第1話から読んでない方はホームからどうぞ。
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。
「おやまぁ、これは見事な大きな桃だこと」
おばあさんは、その大きな桃を拾って家に持って帰りました。
そして、おじいさんとおばあさんが桃を食べようと桃を切ってみると、なんと中から元気の良い男の赤ちゃんが飛び出してきました。
「おお、これはきっと、神さまがくださったにちがいない」
子どものいなかったおじいさんとおばあさんは、大喜びです。
おじいさんとおばあさんは、桃から生まれた男の子を桃太郎と名付けました。
桃太郎はスクスク育って、やがて大きく強い男の子になりました。
そしてある日、桃太郎が言いました。
「ぼく、鬼ヶ島へ行って、悪い鬼を退治します」
桃太郎はおばあさんにキビ団子を作ってもらうと鬼ヶ島へ出発しました。
桃太郎は旅の途中で、イヌ、サル、キジに出会いました。
「桃太郎さん、キビ団子をぶら下げて、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ。ついてくるならキビ団子をあげるよ」
イヌ、サル、キジはキビ団子をもらって、桃太郎のおともになりました。
そしてついに鬼ヶ島へやってきました。
鬼ヶ島では、悪い鬼たちが村から盗んだ宝物やごちそうを並べて、酒盛りの真っ最中です。
「ガハハハ、愉快じゃ愉快じゃ」
お酒に酔って油断している鬼を見た桃太郎はイヌ、サル、キジに言いました。
「みんな、ぬかるなよ。それ、かかれ!」
イヌは鬼のおしりにかみつきました。
サルは鬼の背中をひっかきました。
キジはくちばしで鬼の目をつつきました。
そして桃太郎も、刀をふり回して大あばれです。
とうとう鬼の親分が、
「まいったぁ、まいったぁ、降参だ。た、助けてくれぇ」
と、手をついてあやまりました。
桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物をつんで、元気よく家に帰りました。
おじいさんとおばあさんは、桃太郎の立派な姿を見て大喜びです。
そして3人は、宝物のおかげでしあわせにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。
**********
「・・・・」
ど こ が め で た い ん だ よッ!
(あ~ヤダヤダッ、なんで小学校最後の学芸会が桃太郎なんだよ…)
このときボクは、ピッチピチの茶色のタイツを履いて、舞台の隅っこの方で{木}の役をやっていた。
しかも上半身は緑色のシャツを着て、手に葉っぱを持ってユラユラ揺れなくちゃいけないのだ…
(穴があったら入りたいって… 穴に入ったって追いつかんぞ、こりゃ…)
ふて腐れながら舞台下で見ているみんなを見渡したら、クラス替えで別々になってたエミちゃんが、ボクを見つけたみたいだ。
ボクを指差したあと、手を叩いて大笑いしだした。
(あ~もうッ! こっぱずかしいったらありゃしない…)
ボクは、このあと絶対にけなされる。
なのでボクは、そのけなしにどうけなし返すか?を考えて気を紛らわした。
ことのいきさつはこうだ。
それは2ヶ月ほど前のことだった。
「はい、それではみなさん。学芸会の出し物を決めたいと思いますが、何かやりたいことはありませんか?」
シーーーン
だいたいこの年代になると、こういったことには発言しなくなる。
「最後の学芸会ですから、何でもいいんですよ。誰かいませんか?」
(その何でもいいってのが問題なんだよなぁ…)
そう思った瞬間だった。
「じゃぁ先生ッ、桃太郎がいい。桃太郎やろうよ先生!」
先生が少し固まった。
(またコイツ、変なこと言いだしたな… オレたち桃太郎をやる年代じゃないだろッ! ほら先生、さっさと却下却下… ムーちゃんの意見なんか却っ下ッ!)
すると先生は、{ダルマさんが転んだ}の掛け声のときのように早口で話しだした。
「じゃぁ、桃太郎にしましょう。学芸会は桃太郎に決定します」
(・・・{!})
「エエ~ッ!」
ひと呼吸おいて、みんなが一斉に声を上げた。
「だってみんな発言しないでしょ。だから花崎くん(←ムーちゃん)の意見で決定します」
と、先生が{あんたたちが悪いのよ}という感じでサッサと決めてしまった。
今の担任の先生は、超がつくベテランの女先生だった。
でも、たまに変な言動があったので、ボクは{少しボケてんのかな?}と思っていた。
**********
「では、配役を決めます。桃太郎をやりたい人はいますか?」
「はぁ~い」
手を挙げたのは、やっぱりムーちゃんだった。
「はい、ということで桃太郎は花崎くんに決定っと」
先生が黒板に、役名とムーちゃんの名前をデカデカと書きだした。
「では、イヌ、サル、キジをやりたい人はいますか?」
シーーーン
みんなが黙っていると、突然、何を思ってか血迷ったかムーちゃんが勝手に言いだした。
「イヌは、マサルくんがいい」
それを聞いた先生は、素知らぬ顔をしながら、
「はい、イヌは秋田くん(←マサルくん)っと」
ベテラン先生は、これまた勝手に黒板にキコキコと書き始めた。
「えッ、チョット待って先生、なんでボクがイヌをやるの? 勝手に決めないでよ」
マサルくんが食い下がった。
そりゃそうだ。そんなことされたらたまらない。
でも先生はキッパリと言った。
「こういうときは、発言する者が一番強いのよ。ずっと何も言わずに傍観してたんだから、黙って言うことを聞きなさい」
バッサリと切り捨てられたマサルくんは、もう黙るしかなかった。
みんなもだ。
こうして先生とムーちゃんだけで、サルとキジも決まってしまった。
「さてと、次は鬼ですが、鬼は何人にしましょうかねぇ?」
「4人ッ」
と、ムーちゃんが答えたときだった。
ボクの中にモヤモヤ感が広がっていく…
(んッ?… んッ?… ムーちゃん… 桃太郎?)
ボクの胸に、嫌な感じの不安が広がった。
(…{!}ヤバイッ、思い出したッ!)
「先生ッ、ボク{木}をやる。木、木、木。ボク上手なんだよ、木をやるの。だからボク、木をやるよ先生ッ」
ボクは、エサを欲しがってる子犬みたいな感じで先生に訴えた。
先生は、{やっと発言があったか}という感じで、黒板にボクの名前を書いてくれた。
ムーちゃんが、{うまく逃げやがったな}という笑顔を見せている。
ボクには、その笑顔の下で、チッ と舌打ちしている音が聞こえた。
(やっぱりだ。ムーちゃん忘れてなかったんだな、あのこと…)
それは、保育園のお遊戯会で桃太郎をやったときだった。
たしかキジ役だったボクが、鬼役のムーちゃんを、こっぴどくコテンパンにやっつけたことがあったのだ。
なので今回ボクを鬼役にして、その仕返しをムーちゃんは企んでいたのだ。
(危うくムーちゃんマジックに引っ掛かるとこだった。危ない危ない…)
とまぁ、そんなこんなで配役が決まって、初稽古のときのことだった。
「最初、みんなで桃太郎の歌を歌いますけど、花崎くんは主役なので、歌の最中はみんなの前に立ってください。そして歌わずに、手に持ったキビ団子と剣を振ってください」
(?…歌わずに?…)
「!」(やりやがったな先生…。あのとき固まりながら考えて、思いついたのがコレだったのか… さすがはベテラン先生だ。ムーちゃんが主役の桃太郎に立候補することも当然わかっててやったなんだな… 強引に桃太郎に決めたのもコレだったのか…)
ボクはこのベテラン先生の、五線譜までも捻じ曲げてしまうムーちゃんの音痴封じ作戦に度肝を抜かれていた。
(年配者はやっぱりズゴイ… 亀の甲より年の功、やっぱり腐ってもタイだな…)
でもこれで終わらなかった。
いや、ムーちゃんが終わらせてくれなかった。
「先生、木の役の衣装なら、体育倉庫に茶色のタイツがあるよ」
「あッ、そうねぇ。木の役なら茶色のタイツがいいわよねぇ」
(なんですとッ?… チョット待て… おいコラッ…)
ムーちゃんマジックがボクに炸裂してしまった瞬間だった。
これが今、ボクがピッチピチの茶色のタイツを履いてる原因なのだ。
**********
そんなワケで本番に戻ろう。桃太郎の歌が始まった。
♪ 桃太郎さん 桃太郎さん お腰に付けた~キビ団子~、ひとつ~私にくださいなぁ~。あ~げましょう あげましょう これから鬼の征伐に~、着いて~来るならあげましょう。
ボクも、段ボールで作った葉っぱを持って歌った。
(何で木が歌うんだよ… どこの木だよそれ! 木は歌わねえだろ!)
エミちゃんが、ヤケになって歌ってるボクを見て、より一層声を上げて笑い出した。
(ちっくしょう、覚えてろよ… 絶対やり返してやるからなッ!)
結局、ボクたち要注意児童からは、けなし合いが無くなることはなかった。
この先もずっと。
たぶん、語り草になるであろう学芸会が終わって、けなし返しが浮かばなかったボクは、みんなから逃げるようにして家に帰った。
(やっとられん…)
家に帰り着いてからは、ムシャクシャしていた。
外で遊びたいけど、みんなには会いたくない… でも、家の中にいても面白くない。
なので、みんなとは合わないように、コソコソと隠れるようにおじいさんに会いに下の川へと行った。
**********
「フォッ ホッ ホッ、愉快じゃのぉ、坊やは本当に愉快じゃ」
「笑わないでよ、おじいさん… それにもう{坊や}ってのもやめてよ」
「フォッ ホッ ホッ、そうかそうか。ん~では、{少年}と呼ぶのはどうじゃな?」
(少年…か、なんかカッコイイな)
「うん、それでいいよ。ヘヘッ」
そう呼ばれて少し大人になったような気がしたので、ボクは俄然うれしくなった。
「では少年、桃太郎については、何か思うところはあるかのぉ?」
「!」
(ウサギとカメみたいなことかな? よっしゃ、面白くなりそうだ)
ボクは少しドキドキしながら答えた。
「んとねぇ、桃太郎が少し嫌いかな?」
「ふむ、どんなところがじゃな?」
「ついてくるならあげましょうって、おまえ何様だっての。ついてこなくてもキビ団子くらいあげろよって思うよ。ケチ臭いんだよ桃太郎は… エサでつるだなんてさ…」
(んッ? でも、なんで人間じゃなくて動物なんだろ? 死んでもいいってか?)
ボクは、そんなアホくさい疑問を感じていると、おじいさんが、
「ほう、桃太郎はケチか。ほかにはあるかのぉ?」
と、興味深そうに聞いてきたので、頭の中を切り替えた。
「あとねぇ… 拾ったら警察に届けろよ。とか、宝物を持って帰って村の人たちだけで分けてんじゃねぇよ、元々お前たちのモンじゃないだろッ、チャンと持ち主に返せよ。ってとこかな」
「フォッ ホッ ホッ、その場にお主がおったら、桃太郎たちも大変じゃのぉ」
「アハハハ、そうかもね」
気分爽快だ。
そのときすでに、ボクの頭の中からは学芸会のことなんかキレイさっぱり消えていた。
おじいさんは、いつものように白い髭を撫でながらボクに聞いてきた。
「では少年、質問じゃ」
(待ってました! さぁ、ここからがお楽しみの時間だ)
ボクは、座っていた向きを少しおじいさんの方向に少し向けた。
「イヌ、サル、キジは、なぜ鬼退治についていったのかのぉ」
「キビ団子が欲しかったからじゃないの?」
「まぁとりあえず、よく考えから答えてみるがよい」
(・・・・)
そんなこと今まで考えたことなんかなかったボクは、頭の中を一度リセットするような感じで、首をコキコキと鳴らした。
(ん~と、そうだなぁ、鬼退治してヒーローにでもなりたかったからかなぁ。それか桃太郎の事が好きっだったから… いや、桃太郎に何か弱みを握られて、逆らえなかったのかもしれない。 あッ、ただ単に分けまえの宝物が欲しかっただけとかかな?… う~ん)
ボクは思いつく限りのことを色々と考えてみた。
あらかた出尽くしたとこで、おじいさんの様子を伺うように見てみたら、
「少しは考えがまとまったようじゃのぉ。なんじゃな?」
その言い方は、{頭の中を全部さらけ出してごらん}という感じだ。
「うん、なんとかね」
「では、聞こうかのぉ」
ボクは今まで思いついたことを全部話してみると、おじいさんはひとつひとつ丁寧に頷きながら、黙ってボクの考えを聞いてくれた。
**********
そしてボクの話が終わると、おじいさんは大きくひとつ頷いたあと、
「ふむ、なかなかじゃ。いい線いっておるぞ少年」
って、褒めてくれた。
こんな風におじいさんに褒められたのは初めてだ。
おじいさんは、ボクを見ながら軽く微笑むと話を続けた。
「では少年、イヌ、サル、キジが桃太郎についていったのは、
・キビ団子が欲しかった。
・桃太郎のことが好きだった。
・桃太郎の命令には逆らえなかった。
・宝物が欲しかった。
・ヒーローになりたかった。
・みんなが行くから、という横並び。
そういった理由が考えられるのじゃな?」
「うん、そんなとこだね」
「では、それをもう少しわかりやすくすると、どうなるのじゃな?」
(もう少しわかりやすくか… んッ? どうやるんだろ…)
今回の質問は、脳ミソが熱くならないのでよかったけど、そのぶん答えにくかった。
**********
首をひねっているボクに、おじいさんが助け船を出してくれた。
「ではヒントじゃ、お金や物・ヒーロー・理想や思想に分けるのじゃ」
(お金や物・ヒーロー・理想や思想の3つか… とすると)
「ひとつはキビ団子と宝物で… んで、桃太郎とヒーロー…」
ボクは理想や思想というものが浮かばなかったので、眉間にシワを寄せながら考えていると、またおじいさんが助けてくれた。
「少年よ。お主はヒーローが好きじゃったな?」
「うん、好きだよ」
「では、ヒーローになって、何をしたいのじゃな?」
「悪をやっつけて良い世の中にするんだよ。簡単に言うと世界平和かな」
「それだけかのぉ?」
(うッ… そこ答えんの?)
おじいさんがボクに、{動機}のことを聞いているということくらいはスグにわかった。
自分をほんの少し探れば簡単にわかる問題だ。
なのでボクは、テレながらだけど正直に答えた。
「みんなからカッコよく見られたい… スゴイとか… モテたいとかかな? ハハ」
「ふむ、よろしい。ではまとめるぞ。カッコよく見られたいというヒーローを{名声や名誉}に、そして世界平和という理想や思想を{ビジョン}に置き換えるのじゃ。わかるかな?」
(まとめる? このパターンは初めてだな…)
「うん、ビジョンってのは初めて聞いたけど、なんとなくわかるよ」
ボクは、いつにも増して興味が出てきた。
そんなボクを見たおじいさんが、ニコッと笑って話を続けた。
でもその笑顔の中に{覚悟はいいか?}みたいなモノを感じたボクは、少し緊張した。
「それでは少年、イヌ、サル、キジがついていった理由は、
① お金や物が欲しかったから、ついていった。
② 名声や名誉が欲しかったから、ついていった。
③ 桃太郎や自分の、ビジョンに従ったから、ついていった。
ということが考えられるのじゃな?」
「・・・・{!}」
黙って動かないボクに、おじいさんは、
「まだまだ細かく分ければあるじゃろうが、今はこれくらいで十分じゃろぉて」
そう切り上げて、帰っていった。
そのときボクは、AさんとBさんを思い出していた。
動機と表現が、一致していないときの理由を考えていた。
この桃太郎を通して、今までになく真剣に探っていた。
僅かな手がかりだけで、古代文字の解読に取り組まなければならない学者のように…
人が動く…
いや、動かされる、その理由を…
それを知っててやってるのか?
それとも知らずにやっているのか?
はたまた・・・・・
こうしてボクは、小学校を卒業した。
**********
【質問】
アナタガ オニガシマニ イクトシタラ ソノリユウハ ナンデスカ?
**********
【少年編《07》桃太郎】おしまい。
【少年編《08》3つの常】へ