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イノチノツカイカタ第3部《青年編》第11話「さよなら」

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(踏ん切りがついたとはいえ… あまりにも…)

 最大の恐怖に向き合わなければならなくなってしまった僕は、会社と自宅を坦々と往復する毎日を送っていた。

 おじいさんと合わないように、通勤ルートを少し変えてだ。

(しかし、こんなにキツイことだとは… でも、会わないワケにはいかない。しかし、でも…)

「・・・{!}」

 キッカケを探していた自分の甘えに気づいた僕は、静かに眼をつぶった。

 フゥ~~~ッ

 自分の中に棲む臆病者を追い出すように息を吐いて、僕は精神を一点に集中させた。

「大丈夫! どこに行っても、何をしてても、きっと大丈夫ッ!」

 そう自分に言い聞かせるように叫んでデスクの上を片付けると、呆気にとられる他の社員をよそに終業の時刻を確認して会社を出た。

**********

 自宅に戻って下の川へと向うと、やはりそこにはおじいさんがいた。

 僕は、いつものように釣りをしているおじいさんに、オンボロ橋の上から呼びかけた。

「おじいさん」

 おじいさんはゆっくり振り返ると、僕をジッと見つめてきた。

「おじいさん、明日、あの空き地で… いい?」

 おじいさんは、深く頷くと何も言わずに帰っていった。

**********

 次の日、まだおじいさんは来ていなかった。

 先に空き地に着いた僕は、ドカンの周りにいつものように敷きつめてあるクローバーの絨毯に腰を下ろして空き地を見渡した。

 誰もいない…

 でも目の前にある滑り台は、今も健在だった。

(作り替えないのかな? そのツギハギみたいな修理じゃ追いつかんぞ)

 そう思っていると、その小路… あのときと同じ小路を通って、おじいさんがやってくるのが見えた。

 うしろに手を組んで、ゆっくりと。

 近づいてきたおじいさんと、無言のまま軽い笑顔の挨拶を交わした。

 おじいさんが僕の横に、静かに腰を下ろす。

 なんでもない古ぼけた、このいつもの空き地に、宇宙の始まりみたいなモノを感じた。

 もう僕は、この混沌とした世界に恐怖や迷いを感じることはなかった。

 そこに穏やかな静寂を感じている僕は、緩やかに口をほどいた。

「なんだか、変な気分だよ」

「ふむ」

「まさか、おじいさんがね…」

「ふむ」

「では、そういうことじゃのぉ」

「…うん、おじいさんとは… お別れだね」

 そしてまた、穏やかな静寂が流れた。

**********

「では、質問じゃ」

「!?」

 おじいさんのいきなりにビックリした。

「えッ? まだやるの?」

「そうじゃよ」

(あぁそうか、おじいさんも… そうだよな)

「うん、いいよ。やろう」

「短くじゃぞ」

「アハハハハ。うん、なるべくね」

「フォッ、ホッ、ホッ」

(久しぶりだな、このワクワク感)

 このとき僕は、童心に還っていた。

 懐かしい感情が、あの香りとともに蘇ってくる。

「では、真実とはなんじゃな?」

「え~ッ、最初から、そんな核心みたいなことやんのぉ?」

「不服かのぉ?」

「いや、そんなんじゃないけどさぁ…」

「ではもう一度、真実とは?」

(よしッ、いっちょ、やっちゃるか!)

「一瞬」

「・・・・」

「なに? なんで黙ってんの?」

「いや、短いにも、ほどがあるじゃろぉて…」

「アハハハハハ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

 その笑いは、僕とおじいさんを虚空の世界に導いた。

「すべてのその一瞬だよ。そしてその連続… ただそれだけだよ」

「では、{逆}とはなんじゃな?」

「現実を無視した理想。んで、おじいさんを無視した僕… かな?」

「フォッ、ホッ、ホッ」

「アハハハハ」

 その笑い声は、いつもの笑い声だった。

 いつもの…

「苦しみとは?」

「欲の深さ」

「共存共栄とは?」

「戦い」

「それはなぜじゃな?」

「振り返ったときに言えることだから。和やチームワークみたいに」

「因果応報、原因と結果とは?」

「すべては対称性をもって一致しているということ」

「では、望めば、行えば、その通りに叶うといえるのか?」

「いえない。でもその確率が上がる。それならいえる」

「確率とは?」

「意思を、方向の意志へと変化させるモノ」

「意志とはなんじゃな?」

「選択…{?}チョット待って」

「ふむ」

「決定だ。そして表現が選択だ」

「では、表現とは?」

「宣言」

 僕はそのとき、{あのお母さん、元気にしてるかなぁ?}と思っていた。

「ふむ、では、2-6-2の法則とは?」

「集団の、そして全体の… その方向性を担保するためのブレ幅」

「ふむ、その状態とは分かれておるのか?」

「絵の具のように混ざりあってるだけで、上下、善悪、優劣などない状態」

「ふむ・・・」

(んッ? なんかイヤな感じがする… あッ、この言葉か!)

「どうしたのじゃな?」

「あのね。ブレ幅って言葉なんだけど、チョット訂正するから待っててね。ん~と、え~と、そうだ! {ゆらぎ}… そう、ゆらぎがいいよ。それに訂正ね」

「フォッ、ホッ、ホッ、{ゆらぎ}か… 相変わらず{おセンチ}{おませ}じゃのぉ」

「ヘヘヘェ~」

 そうやって僕とおじいさんは、楽しい問答を繰り返した。

 勇気とは? 平等、区別、差別とは? 自由とは?

 そんなことを延々と…

**********

 そして、おじいさんが持ってきたチョコレートを食べながら長々と話していると、保育園の窓ガラスの反射で、日が傾いてきてるのがわかった。

 あっという間だ。

 すると、おじいさんの口がゆっくり開いた。

「お主が望むことは?」

(いよいよ、この質問か…)

 その質問は、もうじきお別れを意味する。

 僕は静かに眼を閉じて、心を落ちつけた。

 心臓の音… 呼吸…

 僕の全てが正確なリズムを刻んでいる。

 そして、薄っすらと眼を開け、半眼状態で話し始めた。

「僕は、自分の偽善を減らしたいんだ」

「ふむ」

「そして、知りたいんだ」

「なにがじゃな?」

「僕が僕でいられる、その偽善の限界の境目、その境界線をね」

「お主がお主でなくなってしまわぬ、その境界線か…」

「うん」

「偽善が嫌いかのぉ?」

「うん、嫌いだよ。でも、必要なモノなんだよね」

「2本のものさしか…」

「うん」

「ふむ、ではお主、その境界線は見つかるのかのぉ?」

「無理だよ。その境界線を、ここだ!って示すことはね」

「それは、なぜじゃな?」

「確定されてしまうからだよ」

「ふむ」

「そうしたら{ゆらぎ}がなくなる。それはあり得ないからね」

「ふむ」

「ではお主は、その見つけることができない境界線を探すのじゃな?」

「うん、だってそれが第3段階… 終わりのないことなんだから…」

「ふむ、じゃがお主、それは…」

 おじいさんが、心配そうに眼を細めて言葉を止めた。

「知ってるよ」

「そうか、わかっておるのじゃな」

「うん、{それでもなお}ってことなんだよね」

「ふむ、ならば、よかろう」

 その声にクライマックスが近づいてきたことを感じた僕は眼を開いた。

 おじいさんも当然そう思ってる。

**********

「ではお主、全体としては、何のためにソレをするのじゃな?」

「押し上げるため…かな? 全体をね」

「なぜじゃな?」

「やっぱりチームの一員だし…っていうか、{好き}なんだよね。このチーム」

「ふむ、{好き}か…」

「うん」

「では、お主自身としては、何のためにソレをするのじゃな?」

「僕が僕で、あり続けるためにだよ」

「ふむ、お主がお主であること。そして、あり続けるためか」

「うん」

「その方向性、よかろう。うむ、よかろう」

「では、最後の質問じゃな?」

「うん、そうみたいだね」

 僕の過去が走馬灯のように思い出された。

 僕の脳内のハブが煌めき始める。

 僕の中の細胞ひとつひとつが、呼応するようにスタンバイした。

「では、いくぞ」

「うん」

「お主の、価値観が生み出す信条は?」

「そんなことは、どうだっていいッ!」

「お主が、掲げるモノは?」

 

「やれッ!」

 

 おじいさんが眼を閉じるように頷いた。

「フォッ、ホッ、ホッ、お主の言ってることをつなげると、{そんなことは、どうだっていいから、やれッ!}か…。フォッ、ホッ、ホッ、いや実に、実にお主らしいのぉ。フォッ、ホッ、ホッ」

「でしょ? それに便利なんだよね。コレ」

「ふむ、そうじゃのぉ。内にも外にも使えるのぉ」

「これが僕だよ」

「ふむ、まさしくお主じゃよ。まさしく、雄々しくあろうとする者じゃ」

「フォッ、ホッ、ホッ」

「アハハハハハ」

 夕暮れの空き地に、僕とおじいさんの最後の笑い声が響いた。

 でもその笑い声は、終わりを告げる鐘であることには違いなかった。

**********

 僕とおじいさんの笑いの鐘が鳴りやむと、おじいさんがゆっくりと腰を上げた。

 お別れのときだ。

 僕もゆっくりと立ち上がって、おじいさんの方を見た。

「じゃぁのぉ」

 そう言うとおじいさんは、ゆったりと歩き始めた。

「おじいさん」

 そのうしろ姿を見て、僕はおじいさんを呼び止めた。

 おじいさんは、手をうしろに組んだまま、ゆっくり振り返って立ち止まった。

 夕日の逆光で、おじいさんの表情がよくわからない。

 でも、おじいさんからは、僕は丸見えだ。

 僕はいつもこんな状態だった。いつも…

 いや、この前までは…

「よすのじゃ、恥ずかしいじゃろうが…」

「そりゃぁ、恥ずかしいよ。でも、言わないとね」

「ふむ、そうか」

 そして僕は、おじいさんに最後の挨拶をした。

 短く、「ありがとう」…と。

 おじいさんは、{わかったわかった。じゃぁな}と、テレを隠すような感じで右手を僕に軽く上げ、クルッと西の方を向いて静かに歩みを始めた。

 でっかい夕日の中に、帰っていくみたいに…

(ありがとう)

 僕は心の中で、そうつぶやきながら見えなくなるまで見送った。

 夕日が見えなくなるまで、ずっと。

**********

【質問】

アナタガ イマ ノゾムモノハ ナンデスカ?

アナタガ カコカラズット ホッシテイルモノハ ナンデスカ?

ソレハ イッチ シテイマスカ? 

フイッチナラバ ソノ フイッチニ キヅイテイマスカ?

【ハイ ト コタエタカタヘノ質問】

ソレデハ ジブンガ ナニモノナノカヲ シッテイル

… トイウコトデ ヨロシイデスネ?

**********

【青年編《11》さよなら】おしまい。

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