に出てからじゃよ」

「いや、覚えてるけど、てっきり第2段階に入ってるのかと思ってたよ」

「やれやれ… とにかく少年、お主は今、準備をしておる。ということじゃよ」

 おじいさんは少し呆れながら白髭を撫でていた。

(だから、その準備ってのがわかんないから聞いてんのに…)

「その準備っていうモノが何なのか? それはお主が考えるのじゃよ」

「{!}(なんで僕の考えてることがわったんだろ?)」

 たまにこういうことがあるので、読まれないようにポーカーフェイスを試みたけどダメだった。

 するとだ。

 口元は笑っているけど、眼だけは真剣なおじいさんが ジッ と見つめてきた。

(ビビるな! この眼にビビッてちゃダメだ。食い下がれッ)

 僕は気負っていることを悟られないように、

「じゃぁさ、おじいさん、ヒントちょうだい。準備って何なのかっていうヒント」

 と、軽く言ってみた。

「なぬ、ヒントじゃとな… 相変わらず甘えん坊さんじゃのぉ、お主…」

(甘えん坊さんって… おセンチ、おませ、甘えん坊、etc.… いったいおじいさんは、僕のことを何だと思ってるんだよ、ったく…)

「ではお主は、自分自身のことをどう思っておるのじゃな?」

「・・・・」

(まただ… 読心術をやりやがったな、ちくしょう)

 でもしかしだ。

 ここまでやられたら、もう僕はお手上げだ。

 とっとと降参だ、降参。

 そして僕が、白旗を上げるように{フゥ~ッ}っと息を吐くと、僕の肩の力が抜けたのを見計らってか、おじいさんがヒントらしきものを与えてきた。

「さっきの話で、公園と白いハトが出てきたことじゃが…」

「あぁ、あの公園とハト? それがどうかしたの?」

「最初と最後では、随分と見方が変わっておったようじゃが」

「・・・・(んッ?)」

 ジーッ カ・・タ・・・・

 カタカタ カタカ・・・タカタ・・

 僕のコンピューターが、調子が悪いのにもかかわらず激しく稼働しだした。

 そして、

 ピキューーーーン

 と雷鳴が駆け抜けた。

「!」

 僕の眠っていた回路が…

 いや、何かによって強制的に眠らされていた回路が…

 長年降り積もったそのホコリを振り払うように眼を覚ました。

(そうだ。公園は公園で、ハトはハトだ。僕の見方… 見方?)

 僕の脳ミソが、フル回転して熱をもってきた。

(探れッ、もっと深くだ。もっと深く潜るんだ!)

 そうやって久しぶりに、深くて暗い闇に潜り込んでいった。

**********

 そこには、これまでの僕の感情が蠢いていた。

 僕は、過去の感情の旅をするかのように通り過ぎていった。

 眼を逸らさずに、シッカリと。

 そして総ざらいが終わると、僅かな光を頼りにゆっくりと浮上し、今に戻った。

「ねぇおじいさん、僕は知らずに流されたっていう一面はもちろんなんだけど、それにも増して、何より僕自身が流されることを望んでいた…っていうことだよね?」

「ほぉ、お主が無難を望んだ…ということか?」

「うん、悔しいけどね…っていうか、今のこの悔しいという感情も、その原因のひとつだよ」

「ふむ、そうか。ならば少年、第1段階とは何じゃったのじゃな?」

「ん~ッ、なんていうか、第1段階は{知ること}だったのかな?」

「ふむ、では第2段階とは?」

「たぶんなんだけど、第2段階は{つくること}なんじゃないの?」

「ふむ、では、第1段階の{知ること}を土台づくりだとすれば、第2段階の{つくること}とは何じゃな?」

「ん~と、え~ッと、流されない自分っていうか、たとえ流されたとしても、チャンとソレを知っていて、根本がブレないって感じかな。なんかこう一本筋が通ってるっていうか、軸がある… そう! 軸だ、自分の軸をつくるんだ!」

「ふむ、よいじゃろ」

 おじいさんが、さっきとは違って朗らかな顔で質問を続けてきた。

「では、第1段階と第2段階の関連性はどうなのじゃな?」

(関連性?…)

 このおじいさんの問いに、僕はもう一度静かに眼を閉じて闇に沈降した。

 でもその闇には、無数の光が差し込んでいたので、難なく見つけて今に戻ることが出来た。

「これって同時進行だよね。土台が先にできることもなければ、軸が先にできることもない。車の両輪みたいなものだよ。机上の勉強と実践、頭の知識と実務みたいにね」

「ふむ、よろしい」

 おじいさんが、合格という感じで大きく頷いた。

 僕もこのおじいさんの言葉に、そしてこの雰囲気に僕自身の魂が浄化されていくような、そんなリラックス感を覚えた。

 でもだ… でもしかしだ…

 おじいさんは、やっぱりそれでは許してくれなかった。

**********

「ところでお主、ほかにも気づいたことがあるのじゃろぉ? 話してみるがよい」

(うッ… きやがった… いい気分で家に帰りたかったのに…)

 僕は面接の帰りの電車に揺られながら、ハッキリと確証したことがあった。

 それを話せ…とおじいさんが聞いてきたのだ。

 おじいさんが{ホレッ、どうしたボウズ}というような、小憎たらしいというか、明らかにおちょくってる顔で、僕を見ながら返答を待ってる。

(ちっくしょう、まだ立ち直れずにいるんだぞ…)

 そう思っていると、催促する雰囲気をおじいさんが醸し出してきた。

(クソッ! よぉ~し、言ってやるよ。言えばいいんだろ、こんちくしょう)

 僕は、{笑いたきゃ笑え}って開き直り、おじいさんに話した。

「僕は違ったってことがわかったんだよッ!」

 その言い方は、{もう放っておいてくれ!}という感じだった。

 まだ立ち直れていないショックが、僕の意気を急降下させていく。

「ふむ、お主の何が違ったのかのぉ?」

「・・・・」

 急降下したせいで、抗う気力なんて微塵も失せてしまった僕は、あきらめた人間が回想録を語るような口調で話した。

「僕ね、おじいさん… 僕は自分が特別で優秀な人間だと思っていたんだよ」

「特別で優秀な人間じゃとな…」

「うん、だっておじいさんに色んなこと教えてもらったり、自分でも勉強してみたりして、{こんなスゴイことを勉強してるのは僕だけだ}とか、{みんな知らないんだな。でも僕は知ってるぞ}って思ってたんだよ」

「ふむ」

「もちろん僕は、自分自身が3つの常のスパイラルに入ってることには気づいてたよ。でもね、僕は信じてたんだよ…」

「何を信じておったのじゃな?」

 おじいさんの眼がやさしい。

 僕を労わるような、そんな眼をしている。

「僕は、自分が0.8%の人間だっていうことを信じてたんだよ。でも違ったんだよ。やっぱり僕は違ったんだよ… それを僕自身が証明してしまってたんだよ」

「お主自身が証明を?」

「うん、芸術家とか発明家とかを見てみると、流されていないんだよ。一見流されているように見えてもね。絶対に{6}には引きずり込まれないんだよ、0.8%の人間って… そうでしょ? おじいさん」

「ふむ、確かにそうじゃな」

「あと0.8%の人間って、3つの常の{自分は良い人である}って言うのが極端なくらいに少ないんだよね」

「ふむ」

「創造的な人っていうか、クリエイティブな人は{自分は良い人である}っていうモノが作り出す{善人ヅラした偽善者}が、僕が知る限りでは見当たらないんだよ。善人アピール野郎がね」

「ふむ、そうじゃな。では少年は{善人ヅラした偽善者}…ということかの?」

「うん、その通りだよ、まったくその通りだったよ。僕は周りの眼を… そして評価を気にしたんだ」

「ふむ」

「つまり僕は、引きずり込まれてたんだよ… いや、自分からそれを望んでたんだよ。そうやって僕自身がソレを… そうではないってことを証明してたんだよ。ずっと前から…」

「ふむ、そうか…」

 僕は、信じること、そして引きずり込まれたこと。

 この2つで証明していたのだ。

 つまりそれは、{知っているのに、知らないフリ}をしていたのだった。

 ズシーンと重たい空気が、僕の肩にのしかかった。

 でも、おじいさんに話したからなのか、それとも自分が口に出すことによって受け入れ易くしたのかはわからないけど、時間とともに肩が軽くなっていった。

**********

「では少し、話を変えてみるとするかのぉ少年」

「うん、いいよ。何?」

 そのおじいさんの言い方が、普段着のような感じで場を和ませてくれた。

「少年よ。{信じる}とは、何なのじゃな?」

(信じる。か… 懐かしいな。小学校のころ、よく考えたよな)

「んとねぇ、人が人に{信じてる}って言葉を使うときは、その心の奥底には{疑い}が、必ずあるよね」

「ほぉ」

「つまり、疑ってるからこそ{信じてる}なんて言葉を使うんだよ。相手が、あんなことやそんなことをしないようにとプレッシャーをかけたりね」

「ふむ」

「あと、人を疑うことは悪いことっていう全通念があるから、自分が疑ってることから眼を背けたり、臭いものに蓋をするみたいにして使ってる。完全に自己満足の押し付け偽善だよね」

「フォッ、ホッ、ホッ、どうやら調子が出てきたようじゃのぉ」

(乗せるのホントに上手だよな。まぁそれは、僕が流されてるっていう証拠なんだけどな…)

 そう思っても、もう僕は落ち込むことはなかった。

「では少年、偽善ではない{信じる}とは何じゃな?」

(待ってました。これには自信があるぞ)

「それは、{疑わない}っていうことだよ」

「疑わないとな…」

「うん、そうだよ。もうチョット詳しくいうと{疑ってない状態}ってこと」

「ほぉ、疑ってない状態とな」

「うん、その状態なら信じるなんて言葉はもちろんのこと、その前提の、疑いの感情そのものが存在しないんだからね。だから{疑ってない状態}が信じてることだよ」

「ほぉ、よくポンポンと答えられたのぉ。何かあったようじゃな?」

「うん、小学校のころのことなんだけど、朝クラスの女の子が、給食費が入った袋が紛失したって泣いてたんだけど、その紛失の仕方からすると、どうやらクラスの誰かが盗んだみたいなんだよね」

「ふむ」

「んで、女先生が{誰か知りませんか?}ってみんなに聞いたけど、みんな{知らない}って答えたんだ」

「ふむ」

「でもウチのクラスに、ゴンっていう手癖の悪い男の子がいるんだよ」

「ふむ」

「んで、みんな何も言わないけど、{犯人はゴンじゃないのか?}って思ってたんじゃないのかな? たぶん先生もね」

「ふむ」

「でね、クラスの男の子のひとりが、{ゴンが盗ったんじゃねぇの?}っていうから、それに続けて僕も{かもな}って言ったんだよ。僕もその子も軽い感じでね」

「ふむ」

「そしたら女先生が、{まだ何もわからないのにクラスの友だちを疑うって、あなた達はそれでも友だちですかッ!}って、烈火の如く怒り始めたんだよ」

「ふむ」

「んで続けて、{人を疑うなんて恥ずかしいことです。先生は盗ってないって信じてますッ}って言ってきたから、少しカチンってきて、その女先生に言い返してやったんだ」

「ほぉ、何とな?」

「じゃぁ先生、もし誰かが盗ってたとしたら、先生はその子にに何て言うの? {先生は信じてたのに}って、涙でも流しながら言うの? 先生それってさぁ、{あなたを信じた私は正しく美しくて、私を裏切ったあなたが悪いのよ}ってこと?… 何それ先生?…って聞いたら、先生しばらく黙りこくっちゃってね…」

「フォッ、ホッ、ホッ、こりゃたまらんのぉ」

「で、しばらく黙ってた先生が、{人から疑われたら悲しいでしょ? だから人を疑ってはいけないのです}って言ってきたんだ」

「ふむ」

「僕は、質問から逃げたな?って思ったけど、まぁいいやって思って、{先生、疑われたら悲しむって勝手に決め付けないでよ。もし僕が前に人の物を盗んだことがあったり、普段から悪い事ばかりしてたから今回のように疑われたら、まぁ前に盗ったことがあるし、いつも悪いことばかりしてるから、まぁ疑われてもしょうがねぇやって思うくらいだよ}って言ったんだ」

「ふむ」

「そしたら先生が案の定、僕の予想通りに、{人の感じ方はそれぞれ違うんですッ}って言ってきたから、{あのねぇ先生、ボクは今、感じ方とか感情の話をしてるんじゃなくて、覚悟の話をしてるんだよ。わかんないの先生?}って言ったらさぁ、その先生ったら真っ赤な顔して、{もう知りませんッ}って言って教室を出てっちゃった… ハハ」

 僕が少し気まずそうに話すと、おじいさんが渋い顔をして言ってきた。

「お主… それはイカンのぉ」

「うん、今じゃ反省してるよ。人とやり合うときは、逃げ道を用意しておいてあげないとねって… あれじゃぁ先生、逃げ道ないよね。ヘヘッ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

「ヘヘヘッ」

「多少、いや、かなり上から目線じゃが、それがわかっておるなら、まぁ良しとするかのぉ。それで{信じる}はどうなったのじゃな?」

「あぁ、自慢話に夢中になって忘れてたよ、アハハ、ゴメンゴメン。ん~ッと、結局、盗んでいようが盗んでいなかろうが、結果はまったく関係ないんだよ」

「関係ない?」

「うん、そうだよ。盗んでたら、{お前、いい加減にしろよな}って怒るかも知れないし、盗んでないなら、{お前だと思ってたぞ}って言って、ワイワイガヤガヤやってるハズなんだよ」

「ふむ」

「つまり、そいつが何をやらかしても、何があっても、{ずっとそいつは僕の友達なんだ}って、意味も理由も考えず、ただ何も{疑わない状態}で思ってることなんだと思うよ」

「ふむ、よかろう。で、ゴンとやらは結局どうじゃったのじゃな?」

「盗ってなかったね。ほかの子が盗んでたよ。んで{なんだお前じゃなかったのかよ}って僕がゴンに言ったら、{チッ}って舌打ちしながら僕を睨んできたけど、その日の昼休みは、ゴンも一緒にいつものように遊んだよ。今も変わらず仲のいい友だちだよ」

「ふむ、では少年は、これからもずっとゴンとやらの友だちなのじゃな?」

「わかんないよ。っていうか、引っ掛けようとしたって無駄だよ、おじいさん。アハハ」

「それを聞いて安心したぞ少年。どうやら掴んでおるようじゃな」

「おじいさんには、何かといろいろと教えてもらったからね。でもおじいさんが教えてくれた{3つの常}だけは強烈だったよ。今でも一番考えさせられるよ」

 僕は、おじいさんが釣竿をしゃくって取られたエサを付け替えてるのを見ながら、3つの常を教えてもらったときのことを思い出して懐かしんだ。

**********

 ピキューーーーン

 いきなりだった。

 閃光が僕の脳を横っ面から打ち抜いていった。

 本当は繋がっている脳内のハブとハブの線。

 でも僕が、{ああじゃない、こうじゃない}と、その線を無視して違うハブとその線を使い、陰に押し込めたその線。

 その閃光は、陰に押し込めて消えそうになっているその線を、強制的に復活させてきた。

「おじいさん、わかったよ。準備ってヤツ…」

「ふむ、どうしたんじゃな?」

「3つの常の、{ツネ}って言葉だよ」

「ふむ、話してみよ」

「うん。上も下もない、右も左も、善も悪もない、ただ存在するっていう、ただの{ツネ}… 僕はそれを、偏った当てはめ方をしてたみたいだよ」

「ふむ」

「でね、おじいさんが前に言ってた{その世界}って… それはつまり{比較の世界}ってことだよね?」

「ふむ」

 おじいさんの{ふむ}のリズムが、絶妙に僕を乗せてくる。

「ということは、僕は{常}を学ばなくちゃっていうか、{常}をいつも根底に持ってなくちゃならないってことなんだよね?」

「ふむ」

「さっき僕が、疑わない状態が信じていることって言ったように、比較しない状態が{常}なんだよね?」

「ふむ」

「僕は、今の今までずっと3つの常を{比較}で使っていたんだよ。3つの常は{比較}じゃなくて、文字通り{常}として使うモノなんだよ」

「ふむ」

「それが準備だよ、違う? …おじいさん」

「ふむ、そうか… それではお主、その準備はどうするのじゃな?」

 脳内のハブ同士の活性が、僕を捲し立てた。

 しかしその結論は、復活した線がすでに答えを出していた。

「今まで勉強したこと、おじいさんから教えてもらったことを、一旦捨てるんだよ」

「捨てる? 一旦?」

「うん、一旦捨てる。本当に全部捨ててしまったら、僕はもう人間じゃなくなってしまう。だから一旦なんだ」

「ふむ」

「そして今までのことを、そしてこれからのことを{常}として捉えることができるように、僕をリセットしてくるよ。オーバーホール付きの強制リセットでね」

「フォッ、ホッ、ホッ、オーバーホール付きか、楽しそうじゃのぉ」

「ヘヘヘッ、でも、捨てることも、{過去に学ぶ}ってことだよね?」

「ふむ、それがわかっておるなら良いじゃろ。ではお主がどうやって準備を終わらせるか、お手並み拝見じゃな」

 そう言うとおじいさんは、また魚が1匹も釣れないまま帰っていった。

**********

 卒業式まであとわずか。 

 翌日から僕は、とにかく手当たり次第、幼馴染みの家に押しかけた。

「遊ぼうぜッ」

「おうッ、久しぶりだな。いいぜ、何して遊ぶ?」

「何でもいいんだよ。とりあえずムーちゃんの家に行こう」

 僕は、何をして遊ぶかも決めずに誘いに誘った。

 幼馴染みも心得たもんだ。

 とことん付き合ってくれる。

 初日は8人だ。

「そういやムーちゃんって、確か遠いところに行くかもって言ってたけど、どうなったの?」

「僕?…それがねぇ、おとといの家族会議で、全員で遠い親戚の農家を手伝いに行くことになったんだよね。だからみんなとは、あと少しでサヨナラなんだよね」

「え~ッ! ムーちゃん、どっか行っちゃうのぉ?」

 エミちゃんが驚いていた。

 するとヨリが(←男の幼馴染み)

「エミちゃんだって、遠くの看護学校に行くんじゃねぇかよぉ」

 って、チョット寂しさ混じりの文句を口にしていた。

「遠くの看護学校に行ったって、私、看護学校卒業したら、こっちの病院に就職するもんねぇ~。まッ、向こうでいい男見つけたら、わっかんないけどね~ッ」

「いい男は、お前になんか寄ってかねぇよ、この、おとこおんなッ!」

「なにを~ッ!」

 やっぱりだ。

 取っ組み合いのケンカが始まってしまった。

「ヘヘヘ~ッ、ヨリはエミちゃんのことがずっと好きだったからねぇ~」

「な、何言い出すんだよムーちゃん… バ、バカなこと言うなよこのヤローッ」

 今度はヨリとムーちゃんの取っ組み合いだ。

 もうこうなると手が付けられない。

 みんな高校3年も終わろうとしているのに、{やんちゃ}のまんまだ。

 当然この日の8人、飛び火しまくってのバトルロイヤル状態になってしまった。

 でもこれで終わるハズがない。

 幼馴染みの家をみんなで泊まり歩き、連日連夜のドンチャン騒ぎ。

 近所のおじちゃんやおばちゃんたちも、僕たちの雰囲気を見ると察してか、温かい眼差しで文句ひとつ言わずに騒がせてくれた。

**********

 それから数日後のお昼過ぎ。

 みんなで保育園に行ってみると、結婚して産休後に復職してるユウコ先生がいた。

 教室の中から僕たちを見つけたようだ。

 ガラッと戸を開けたユウコ先生が、

「あ~ら、あんたたち、ここ最近、暴れているようねぇ。チョットおいで」

 と、僕たちに手招きをした。

 保育園の教室に入って行くと、当然、園児たちもいる。

 すると。

「さぁみんな。今日はこのお兄ちゃんお姉ちゃん達と一緒に、お歌を歌いましょう」

「ワ~イ」

(さぁムーちゃん、かかっておいで!)

 ユウコ先生が僕たちに目配せをしてきた。

 どうやらユウコ先生のサプライズらしい。

(変わらねぇなぁユウコ先生。まぁ、僕たちもだけどね)

 そう思っていると、ジャンケンをするまでもなくムーちゃんが中央に陣取ると、

「ふん、返り討ちだよ」

 と、受けて立った。

 あの頃のまんまだ。

 それからは… やっぱりだった。

 このムーちゃんのポンコツな歌声を初めて聞いた園児たちが眼を白黒させている。

 ユウコ先生が、

「あぁ~あ、やっぱり負けちゃったぁ。結局ムーちゃんの勝ち逃げかぁ~。悔しいなぁ~」

「へへへ~ッ」

「聞いたわよ… ムーちゃん… 元気でね」

 ユウコ先生が寂しそうな笑顔でささやいた。

 ムーちゃんの眼に薄っすらと涙が浮かんだ。

 僕も… みんなも…。

 その日だけは、みんなしんみりとして、それぞれの家に帰っていった。

**********

 翌日は、いつもの空き地にみんなが集まってきた。

(さすが幼馴染みだな。みんなわかってる。やっぱりコイツらなんだよな…)

 いつの日からか僕は、周りの眼を気にするようになっていた。

 そして、何かに怯えるようになっていた。

 でもそんなの僕じゃない、違う、変わらなくていい。

 いや、変えなくてもいいんだ。

 

 足りないコインを突き上げて、お願いしてたあの頃を

 

 自由に絵を描いて、笑い合ってたあの頃を

 

 アレがやりたい コレがやりたいって 手を挙げまくってたあの頃を

 

 僕は そのあの頃を

 

 取り戻すんだッ!

 

(ケンゾー兄ちゃん…) 

 

「いよッしゃぁ~ッ! ジャ~ン、ケ~ン、ポンッ!」

 僕の号令とともに開始した。

 とにかく遊んだ。

 缶蹴り、鬼ごっこ、かくれんぼ、etc.

 思いつく限りのことをして遊んだ。

 明日のことなんか考えずに遊んだ。

 次の遊びなんかも決めずに遊んだ。

 けなし合いをたくさんやった。

 もちろんケンカもした。

 ただ遊んだ。

 とことん遊んだ。

 みんな、それぞれの事情、それぞれの思いはあっただろう。

 でもみんな、そんなことはおくびにも出さず、すべてを忘れ、消し去って遊んだ。

 卒園のときは、寂しさを覆い隠すために遊んだ。

 今は違う。

 みんな頭が空っぽ状態で スコーンと突き抜けたように遊んでる。

 まさしく{やんちゃ}そのものだ。

 周りの眼も気にしない。

 何かに怯えることもない。

 みんな がむしゃらに遊んでる。

 ひたすら遊んでる。

 あと何日遊べるか? そんなことも気にしないで遊んでる。

 ただ 今だけを 泣いたり 笑ったりして遊んでる。

 僕たちはすべてを忘れ 思いっきり ただ ただ 今だけを 遊んだ

 そう・・・

 キリギリスのように

 こうして僕たちは、オーバーホール付きのリセットを完了させ、高校を卒業していった。

**********

【質問】

 ヒトヲシンジル。 ソノコトハ サテオキ…

 ジブンヲシンジル トハ ジブンノ ナニヲ シンジルコト ナノデスカ?

 ソレト タマニデヨイノデスガ…

 アナタハ キリギリスノヨウニ アソブコトガ デキマスカ?

**********

【少年編《14》キリギリス】おしまい。

 第2部の「少年編」は、これにて一旦終了。

 次は第3部「青年編」です。

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