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イノチノツカイカタ第3部《青年編》第12話(最終話)「月の風」

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 さよならしてから数か月。

 僕はそれからも同じように生きていた。

(来月からの出張は半年か…チト長いな。今のうちに下の川にでも行っておこうかな)

 しばらく帰って来れない僕は、近所の子どもたちの笑い声を聞きながら、ひとり下の川へと向かった。

 着くと、古くなったオンボロ橋を架け替えるための足場が、網の目のように組まれていた。

 その架け替えが終わると護岸工事を行うので、それ以後はこの川へは立ち入り禁止になるらしい。

 僕は、これで見納めになるかもしれないこの川で、ぼんやりと考えていると声が聞こえてきた。

{幸せになろうね}{信じてるよ}{優しいね}{愛してるよ}{一緒にいるとホッとする}{あなたを救いたい}{あなたは私のことを理解してくれる}{あなたの力になりたい}

 これは、セイレーンの歌声か…?

{頑張ろう}{勇気があるよね}{さすが}{前向きだね}{あなたにしか任せられない}{期待してるよ}{見込みがあるね}{器が大きいね}{気が利くね}{やっぱりすごいねぇ}

 これは、ハーメルンの笛の音か…?

 歌声に誘われ、それを真似するモノ達が、押しつけの幸せに陶酔している。

 笛の音に踊らされるモノ達が、幻想の中でゆらゆらと手招きしながら微笑んでいる。

 そんな姿が脳裏に浮かんだ。

 すると、

『セット』

『都合のいい、でっち上げ』

 その言葉が、僕の中で警告音のように鳴り響いた。

**********

 だがしかしだ。

 その警告音にも増して悪寒を走らせる鈍い雑音が聞こえた。

{無理しなくていいんだよ}{好きなことをやればいいよ}{頑張らなくてもいいんだよ}{そこまでやったんだから、もう十分だよ}{ナンバーワンよりオンリーワンだよ}

 これは、なんの囁きだ?

 そのうすら笑いはなんだ!

{ほら、余計なことしないで、おとなしくしてろよ}{お前には無理だよ}{バカは黙ってろ}{目障りだから、やめろ}{出し抜こうとしているのか?}{出しゃばるな、引っ込んでろ}

 とでも言っているのか?

 その鈍い雑音に反応した僕は、

『悪魔は最初、笑顔でやってくる』

 いつもこの言葉がまず浮かび、感情を揺さぶってきた。

 しかしその反応した感情を、ハブがなだめるように制御していくようにもなっていた。

 親は、{子どもが幸せだったらそれでいいの。それが一番}と周りに言いながら、子どもには{勉強しなさい。勉強、勉強}と口うるさく言っている。

 これは一見、不一致に見えるかもしれない。

 でもこんな光景を見ると、全体の方向性には適っているので微笑ましくなった。

 不一致という一致なのだろう…と。

 また、デパートで親にダダをこねる子どもを見ると、{この親子、信じ合ってるな}と思い、逆に素直で親の言うことをよく聞く子… 俗にいう聞き分けのいい子を見ると、{この子は虐待から逃れるためなのか? それとも親の愛情を勝ち取るために、親から見捨てられないようにと従順になっているのではないか?}という、恐怖にも似た疑念に襲われる。

 しかしだ。

 その逆境、苦難、困難は、もしその子がそうであるのなら、その苦境はその子に備わっている刻まれたモノを開花させる火種ともなりうる。

 多くの発明家や芸術家、企業家がそうであったように…。

 また、職場などでは、ウサギとカメの{かけひき}を、キビ団子を交えながらやっている。

 これは日常茶飯事で特別なことではない。

 今、その時も行われている。

 知っているか知らないかの違いはあるにせよ、それもまた常なのだ。

{知っていること}

 これは確率を上げる、ひとつの方法でもあるのだろう。

 でも人は、その確率を1分の1、つまり100%にすることはできない。

 たとえ50%に確率をあげても、2回に1回、必ずそれが起こるわけではない。

 また、90%の確率でも、10回、20回と起こらないことがある。

 これもまた{ゆらぎ}なのだ。

 人は… いや、すべてはこの{ゆらぎ}の中に存在している。

 というより、この{ゆらぎ}がなければ存在することが出来ない。

 そして、人が推し量ることのできない、この{ゆらぎ}こそが…

 そんなことを考えていると、解体作業員の{帰るぞぉ}という声に、僕は引き戻された。

**********

 周りを見渡すと、オレンジ色のベールがふわりと景色にかかっている。

(あと1時間くらいで日が暮れるな…)

 そう思った僕は、今日の締めに入った。

 僕の締め…

 それは、思ったことや考えたこと、頭をよぎったことや決めたこと…

 それらすべてを、{疑うこと}だった。

 でも、以前の疑う理由とは全く違っていた。

 僕は{疑っていない状態を手に入れたい}と、そのために疑っている部分が大半を占めるようになっていた。

 ただ、その欲があるために引きずり込まれるのは、ある程度は承知の上でのことだ。

 この先、僕の欠落したモノが作り出す正義とヒーローという偏りの欲は、大きな感傷や過程重視という罠に幾度となく引きずり込み、望まないモノを生み出していった。

 自分で仕掛けた罠に、自らが望んで… という自作自演を興じるというカタチで…。

 やはり僕にとって大きな感傷や過程重視は、避けては通れない道なのかも知れない。

 僕は新しい価値を生み出す者ではない。

 霊的なモノを見たことも、天の声を聞いたこともない。

 完結した人間でもない。

 それはハッキリしている。

 ただ、付加価値という価値の組み合わせや、眠っている価値を掘り起こすことならできるだろうと、自己満足の世界でそれをやっているのだ。

 しかしその自己満足とは、自己欺瞞をひそませた自己犠牲のこと…

 結局、ハブがすべて繋がったとはいえ、僕の中に先天的に刻まれたモノを消すことは出来ないのだ。

(これが僕のゆらぎなんだろうな…。僕の存在意義を証明するための…)

 そうして締めが終わった僕は、さよならを言うように腰を上げた。

「さぁ、帰ろう」

 工事の様子からすると、もうここに来ることはないだろう。

 僕は、赤紫に染まる空を見上げ、少しの寂しさを感じながら歩き出した。

**********

 ピキュ、ピキュ、ピキュ…

 いつもの角を曲ると、懐かしいあの音が聞こえてきた。 

(んッ? サンダル?)

 そう思って音の鳴る方に眼をやると、小さな頃によく遊んだ歳下のメグちゃんが、2~3歳くらいの女の子を連れて歩いているのが見えた。

(メグちゃんか… 短大を出てスグに結婚したみたいたけど、手を引いてる女の子ってメグちゃんの子か… カワイイな。 ってか、あのサンダルって今でも売ってんだな)

 立ち止まってメグちゃんとその女の子を見ると、メグちゃんは僕に気付かなかったようだけど、その小さな女の子は僕に気付いたようで、小さい手でバイバイをしてくれた。

 ピキューーーーン

 ガラガラポンはないけど、とても心地の良い電流が流れた。

(なんだろう?)

 そう思った瞬間だった。

「!」(えッ! サっちゃん?)

 そのとき、やっとわかった。

(そうか! そうかサっちゃん、あのとき気付いてたのか。あのとき既に、おじいさんのこと気がついてたのか… だからあんなテレパシーみたいなことを…)

 あのときのサっちゃんの表情や雰囲気が、鮮明に蘇ってきた。

(ってことは、サっちゃんって… スゲェな、サっちゃん)

 僕はもう一つ、やらなければならないことが頭に浮かんだ。

 立ち止まってそれを考えると、ニコッとひとつ微笑んで歩き出した。

**********

【翌週の休み】

 僕は電車に揺られていた。

 もうひとつ、やらなければならないこと。

 そう…

 それはサっちゃんに会いに行くことだった。

 急に遠くへ行ってしまったサっちゃんにだ。

 3時間ほど揺られた電車を降りると、小さな商店に入った。

 その商店で、サっちゃんに会うための買い物をバタバタと済ませ、タクシーに飛び乗った。

 タクシーを降りると そこから先は歩いてサっちゃんを探した。

 手にした紙切れに書いてある サっちゃんの居場所を探した。

 

 僕を 慕ってくれていたサっちゃんを

 さんすうが出来るようになりたかったサっちゃんを

 お母さんになりたがっていたサっちゃんを

 ひとつひとつ丁寧に 探した

 サっちゃんが 眠る場所を

 

**********

「あッ、あそこだ、あそこだ」

 ほどなく見つけることができた。

 でもいきなり顔を出すと、サっちゃんは機嫌を損ねてしまう。

 だから僕は、少し遠くからゆっくりと近づいた。

「サっちゃん、遊ぼう~ッ」って言いながら。

 サっちゃんの前にしゃがんで枯葉や砂埃を払い、花束を添えた。

「こんにちはサっちゃん、久しぶりだね。お兄ちゃんだよ」

 手を合わせて挨拶を済ませると、サっちゃんとしばらくの間、会話を楽しんだ。

「そっちはどう? 楽しい?」

「さんすうやってる?」

「左肩… まさか、まだ出してないだろうね? サっちゃん…」

「7つ葉のクローバーって、どこへやったの?」

「ねぇ、サっちゃん… お化けってホントにいるの?」

「サっちゃん、おじいさんのことだけどさぁ、気付いてたんなら教えてよね… お兄ちゃんバカみたいじゃん」

「あッ! ごめんッ、チョコレート買って来るの忘れてた」

 もう話しが尽きない。

 でもここは田舎… 電車の本数に限りがある。

 あっという間にもう時間だ。

「さぁてと、お兄ちゃん、もう帰んなくちゃいけないけど、また今度、必ず遊びに来るからね。それまでいい子にしててね」

「アハハ、大丈夫だよ。チョコレートは、そのときチャンと持ってくるよ」

「あッ、そうそう。アレ… 無くしちゃったんだよね」

「でもね、あのときのと一緒のヤツじゃないけど、似たヤツがあったから持ってきたよ」

「ほらッ、サっちゃん、これあげるね」

 そう言いながらポケットの中からゴソゴソと緑色のガラス玉を取り出して、サっちゃんの前に置いた。

 そしてもう一度、サっちゃんに手を合わせたあと、僕はスタンバイをした。

 そしてゆっくりと両手を胸に当ててお辞儀をした。

{さ・よ・う・な・ら}…と。

 

(さぁ… 帰ろう)

 

 帰ろうと 背を向けたとき

 サっちゃんの方から 風が吹いた

 その風は 僕の涙を やさしく拭い

 憂いを癒すように あたたかく

 あのころの香りを乗せて 頬を撫でていった

 そのやさしい風に 返事をするように振り向くと

 サっちゃんの うしろには

 あの きれいなお月さまが

 ふんわりと浮かんでいるのが見えた

 

 お し ま い

 

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【質問】

アナタノ イノチノ ツカイカタハ?

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