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イノチノツカイカタ第3部《青年編》第05話「箸の持ち方」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


 どうすりゃいいんだろコレ…

 部長の監査の一件から半年以上が過ぎても、一向にどう処理していいのかがわからなかった。

(う~ん、人を怒らせるような言動をする人が先天的に障碍があるのなら、平田君みたいに守ってあげるべき人なんだから… う~ん、どうすりゃいいんだろ)

 僕は下の川でおじいさんの横に座り、ひとりで考え込んでいた。

「ねぇ、おじいさん」

「なんじゃな?」

「・・・・」

 川で泳いでいる鴨をみながらおじいさんを呼んでみたけど、何を聞いたらいいのかわからずに黙ってしまった。

 おじいさんはそんな僕を、包むように待っていてくれた。

「どうすればいいんだろうね、こういった場合… 部長も障碍があるなら責めれないよ」

「ふむ」

「っていうか、変な言動をする人って、そうかもしれないんだから、僕はこれから先、すべての人を責めることが出来なくなってしまうよ」

「ふむ」

 そう言うと、おじいさんは釣り竿を上げ、エサを付け替えた。

「どうすりゃいいんだろうなぁ~、ホントに」

 エサを付け替えたおじいさんが竿を振りながら、

「ところでお主、平田君とやらはどうなったのじゃな?」

 と、素っ気ない様子で聞いてきた。

「ん? 平田君? うまくやってるよ…っていうか、営業所内が良い感じに回ってるよ」

「ほぉ、そうか」

「うん」

 僕はおじいさんに、平田君がウチに入社してから怒った出来事を話した。

「最初はギクシャクしてたんだけど、みんな慣れてきて平田君のトンチンカンな言動を笑うようになったんだよね」

「ふむ」

「なんか、マスコット的な扱いと言うか、とにかくみんなに可愛がられてるんだよね」

「ふむ」

「んで、経理なんかの引継ぎが済んでからなんだけど、みんなが平田君に安定剤を飲ませないようにって感じで動いたんだ」

「なぬ… 安定剤をかの?」

「うん、そうだよ」

「なかなか興味深いのぉ」

「っていうのも、スケジュール管理も平田君がやっていたから、曖昧な表現みたいなこととか、スケジュールを乱すようなことが出来なくなったんだよ。みんなね」

「ふむ、例えば?」

「営業に出るときに、{たぶん16時くらいに戻れると思います}みたいな表現をすると、その{たぶん}って言葉が平田君を不安にさせるみたいなんだよね」

「ふむ」

「んで、16時に戻りますって伝えて出かけても、16時までに戻らなかったら平田君がソワソワし出して、経理やスケジュール管理の仕事が手につかなくなって安定剤を飲み始めるから、みんなキッチリ戻るようになったし、遅れるときは連絡が入るようになったんだよね」

「ふむ」

「あと、提出物も前はみんなダラダラと遅れて提出してたんだけど、今は率先して提出するようなったよ。アハハ」

「ふむ、スゴイのぉ」

「だよね。それでさぁおじいさん、平田君がいるおかげで、みんなが所内のことをキッチリとやるようになったら、取引先の仕事もキッチリやるようになったんだよ」

「ほぉ」

「っていうのもさぁ、平田君がスケジュール管理してるから、{ここの営業先、どうなりました?}{契約が取れるって言ってましたけど、いつですか?}とか聞いてくるんだよ」

「ふむ、所長の仕事のようじゃのぉ」

「アハハ、その通りだね。無表情で{詰める}から、より一層恐いよ。アハハ」

「ふむ、ということは?」

「おじいさんが思っている通りだよ。所内の営業成績が爆上がりしたよ」

「面白いのぉ」

「だよね。それでね、本社がウチの事情を調査して、一昨日、ウチの{キッチリやるやり方をやるように!}って、全営業所に通達してたよ」

「うむ」

「でも面白いのはさぁ、{みんなで成績をアップさせよう!}って思ってやった結果じゃなくて、{平田君に安定剤を飲ませないようにしよう!}っていう理由で一致団結して出した結果だってことなんだよね」

「愉快じゃのぉ、フオッ、ホッ、ホッ」

「うん、アハハハハ」

「でもじゃ、それでは全営業所に平田君を配置せねばならんのぉ」

「アハハ、そうだよね。でもそんなのムリだから、他の営業所は成績が上がらないんじゃないのかな? キッチリやるってのは全営業所の所長がいつも言ってることだしね」

「ふむ、そうじゃろうのぉ、フオッ、ホッ、ホッ」

「アハハハハ」」

 さっきまでの憂鬱な気分は、どこかへ飛んで行ってしまっていた。

(部長の一件の処理はまだわかんないけど、まぁいいや。いずれわかんだろ…)

「よっこらせっと」

 立ち上がった僕はお尻をパンパンとはたくと、

「じゃぁ、おじいさん。僕、帰るね」

「うむ、何か用事でもあるような感じじゃのぉ」

「うん、今日は、昔お世話になったアルバイト先に、手伝いに行くんだよ」

「ふむ、そうか」

 というその返事に、{じゃぁ、またね}って挨拶をして家に帰った。

**********

「いらっしゃいませ~」

 僕は、高校生のときに1年間ほどアルバイトしてた居酒屋を手伝っていた。

 最近アルバイトが数人辞めて手が回らないようだったので、ここ数ヶ月は週に3日ほど、厨房で料理を作ったり仕込みをやってたりしたのだ。

 ジュー ジャッジャ ジューーー

「はい、肉野菜炒めあがるよ~」

「は~い」

 カー カー カカン

 僕は肉野菜炒めを作った北京鍋をシンクの中に放り入れ、次の料理に取りかかった。

(えっと、ホタテバター、手羽ギョー、山芋鉄板にフライセットか… ええクソッ、ブラックタイガーの解凍が間に合ってねぇじゃねぇかよ…)

「おい、そこの新入りの茶髪の子! ブラックタイガーの解凍を急いで」

「あ、はい… ってか、今、水に漬けてますけど…」

「流水でやれば早く解けるから、蛇口捻って!」

「あ、はい…」

 僕が茶髪の子にそう指示をすると、茶髪は少しふて腐れたように蛇口をひねった。

(なんだコイツ… んでも相変わらず忙しいよなぁ~この店は… アルバイトが長続きしないのも変わってないし)

 ホールも厨房もドタバタしながらやっていた。

{そんなことより3番バッシングして!}{料理を持ってくるのが遅いって怒ってるぞ}{誰かレジお願~い!} 

 目が回るとはこのことで、みんな忙しさで気が立っているようだ。

 んでも、あと小1時間の辛抱だ。

 夜の9時を過ぎると、この店は田舎の一軒家みたいなところにあるので、一気に客が減る。

 それまでの辛抱だ。

 ってなことで、この日は9時半には客が全然いなくなっていた。

「ふぅ~ッ、疲れたぁ~」

 僕が休憩室で夜食を食べていると、あの茶髪が入ってきた。

「お疲れッ!」

「あ、お疲れっス」

 茶髪の子は僕と目を合わせることなくドカッと椅子に座ると、タバコに火を点けて足を組み、ケータイをいじり始めた。

(態度悪いなコイツ…)

 何か言おうかと思ったけど、休憩時間が終わりに近づいていたので、僕は黙って休憩室を出て食器を洗った。

「態度悪いでしょ、あの子… おとといから働いてんだけどね」

 パートのおばちゃんが僕に話しかけてきた。

 僕は、

「まぁ、最近の若い子はあんな感じの子が多いみたいだからね」

 と言うと、おばちゃんがあの茶髪の子のことを、いろいろ教えてくれた。

 どうやら先月、理由はわからないけど高校を退学になったらしい。

 店に出勤してくるときも、チャラチャラした派手な格好でガムをクチャクチャ噛みながら、オラオラ態度でやって来る。

 というワケで茶髪の子は、毎回そんな尖った感じでいるので、誰も近寄らないでいるようだ。

(ふ~ん、面倒くさいことにならなかったらいいな…)

 僕はおばちゃんにニコッと微笑むと、仕込みをして今日の手伝いを終えた。

**********

「それでは、カンパ~イ」

「カンパ~イ」

 新しい営業所がオープンするということで、近場の4営業所の全員が集まって決起集会をホテルの座敷部屋でやっていた。

 僕の営業所は遅れて最後に来てしまったので、みんなが避ける本部や支店のお偉いさんの近くにしか座る場所が無かったんだけど、こともあろうかウチの事務員のミカさんが、あの部長の目の前に座ることになってしまっていた。

 以前、部長が監査に来たときに、僕に{これでわかっただろ?}と目配せをした、あの事務員さんだ。

(ミカさん、可哀そうに…)

 そう思っても何にもしてあげることが出来ない僕は、カンパイ用のビールを飲み干して拍手をした。

 パチパチパチパチ…

「それではみなさん、決起集会を進行させていただきます」

 そう言って進行役の人が新営業所のメンバーを紹介したり、抱負なんかを聞いたりしていった。

 そして、宴もたけなわになったころ…

「君は箸の持ち方も知らんのかね」

 という部長の声が聞こえた。

 その部長の方を見ると、ミカさんが箸を上げたまま固まっている。

 すると部長が、

「持ち方もそうだが、取り方も間違っとる。そんなことも知らんのか君は」

 と、固まっているミカさんに追い打ちをかけた。

 周りを見ると、他の営業所の人たちはワイワイガヤガヤやっているので、部長のことには気づいていないようだ。

(面倒くさいことになりそうだな、こりゃ)

 そう思っていると、固まっているミカさんの箸を持っている手が、プルプルと小刻みに震え出した。

 それに気付いたウチの営業所の人たちが、{マズイなコレ}みたいな表情になっている。

 僕の目の前に座っている広瀬所長も、呆れるように見ていた。

 まぁ、平田君だけは、{箸の持ち方や取り方ってなんだろう?}ってな感じで、自分が持ってる箸を繫々と見ていたけどね。

 そうしていると、

「箸の持ち方はこうやってやるんだ。そして取り方は右手で上から掴んで、どうたらこうたら…」

 と、部長が実演付きでミカさんに教え始めた。

「やってみろ!」

「は、はい…」

「違うッ、こうだ」

「は、はい」

「違うだろ、右手を滑らせるんだ」

「は、はい、こうですか?」

「そうだ、そしてココをこうッ!」

「こ、こう…ですか?」

「ち、違うッ! お前はバカか? お里が知れるな、まったく…」

 さすがに他の営業所の人たちも気付き始めたようで、会場がシーーーンと静まり返った。

(たしかにミカさんって、{よくこんな持ち方で挟めるな?}って思うほど箸使いが変だけど、何もここまでヒドイこと言わなくてもいいのに…)

 そう思ったけど、僕は何も出来ないでいた。

 それからもそんな部長のことを誰も止めないし、止める気配もない。

 みんな静かに… そして無視するように食事をしていた。

 そうやってミカさんは、みんなが部外者ヅラをする中で、箸の持ち方や取り方の練習をする羽目になってしまった。

 んでも平田君だけは、{なるほどなるほど}と頷きながら、僕の横で箸の練習をしてたけどね。

 それから5分くらい経ったころで、シビレを切らした広瀬所長が、進行役の人とアイコンタクトを交わすと、

「部長、部長ッ! お話中にすみません。進行役が部長の挨拶をと言ってます」

「挨拶? おおッ、そうか」

 との会話に、進行役の人も心得たもんだ。

 拍手をしながら、{こちらへどうぞ}という感じで、部長をマイクへと誘った。

 そうやって所長と進行役の人との連係プレーで、ミカさんを開放することに成功した。

 部長が得意になって挨拶している中、所長がミカさんのところに行って何やら耳打ちをしたあと、背中をポンポンと叩いて戻ってきた。

 そんなこんなで挨拶が終わり、席に戻ってきた部長にミカさんが、

「チョット、トイレへ」

 と告げて席を離れた。

 僕と所長の横を通っていくミカさんは、所長に{ありがとう、あとお願い}という感じで小さく合掌しながら通り抜けていく。

 所長はミカさんと入れ替わるようにビール瓶を持って部長の所に行き、

「部長、どうぞ」

 と言って、部長のカラになったコップを促した。

(さっきの耳打ちの様子… んで所長の行動からすると、ミカさんは戻ってきたら所長がいた席に座るんだろうな)

 所長を見ると、お酌をしたあとの返杯を一気に飲むと、ネクタイを緩めてドッシリと胡坐をかいて座った。

(やっぱり、もうコッチに戻って来る気は無いな… 所長)

 周りの人たちも、ウチの所長のことをよく知っているので、{これで部長を抑え込んでくれるだろう}と安心したみたいで、少しずつだけど会話が出るようになっていった。

 所長が元いた席に戻ってきたミカさんは、まだ涙目だった。

 僕はそんなミカさんにビールを勧めると、

「ありがとう。でもあのハゲチビ野郎…」

 と悔しさを滲ませながらビールを煽った。

(でも、やっぱスゲェよな… 所長って)

 そう僕が感心していると、

「あのぉ、ミカさん… どうぞ」

 と言って、平田君がミカさんにビール瓶を傾けて勧めた。

 その平田君の顔は、心配しているような表情だった。

「心配してくれてありがとう平田君。もう大丈夫よ」

 少し眼が腫れているミカさんはハンカチで涙を拭きながら、平田君からお酌してもらったビールをスーッと飲んだ。

 そして、ミカさんが平田君に返杯をしようとしたときだった。

 心配そうな表情で平田君が、

「箸を取るときの右手を滑らせるって、こうですか?」

 と、やり始めた。

 プッ… クッ… ププッ…

 っと、ウチの営業所の人たちの笑いをこらえる息が漏れ出した。

 ミカさんが下を向いてプルプル震えている。

(どの心配をしてんだよ、テメェ! 追い打ちかけてんじゃねぇぞ、このヤロォ~ッ!)

 と思った瞬間、ミカさんが、

 アーーーーハハハハハハ

 と、大声で笑いだした。

 悔し涙なのか笑い涙なのかはわからないけど、泣きながら大声で笑っている。

 そのミカさんの笑い声につられて、ウチの人たちも笑いだした。

(あッ…面白かったのねミカさん… んでも、こんなんでいいんかいな?)

 そうやって決起集会は終了した。

**********

 その翌日のことだった。

 ミカさんの機嫌が朝からすこぶるいい。

 軽やかなスキップをするように業務をこなしている。

(どうしたんだろ? きのうは部長からイジメられて大変だったのに… 何か良いことでもあったのかな?)

 そんなミカさんを目で追っていると、

「今日の夜、合コンなんだってさ」

 と先輩が教えてくれた。

「あッ、そうなんですか」

(ふ~ん、そういや、5年くらい彼氏がいないって言ってたもんな)

「それで今日の合コンには、超美形の男が来るみたいでさ、それでミカさん張り切ってるんだよ」

「へぇ~、超美形の男ねぇ~」

「狙ってるみたいだよ、本気でね」

 そんなルンルン気分のミカさんを見ていると、何だか可愛く見えてきた。

(よしッ、今日は僕も契約を取ってルンルンで帰ってくるぞ!)

「帰社予定は16時です。行ってきま~す」

「行ってらっしゃい」

 そうやって今日の一日が始まった。

 そして帰社。

「お疲れッス、只今戻りました」

「お帰り、おめでとう」

 パチパチパチパチ

 そう… 僕は見事に契約を勝ち取って営業所に帰ってきたのだ。

 やっぱり契約が取れると気持ちいい。

 僕はルンルン気分で所内を見渡すと、ルンルンしているハズのミカさんの様子がおかしい…

(ん? どうしたんだろ?)

 契約書類を平田君に提出して自分の席に着くと、

「人数が揃わなくて、合コンが流れるかも」

 って先輩が教えてくれた。

(あらま、そりゃ残念… あんなに楽しみにしてたのに)

 そう思ってミカさんを見ると、ミカさんと目が合った。

 その直後、ミカさんは僕のところへツカツカとやって来て、僕の腕をむんずと掴むと外へ引っ張っていった。

「ど、ど、どうしたのミカさん?」

「今日の夜、空いてる?」

「空いてるけど、どうしたの?」

「私と一緒に合コンに来て、お願い」

「チョ、チョット待ってミカさん… 合コンに異性を連れてってどうすんの?」

「大丈夫… 私が向こうの男性陣に頼んでおくから」

「って言っても、急に…」

「私が奢るからさ! お願いッ!」

「え~ッ… 奢ってくれるっていってもさぁ」

「お店は、あの『みや田』よ… 文句ある?」

「えッ、うなぎの? 予約が取れない店で有名な?」

「そうよ、あの『みや田』よ」

(ミカさん真剣だな… そうだよな、5年間もご無沙汰だったんだからな…)

 そう思った僕は、ミカさんを応援したくなってきた。

「わかった、行くッ!」

 ってなことで、うなぎに釣られたのか、それともミカさんを応援するのか?… その辺はわからなくなってきたけど合コンへ行くことになった。

 そのあと僕は、この合コンを取りまとめている相手の男性へ連絡して、待ち合わせの場所や段取りを聞いた。

(うわぁ~、オシャレ~)

 さすがは有名店だ。

 キレイな内装を間接照明がやわらかく照らしていた。

 案内されて入った座敷で注文を済ませると、さっそく自己紹介が始まって合コンがスタート。

(美形の男ってコイツだな… うまくいくといいなミカさん)

 僕は相手方の女性陣より、うなぎ料理の方が… いや、ミカさんと美形男子のことが気になっていたので、挨拶もソコソコに済ませて席に座って大人しくしていた。

 そうやって僕以外の人たちが楽しく話していると、お目当てのうなぎ料理が運ばれてきた。

 お重の蓋の隙間から、あの香ばしいうなぎのタレの香りが溢れ出てきている。

「いただきます」

「いただきます」

「うわッ、いい香り」

 お重の蓋をあけ、感嘆の声をあげながらの食事が始まった。

(ホントに美味いな、このうなぎ)

 僕はあまりの美味しさに夢中になって食べた。

 だけど、あまりにも夢中になっていたので、思わず、

「ミカ… ングッ…」

 と、{ミカさん、美味しいねぇ}と言ってしまいそうになった。

 みんな僕の方を見て、{ん?}って表情をしたけど、

「ゴメンゴメン、喉に詰まっただけ」

 と言って、お茶を飲んでごまかした。

(イケねぇ、イケねぇ、危ないところだった)

 焦ってミカさんをチラッと見たけど、{頼むわよ、あんた}みたいな感じで少し睨まれてしまった。

 するとだ。

 ある光景が目に留まった。

 あのミカさんが…

 箸の持ち方が異様なミカさんが…

 ヘタクソなりにだけど、チャンと持ってるではないですか!

 箸の上げ下ろしも、完璧じゃないけど出来てるようだ。

(へぇ~、この美形男子を落とすために、出来る女アピールか… なんか、いじらしいな)

 そう思っていると、

 ピキューーーン

 と、稲妻が走った。

(ん? なんだろコレ…)

 稲妻が走ったはいいけど、今回の稲妻は少し様子が違う…

 言葉も何も浮かばない。

 ただ僕の感覚に、何か懐かしいモノを残して通り過ぎて行ったのだ。

 そのあとの合コンは、何となくしか覚えていない。

 ただ、うなぎのタレの香ばしさと、何かの懐かしい香りを味わって、合コンが終了していった。

(この感覚、確かに前に味わったことがあるんだけどなぁ)…と。

 あッ、そうそう。ダメだったみたい、ミカさん。

**********

 さて、アルバイトも揃ってきたみたいなので、居酒屋のお手伝いも今日で最後だ。

「おはよう」

「おはようございます」

 店に着いた僕は、キャベツの千切りをやり始めた。

 のだけど…

 なんか店の雰囲気が悪い。

(どうしたんだろ?)

 そんなどんよりとした空気の中、僕が千切りをやっていると、

「おばちゃんの財布が誰かに盗られたみたいなんだよ。休憩室の机の上に置き忘れてた財布をね」

 と、店のオーナーが小声で僕につぶやいた。

「誰が盗ったの?」

「わからないけど、茶髪の子が疑われてるみたい」

「ふ~ん」

 オーナーとそんな会話をして周りを見ると、みんな茶髪の子を無視するように働いているようだ。

 茶髪の子も、みんなから疑われていることを感づいているようで、不機嫌極まりない態度で仕事をしている。

 そうして9時を過ぎると、お客さんが引けてヒマになった。

 こういった場合、食事休憩の前に一旦みんな厨房に集まらなくてはならない。

 だけど集まったそのせいで、{みんなVS茶髪の子}という対立構図の空気ができてしまい、一気に場の雰囲気が悪くなってしまった。

 するとだ。

 バンッ!

 前掛けを床に投げつけた茶髪の子が、

「やってらんねぇよ。オレが盗ったんじゃねぇよ! 見た目とかで人のこと疑ってんじゃねぇよ!」

 と声を荒げた。

(面倒くさいなコイツ…)

 そう思ってため息をついた瞬間だった。

 ピキューーーーーーン

 それは、前回通った、あの懐かしい感じを残していく稲妻だった。

 そして、言葉が…

 いや、声が聞こえた…

「チビは、そのままでいいんだよ」

 と…。

(ケンゾー兄ちゃん…)

 僕は、記憶の引き出しを全部取り出して、脳内にひっくり返した。

(・・・・{!})

 僕はすべてを理解した。

(そうだよね、ケンゾー兄ちゃん。そこを超えるため… 超えさせるため… だよね)

 呆れるように茶髪の子を見ていた僕の眼に、メラメラと炎が灯りだした。

(ゴン… 見てろよ)

 僕は小学校のころからの友だちを思い出して気合を入れた。

「おい茶髪」

「なんスか?」

「お前、もう茶髪やめろ」

「なんででスか?」

「茶髪だけじゃなく、派手な服や言葉づかい、そしてデカい態度もだ」

「なんで、そんなことしなくちゃイケないんスか?」

「お前に覚悟が無いからだよ。カッコ悪いんだよお前」

「覚悟? カッコ悪い? ワケわかんないこと言わないでくださいよ」

「だろうな… お前にはわからんだろうな」

「何言ってんのかサッパリなんスけど」

「この店の手伝いも今日が最後だから特別に教えてやるよ。よく聞いとけよ」

「なんスか」

「お前、今日の接客のとき、若い女の子のテーブルのときはニコニコしながらやってただろ」

「・・・・」

「でもなぁ、そのあとに入ってきた、いかにもっていう、その筋の人らしいテーブルに行ったときは、お前ビビってただろ?」

「・・・・」

「お前、見た目で判断してんじゃねぇかよ…」

「…で、でも、でも、あんな人たち見たら誰だって…」

「デモもストライキもねぇんだよ。人は見た目で判断するんだよ」

「・・・・」

「お前が、見た目で判断されるのが嫌なら、茶髪なんぞやめちまえって言ってんだよ」

「・・・・」

「疑われたらギャーギャー子どもみたいに騒ぐ程度なんだろ? お前」

「・・・・」

「人を見た目で判断してんじゃねぇだと?… そんなチンケな啖呵を切ってんじゃねぇぞ、このボケが」

「・・・・」

「疑われるのが嫌なら、茶髪にしたりイキがった態度をすんなよ。カッコ悪いんだよ、バ~カ」

「・・・・」

 茶髪の子が下を向いたまま、何にも言い返せないで黙っていた。

 それからしばらく沈黙が続いたあと、僕は、

(客も引いたし、説教も終わったから、帰ろうかな?)

 そう思ってオーナーに了解を取ってロッカールームに行き、帰り支度を済ませて、お別れの挨拶をするためにみんなの元へ戻った。

「えっと、みなさん。短い間でしたけど大変お世話になりました」

 僕がそんなありきたりな挨拶をしていると、何やら茶髪の子がオーナーとボソボソと話すと、茶髪の子がロッカールームの方へ消えて行った。

 茶髪の子は、荷物をまとめて戻ってきたはいいものの、僕より先に店を出て行ってしまった。

 どうやら辞めたらしい。

 するとオーナーが、

「ゴメン、今バイトが辞めたから、また明後日、手伝いに来てな」

 と僕に言ってきた。

「あ…はい…」

 僕が茶髪の子を辞めさせたも同然なので断れなかった。

「じゃぁ明後日、また来ます…」

 結局、一番カッコ悪いのは、この僕になってしまったようだ。

 ええクソッ!

**********

「フオッ、ホッ、ホッ、ホントにお主は面白いのぉ」

「笑いごとじゃないよ、おじいさん、もうッ!」

「フオッ、ホッ、ホッ、すまんすまん。でも処理が出来て良かったのぉ、青年」

「うん、そうだね」

「そうか、結果良ければすべて良しか…」

「うん、ミカさんが部長を嫌っていようが、部長がどんなだろうが、ミカさんが箸をチャンと使えるようになっているのは事実だし、茶髪の子も今回の件で、ある程度の覚悟は出来ただろうから、次にあんなことがあってもギャーギャー喚かずにチャンと冷静に対処すると思うよ」

「ふむ、そうじゃのぉ。うむ」

 僕は川に向こう側に咲いている花を見ながら、ケンゾー兄ちゃんのことを思い出していた。

(そうだよね? ケンゾー兄ちゃん。フィルターに色を付けずに真っすぐ見て、フィルターの色を取り去って真っすぐ出す… それでいいんだよね… そのままで)

 それを思うと懐かしいモノに包まれているような感じがした。

 その感覚は、僕をあのころへ… あのころの僕へと、ゆっくりゆっくりとタイムスリップさせていった。

{チビは、そのままでいいんだよ}

 その声と共に。

**********

【質問】

ハシ… チャント モテマスカ?

**********

【青年編《05》箸の持ち方】おしまい。

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