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イノチノツカイカタ第3部《青年編》第07話「ものさし」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


「ふむ、そうか」

 浅瀬のさざ波が、日の光をキラキラと反射させている。

 フルカワのおっちゃんの家に行ったことをつぶさに話している間、その光は僕とおじいさんの顔に映り込み、温もりのある笑顔をもたらしてくれていた。

「あのときおじいさんが言ってた意味が、何となくだけどわかってきたよ」

「ふむ」

「でもさぁ…」

「どうしたのじゃな?」

 僕は、さざ波が放つ光に眼を細めて、

「それが少しわかったからといって、僕の中の{戸惑い}が消えていってるワケじゃないんだよね」

 と、少し悲しげな表情でおじいさんにつぶやいた。

 おじいさんは少し間をおくと、やさしく問いを投げかけてきた。

「じゃが青年、今回の経験はどうじゃったのじゃな?」

「いい経験だったよ。ホントに」

 僕はサンマの缶詰を思い浮かべながら、その出来事に浸っていた。

「ふむ、経験か…」

 おじいさんは、そうつぶやくと続けて、

「青年よ…、お主に触れるモノは、すべて経験だけなのかのぉ?」

 そう言いながら僕の眼を、いや、心の中を覗くように見つめてきた。

(経験だけ? …だけ?)

 おじいさんのその問いかけに、僕の脳内がキュイーーンと音を立てて稼働し始め、その思い出の中から胸ぐらを掴まれるように引っ張り出された。

 キュイーーーン、ビビッ、キュイーーン

 ガッ・・ガッ・・

 時折り、ビビッ、ガガッという雑音が入る。

(なんだ? このノイズは?)

 そう思っても、ノイズとともに脳内コンピューターが夏のセミのように、けたたましく鳴り響いた。

(おじいさんが今言った、触れるモノはすべてが教えってことは、ビビッ、僕はこの経験を経験としてだけで捉えてるってことか?…ガガッ、つまり、ビビッ…、)

「うるさいッ」

 僕は声に出してそのノイズに、いや、自分自身に文句を言った。

 おじいさんは、そんな僕の言葉を聞いても微動だにせず、黙って僕を見守っている。

 ただ、ジッと僕を見据えてだ。

 そんな中、僕はノイズと格闘しながら探っていった。

(ビビッ、僕が、経験から学ぶことが出来ていない ビビッ ってことならわかる。でも、経験を経験としてだけで捉えてるって、どういう意味だ!…ビビッビッ、ガーーーーーッ)

 ピキューーーーーーーン

 ・・・ビビッ・・・ガガッ

「!」

 それはまさかだった。

 まさかこのノイズが、その答えを出してくるとは…

 いや、そのノイズこそが答えだったとは。

**********

 ノイズが僕に告げたモノ。

 それは、経験を経験としてだけで捉えているってことは、僕はその経験に飲み込まれて、{ただ反応しているだけ}ということだった。

「おじいさん、わかったよ」

「ふむ、何がじゃな?」

「僕は、その経験にただ反応してただけだよ。学んでいた{つもり}だったんだよ」

「ふむ、そうか。ではその反応した原因とは、なんじゃったのじゃな?」

 僕は頭の中を一度整理すると、ノイズにアクセスし、再確認してから答えた。

「感傷だよ… 感傷」

「感傷か… ふむ、どういうことじゃな?」

「僕、サンマの缶詰の経験で一応は考えたんだよ、一応ね。でもね、昔、おじいさんが言ってた意味ばかりを考えてたんだよ。そのときの感情の出どころとか、そのときに何が起こっているのか? そんなこと、まったく考えないでね」

「ふむ、つまりお主は、感傷に浸ってしまい、そのことによって偏りができ反応した。その結果、教え学ぶということに繋げることができなかった。ということのじゃな?」

「うん、その通りだよ。僕は小さな感情の揺れくらいなら反応しても引き戻せるけど、今回みたいな大きな感情の揺れの場合、その感情に飲み込まれてしまうみたいだよ」

「ふむ、そうか」

(あぁ~あ、やっちゃったなぁ~ 前に進むどころか後戻りしてるよ…)

「そんなことはないぞ青年、お主はチャンと進んでおるぞ」

「ホントに? そうだといいんだけど… ハァ…」

 落ち込んでる僕は、読心術だとかテレパシーだとかで言い返すこと、いや、思う気力さえもまったくなかった。

「ふむ、それではお主の感傷とやらを外して、もう一度考えてみてはどうじゃな?」

「うん、そうだね」

 ため息をつくような言い方に、おじいさんが白髭をひと撫ですると、

「ほれッ、考えるのじゃ」

 と、そのおじいさんの言い方は、{お主ならわかる}という確信に満ちたものだった。

 それを感じた僕は、感傷を外して考えた場合のことを考えると、何かがわかるような気がして、徐々にやる気になってきた。

(えっとぉ、まずは自転車に乗ってるおっちゃんが、僕に声をかけてきて、んで)

 僕は、思いつく限りのことを懸命に再考した。

 そうしてしばらく考えているとっていうか、僕が行き詰まっていると、

「青年、お主は気づいておるのかのぉ?」

 おじいさんが、何のことかサッパリわからないことを聞いてきた。

「気づく??? 何に?」

「お主の{戸惑い}のことじゃよ。いつもお主はソレを取り払おうと、そして消そうとしておったことをじゃよ」

「僕、そんなことしてたの? いつから?」

「ワシと知り合ったころからじゃよ」

「・・・・」

(なんだって? 知り合ったころから? アレか? いや違う)

「フォッ、ホッ、ホッ、ほらお主、今もやっておるではないか」

「えッ、僕、今何かやってたの?」

 なんだかチンプンカンプンになってきた。

 でもおじいさんが、僕をからかってる様子は今のところ感じられなかった。

(何なんだろ? 全然わかんないんだけど…)

 あれやこれやと悩みながら、時が過ぎていった。

**********

 するとおじいさんが、眼をパチクリさせてる僕を見て、

「お主の、考えの持っていき方じゃよ。思考パターンじゃよ」

 と、言ってきた。

「考え? 持っていき方? なにそれ? 府に落とすってやり方のこと?」

「フォッ、ホッ、ホッ、まぁよく聞け。お主が深く考えるときは、いつもそうじゃったぞ。{いや違う}{そうじゃない}{ということだ}、ほかは挙げると切りがないくらいじゃ。極めつけは{しょうがねぇや}と{まぁいいや}や{まぁいっか}かもしれんな」

「それってさぁ、ヘタレで、屁理屈屋で、根性無しってこと?」

「フォッ、ホッ、ホッ、相変わらず愉快じゃのぉ、お主。フォッ、ホッ、ホッ」

(・・・・)

「おじいさん、真面目に聞いてんだけど…」

(からかってんのかな? でもチョット、いつもとは様子が違うな?)

 僕は、おじいさんに話を続けさせようとして、口を閉じて待った。

 でもおじいさんは、そんな僕のことなんか気にも留めていないように話し出した。

「では青年、今回の一件をじゃ、今はどうやって考えておるのじゃな?」

 おじいさんは、答えに対して質問を、質問に対して質問を、という感じできた。

(ディベートの大会に神様が出場してても、絶対におじいさんが優勝するだろうな? といっても神様って会ったことないから知らないけどさ)

 そう思うと何だか笑えてきた僕は、{まぁいいや}って感じで話し始めた。

「今は、感傷を外して考えてるよ。それがどうかしたの?」

「それもまた、そうなのじゃよ」

「それもまたそう? 感傷を外すことがってこと?」

「ふむ、そうじゃよ」

「おじいさん、まったくわかんないんだけど… ソレって、どういうこと?」

 その問いかけに、おじいさんはニコッとだけして、

「まぁ、もう一度、そのおっちゃんとのことを考えてみるがよい」

 と言って、釣れない魚釣りをやり始めた。

「・・・・」

(ありゃりゃ、こんなときは何をどう質問しても答えちゃくれんぞ。困ったなこりゃ… しょうがねぇ、また最初っから考えてみるか?)

「んッ?」

 僕は、{しょうがねぇ}{まぁいいや}を、ことごとく使っている自分に気がついて、無性に笑いが込み上げてきた。

(まぁいいや考えよう。クッ、クッ、クッ、まただ。連発してんぞ、しょうがねぇなこりゃ、クッ、クッ、クッ)

「アハハハハハ」

 僕は1、2分ほど笑ったあと立ち上がり、首と肩をグルグル回して、半ば強制的に今回の一件に自分を連れ込んだ。

**********

(んと、自転車に乗ったフルカワの・・・んで、家に行ったら・・・そしたらおっちゃんが冗談みたいなこと言ってぇ・・・んッ? おっちゃんって、どんな冗談を言ったんだっけ? え~ッと、そうだ。{オレはお前のことを知らんが、お前はオレのことを知っているってことでオッケーだ}ってなこと言ってたんだっけかな。アハハ)

 ピキューーーーーーーーーン!

 またいきなりだ。

 でもそれは稲妻とか、流れ星だとか、彗星どころの比じゃなかった。

 言い表せることが不可能なほどのエネルギーが、真上から脳天を貫き通したのだ。

 そのエネルギーは、僕の細胞ひとつひとつに沁み渡っていき、呼応するかのように脳内にある無数のハブを、満天の星空のようにキラキラと輝かせていく。

{しょうがねぇや、まぁいいや、いや違う、そうじゃない、こういうことだ、神は死んだ、逆、よりどころ、外す}

 そうやって星たちが、囁くような瞬きをしながら僕を導いてくれた。

「{!}(そうか!)」

(おっちゃん、ありがとう。最高だったよ、おっちゃんの粋なジョーク)

 ソレを理解した僕は、おじいさんの魚釣りに視線を移した。

「ふむ、どうやらわかったようじゃのぉ?」

 そのおじいさんは、振り返って僕を見ることなく、また魚釣りの手を止めることもなく、ただ白髭を撫でながら{やっとこさ気づきおったか}という横顔だった。

「うん、まだソレが、できてるワケじゃないけどね」

「ふむ、では何か言うことはあるかの?」

 僕は、笑いを取るときの前振りのような感じで、ニヤリとして話しかけた。

「さっきおじいさんが言った極めつけは、アレじゃないよ」

「ふむ、なんじゃな?」

 おじいさんがこっちを見て、{聞かせてもらおうか?}と期待してきたので、

「僕の極めつけは、{そんなこと、どうだっていい}って言葉だよ」

 と、落ちをつけるように言った。

「フォッ、ホッ、ホッ、そうじゃな、そうじゃったな。フォッ、ホッ、ホッ」

「アハハハハ」

 その笑いの中、オレンジ色の太陽が、いい具合に北極星を連れて来てくれていた。

**********

「ねぇ、おじいさん?」

「なんじゃな? 青年」

「僕さぁ、{つくること}って、自分をつくることだっていうふうに、ずっと思ってたよ」

「ふむ」

「でも今、ハッキリとわかったよ」

「では青年、チト詳しく聞かせてもらおうかのぉ」

「うん、でもわかったばっかりだから、言い方がヘタだったとしても勘弁してね」

「ふむ、その逃げ口上さえも心地よく感じるぞ青年。よかろう」

「アハハハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

 そのおじいさんの雰囲気から、第2段階が終わりに差し掛かっていることを感じた。

「んで、結論から言うと、{外に置く}ってことだよね」

「ふむ」

「僕、{常}を自分の中に、どうやって置こうか? どうやって位置づけようか?って、そればっかり考えてたんだよ」

「ふむ」

「でも{常}は、外に置いておかないと{常}にはならないんだよ。そうでしょ?」

「ふむ、では青年、{常}とはなんなのじゃな?」

「3つの常とか、ありんこの法則とか…、ん~ッと、とにかく{そうなってしまう}とか、{そうなっている}ってことだよ。上も下も善も悪も関係なくね」

「ふむ、ではなぜ、ソレを外に置くのじゃな?」

 どんどんおじいさんが突っついてくる。でも気持ちがいい。

「僕の中に{常}を置いてると、僕はその{常}を自分の都合のいいように使ってしまうからなんだよね。だから外に置くんだよ」

「ふむ、ではお主は、外に置いた{常}に従うということのじゃな?」

「うん」

「しかしじゃ、それでは{お主が、お主である}ということには、ならんのではないのかな?」

「いや、僕は僕だよ。好き嫌い、良い悪い、したいしたくない、とかの感情や希望なんかは捨てないよ。もし捨てたら、もうそれは僕が存在しないっていうことだからね」

「ふむ」

「だから、外に置いた{常}に従うか従わないは、僕が決めるんだよ」

「では、外に置くことによって、実際はどうするじゃな?」

「僕が、本当に欲しいモノはなんなのか? それはいったいなんなのか? 今、僕はどこにいるんだ? って探るときっていうか、確かめるときっていうかわかんないけど、そんな感じに使うんだよ」

「使うとな?」

「うん、僕の判断の{よりどころ}ってことだよ。船乗りが迷ったときに、この北極星を頼りにするみたいにね」

「ふむ」

 立ち上がったおじいさんと一緒に北極星を見つめたあと、僕は言葉を足した。

「あと、わかんないことがあったら、その{常}に照らし合わせてみたりだとか、ん~ッと、つまり僕の指針っていうか、別の視点で判断する{ものさし}みたいな感じかな?」

「ふむ、判断のよりどころ{ものさし}を外に置くか… うむ、よかろう」

「エヘヘヘ。っていうことは、これで第2段階って終わり?」

「ふむ、そうじゃのぉ… では青年、第2段階はどうじゃったな?」

(げッ、まだ終わらせてくんねぇのか、まぁいいや)

「んとねぇ、土台っていうポジションと、軸っていうスタンスの両輪があるけど、2つともすこぶる不安定。でも外に{ものさし}を置くことによって、家とか友達とか職場やなんかでのポジションの変化に柔軟に対応できるし、軸のブレを調整できるようにもなる。いわゆるこれもひとつの、ノブレスオブリージュってヤツかな? へへッ」

「ふむ、どうもお主は、キザで長ったらしくてイカンのぉ」

「え~ッ、おじいさん終わらせてくんないのぉ~。あのさぁ、第2段階に入ってから、もう10年くらいになるんだよ。いい加減に終わらせてよ。もう~、それにキザって…」

「フォッ、ホッ、ホッ、別に終わらせぬとは言ってはおらんじゃろ?」

「じゃぁ、どうやって終わんのさぁ…ねぇ?」

 話しの長いキザ野郎…

 そんな最低のレッテルを貼られた僕の口は、最高に尖がっていた。

 おじいさんは、その僕の顔を見て{ヤレヤレ}という表情をしたあと、深呼吸をひとつして締めに入った。

**********

「では青年、まとめてみよ」

(きたッ! ひと言でまとめるヤツだ。え~と、ん~と、外、はずす、視点…)

「!」

「客観視… 客観視だよ! おじいさん、そうでしょ? 客観視ッ」

 パチパチパチパチ

「ほぉッお主、意外と早かったのぉ。ワシは日が暮れたらどうしようかとヤキモキしたぞ。フォッ、ホッ、ホッ、そうじゃよ、客観視じゃよ。第2段階卒業おめでとう」

 やっと終わった。

 結局、第2段階は{客観視ができる自分とものさしをつくること}だった。

(長かったなぁ、足かけ20年チョイか…)

 懐かしむように僕が思いにふけっていると、おじいさんが素っ気なく聞いてきた。

「そうじゃお主、準備はどうするのじゃな?」

「んッ? 第3段階の準備のこと?」

「ふむ、また思いっきり遊ぶのかいのぉ?」

「いや、今度は違うよ。キリギリスみたいに遊ぶのは、たまにやってるからね」

「ほぉ、では、どうするのじゃな?」

「ん~ッとねぇ~、そうだ! 逆に今度は{引き籠る}よ。アハハ」

「なぬ… 引き籠りになるのか、お主」

「うん、引き籠り。夏の休暇と有休を利用して、1週間ほどやってみようかな。ヘヘッ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

「アハハハハ」

「ふむ、そうか。では、もうじきお主は…ふむ」

 そう言ったおじいさんが、少し寂しげに見えた僕は、

「どうしたの? おじいさん、浮かない顔してさぁ」

 と、聞いてみたけど返事がない。

 ただ黙々と帰り支度をしている。

(どうしたんだろ? 第3段階って災難みたいなことが襲ってくんのかな?)

 そう思って、おじいさんの顔を覗き込んでみると、

(んッ? どこかでこんな表情っていうか、この雰囲気を感じたことあるぞ…)

 そう思って自分を探っても、そのときは思い出せずにいた。

「じゃぁの、青年」

 そう言って帰ろうとするおじいさんを{まぁいいや、いずれ思い出すだろう}と思い、気持ちを切り替えて呼び止めた。

「チョット待ってよ、おじいさん。お祝いくれないの? プレゼント」

「お祝い? プレゼント? お主、歳はいくつじゃ?」

「んと、28歳」

「その歳になって{おねだり}とはのぉ… 気持ち悪い」

「チョ、チョット待ってよ。気持ち悪いってあんまりだよ、おじいさん」

「フォッ、ホッ、ホッ、じゃぁの、青年」

「アハハ、うん、またね」

 夕焼けと一緒にトボトボと帰るおじいさんを見たら、なんだかしんみりとしてきた。

 僕は、それを振り払うかのように、{さぁ、準備だッ!}と自分に喝を入れた。

**********

【質問】

 アナタノ モノサシハ ドコニ オイテアリマスカ?

**********

【青年編《07》ものさし】おしまい。

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