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イノチノツカイカタ第3部《青年編》第01話「レッテル」

第3部「青年編」のスタートです。

第1部「幼年編」第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 和気藹々とした職場だ。

 もうじき40歳になる社歴15年、事務員のトモ子さん。

 最近、家を建てた所長。

 入社8年目の営業主任。

 そして、入社2か月目に突入した新入社員の僕。

 合わせて4人の小さな営業所だ。

 ノルマはいつも簡単に達成していた営業所なので、ピリピリした感じがない。

 最初、新人研修で他の営業所に行ったときは、その営業所は万年赤字のお荷物営業所だったみたいで、ピリピリどころか、みんなウサギの眼みたいに眼を血走らせていた。

 だから僕は、{配属先も、こんな感じなのかな?}と少々ビビッていた。

 でも僕が配属されたこの営業所は違っていた。

 所長が、

「おい事務員ッ、茶を入れろ、茶を」

 と言えば、トモ子さんが、

「今、茶っ葉が切れてんだよ。所長が買ってきたら入れてやるよ」

 と言って、それを聞いた所長が主任を睨み、その主任が引出しから、

「実は、お茶っ葉はここにあるんだよ~ん」

 って取り出して、トモ子さんが、

「チッ、ハメやがったな」

 と、舌打ちをする。

 そんな仲良し同士がよくやる小競り合いをやって楽しんでる営業所だ。

 口は悪いけど、和気藹々としていてホンワカした空気が流れている。

(みんな、いい人みたいだな。営業所の成績もまずまずみたいだし)

 息がピッタリだから営業所の成績が良いのか、成績が良いから仲が良くて息がピッタリなのかはまだわからないけど、とにかくいい営業所みたいだ。

 でもだ。

 ホンワカ営業所だろうがピリピリ営業所だろうが、どっちにしろ僕にはやりたいことがあった。

 入社する前から決めていたことがあるのだ。

 それは、{全通念での善人か悪人、そのどちらかをやってみる}ということをだ。

 僕は、この営業所に配属された初日に、その雰囲気から当然のように配役を決めた。

 もちろん、善人になることにした。

 全通念としての善人に…。

 しかも、飛びっきりの善人にだ!

 ってなことで、さっそく僕は種を蒔いた。

 とりあえず、新人としてもすぐに使える{謙遜・謙虚}というモノで密かに蒔いた。

 イヤミにならないように、そして気づかれないように細心の注意を払って、営業所のみんなに{僕は善人である}という種を、一粒、一粒、丁寧に蒔いては、埋め込んでいった。

 そんなある朝、僕が会社で整理整頓をやっていると、トモ子さんが出社してきた。

「おはよう新人」

「あッ、トモ子さん。おはようございます」

「いつも早く来るねぇ」

「あ、はい…」

「新人が一番早く来て、整理整頓か、関心関心」

「あ、ありがとうございます。でもチョット違うんですよトモ子さん」

「何が?」

(チャンスだッ!)

 そう思った僕は、

「いえ、あのう… 僕、こう見えてビビリなんですよ。朝の電車に乗り遅れたらどうしようとか、雨かなんかで電車が遅れたらどうしようとか、そんなこと考えてたら、こうなっちゃうんです。だからチョット違うんです。僕が朝早いのは…」

 と答えた。

 ほんの少しだけ、申し訳なさそうに…

「でもまぁ、仮にそうだとしても、遅刻しないし、早く出社して整理整頓してるんだから、やっぱり良い心掛けだよ」

「あ… はい…」

 僕は、この{はい}に、僅かにテレを入れた。

 こういった場合、{はいッ新人なので、なんたらかんたらですッ!}なんてバカなことは言わない。

 そんなのは見え見えのアピールだ。

 だから僕は、気づかれないように、こういった感じの{謙遜・謙虚}で種を蒔いていった。

**********

 そして数ヶ月後のこと。

 この営業所は、給料日直後の休みの前日は、仕事が終わると所内で必ずポーカー大会が開かれる。

{大会と言っても4人だけどね}

 負けた2人が、勝った2人に夕食を奢らなければならないルールだ。

 ここ最近は所長が負け知らずなので、僕、主任、トモ子さんの3人が、なんだか持ち回り制みたいにして、所長に奢っている状態になっていた。

 安い焼き鳥屋といっても、新人の僕には、懐がチトきつい…

 そこで僕は、あることを試みることにした。

(所長のポーカーを見ていると、いい場面でフルハウスを作ってるよな)

 さっそく僕はコレを利用することにした。

(よっしゃ、いっちょ{セット}してみるか)…と。

 ということで、ポーカー大会当日。

「よし業務終了だ。やるぞッ」

 所長が{今日もいただきだ}って感じで、みんなを応接室に集めた。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ

 僕はトランプをシャッフルしながら、

「また所長から奢ってもらえないのかなぁ?」

 と、何の気なしにつぶやいた。

 少しボヤくようにだ。

「そりゃぁ、やってみなくちゃわからんだろ。ブハハ」

「え~ッ、でも所長のフルハウスが怖いんですよねぇ~」

「フッ、どうでもいいから早く配れよほらッ、ブハハ」

 とりあえず、僕と所長のこんな感じの会話でポーカー大会がスタートした。

(まだチョット弱いな…)

 そう思った僕は、しばらく様子を見ることにした。

 そしてやっとその時がやってきた。

 所長がフルハウスであがったのだ。

(ここだな…)

 そう思った僕は、渋そうな顔をして、

「え~ッ、また所長のフルハウスですかぁ~」

 そう言いながら所長を横目で見ると、

「ブハハハハ」

 と、上機嫌だ。

(よしッ、ここだッ!)

 そう思った僕は、

「でも所長ってフルハウスがすごく上手ですよねぇ~。っていうか、キレイですよね、所長のフルハウスって」

 と、ブチ込んでやった。

{まぁフルハウスはフルハウスってだけで、キレイもヘッタクレもないんだけどね}

 すると所長の表情が、みるみるとご満悦状態に入っていくのがわかった。

(よし、これでほぼ間違いなくセット完了だな)

 思惑通りだった。

 その後の所長は、せっせ、せっせとフルハウス作りに励み、自分から崩れていった。

 あとの作業は簡単だ。

 この{セット}が解けてしまわないように、チョコチョコと軽めにフォローを入れるだけだ。

 そして当然のように、所長の連勝記録は記録的大敗でストップして終了した。

**********

 それから半年間、所長は負け続けた。

 でも最近そのせいか、所長が不機嫌極まりない。

(なんだか所長の変なトバッチリが多くなってきたよな… そろそろ解いてやるか)

 面倒くさくなってきた僕は、この{セット}を解くことを決め、変なトバッチリを回避するための機会を伺った。

 まぁ機会といっても、所長がフルハウス以上の手であがればいいだけだ。

 そしてポーカー大会当日。

 その機会は意外と早く訪れてくれた。

 毎回30回、決まりきってやるのだけど、それは2回目でやってきたのだ。

「よっしゃ、ロイヤルストレートだ!」

 所長の声にハリがある。{今日こそは勝ってやる}って声だ。

(うん、ここだな)

 そう思った僕は、

「え~ッ所長~、ロイヤルストレートですか! まいったなぁ、もう」

 と{セット}を解く準備をした。

 そして僕は、はやる気持ちを何とか抑え、ポーカーフェイスで、

(ほれ所長、次は何でもいいから、早く役を作ってあがれッ)

 そう願いを込めて、所長があがるのを待った。

 それから数回後、所長がツーペアーであがると、僕は少し疑うような感じで、

「ツーペアー? さっきはロイヤルストレート… んッ? まさか所長、フルハウスって、おとりなんじゃないでしょうねぇ?」

 と言うと、所長が{フッ}という感じで、伏し目がちに笑っているのが見える。

(あと1歩だな…)

 僕はまた、虎視眈々と所長が次にあがるのを待った。

 するとその数回後、所長がまたツーペアーであがってくれた。

(よしッ、このへんだな)

「やっぱりだッ!」

 僕が大きな声でそう言うと、みんなが{何が?}って顔してきたので、

「所長のフルハウスは、たぶん、おとりっていうか、引っ掛けなんですよ、絶対にッ! ちっくしょう、もう騙されませんからね所長ッ!」

 と、少し憤慨するように言ってやった。

 所長がニヤニヤしてる。

 でも僕は、所長のその表情や雰囲気から、

(まだ完璧じゃないな… もうひと押しだ)

 と、更なる機会を待った。

 また数回後、所長がスリーペアーをあがったところで、

「あぁ~もうッ、所長っていったい何を狙ってんですか? もうわからんッ!」

 って、僕がイラついて見せながら所長の様子をチラリと横目で確認すると、所長が{これがオレ様の実力だ}って顔してる。 

(ここ数回、フルハウスを狙ってる様子はないな… セットは解けたな、よしよし)

 そうして残りの10回を無難にこなして終了。

 2着だけど、ようやく所長が勝ってくれた。

 ガハハと久しぶりの勝利に、ご機嫌で焼き鳥を頬張る所長の姿を見てホッとした。

{まぁ{ホッ}とするといったって、トバッチリからの解放の{ホッ}だけどね}

 でも僕は、所長を観察しながら面白い副産物を見つけていた。

 実は、セットにかかっていたのは所長だけじゃなかったのだ。

 実は、主任とトモ子さんまでもが、僕が仕掛けた{所長のフルハウスは怖い、所長のフルハウスは危険だ}というセットにかかっていたのだ。

 僕は{なんか妙な雰囲気だな}と思いながら、それに気がつくのが少し遅くなったけど、それに気づいたあとは、この副産物を十分に楽しませてもらった。

 つまりだ。

 この半年間、1度も奢ることがなかったのは僕だけだったのだ。

 それからも僕は勝ち続けた。

 でもそれは、まったく違う理由での連勝だった。

 僕は、朝は早く出社して整理整頓。

 文句や愚痴は一切言わず、マジメに素直に謙虚・謙遜。

 この僕が蒔いた種…

 埋め込んだ種…

 その{僕は善人}という種が、ひっそりと芽を出し始めていたのだ。

 それは入社半年が過ぎたころから徐々に芽吹き始め…

 …社内をギクシャクさせていった。

**********

 ある日の午後、主任がトモ子さんから怒られていた。

「ちょっと主任ッ! チャンと昨日の日報を提出してくださいよ」

「ハイハイ、帰るまでにはやっときますよ」

「ハイハイって… 帰るまでじゃなくて今くださいよ! 新人はチャンとやってんのに、何で主任はできないんですか…ったく」

 そのやりとりは、僕が入社したころの和気藹々とした小競り合いなんかじゃない。

 明らかにトモ子さんはイライラして怒っている。

 主任は主任で、ホントにイヤそうな顔をしていた。

 この前なんかトイレで、{うるせぇんだよ、あのババァ}ってドアを蹴って怒っていた。

 まぁ、それからは当然のように主任の成績が落ちだした。

 この所内の雰囲気も、うす曇りのお天気って感じだ。

 半年前とは全く違う所内になっていた。

 すると所長が主任に説教を始めた。

「おい主任、最近どうしたんだ。たるんでんじゃねぇのか? 新人はシッカリやってるぞ。先輩なら先輩らしくしたらどうだ」

「・・・・」

「主任、なんとか言ったらどうだ」

「あ、はい、わかりました…」

 主任は納得いかないっていうか、ふて腐れて所長に返事をすると、営業カバンをガバッと掴み、行先も帰社予定時刻も告げずに外回りに行ってしまった。

「しょうがねぇヤツだな…」

「まったくですよ所長、新人はホントによくやってるっていうのに…」

 所長とトモ子さんの会話を聞いた僕は、2人の視線にバツが悪そうな表情を見せた。

 そして僕は、静かに仕事をするフリをして背中を向け、こう思っていた。

 

 所長、そしてトモ子さん…

 主任のやってることは、何ひとつ変わってなんかいませんよ。

 なんだか主任が悪者になってますけど、主任は僕が入社した頃から、いや、それ以前から提出物は期限までに出してませんでしたよね?

 過去の成績を見ても、このくらいの落ち込みは何度かありますよね? 

 そんなとき、あなたたちは笑って許していたではありませんか…

 主任は何も変わっていませんし、たるんでなんかもいませんよ。

 悪者なんかじゃありませんよ。

 所長、トモ子さん… 気づかないのですか?

 主任をそう見るように仕向けた本当の悪者は…

 …この僕なんですよ。

**********

 それから月日が過ぎた。

「ふむそうか、悪人を作り出したか。で、それからどうなったのじゃな?」

「やっぱりマズイなって思ったから修正したよ。なんとか上手くいったかな?」

「やっぱりとは、なんじゃな?」

「!」

 さすがはおじいさんだ。食い付いてくるところが違う。

 就職してからもおじいさんとは1、2ヶ月に1度くらいは会っていたけど、何を話しても{ふむふむ}って頷くだけで、僕の結果報告だけの会話になっていた。

(でも、{やっぱり}の部分に質問をしてくるなんて、こんな人は滅多にいないぞ)

 そう思いながら、そこに至るまでの、いや、最初に抱いてたモノを思い出して、自分の頭の中を整理した。

「おじいさんも知ってると思うけど、僕は物心が付いたころから正義とかヒーローが好きなんだよね」

「ふむ、そうじゃったのぉ」

「だから僕の3つの常が、刻まれたモノと同時に沸き起こるんだよ。入社して善人をやることを決めたときがそうだったよ」

「ふむ」

「つまり、全通念の善人をやっても、それはただ単に悪人を生み出すっていうだけだから、僕の中の善人と正義が満たされないんだよね。だから… やっぱりね」

「苦痛じゃったのかな?」

「いや、苦痛とかじゃないんだよ。{常}を{常}として使うっていうか、手段っていうか、道具っていうか、う~ん… とにかく、どう僕の中に{常}を置くのか?っていう問題があるってことに途中で気がついて、戸惑ってるんだよね。僕自身が…」

「ふむ、戸惑いか…」

 僕は、空を彷徨う浮浪雲のようになっていた。

 その浮浪雲が、ゆっくり消えていくように僕の中に空白が広がった。

{あッ、言い忘れてたけど、僕が社会人になってからスグに、{少年の次は、僕のことなんて呼ぶの?}って聞いたら、{青年でどうじゃな?}って言うので、僕は今、青年と呼ばれている。続けよう}

「では青年、どうやって修正したんじゃな?」

「それは、まぁ簡単な方法だったよ」

「悪人になったのかのぉ?」

「そんなことしないよ。僕は善人なんだからね。アハハ」

「ふむ、では全通念の善人ではなく、お主の善人でやったのじゃな?」

「うん、そうだよ。といってもねぇ~…」

「どうやったのじゃな?」

 僕は、なんだかやりきれない感じで話しを進めた。

「所長には、{やっぱり所長が一番尊敬できるんだよな}って主任が言ってましたよ。って言って、トモ子さんには、{なんじゃかんじゃと言ってもさぁ、俺ってトモ子さんがシッカリ後始末をやってくれてるから、やれてんだよなぁ}って主任がつぶやいてましたよ。って言ったんだよ」

「ほぉ、テクニックというヤツじゃな?」

「あのねぇおじいさん、テクニックと言ったってウソはつけないよ。ホントに主任と2人で呑みに行って、その言葉を引っ張り出したんだよ。少し時間がかかったけど…」

 そうは言いながらも、やりきれない思いは拭い去ることはできなかった。

 それは僕の頭にずっと。{付け焼刃}という文字が浮かんで離れなかったからだった。

「お主、自分で種を蒔いておいて、いまさら何を言うておるんじゃな?」

「…{!}あッ!そうだよね。アハハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

 おじいさんの仕掛けた笑いが、僕を和ませてくれた。

**********

 その笑いがひと段落すると、おじいさんが質問してきた。

「では青年、戸惑いは先々に置くとして、確かめて何かわかったことはあるのかのぉ?」

(久しぶりだな… おじいさんがこんなふうに突っ込んで質問してくるのって)

 そう思いながら、頭の中でひっくり返ってる情報記憶を整理した。

「ん~と、意図的に{レッテル}を貼って染めていく方法が何だかよかったかな?」

「ふむ」

「でも僕が{レッテル}を貼る前から、所長は、所長って肩書きの{レッテル}で動いていたし、主任もトモ子さんも同じだったよ。僕もだけどね」

「ふむそうか、レッテルか…」

「それとチョット思うところがあるんだけど、いい?」

「ふむ、なんじゃな?」

「2-6-2とレッテルの関係なんだけど、人は、その集団内でポジションが定まってないと不安に思うみたいなんだよね。猿とか犬とかの集団と同じくね」

「ほぉ」

「つまり、人は、人にレッテルを貼ったり、自分から買って出たりすることによって、自分のポジションを確保する」

「ふむ」

「そして、そのポジションを脅かす人に対して防衛するんだよね。それでまた、その自分のポジションを少しでも上げようともするんだよ」

「ふむ」

「どうやらレッテルは、そのために使われているようなんだよね」

「そのためとは?」

「要するに、レッテルを貼ったり、買って出たりして、その人達がレッテル通りの役割を演技するようになり、その結果、2-6-2に分かれてしまっている場合があるっていうこと」

「ふむ、それに気づいたキッカケはなんじゃな?」

「キッカケ?… キッカケっていうか、やっぱり3つの常や刷り込みとかを一緒に考えなくちゃならないんだけど、考えてると頭がこんがらがってくるんだよね… ハァ~」

「ため息か… 何があったのじゃな?」

 おじいさんが、{ほれッ早く言わんかオーラ}を発してる。

(まただよ… 言いたくないのに、ちくしょう)

「フラれたんだよ。同じ理由で… 3度も」

「ほぉ! 3度もフラれたか。それでお主を振った女性は、なんと言ったのじゃな? なんと言ってフラれたのじゃな?」

「いやだからさぁ、フラれたフラれたって何度も言わないでよおじいさん、まだ立ち直れててないんだからさぁ…」

「フォッ、ホッ、ホッ」

(フォッ、ホッ、ホッじゃないっつうの。からかわせたら天下一品だよな…)

 僕は、決まってフラれていた。

 僕が他の女の子と、分け隔てなくお喋りをしたり、食事に行ったりしていたのが、その原因の大半を占めていた。

 だからフラれるとき、彼女たちから言われた言葉には、必ず共通する言語があったのだ。

「それはね、{私って何なの? 私はあなたの何なの?}だよ」

「ふむ、それはいったい何なのじゃな?」

「ポジションを要求してきたんだよ… ハッキリとしたポジションをね」

「ふむ、面白いのぉ」

「いやだから、面白くないってば… もうおじいさん、話を戻してよ。いい加減さぁ」

「フォッ、ホッ、ホッ、そうじゃった、そうじゃった。で、なんの話じゃったかのぉ?」

(…知るかッ!)

 プイッっと横を向いて僕がふて腐れていると、おじいさんが{まとめ}に入ったようだ。

**********

「では青年、今回お主は何を学んだのじゃな?」

(さぁ、切り替え切り替えっと)

「んとねぇ、ポジションには、自分の土台、集団内、集団同士のポジションがあるってこと」

「ふむ」

「それと、蟻の集団と人間の集団は、2-6-2に分かれる原因は違うけど、起こってる結果は同じ。つまり既にあるモノがあって、刻みこまれ方が違うってこと…かな?」

「ほぉ、お主… だてに3度もフラれてはおらんようじゃのぉ」

「アハハハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

 もう笑うしかなかった。

 でもその笑いが僕にとっては肩の力が抜けて良かったようだ。

「でもおじいさん、みんなポジションを上げたがってるけどさぁ」

「ふむ、なんじゃな?」

「結局、ピーターの法則が働くかも知れないのに、上げたがるっていうのは面白いよね」

「フォッ、ホッ、ホッ、人はいずれ無能になる…か、フォッ、ホッ、ホッ」

「アハハハハ」

(ん?)

 エサを担いだありんこが、列をなして僕の足元にいた。

 目を凝らして探すと、葉っぱの裏でサボってるありんこも1匹見えた。

(でも、なんでなんだろう。それが引き起こされる原因って…)

 せわしなくエサを巣に持って帰るありんこと、葉っぱの裏で毛づくろいをするように触覚を撫でているありんこ見ながら考え込んでいると、おじいさんが{またな}という笑顔をして帰っていった。

**********

 それから、少しの年月が過ぎた。

 僕は、小さな頃から今までに経験して学んだモノを、試して検証して再構築、そしてまた試すということをずっとやっていた。

(でも、なんだか確認作業ばっかりやってるよな? 最近、思考の堂々巡りも多いし…)

 そんなこと思いながら過ごしているとだ。

 経営不振だか不況だか何だか知らないけど、{早期退職者募集}と、本社から各営業所の所長にメールが配られた。

 朝礼でそれを知った僕は、{頃合いかもな?}と思って手を挙げた。 

 ノルマは達成してたけど、あまり目立たない成績だったので、すんなりと受理された。

{あとで聞いたら、各営業所1名ずつ退職させるようになってたらしいけどね}

 辞めることが決まって挨拶回りに行くと、取引先の会社数社から{うちで働かないか?}って声がかかったけど、僕はすべて断った。

 その取引先も、僕のことを善人だって思ってるんだから、それは呑めない相談なのだ。

 そりゃそうだ。

 だって僕は… 次は…

 悪人をやりたいと思っていたのだから。

**********

【質問】

アナタニハ ドンナレッテルガ ハリツケラレテイマスカ?

アナタハ ヒトニ ドンナレッテルヲ ハリツケテイマスカ?

・・・アナタハ ソレニ キヅイテイマスカ?

**********

【青年編《01》レッテル】おしまい。

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