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イノチノツカイカタ第3部《青年編》第03話「アスペ」

第1話から読んでない方はホームからどうぞ。


「明日から、新入社員が入るんだよな? 名前は?」

「え~っと、チョット待ってくださいよ広瀬所長…」

「使えるヤツだったらいいんだけどな」

「年齢が20歳で、名前は{平田}ですね。平らな田んぼって書いて」

「そうか、で、たしか部長も明日からだよな?」

「それなんですよね、所長…」

 出張が終わって元の営業所に戻ると、広瀬所長と事務員のミカさんがそんな会話をしていた。

 どうやら途中入社で、平田っていう新人が入社するらしい。

 しかも支店からやってくる部長のオマケ付きだ。

 というのもウチの会社は、各営業者4人~10人体制でやってるけど、少人数が故にチャンとやってるかどうかが、いつも疑われているのだ。

 そのため年に1~2回ほど各営業所を視察や監視をするために、本社や支店から部長や専務やらが1週間ほど送り込まれることになっている。

(部長って、あんまり良い評判を聞かないんだけど大丈夫かな?)

 そんなこと考えてると、

「お前、明日から入ってくる新人の面倒を見てみるか?」

 と所長が聞いてきた。

 本来なら所長が新人の研修をやるんだけど、部長が来るせいで僕に振ってきたワケだ。

 所長が面倒くさいことを僕に振ったワケじゃない。

 この広瀬所長は、そんなセコイことなんかはしない。

 これを機に、僕に新人を任せても良い頃だと思ったのだろう。

(そうだな… 僕もそろそろ先輩としての仕事を覚えないとな…)

「はい、わかりました」

「頼むな…」

 心なしか所長に元気がない。

(この様子からすると部長って人は、ひと癖ありそうだな…)

 僕はトイレに行って戻ると、事務員のミカさんにコソコソと部長のことを聞いてみた。

「短気でキレやすくて、自慢話ばかりして偉そうにしてて、手柄を横取りするし、自分の失敗を誰かのせいにするし、人として間違ってるというか、チビでハゲてるのに$&%“?>*‘etc.」

 っとまぁ愚痴が止まらないし、やめる気配が一向にない。

 最後のチビとハゲは、人間性には何の関係もないんだけど、部長像が何となく浮かんできた。

「営業に行ってきま~す」

「行ってらっしゃい。帰社予定は?」

「え~っと、たぶん16時には戻れると思います」

 そう言って僕は取引先へ営業に出た。

(今日は暑いな…)

 1件目の会社の訪問が終わって、2件目の訪問先へ向かう途中、少し時間があったので小休憩を取ろうと思い、たまに行く公園へと向かった。

 その公園前の道路では工事をやっていて、ガードマンが僕に向かって赤い棒を振っている。

(えっと、コッチに行けばいいんだね。誘導ご苦労さん)

 そのガードマンの誘導に従って、公園の駐車場に車を乗り入れた。

 公園の道路を挟んだ自販機でジュースを買おうと思って車を降りると、

「どけッ! ジャマだろうが!」

「いえ、でも、そちらの方には行けないんですよ」

「そんなの知るかッ!」

 という罵声が聞こえた。

 その声の方に目をやると、ガードマンと白い営業車に乗った中年の男性が口論していた。

 まぁ、口論といっても、一方的に中年の男性が捲し立てているんだけどね。

(ガードマンの指示に従ったらいいのに、何を怒ってんだろ? このおっさん)

 そう思って見ていると、その中年の男性はアクセルをいっぱいに踏み込んで、タイヤをキキ―ッと鳴らしながら走り去っていった。

(なんだよアレ、気分が悪いな…)

 その気分を切り替えるように自販機の横でジュースをグビグビ飲んでいると、怒鳴られていたガードマンも交代休憩のようでジュースを買いに来た。

 僕は、さっきの様子を見ていたので、

「大変だね」

 ってガードマンに声をかけてみると、

「ええ、まぁ」

 と、そのガードマンは汗をぬぐいながら、苦笑するように答えた。

「でも、さっきの中年の男の人、あんなに怒って言わなくてもいいのにね」

「ですね、ハハ」

「腹立たないの? 僕だったら我慢できないな」

「立ちますよ。腹が立ちますけど…」

 チャリン ピッ ゴトゴト プシュー

 自販機から出てきたジュースを開け、ゴクゴクと飲んでからガードマンが話をつづけた。

「私たちガードマンには、強制力が無いのでね」

「強制力?」

「はい、法的には何の力も持ってないんですよね ガードマンって」

「えッ そうなの?」

「はい、だから誘導って、お願いしてるだけなんです」

「お願い?」

「はい。ですから、そういった事情を知っている人のなかには、ガードマンの指示に従わない人が結構いるんですよね」

「そんなヤツいるの?」

「はい、結構…」

(従わないって… なんだよそれっていうか、人としてどうなんだよ。法律以前の問題じゃないか)

 そう思うと、なんか腹が立ってきた。

 でも次の営業先へ行かなくちゃならない僕は、

「頑張ってね」

 そう言ってジュースをもう1本買うと、そのガードマンに手渡して車に乗り込んだ。

 駐車場を出ていくとき、そのガードマンは僕があげたジュースを高く掲げ、{ありがとう、ご馳走さん}という感じで頭を下げながら見送ってくれた。

**********

 翌日。

(前日入りしてたのか、こんにゃろぉ~ッ)

 朝っぱらから僕は不機嫌だ。

 朝、出社して顔を見た瞬間にわかった。

 支店から送り込まれた、人として間違っているチビでハゲ… いや、部長とは、きのうガードマンに怒鳴っていた中年の男ではないですか!

(ええクソッ! 面倒くさくなりそうだな、こりゃ)

「おはようございます」

「おはよう」

 僕が挨拶すると、みんなは挨拶を返してきたけど、部長はムスッとして返してこなかった。

(ふんッ、偉そうに…)

 そう思って見渡すと、みんなも迷惑そうな感じでピリついていた。

 そんな中、見知らぬ痩せた男性が立っているのが見えた。

(ん? 新人か?)

 と思ったら広瀬所長が、

「平田君、チョットこっちへきてください」

 と言って、その男性を呼んだ。

 その男性が所長の横に並ぶと、

「みんなも知ってると思いますけど、今日から一緒に働くことになった平田君です。では平田君、みんなに挨拶を」

 と言ってその痩せた男性を紹介した。

「えっと、本日よりお世話になります、平田と申します。宜しくお願い致します」

 パチパチパチパチ

(へぇ~、この平田君を僕が教えるのか、チャンとしないとな)

 拍手をしながら僕の方が緊張してきてしまった。

 ありきたりな挨拶が終わると、ガタッと立ち上がった部長が拍手をしながらみんなの前に立ち、新人のことなんかそっちのけで、

「ムホン、今日から約1週間、この営業所で監査をすることになったのでヨロシク」

 と勝手に挨拶をやり始めた。

(所長の紹介を待てんのか… それに新人だってまだ)

 そう思っていると部長は、またまた勝手に仏頂面で自分の席へと戻っていった。

(こりゃ先が思いやられるぞ…)

 所長の顔もそんな顔に見えた。

 でもだ。

 新人の平田君を見ると、緊張しているせいか、部長のせいなのかはわからないけど、不審者のように目をキョロキョロさせていた。

 所長は、その新人の平田君を僕に預けると、

「お茶を」

 とミカさんに言って、部長を応接室に案内していった。

「はぁ~~~」

 応接室のドアが閉まると、みんなから一斉にため息が漏れた。

 ミカさんがお茶を持って行くときに、僕を見て足を止め、{これでわかったろ?}という感じの目配せをして応接室に入っていく。

「先輩ッ、よろしくお願いします」

 いきなり真横から大きな声で挨拶された僕はビクッとした。

「あ、ああ、よろしく」

 そう言って見た新人の平田君だけど、

(どんだけ緊張してんだよ、汗びっしょりじゃないか)

 ハンカチじゃ追い付かないくらいの汗をかいていた。

 そして、この所内のジメッとした雰囲気から早く脱出したかった僕は、

「とりあえず取引先に行くから、ついておいで」

「はい、お、お願いします」

 行先も告げずに、そそくさと平田君を連れ出して逃げた。

 バタン キュルキュル ブゥン

 僕は車に乗り込んでエンジンをかけ、今から行く取引先にアポイントを入れて出発した。

(さて、今日の営業先は小1時間くらいかかる所にあるから、いいドライブになるな)

 逃げ出して気が楽になっていたので、平田君にいろいろと聞いてみた。

「前職は何してたの?」

「…えっとですね… 工場のライン作業で組み立てをしてました」

「ふ~ん、他にはどんな仕事してたの?」

「…えっとですね… 他には… 倉庫で集配の仕分けをしたことがあります」

「へぇ~、ってか… 営業は初めてなの?」

「あ、はい… 初めてです」

「ふ~ん」

 とまぁ、そんな感じで車内で話をした。

 それからも趣味や休みの日の過ごし方などを聞いてみたけど、緊張しているのか返事が遅い…

 やたらと遅い…

 それに汗がまた噴き出してきている。

(こんなんで営業って仕事、大丈夫なのかな?)

 そう思いながら運転していると営業先の会社に着いた。

「こんにちは」

「おお~、待ってたぞ。早く新商品の事を教えてくれ」

「すみません社長、先ほども電話で話した通り、ウチの新人を同行させてますが、よろしくお願いいたします」

「おお、気にするな。それより早く説明してくれ」

「はい、それでは失礼します」

 そうやって商談がスタートした。

**********

 1時間後。

「では社長、納品は来月の10日ということで」

「おう、頼んだぞ!」

 ってなことで契約成立。

 僕と平田君が車に乗ると、社長自らが見送ってくれた。

「さてと、次の営業先の近所のファミレスに入って、お昼にしようか?」

「あ、はい」

 僕は車を走らせながら、新人が最初に覚えなくてはならないウチの会社が取り扱っている商品の説明をした。

「スゴイですね、先輩」

「ん? 何が? ウチの商品? それとも契約が取れたこと?」

「え、あ、その、えっと…」

「ん? どうしたの?」

 そう思って助手席の平田君をチラッと見ると、また汗が吹き出ている。

「どうしたの? 体調悪いの?」

「い、いえ、体調は良いです。ただ緊張しているだけです」

「そんならいいけど…」

(そんなに毎回緊張してたら身が持たんぞ。それとも僕のことが苦手なのかな?)

 そうこうしているとファミレスに着いた。

 のだけど…

 このファミレスで、僕は彼に対して、ある疑問を抱くことになるのだった。

**********

「何でも好きなモノ注文していいよ。今日は僕が奢るから」

「奢ってくれるんですか?」

「うん」

「どうして奢ってくれるんですか?」

「・・・・」

(変なことを聞いてくるヤツだな… まいっか)

「契約が取れたし、それに先輩だからね。毎回奢るってのは無理だけど、今日は僕が奢るよ」

「えッ あ、あ、はい。ありがとうございます」

 そう言った平田君が、また汗をかきだした。

(見てるコッチが疲れるな…)

 ウェイトレスが料理を運んできて、料理が揃った。

「いただきます。どうぞ」

「あ、いただきます」

 そうやって料理を食べながら話をしていると、気になることが出てきた。

 車に乗っているときは助手席にいたので気付かなかったけど、平田君は話をするときに、{目を合わせない}ということだった。

 僕が話をしているときは下を向いて固まったようにしているし、平田君が話すときは少し目が泳ぐような感じで話すのだ。

(ん? これは…)

 そう感じた僕は、注意して彼を観察してみた。

 すると、

・僕が話しかけると食事が完全にストップしてしまうこと。

・質問をすると汗をかくこと。

・無表情というか、表情が乏しい。

・お茶→ごはん→魚→サラダ→味噌汁→漬物→酢の物、そして最初のお茶という順番をキッチリ守って食べていること。

・一口の量は少なく、また、まんべんなく同じ割合で各料理が減っているということ。

 というのが見て取れた。

(う~ん、まだ確証はないけど、そうかも知れんな…)

 僕は、平田君に{今日は奢るよ}と言ったとき、平田君の{どうして奢ってくれるんですか?}という返しに、少し違和感を覚えたのは間違いじゃないかもしれなかった。

(でも、今日初めて会ったばかりだから、チョット聞きづらいな…)

 もうチョット仲良くなってから聞いてみようと思った僕は、その日は平田君を緊張させないように、無難にやり過ごして終えた。

**********

 翌日。

 朝、出勤してみると広瀬所長と部長が談笑していた。

(そういや昨日、部長と飲みに行くって言ってたよな。この様子じゃ、ご機嫌をうまく取ったみたいだな、所長)

「おはようございます」

「おはようございます」

 所長が朝礼を終えたあとに、その事件は起きた。

「え~っと、今週末の金曜日は、平田君の歓迎会をやろうと思うけど、みんなどうかな?」

 所長がそう言うと、事務員のミカさんが、

「金曜日はダメな人がいるなら手を挙げてください」

 と言って見渡しても、誰も手を挙げる様子がなかった。

 久しぶりの飲み会なので、みんな顔を見合わせながら笑顔になっている。

「じゃぁ、金曜日で決定ですね」

 ってなことで平田君の歓迎会が決まった。

 すると所長が、

「この歓迎会は、部長が本社に掛け合って頂いたおかげで、費用は全額会社から出ることになりました。部長も是非、ご出席お願いします」

 と言うと、

「ん? そうか、そんなに言うなら出席せんワケにはなぁ ブハハハ」

 部長はご満悦状態になっていたけど、その言葉を聞いたみんなからは笑顔が消えていた。

(みんな、{お金は出すから、部長は来ないでくれ}と思ってんだろうな…)

 そのご満悦状態の部長が、新人の平田君の近くにツカツカと歩み寄ると、

「これから仕事を頑張ってくれよ。金曜日の歓迎会、楽しみにしているからな」

 そう言いながら平田君の腕を、ポンポンと励ますように2度叩いた。

「あ、はい。頑張りますッ!」

「おどおどしているように見えたけど、なかなか元気があるじゃないか。期待してるよ平田君」

「はい。ご指導のほどよろしくお願いします」

(おッ、緊張が解けたみたいだな。初めて見るな、平田君のこんな笑顔)

 少し汗をかいてはいるけど、平田君の肩の力が抜けているのが見て取れた。

 そう思っていると…だ!

「…えっとですね、部長… 金曜日の僕の歓迎会は何時に終わりますか?」

(んッ? チョ、チョット待てコイツ! まさか)

「ん? 何を言うとるのだキミは? キミの歓迎会だから2次会3次会まで付き合ってもらうぞ! ブハハハハ」

(マズイ マズイぞ!)

 僕は、

「あのですね、部長」

 と、慌てて声を上げて止めようとしたけど間に合わなかった。

「…えっとですね… 金曜日は夜7時から見たいドラマがあるので、途中で家に帰りますが、よろしくお願いします」

(あちゃ~、やっちまったよコイツ…)

 所内が一気に凍った。

 すると案の定、ワナワナと震えながら部長が、

「キサマは何を考えとるんだ! キサマの歓迎会だぞ! 見たいドラマがあるだと? ナメてんのかッ!」

 と烈火のごとく怒り出してしまった。

 広瀬所長、ミカさん、所内のみんなはもちろん、新人の平田君も目を見開いたまま硬直した。

 部長の顔がみるみる紅潮していき、頭から湯気が出てきた。

「キ、キサマ~ッ! 人として間違っとるだろうが~ッ!」

(ヤバいッ!)

 そう感じた僕は、2人の間に割って入り、

「すみません部長、コイツは僕が面倒見ることになってるので、チョット外で話してきます。すみません、チョットだけ時間をください」

 と言って、平田君の腕を掴んで廊下に引っ張っていった。

「ハァハァハァ、す、すみません先輩ッ」

「いいから、いいいから、少し落ち着け、いいから落ち着け」

 そう言いながら、涙目でガタガタと震えている平田君の背中をさすった。

(きのう、聞いときゃよかったな…)

 そう思っても後の祭りだ。

 僕は覚悟を決めて、呼吸が落ち着いてきた平田君に尋ねた。

「平田君、キミさぁ、比喩とか、遠回しな言い方とか、場の空気を読んだりすることが… 苦手だよね? どこか病院とか、カウンセリングみたいな所には通ってるの?」

「えッ…」

「隠さなくてもいいよ。正直に言ってごらん」

「あ、は、はい」

 それから僕と平田君は非常階段に移動して、外の景色を見ながら話した。

※発達障碍や自閉スペクトラム症という言葉ではなく、このお話の便宜上、アスペルガー症候群という言葉を使わせて頂きますので、ご了承ください。

**********

 ひと通り話すと、やはり彼はアスペルガー症候群だった。

(こりゃ、今日は早退させて、僕が所内の人たちに事情を話した方がいいかもな…)

「チョットここで待ってて」

「あ、はい」

 平田君にそう言って所内に戻り、彼が抱えていることを事細かに説明した。

 僕はサっちゃんの事があったので、僕なりに勉強していたことが役に立ったようだ。

 説明をすると、所内の人から、

「そういえばクラスにそんな子がいたよね。不思議ちゃん、天然とかさ」

「いたいた、場の空気が読めないヤツ」

「それって障碍だったの? 知らなかった」

 などと言う声が続々とあがり、全員が頷いていた。

 ただひとり、部長だけは納得いかない顔だったけどね…

(部長は支店に帰るから、ひとまず何とかなりそうだな…)

 そう思った僕は、広瀬所長に平田君の早退許可をもらいに行くと、

「お前、今日は仕事が終わったらどうするんだ?」

「えっと、平田君の家に行って、ゆっくり話そうと思ってます」

「そうか。だったら今日の営業先はオレが回るから、お前も早退しろ」

「えッ、いいんですか?」

「ああ、頼むな」

 というやり取りをした。

(やっぱり、さすがだよな、広瀬所長って)

 所長の思慮と配慮の深さに感謝しながら平田君のところへ戻った僕は、

「今日は僕と一緒に早退だよ」

 と告げた。

「えッ、ぼ、僕… クビですか?」

「アハハ、違うよ。明日からチャンと働いてもらうよ」

「あ、はい」

「それでなんだけど…」

(いかんいかん… こういう言い方しちゃダメなんだ)

「さっき話したこと、もう少し詳しく聞きたいから、今から平田君の家に行ってもいい?」

「あ、はい。いいですけど…」

「じゃ、行こッ!」

「は、はい」

 平田君は、説教か何かされるんじゃないかと思っているようだったけど、家について話をよく聞いていると、そうじゃないことがわかったようで、ベラベラと饒舌に話してくれた。

 でもだ。

 机の上に、やっちゃイケないことなどを、ビッシリと書いてあるノートが数冊あったので少し見せてもらったら、{契約が取れたら先輩は昼ご飯を奢る}って、昨日のことが書いてあるのには、どう説明しようかと少々戸惑ってしまった。

 また、どうやら平田君は、普通、一般的、常識的という言葉を耳にすると、プチパニックを起こすことがわかった。

 それからも話をしていくと、ローテーションなどの決めごとが崩れると精神的に不安になるので、安定剤を服用していることも話してくれた。

(こだわりか… それで食べる順番が決まってるのかな… んッ? すると金曜日のドラマも?)

 そう思った僕は金曜日のドラマのことについて聞いてみた。

 僕は、その返ってきた答えに涙した。

 その答えというのは、こうだった。

 毎週見ている決まりごとだから、という理由とは別に、両親と一緒にそのドラマを見て、言葉や表情の意味など、人の感情や情緒を両親に説明してもらって勉強していたというのだ。

(よく耐えてきたな… ご両親にも頭が下がる…)

 その日は仕事から帰ってきた平田君のご両親と一緒に、夜遅くまでたくさん話した。

 するとどうやら平田君は、小学校の高学年あたりから、

 無視されたこと…

 イジメられたこと…

 死にたいと思ったこと…

 そんなことがたくさんあったことがわかった。

 僕は、

(アスペルガー症候群は先天性の刻み込まれたモノだけど、汗をかいたり挙動が少し変なのは、イジメられたり、怒鳴られたりしたことによって刻み込まれた後天的なモノなんだろうな…)

 そう思うと、なんだかやるせなくなってきた。

**********

 翌日。

 昼から出社するように平田君に伝えていた僕は、所長に事情を話すと、平田君のことについて、昨日のことを踏まえて再度みんなに話した。

 安定剤を服用していることも含め、全部だ。

 話している途中、平田君の苦労を思い、涙ぐんでいる人たちもいた。

 僕の話が終わると、思い立ったように広瀬所長が、

「じゃぁ、経理の青田君が再来月で退社するから、平田君には経理や庶務をやってもらおうかな? 青田君、引継ぎ頼むけどいいかな?」

「はい、わかりました所長」

 ということで、新入りの平田君の面倒をみるのは、僕から青田さんに移った。

 それからの所内というのは、平田君のトンチンカンな言動に、最初はギクシャクしていた。

 でも1ヶ月もすると、みんなも慣れてきたようで、逆にトンチンカンな発言に対して、笑いが起こるようになっていた。

 まぁ、笑われている平田君本人はキョトンとしてたけどね…

「平田のこと、ありがとな」

「いえ、ただ知っていただけですので…」

 所長からお礼を言われた僕は、心の中で{サっちゃん}を思い出していた。

**********

 翌々月の日曜日。

 金曜日の歓迎会は、平田君のローテーションを崩さないようにと、みんなの配慮で流れてしまったので、翌々月の日曜日の昼にみんな集まって、平田君の歓迎会と青田さんの送別会を兼ねて、公園でバーベキューをしていた。

「でも、平田君のおかげで部長がいないからラッキーだったよね」

「そうそう。部長に一度捕まったら理不尽なことでネチネチ言われるしね」

「自慢話も聞かされるしね」

 そんな声が聞こえてきた。

 まぁ部長は1週間しかいなかったので、今日のバーベキューにいなかったのをいいことに、みんな好きずきに文句を言っていた。

 そんなこんなでバーベキューを楽しんでいると、平田君の笑い声が聞こえてきた。

 平田君もみんなと打ち解けているようで、気楽に楽しんでいるみたいだ。

(良かった良かった。これでもう大丈夫だな)

 そう思ってビールを飲んでいるとだ。

 可愛いワンちゃんを散歩させているおばちゃんが、僕たち一行の横を通り過ぎようとしていたときに、

「あッ、犬だ!」

 と平田君が、笑顔で犬を見て声を出した。

(ふ~ん、平田君って犬が好きなんだ)

 そう思って微笑ましく見ていると、そのおばちゃんが平田君に近寄って来て、

「あなた、犬が好きなの? ワンちゃん好き?」

 と、平田君に人懐っこい笑顔で聞いてきた。

 するとだ。

 平田君が、小首をかしげながら、

「いえ、別にそんなに好きじゃないですけど…」

 と答えやがった。

(おま、お前、チョット待て)

 おばちゃんの顔が引きつった笑顔に変わっていく。

(あちゃ~、気が緩むとコイツは…)

 僕がそう思った瞬間、みんながこらえきれずにクスクスと笑いだした。

 そのおばちゃんは、引きつった笑顔から怒った表情になり、プイッと横を向いて足早に立ち去っていった。

(やっちまったよ… あ~あ)

 そりゃそうだろう。

 おばちゃんからしてみれば、僕たち一行から、からかわれているだけだったんだから…

「ハァ~、(やっぱりまだまだ先が思いやられるな、こりゃ)」

 ため息をついて、そう思い直した。

**********

 ピキューーーーーン

 稲妻が走った。

(んッ、久しぶりだけど何だろう?)

 僕の頭にゆっくりと浮かんだのは、{人として}という言葉だった。

({!}…また、やっちまったかな?)

 一気に意気消沈した。

 ガードマンに文句を言った部長に対して、{人としてどうなんだ}と思ったこと…

 部長が平田君に対して、{人としてどうなんだ}と言ったこと…

(人を見下したことに関しては、僕も部長も同じじゃないか… しかも全通年や村通年かも知れないんだし…)

 そう考えていると、もう一度、

 ピキューーーーン

 再度、稲妻が僕を責めるように貫いた。

(またか!? ん?…{!})

 今度の稲妻が僕に気付かせようとしたことは、意気消沈どころの騒ぎではないようだ。

(僕、とんでもないことを… やってしまったのかも…)

 平田君は、みんなに理解され、今や人気者みたいになっている。

 部長は、みんなに疎んじられ、煙たがられている。

 でもだ。

 部長の言動の感じからすると、部長もアスペルガー症候群や、そう言った類の障碍があるのかもしれないのは疑いようが無かった。

 僕は奈落の底へ落とされたような気分になった。

 膝の力が抜け、愕然とした。

(部長がそうなら、平田君と同じなのに… 僕は…)

 それは、僕や所内のみんなは気付かずに、平田君が小さな頃から受けてきたイジメと何ら変わることがないことを…

 

{みんなで寄ってたかって、部長にやっていた}

 

 …ということだった。

 

(ダメだ… どうすればいいんだ、こういう場合…)

 平田君を助けた気分に酔いしれる程度の正義のヒーロー気取りの僕では、このことを処理することが出来なかった。

**********

【質問】

ヒトトシテッテ ナンデスカ?

**********

【青年編《03》アスペ】おしまい。

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